上 下
3 / 23

03. アソートクッキー

しおりを挟む
「相変わらず、すごい人だなー」
 大通りは行き交う人々で溢れている。ここは"ティル・ナ・ノーグ"でも比較的大きな街だから当然と言えば当然だ。この街のメインストリートは様々な店や屋台が軒を連ねており、いつも賑やかだ。
 NPCとしての生活も悪くないと思っているけれど、この活気ある街を見るとゲームのプレイヤーたちに羨ましさを感じずにはいられないから不思議だ。
 俺は大通りを行き交う人々を避けながら、表通りから路地へと進む。歩きながら、街並みに香ばしい焼き菓子の香りが漂ってくるのがわかった。小さな店に美味しそうな焼き菓子が陳列されているのが見える。
 甘い香りに誘われるように、ふらりとその店に入った。カウンターにはバラエティ豊かな焼き菓子が美しく並んでいる。お店の雰囲気も温かく、ゆったりとした空間だ。
「いらっしゃいませ!どのお菓子になさいますか?」
 店員さんが声をかけてくれる。目移りしながら長考し、ひとつ焼き菓子を指差した。
「このアソートクッキー、お願いします」
 店員さんはにこりと笑うと、きれいに包んでくれた。袋には温かい手触りが伝わり、焼きたての匂いがほんのりと感じられる。これは絶対に美味しい。
 俺は店を出ると移動して、早速広場で食べることにした。広場の奥の噴水のあるベンチに腰掛けると、袋からクッキーを取り出し、ひとつ口に運ぶ。口に入れた瞬間、サクサクとした食感からほろりと解け、バターの風味が舌の上に広がった。
「うまっ」
 思わず声が出てしまう。俺の声に気付いたのか、街の人がこちらを見て笑った。恥ずかしいけど、美味しいものは仕方ない。俺はもうひとつ、クッキーを頬張った。
 俺の最近の楽しみはこうやって街を散策しながら、美味しいものを発見することだ。ゲーム内のお店にはいろいろな種類の食べ物が並んでいて、見ているだけでも楽しい。それにいくら食べても現実には影響がないところも良い。
 最近は時間があれば、こうして街に出て気ままに過ごしている。自由時間の多いところがこのバイトの良いところだ。
 
 俺がこのバイトを始めたのは、アヴァロンノートのゲームテスターのバイトをしていた事がきっかけだ。ゲームテスターとして数ヶ月バイトをしていた時に声を掛けてもらった。
 "ティル・ナ・ノーグ"のNPCはジェンダー関係なく恋愛ができる。そう言った面でも俺は都合が良かった。俺がバイだったからだ。けれど実際には同性同士の恋愛経験はない。
 クッキーをもぐもぐと味わいながら、街の様子を眺める。これだけたくさんのNPCがいれば、NPCナナセがプレイヤーに気に入られる確率はきっと低い。俺はこんな日常を過ごしてバイト期間を終えるのかもしれない。
「あー、おいしかった!」
 俺は袋に入った残りのクッキーをアイテムボックスにしまうと立ち上がる。
「さて、戻るかな」
 俺はのんびりとした歩調で店へ歩き出した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

酔った俺は、美味しく頂かれてました

雪紫
BL
片思いの相手に、酔ったフリして色々聞き出す筈が、何故かキスされて……? 両片思い(?)の男子大学生達の夜。 2話完結の短編です。 長いので2話にわけました。 他サイトにも掲載しています。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

処理中です...