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第一章 攻防戦前

体育館裏の告白

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 エリナは聞いたことも無いネーゲル国の事をマルシスから聞きそびれて以降、知らぬ間にそんな国があるのだと受け入れてしまっていた。そうして円香まどか、エリナ、マルシスは親友と称しても良いほどの関係を築いていた。

 時々違和感を感じながらも、エリナはそんな平和な学校生活を満喫することはや一年。遂に時は来た。

 ある放課後の体育館裏。夕日に照らされる一組の男女。まだ成人にも満たない青年と少女である。青年──マルシスは恥ずかしそうに口を開く。

 「実は俺、吸血鬼ヴァンパイアなんだ。」

 体育館裏の男女のイベントといえば告白だろう。もちろん恋愛的な意味で、だ。なんて昔の王道なことを考えたりして。だからといってエリナはこんな告白を求めていなかった。何が悲しくて仲の良い男友達にこんな冗談を、こんなところで告白されなければならないのか甚だ疑問である。まあ、恋愛的意味での告白よりは良かった、とエリナは安堵した。彼のことは親友だと思っているからである。

 「そっか。」

 エリナはいつもの世間話を聞いたかのように笑う。マルシスは外国人だ。高校生として一緒に入学し、もう一年が経った。きっと彼は日本のオタク文化に溶け込んだのだとエリナは思った。

 吸血鬼にハマったんだなぁ。という結論をつけていた。

 「…...やっぱり君も吸血鬼なんだね。」

 ルビーに似た瞳が嬉しそうに細まる。彼はこんな瞳だっただろうか、とエリナはぼんやりと感じた。深く考える間もなくマルスの両手がエリナの両手を覆い隠す。

 うん。これは、どういう設定なの? 私も吸血鬼設定なのかしら。のったほうがいい? と、混乱するの内心をよそに、エリナは平静を装っていた。

 そしてエリナは──

 「日本の、ね。だからマルシスとは性質が違う。今では人間と同じだわ。」

 マルシスの設定にのることにしたのだ。エリナからしてみればほんの遊び心。

 彼の設定がどうなってるかわからないから適当に。人間と同じにしとけば間違っても血を吸い合う冗談は出てこないだろうという考えである。一方的に吸われる冗談はあるかもしれないけど、自分がするよりは恥ずかしくない。そんなことを考えてみたエリナだったが、彼も流石にそこまでしないと思う。

 「なるほど。だから日本の吸血鬼は滅びたって言われてるのか…...。」

 マルシスが瞳を伏せて悲しそうに言う。そして段々とエリナに近付いて来た。エリナがジリジリと後退りするも、マルシスに腕を捕まれて身動きがとれない。

 演技派ですね、マルシスさん。そして顔が近いです、マルシスさん。もっと言えば、身体が近いんですけどねっ。と、エリナの心は荒れていた。

 日本の吸血鬼は滅びた等色んな設定が追加されていくのを察し、それに合わせてエリナも瞳を伏せた。ここまでのっておいて、今更この遊びから手を引くのもマルシスに悪いという思いがあったのだ。

 「そう。日本の吸血鬼が栄えた時代はとうの昔に終わったのよ。私たち一族は人間と同じ事をして、同じ時を生きるしかない..….。」

 エリナは演じながらなんだか楽しくなってきていた。この年で吸血鬼ごっこか!とは思わないでもないけど、生い立ちもありエリナはごっこ遊びをした事がなかった。だからこそ演じる遊びを新鮮に感じていた。

 マルシスの手をやんわりと解いたエリナは、両手を伸ばして彼の両頬を挟むように添えてみる。彼らの視線ががしっかりと交わる。

 「ねぇ、マルシス。それでも私たちを、…...私を同胞として見れるかしら。」

 ノリにのって哀愁漂わせて言う。

 マルシスの目が大きく見開かれ、一瞬の沈黙。そして彼は震える声で口を開いた。

 「見れるよ。人間の中に混じられると見つけられる自信はないけど、それでも、仲間なんだ。それに、関わったり歯を見れば吸血鬼の血を引くかどうかわかる。」

 エリナは、確かに八重歯だ。一般的な八重歯よりも尖っているのがコンプレックスではあったが大きく口を開いて笑わない限りは案外目立たなかった。八重歯だから吸血鬼設定を持ち出したのか、とエリナは納得した。一応、コンプレックスであるが。

