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第一章 亡き王妃との約束
夢と現の約束
しおりを挟むフィーネの目の前には暗闇が広がっていた。辺りには何も無い、ただの暗黒。彼女にだけ、光が差している。
フィーネはここが何処かを考えた。
温泉と言っていいほどのお風呂に入って、疲れて、ソファに寝転んだことまでは覚えている。と、すればこれは夢だ。そう思った刹那、新たに一筋の光が一人の少女を照らす。
長く真っ直ぐな赤髪に、オリーブ色の瞳を持ったつり目。 豪華な深緑のドレスが少女の髪色を引き立たせていた。髪の長さが違うだけの、フィーネとそっくりの少女が目の前にいた。その表情は歪み、怒りに満ちている。
──フィオラだ。
フィーネは途端に哀れみを感じた。あの子は可哀想な子。と、心の中で言う。
「どうして、私はアナタになったのかしら。」
そう問うても、目の前のフィオラは何も答えない。
もしかして、フィオラが記憶喪失になっている間の人格がフィーネなのかもしれない。その可能性はある。けれど、"魂が違う"と言ったセインの言葉をフィーネは信じた。フィーネ自身も幾つか思い当たることがあったからだ。
フィオラの身に何が起こったのか。これから何があるのか。何をすべきか。フィーネには分からないことだらけだ。だから、知らなければならない。フィオラの身体として。フィーネとしても。
カツン、カツン、カツン。
どこからともなくヒールの音が鳴り響き、フィーネの近くでピタリと止まった。不思議と驚くことはなく、フィーネは落ち着いている。その気配を危険だとは感じなかったからだ。
「あの子は……私が思う以上に傷が深かったようね。」
聞こえたのは女性の声。だが、姿が見えない。
「誰?」
辺りを見渡して姿を見ようとしたが、フィオラとフィーネ以外に誰も現れなかった。
「 本来貴女がここへ来るのは、まだまだ先のはずだったのに……。それにその姿。 」
女性が言い終わると同時に、フィオラとフィーネの間を遮るように等身大の鏡が現れた。
「え……?誰?」
そこに映った"自分"であろう姿にフィーネは困惑した。控えめにフリルがあしらわれた、真っ白いネグリジェを着た少女。フィーネが動けばそれに合わせて鏡の中の少女が動いた。
鏡に映るのは紛れもなくフィーネだ。
赤髪は見る影もなくミルクティーアッシュの色になっており、オリーブ色だった瞳は蒼く色付いている。髪は10cmほど伸びたのではないだろうか。体付きも少しばかり違って見えた。つり上がっていた目元は特に違って、少し丸いアーモンド型になっていた。
フィオラでは無い。
「私だわ……。これは私の顔だわ!」
何も覚えていないけれど、今の顔が自分の顔だということが何故か理解出来ていた。そして呆然と鏡の前で立ち尽くすフィーネ。
「あの子、随分と急いたこと。」
女性の声は未だに聞こえる。
「貴女が戻してくれたの?」
フィーネは歓喜の表情で問いかけた。
「私ではないわ。流石にそこまでの禁忌に触れる権限はないもの。」
じゃあ、誰が。フィーネの力ではないことは彼女自身分かっている。
「夢だから、なのね」
そういう結論に至った。
それに対して否定も肯定もせず、女性の声は話を続ける。
「レオンハルトに気を付けなさい。貴女の為ならいとも容易く禁忌を侵す。だから、ちゃんとつなぎ止めてあげてちょうだい。」
「レオンハルト?」
気を付けろと言われても、聞き覚えがない名前だった。
「ええ覚えておいて。ああ、そうだわ。あと1つ。弟子の前でその名前は出さない事。」
「!アナタは……。」
女性は"弟子"と言った。フィーネはそこで、女性の正体が誰か、やっと予想がついた。
「フィーネ。私と約束をしましょう。代わりに私の自慢の下僕を1人あげる。」
約束。女性がそう言うと、景色が色付いた。そして白を主とした神殿の祭壇のような場所へと変化する。鏡もフィオラを消えていた。
汚れひとつない、見たこともない白い美しい神殿にフィーネは「わあっ。」と感動していた。
「一つ、生き抜いて、幸せになる事。これは貴女が記憶を失う前からしていたわ。」
どこからともなく聞こえる女性の声。
最初にフィーネが目を覚ました時、生きなければならない、と強く思ったのは喪失前からの約束があったからかもしれない。
女性は記憶を失う前のフィーネの事を知っているらしい。フィーネは何も言わずに黙って声を聞く。
「二つ、貴女だけの大切な宝を見つける事。これは手紙にも書いた事よ。」
記憶喪失前の事はもう話に出てこないらしい。何か手掛かりはないかと、辺りを見渡してもやはり声の人物らしき姿は見えない。神殿全体から声がするようだ。
とりあえず、手紙の事は詳しくセインに聞くしかない。フィーネはこの夢を起きた時にも覚えているかが不安である。夢は見えていも起きた時には覚えていないだけではなく、見ていないと錯覚していることが多いからだ。
「三つ、レオンハルトが暴走しても、どうか、恐れずに向き合ってあげて。」
レオンハルト。名前からして男だろう。マグノリアやセインとは一体どういう関係なのか。名前を出すなと言われたからには、レオンハルトとセインは仲が悪いのだろう、とフィーネは予想している。
私にできるかしら、とフィーネは不安がった。
「私、マグノリア・ノエル・シュヴァリエの名に……あら、そういえば、もうシュヴァリエでは無かったわ。」
フィーネには察しが着いていたが、声の正体はマグノリア。フィーネは「マグノリア王妃……」と口に出した。
もう"シュヴァリエ"では無いというのは、マグノリアが故人であると共に、シュヴァリエ公国を完全に見放したのだろう。
「改めて、私、クイーン・マグノリアの名において、フィーネに加護を授けましょう。」
気高い女王の力強い声が静かに響く。そして、金色の光がフィーネを包んだ。
「フィーネ……あの子を頼みます。」
それは"弟子"のことか"レオンハルト"の事か。フィーネが問う暇もなく、意識が浮上し始めた。
結局、記憶喪失前の事は何も聞けなかった。
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