紫苑の宝玉 亡国王女と勿忘草

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第一章 亡き王妃との約束

憎まれ口と心の隙間

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 フィオラとセイン。傍から見れば2人は抱き合っているようにも見えていた。

 眩い笑顔を浮かべたセインはラナの方を向く。

 「すまないけれど、彼女と2人で話をさせて欲しい。私の情報が彼女の手がかりになると良いのだが……。」

 ラナにとっての目の前の青年は、物腰が柔らかな人畜無害で人の良い好青年であった。彼ならきっと大丈夫だ、とラナは喜んで首を縦に振る。

 「フィオラ! ゆっくり休むのよ~! 村のみんなにも伝えておくわ! 任せてちょうだい!」

 満面の笑みで手を振りながら離れていくラナを、フィオラは苦笑いで見送った。

 ラナは最後に「幸せおなりよ~! 村のみんながそう、願ってるわ!」と言っていたが、フィオラの状況は、それどころでは無い。

 フィオラが逃げようにもセインの手が肩に置いてあり、恐怖も相まって動けなかったのである。冷や汗だけが流れていく。

 ラナが見えなくなるとフィオラの肩から手を離したセインだったが、彼女が動かない姿を見て、しまった、というような表情になった。

 「いや、ここまでするつもりはなかったんだが……。あまりにも似すぎて、つい悪戯が過ぎた。すまない。大丈夫…ではないな。」

 優しい声で声を掛けるセインに。からかっていただけ?と、あまりの態度の違いにフィオラはキョトンとしてセインを見詰めた。

 「本当にすまない。……動けるか?」

 あからさまに反省の色を見せて眉を下げた麗人が、捨て犬に似ているとフィオラは思った。そう思うと、彼への恐怖が和らいできた。

 手に持っている渡しそびれてた小さな花束が目につき、まるで振られた人のようでもある。自然に口が緩んだ。

 「ぷっ……あハッ、あははは!!」

 「なっ何だ……。こうも笑われると複雑な気持ちなのだが。」

 セインはそう言いつつも、フィオラが笑ってくれた事に安堵していた。

 フィオラは吹っ切れた様子で自身の両頬をバチンと勢いよく叩く。

 「痛っ!!!!」

 赤くなった両頬がじんじんと痛むけれど、目を見開いて驚くセインの表情が見れたものだから満足していた。

 「貴女は自傷癖でもあるのか……?」

 そう言ってセインが憂い帯びた表情で、花束を持っていない手をフィオラの頬に添える。

 「そんなんじゃなくて、気合を入れたの!」とフィオラが弁解するが、セインにとってはどちらでも良い事だった。

 「まあ、構わない。何にせよ私が癒せばいいだけだ。」

 「え?」とフィオラが言うと同時に淡い薄紫色の光がフィオラを包む。直ぐに頬の痛みが無くなった。フィオラはそれに似た感覚を知っていた。

 「あんた、ただの騎士じゃなくて聖騎士だったの……?」

 聖騎士は世界で5人しかいない。どの国にも属さない聖堂教会の最強の騎士たちの事であった。一般的に、回復魔法を使えるものは殆どおらず、現在は聖堂教会以外には使える者がいないと言われている。

 中でも聖騎士は高度の魔力を持ち回復魔法だけでなくあらゆる魔法に長けた騎士である。もちろん魔法だけでなく戦闘能力も関係している。数少ない貴重な人材であり、それに見合った権力も持っている。

 つまり下手をすれば、聖騎士は王族よりも身分が高いのだ。そしてフィオラには1人だけ会いたくない聖騎士いた。

 フィオラの顔がまた青くなっていく。

 「ははっ! まさか! 聖騎士では無いよ。気軽にセインと呼んでくれれば良い。」

 「……じゃあ、遠慮なくセインって呼ぶわ。」

 若干疑いの眼差しを向けながらも、フィオラは頷いた。

 その反応を面白く思ったセインは、「ちなみに、」と話し始める。

 「体の調子はどうだ? 回復魔法はあまり得意では無くてね。一応使えないことは無いのだが。」

 その言葉にフィオラの口角が震えた。心做しか青筋すら見える。

 「……ねえ、私、回復魔法が失敗したら爆発するって聞いたことあるんだけど。」

 「うむ。成功して良かった。」

 「あんたねぇ~!!」

 「大丈夫だ。学生時代に1度だけ小さな爆発を起こしただけだから。相手も死にはしなかったよ。焦げて禿げただけだ。」

 セインは懐かしそうに語った。

 「それ大丈夫って言わないわよね?! しかもさっき回復魔法使った時に自分が言ったこと忘れたの?!」

 「ふむ。私が癒せばいい、と言ったことか?」

 「覚えてるなら……!!」と、わなわなと身体を震わせるフィオラ。セインは優しく笑って返す。

 「何も傷というのは外だけではないだろう。」

 ピタリとフィオラが動きを止める。

 フィオラはセインに何もかも見通されているような気がしてならなかった。それが何だか悔しくて。もどかしくて。苦しい。それなのに縋りたくなる。

 「……別にあんたに癒してもらう必要はないんだけど。」と、フィオラはセインから目線を外して呟いた。

 距離的に当たり前聞こえるのだが、セインは聞こえないふりをして「どうした?」と問うた。そこでフィオラはハッとして気を取り直す。

 「ああもう、話してたらキリがないわ。取り敢えず中に入ってちょうだい。」

 「では、遠慮なくお邪魔するとしよう。」

 セインはガーデンテーブルに置いたフィオラへの届け物をそっと手に取り再び鞄に入れると、1度だけラナが去った方を向いて、右手を胸の前に当て優雅に礼をする。その表情は浮かばない。

 セインは気を取り直すようにして、先を行くフィオラを追った。
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