 「じゃあ、混血と純血、私はどっちだと思う?」

 挑発的な演技で。自分で言っておいて内心では違和感が疼いていたが、もう慣れた感覚。今ではもう特別気にすることは無かった。

 吸血鬼といえば混血純血だよね!と、昔見たアニメを思い返しながらエリナはどっちか問う。さて、彼の設定の中でエリナはどっちになるか。彼女はわくわくしていた。

 「純血。俺と同じだね。歯の尖り具合と血の匂い、色素の薄さ、知識の有無、人間を見る目付きが純血の性質と本能に一致してる。」

 やったね純血設定か、とエリナは口角をあげる。細かくなってきた設定。人間を見る目付きというところがエリナには非常に疑問だったが、質問できない雰囲気を感じて何も言えなかった。

 もはや演技とは思えないほど真剣な顔をしてマルシスはエリナは見下ろしていた。

 「エドも、ルイも、アルも、俺も。満場一致で、君が同胞だと判断したよ。」

 「エド? ルイ? アル?」

 何か新しい登場人物出てきた!と叫びたい気持ちをグッと押し込んだエリナは聞き慣れない名前を聞き返す。

 吸血鬼ごっこは存外、結構な規模で行われているのだろうか。

 「エドは、エドモント・フュルスト・フォン・ヴェステン。西の貴族ヴェステン侯爵家の長男。

  ルイは、ルイス・フュルスト・フォン・オーステン。東の貴族オーステン侯爵家の三男。

  アルは俺の弟、アルフォード。」

 いや、だから誰よ。と言いたい気持ちを胸に、頭を整理する。彼の弟ならまだしも他の二人の名前は呪文のようだ。長過ぎて覚えれないのが本音であるが、エリナははなぶさグループの令嬢として多くの顔と名前を覚える立場である。頭の中にはマルシスの弟以外のビジュアルが浮かんでいた。

 そういえば。生徒会長がルイス、副会長がエドモントだ。外人といえば生徒会。彼らもオタク文化に染まっているのかもしれない。

 確かに大物っぽいけど侯爵家っていうのは設定よね、とエリナは心の中でつぶやく。

 どうせ遊びで設定しているだけ。ここまで来たらうんと付き合おうじゃないか。そんな気持ちでエリナは演じる。

 「そんな...…あの東西の侯爵家が、何故?」

 「やっぱり彼らの存在も知っていたんだね。実は、俺たち4人は東西侯爵家の支援で日本で花嫁を探しに来たんだ。」

 そう言ったマルシスは跪いてエリナの右手の甲に唇を寄せた。なかなか凝こっている演技だ。エリナは演技だと心に言い聞かせながらも心臓が高鳴るのを自覚していた。

 「吸血鬼の、花嫁..…?.」

 なんだそれ乙女ゲームか!もしかして、マルシスってば乙女ゲームにハマったの?でもイケメンだから台詞に違和感ないね。ん?あれ?乙女ゲーム?ってなんだっけ?何言ってるの私。そう言えば、吸血鬼のアニメなんてこの世にないのに、なんで吸血鬼のアニメが頭に浮かぶの?何でマルシスと同じ顔がそのアニメに出てるの?

 ──そうやってエリナの脳内は今までの短い人生で一番混乱していた。しかし、頭が追いつかず態度として表出されることは無い。

 途端、エリナの脳裏にに20代の平凡な女性が見えた。

 「そんな、まさか...?」

 動揺して思わず飛び出た独り言。思考が混乱していた時間はほんの僅かであった。それもあってマルシスには今までの会話と繋がっていると捉えられる。

 そして今度はマルシスの手がエリナの頬に添えられる。

 「思った通り。君が日本の次期当主なんだね、エリナ。」

 煽情的な笑みを浮かべる彼の姿を最後に、エリナの意識は遠のいた。キャパシティオーバーだ。

 そんな彼女をマルシスは瞬時に抱きとめると、横抱きにして不敵に微笑む。

 「さて、皆が待ってる。」


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