紫苑の宝玉 亡国王女と勿忘草

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第一章 亡き王妃との約束

雰囲気クラッシャー

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 見た目も味も申し分ない食事を終えたフィーネはセインに案内され、目を覚ました部屋に戻ってきていた。と、言ってもその隣の区切られた客間のような小部屋で休んでいる。装飾されたローテーブルとソファがあり、傍らにはお茶のセットが用意してあった。

 小部屋と言ってもそこそこの広さだわ、とフィーネは思った。セインに促されて大きなソファに腰を下ろす。座ったことの無いような心地良さがした。ローテーブルを挟んだ向かい側にセインは座る。

 「それにしても食べ終わった食器、本当にあのままで良かったの?」

 「ああ。使用人が片付けてくれる。厨房や掃除関連は彼らの領域だからね。」

 フィーネは食事部屋に置いてきたことが気がかりだったが、不要な事だったらしい。

 「使用人……。ねえ、ここってセインの家なの?」

 恐る恐る、というふうに質問するフィーネ。セインは「まさか。」と笑った。

 「友人の別邸を貰っているんだ。いつ泊まるかも定かではないし、自分の事はなるべく自分でしているよ。」

 「このお屋敷貰ってるの?!」

 どれだけ太っ腹な友人なんだ、とフィーネは驚愕した。セインも動作全てが優雅だから、恐らく相応の身分があるのだろうか。フィーネは自分だけが不相応であると肩身が狭い思いだ。

 「貰う代わりに厄介事を片付けたり、知恵やら何やらを貸している。」

 身分の高い者からの依頼とは。厄介事とは。想像したフィーネに、ゾゾゾっと寒気が走った。

 「そ、そう。大変ね。」と冷や汗を流しながら言ったフィーネは「ところで、セイン。」と話を変える。

 「あんた何時までマント来てるの?」

 「はははっ。さすがに気付いていたか。何も言わないから気にしていないのかと思っていた。」

 フィーネが目を覚ました時から今まで、セインはずっとマントを着ていた。頭まですっぽりとは被ってはいないが、白亜を基本とする豪華な部屋に黒に近い紺色のマントは非常に浮いて見えていた。

 「ええ。最初から気付いていたけど、なんか、突っ込んだら負けだと思って言わなかったのよ。」

 「でもここまでずっと着ていると気になるわ。」とフィーネは腕を組んでセインを見据えた。

 「何と戦っていたんだ、貴女は。これはいつでも顔を隠せるようにしているんだよ。それに闇に紛れて狙いやすい。」

 「いや、あんたこそ何と戦ってんの。所々で発言が物騒なのよ。」

 先程想像していた事が再び頭を過り、フィーネの口元が引き攣る。

 騎士だと思っていた人物は、暗殺者か何かだったのか。それにしては堂々。穀然としている。彼の正体がフィーネには分からない。聞いてもはぐらかされる事は分かりきっていた。けれど、自分に害をなさないことだはフィーネにも分かっていた。

 「ああ、物騒と言えば……、明日の昼過ぎにはこの屋敷をくれた友人が来るだろう。」

 「待って、何で物騒から繋げたの? ねえ物騒なの? その人。」

 のほほんと話すセインとは逆に、フィーネの不安は募るばかりである。

 「友人自身は無害だよ。側近が物騒極まりないがな。」

 遠い目をしたセインが言う。ふと、フィーネの脳裏には興味本位の質問が浮かんだ。

 「じゃあ、セインと側近、どっちが物騒?」

 「友人。」

 「復活した!! 友人って無害じゃなかったの?! なんで急に第三者出してくんのよ!」

 「何となく言ってみた。」

 悪びれもなく言うセインに、フィーネは憤慨した。

 「なっ?! 何となくで不安を煽らないでくれる?!」

 「もう……疲れたわ。」と、燃え尽きた様子でソファに雪崩たフィーネが言うと、セインは頷く。

 「今日はぐっすり眠れるな。それにしても肝心の話は一向に進まないね。」

 フィーネは「あんたの所為よ!」と、セインに向けて指さして言った。セインは面白そうに「はっはっはっ。」と、穏やかに笑って返す。

 「……その笑い方はムカつくわね。あーもう、セインと話してると、何か色々考えるのが馬鹿らしくなる。」

 フィーネが頭を抱えて遠くを見る姿に、「おや、褒められた。」と、感動したようにセインは言うと、「全く以て褒めてないから。」と、フィーネは呆れた様子で返した。

 「さて、ずっと身を固くしていたようだが、やっと解れたな。」

 一見、ただからかっていた遊んでいるようにも見えるが、セインは基本的に"意味がある事"しかしない性分であった。フィーネはそんな意図があったことに内心で感心する。勿論表には出さない。

 「それは……。そう言うのは心の中で言うものじゃないの?」

 やっぱり、セインには見透かされてる気がする。と、言うよりも、彼は人の雰囲気や態度で心が読めるのでは無いか。と、フィーネは思った。

 「言葉にしなければ分からないではないか。勘違いとはこういったところから生まれるからね。」

 セインは記憶に思いを馳せているようで、何か過去に勘違いがあったのだろうとフィーネは思った。ただ、彼の表情は懐かしそうで、楽しそうで、悪い記憶ではないことは確かだ。

 「それにしても随分と気を張っていた。」

 「……そうね。いきなり分からない世界に放り出されて、必死になりすぎてた。必死過ぎて何も考えたくなかった。」

 ああ、自分は苦しかったんだ。それに気付けない程
生きる事に精一杯だった。余裕がなかった。

 まるで神への懺悔にも似た心地だ。

 重苦しかった心が少しばかり晴れた気がして、フィーネの表情は明るくなった。

 優しい眼差しでセインはそれを眺める。

 「うむ。気付き、自分を振り返るのは、良い事だ。あれだこれだと反省をする為には、客観的に物事を見ておかねばならないからな。」

 「よく頑張った。」と言うセインに、フィーネは、初めて心からの笑みを浮かべた。

 見た目だけは神聖さがある、とフィーネは心の中で呟いた。
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