紫苑の宝玉 亡国王女と勿忘草

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第一章 亡き王妃との約束

日常の綻び

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 青い空に薄ら浮かぶ白い雲。眩しい日差し。
 風に揺られて真っ白のシーツがパタパタと音を立てて泳いでいた。セミロングの赤髪を靡かせて、少女はオリーブ色の瞳を細める。

 「ん~! いい天気だわ!」

 籠に残った最後の洗濯物を掴んで竿にかけると、鼻歌交じりに彼女の一日が始まる。

 「よし! っと、今日の1番はラナさんだっけ。」

 町外れにある小さな村ホルン。全村人総数12人の中でフィオラは1人で暮らして生きてきた。村の人は優しく、余所者の彼女の世話をこれでもかも言うほどやいてくれる。そのお礼としてフィオラは村人の健康管理を担っていた。

 家に戻ると早速今日の準備に取り掛かる。と行っても前日の夜には用意してあるため、朝の準備は少ない。作った薬草を鞄に詰めていく程度である。

 そろそろ家を出ようとしたところで、玄関からノック音が響いた。

 「フィオラ! フィオラ!」

 慌てた様子のよく知った声。何かあったのかと思ったフィオラも大急ぎで鞄を肩にかけて飛び出た。

 「どうしたのラナさん?!」

 声の主は隣の家に住む、フィオラにとって母のようなラナである。

 「も~! 隅に置けないわねぇ~!」

 開口一番。心配そうなフィオラをよそにラナはフィオラに抱きつき、興奮して目を輝かせていた。

 「ええっと……? 一体何が……」

 「お邪魔します、フィオラ嬢。」

 困惑するフィオラに声をかけたのは男の声だった。とても聞きやすい、穏やかな声。

 ラナに気を取られていたが、彼女の少し後ろにマントを被った背の高い人が見えた。
抱きつくのを辞めたラナは相変わらず目を輝かせており、フィオラと男の様子を見守っている。

 「あなたは……?」

 フィオラの怪訝そうな声に男は「ああ……」と声をこぼす。

 「マントを被っていては不躾だな。」

 一つ一つの動作が美しく、被っていたマントを下ろす動作もフィオラやラナには輝いて見えていた。
 少なくとも平民には見えない。こんなところに身分の高い貴人が来るわけが無い。すると考えられる役職としては騎士ではなかろうか。と、2人はセインを騎士だと推測していた。マントの留め具が騎士の紋様をしていた事も決め手である。

 見た事のない薄紫色の髪が姿を現し、フィオラは思わず見蕩れていた。ラナは大口を開けて固まっている。

 フィオラの反応を見て、男は一瞬だけ悲しげな表情をするが、その事に誰も気が付かない。彼は直ぐに柔らかな笑みを浮かべた。

 「初めまして。私はセイン。ある方から君に預かり物を託されて、届けに来たんだ。」

 「預かり物?」

 「ああ。この包みと、手紙をね。」

 そう言ってセインはポシェットから小さな箱と手紙を取り出す。

 しかし、フィオラには全く心当たりがなかった。ある訳が無い。ホルンという村に彼女がいることを知るものはいないはずだから。それ以前に彼女にとって"有り得ない"事である。

 フィオラが受け取ることを戸惑っていると、セインは近くにあったガーデンテーブルに届け物を置く。

 そして、どこからともなく色とりどりの珍しい小花が入った小さな花束を取り出した。植物に詳しいフィオラでも見た事の無いものばかりだ。

 「これは私からフィオラ嬢へ。どうか受け取って欲しい。」

 花束を差し出すセインに、ラナは「まあっ!」と感動した声を上げる。

 フィオラは自分の中のどこかの記憶が、その花束を見て高揚していることに気が付いた。

まさか。とフィオラは動揺をするが、それを表に出さないよう何とか耐える。

 「もしかして、私に、会ったことがありますか?」

 静々と尋ねるフィオラを見据えてから、セインは首を横に振る。

 「いや。貴女にお会いしたのは初めてだ。」
 
 「そう、ですか。」

 良かった。と、フィオラはあからさまに安堵した笑みを見せた。

 一方でフィオラの表情が見えない場所にいたラナは、彼女の事が心配でならなかった。

 「実はこの子は記憶が無いんです! もし何か知っていたら教えてあげてくれませんか?!」

 「記憶がない? ふむ……それは辛いだろう。分かった、協力しよう。」

 「さすが騎士様! こんなにいい子ですもの、今もきっと、誰もが行方を探しているわ!」

 詰め寄るラナに冷静に返すセイン。何となく態とらしくも思えるが、フィオラの心中は冷や汗で溢れていた。

 「だっ大丈夫です! 私は今の生活が楽しいので!! 今が!!」

 今度はフィオラが詰め寄る番だった。セインはそんなに彼女の両手を握り、真剣な眼差しで目を合わせる。フィオラの頬は赤み帯びていた。

 傍らではラナが自身の口を両手で抑え、「あらあらまぁまぁ!」と言いながら後ずさって距離をあける。

 「それでも知らなければならないことがある。」

 ぞわり、とフィオラは小さく身体を震わせた。先程とは真逆に段々と顔色が悪くなる。

 その様子に微かに一瞬だけ動きを止めたセインだったが話は止めなかった。

 「フィオラには知ってもらわなければならない事がある。」

 「だが、」と、続けながら、セインはフィオラの耳元に口を近付ける。

 「貴女は誰だ。」

 フィオラの喉の奥からヒュっと音が出た。彼女は何も言えなかった。

 誰にも言ったことの無い、フィオラだけの秘密。それが暴かれそうで、恐怖を抱いていた。もしも、誰かに知られてしまったらどうなるのだろうか。を知る人物に会うことが、彼女にとっての1番の不安であったのだ。


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