紫苑の宝玉 亡国王女と勿忘草

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第一章 亡き王妃との約束

不安定な強がり

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 「こっちよ。」とフィオラは玄関の方へそそくさと歩いていた。

 フィオラの住んでいる建物は、家と言うより小屋に近い。こじんまりとした机に向かい合わせに備わっている一対の椅子へフィオラとセインはそれぞれ座る。

 「まずはこの花束を。保存魔法をかけているから、私が生きている間は散らず咲き続ける。」

 「何そのいわく付きの花。」

複雑な表情で小さな花束を受け取ると、フィオナは「花に罪は無いわ。」と言い放ってから部屋を散策し始める。

 「ん? 飾らないのか? さっきから往来ばかりしているが……ああ、入れ物がないのだな。」

 「悪かったわね、女っ気のない家で。」

 頬を赤らめて拗ねたように言うフィオラの元に近寄ったセインは、「違う形にすれば良いだけだ。」と花束に手をかざした。

 淡い薄紫色の光が花を包み込んだかも思えば、花束はフィオラの手の上で髪飾りになっている。

 「……あんた、ホントに何者?」

 うわ言のように呟いて呆然とするフィオラ。
セインはそんな彼女から髪飾りを取り上げると、そのまま彼女の髪の毛へと持っていった。

 パチンっ、と小さな音が響く。

「貴女は花が似合うな。」

 そのままゆっくりとフィオラの頬に右手を添えたセインは、蕩けるような笑みを浮かべて彼女を見ていた。
フィオラの顔がブワッと一気に赤く色付く。

 「女ったらし。」

   そう言って急いでフィオラは後ずさった姿に、セインは「心外だな。」と、困り顔で笑う。

 「まあ、立ち話もなんだ。座って話をしよう。」

 「何であんたが仕切るのよ……。」

 呆れ顔のフィオラだったが、どこか楽しそうにも見える。セインはそれをニコニコと笑みを浮かべて眺めていたが、ハッとした表情で玄関を睨んだ。

 「はあ……。ちょっと座って待ってて。お茶入れるからっ?!」

 背を向けたフィオラは、セインに突如後ろから抱きしめるような体制で口を塞がれる。抗議の声を荒らげようとするも身体すら動かなかった。

 「静かに。すまないけれど、ゆっくり話が出来なくなった。……まだ距離はあるが、どうやら囲まれている。」

 どういう事?と、目を見開いてフィオラは思うが口に出せない。

 「予想以上に早かったな。」と剣呑な声でセインは言う。

 大人しくするし、大声出さないからこの手を話せ。という念を込めて、フィオラはセインをじっと見詰めた。それが伝わったのか、頷いたセインはそっとフィオラの口を塞いでいた手を退ける。

 「……ふぅ。で、どういう事?」

 勢いよくセインへ振り返ったフィオラは疑いの目で彼を見ていた。

 「それを話に来たのだが……そうも言ってられなくなった。」

 そう言って玄関の扉を鋭い目で見詰めるセインだったが、「やむを得ない。」と言い、フィオラと向き合う。

 「貴女の器であるフィオラ嬢は厄介な事情があってね。そう言えば、貴女はどこまで知っているんだ?」

 "器"と言った。

 ドクン、ドクン。何も言えないフィオラは心臓が大きく波打つのを感じた。
 フィオラは自分のことなんて誰も分かりはしないと鷹を括り、セインが言った鎌をかけたような発言もからかっただけかと安心していた。しかし、違った。知っていた。

 フィオラの事情を知っていたのだ。

 「……詳しい話は後にしよう。」

 セインは、顔を真っ青にして黙り込むフィオラにそう言う。

 「時間がないな…。」

 何が見えているのか、何を感じているのか。セインは視線を家の外に向けているかのように遠くを見ていた。

 しかし直ぐにフィオラの方へ向き直り、片膝を付いてフィオラを見上げた。

 「私は貴女に一切危害を加えないと、この命を懸けて約束する。この先も貴女が望む限り支え続けよう。この命続く限り、貴女を守り続けよう。」

 まるで姫に捧げる騎士の誓いだった。フィオラの寂しげな姿がセインの瞳に映る。迷子のようだ。と、セインは感じていた。

 「私が誓う相手はフィオラ嬢ではなく、貴女だ。どうか貴女の名前を教えて欲しい。」

 柔らかい声色に、フィオラは心を揺らされていた。彼女の弱みに付け込んでいるとセインには自覚があり、これは彼にとって苦し紛れの償いであった。

 最も、本来は相手の信頼を待ってもう少しロマンチックにする予定だった、と言うのは後のセインの言い分である。

 真摯なセインに負けたのか、フィオラがゆっくりと口を開いた。

 「私は……私の名前は、取られたの。名前だけが、思い出せないの。だから、名無しなのよ。フィオラになるしか生きれない。」

 オリーブ色の瞳からポロポロと涙が零れる。

 その姿にセインは口を噤み、拳を固く握りしめた。彼は怒りを抑えようと必死だった。深く深呼吸をして立ち上がると、フィオラを優しく抱きしめる。同時に薄紫色の暖かな光が2人を包んだ。

 「私は、昔からフィオラが大嫌いだ。あれは心底傲慢で、甘やかされ、自分は誰にでも愛されていると思っていた。だから、国がひとつ亡びた。でも、間に合わなかった。貴女はフィオラのなかに入れられてしまった。」

 静かに語るセインの傍ら、激しく扉が叩かれる。いや、叩きわろうとしている音だ。

 元々耐久性の無い扉はいとも容易く、ボロボロに崩れ去った。

 しかし、黒いマントを着た侵入者たちが部屋に入った時には既に誰の姿もなかった。

 「くそっ、いねぇ!」

 中心人物であろう男はナイフを机に勢いよく突き刺す。

 「ちっ。好きに漁って売り捌いとけ。」

 仲間たちが好き勝手暴れている中で、不機嫌さを隠しもしない男はフィオラの家を後にした。

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