アデルの子

新子珠子

文字の大きさ
上 下
85 / 114
第三章 明日へ

85. 親心

しおりを挟む
 それからしばらく経って、ようやくジェイデンは母親に会いに行く事を決めた。きっかけは初夏にささやかな結婚式を挙げる事を決めた事だった。式の招待状を持って、彼の母親がいる王都へと向かう。
 
「ジェイデン、馬車は大丈夫そう?」
「はい、大丈夫ですよ」
「そっか、良かった」

 ジェイデンはあれ以来、定期的に検診を受けている。お腹の子の成長は順調のようだ。
 
「何かあったらすぐに言ってね」
「ふふ、心配性ですね」
「だって……」
「私は大丈夫ですから、安心してください」
「分かった」

 そうして僕たちは、ゆっくりと時間をかけて王都へと向かった。


 ジェイデンの母親の住む家は、王都の中でも閑静な住宅街にあるタウンハウスの一角だった。玄関でベルを鳴らすと使用人らしき人が出てきて、応接間へと通される。僕たちに紅茶を出してくれた後、少々お待ちくださいませと言って部屋から出て行った。するとしばらくして、少し慌ただしい足音と共に一人の男性が部屋に入ってきた。その人はジェイデンを見るなり目を見開き、そして泣きそうな表情を浮かべる。

「……っ、ジェイデン……!」
「母上、ただいま戻りました」
「あぁ、おかえり!元気そうじゃないか……!」
 
 どうやらこの男性がジェイデンの母親らしい。彼は目に涙を浮かべながら、本当に嬉しそうに笑った。僕はそんな二人を見てホッとした気持ちになる。
 すると母親が僕の方へ視線を移して不思議そうな顔をした。
 
「そちらの方は……」
「初めまして、クローデル家の次男、ティト・クローデルと申します」
「あぁ、貴方様が……」

 母親は深々と頭を下げた後、自己紹介を始めた。
 
「失礼しました。私はジェイデンの母マルガ申します。息子が大変お世話になっております」
「いえ、こちらこそ」
「それで……今日はどのようなご用件でしょうか?息子の顔を見せに来てくださっただけではないですよね?」
「ええ、息子さんとの結婚を認めていただきたくご挨拶に参りました」
「…………えっ?」

 突然の話に母親は驚きの声を上げる。
 
「ジェイデンさんのお腹には僕たちの子供がいます。結婚し、これから共に生きていくつもりです。どうか認めていただけないでしょうか」
「…………ジェイデンに……子が……?」
「はい」
「それは本当なのか……?」
 
 マルガは信じられないというような顔をしてジェイデンに問いかけた。ジェイデンは僅かに微笑み、頷く。
 
「はい、間違いありません」

 ジェイデンがそう言うと母親は両手で口元を押さえ、そして大粒の涙を流し始めた。
 
「そうか…………良かった……本当に……」
「母上……」
「私のせいでお前を傷つけてしまった……もう二度と会えないかもしれないと思っていたんだ……」
「母上……すみませんでした……」
「謝るのは私の方だ。こうしてまた会いに来てくれて……本当にありがとう……お前に子ができただなんて、こんなに嬉しい事はない」

 そう言ってマルガはジェイデンを優しく抱きしめた。


 
「そうか……お前はサルロを心配してくれていたんだな」

 ひとしきり涙を流した後、マルガは落ち着いて僕たちの話を聞いてくれた。サルロはこの家に入った養子の名前だ。遠縁から引き取られた10歳になったばかりの少年らしい。

「お前の子供が生まれても、サルロは当主として育てる。それに変わりはないよ」
「そうですか……よかった」
「生まれてくる子供が将来ドリス家に入るかどうかはこれから話し合おう。けれど、お前たちの意志を尊重するよ」
「はい……ありがとうございます」

 マルガの言葉を聞き、ジェイデンは心底安堵したように息をついた。けれど少し不安そうに顔を上げる。
 
「もし……この家に生まれる子が入るならば、次男の役割につかなくてはいけない……けれど、私の子です。私の様に……役に立てないかもしれません」

 それは、次男の役目について、長い間相性の合う相手を見つけられなかった事を指しているんだろう。
 マルガはその言葉を真っ直ぐに受け止め、そしてゆっくりと首を横に振った。
 
「役に立つとか、立たないとかそんな話じゃないんだよ。ただ、元気にいてくれればそれでいいんだ」

 マルガはジェイデンの手を優しく握る。
 
「もっと私を良いように使いなさい。お前とお腹の子の幸せが一番なんだから」
「母上……」
「幸せになりなさい」
「……はい……」

 ジェイデンは目に涙を浮かべながら返事をした。

「ティト様、ジェイデンをよろしくお願いします」
「はい、ジェイデンさんも子供も幸せに思ってくれる様に勤めます」
「あぁ、ありがとう」

 マルガは深々と頭を下げた。
 そして僕たちは空白の時間を少しずつ埋めるように、お互いの事を話し合った。今までどんな生活をしていたのか、これからどのように暮らしていくのか。マルガはずっとジェイデンを気にかけていたようで、沢山質問されたし、僕の事も自分の息子のように可愛がってくれた。


 
 そうしてしばらく話をした後、僕とジェイデンはマルガの家を後にした。帰り道、僕はジェイデンの手を握る。
 
「ジェイデン」
「はい」
「これから色んな事があると思うけど、一緒に乗り越えていこうね」
「……はい」

 彼は少し恥ずかしそうにしながら、僕の手を強く握り返してくれた。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...