アデルの子

新子珠子

文字の大きさ
上 下
72 / 114
第三章 明日へ

72. 保護地区

しおりを挟む
 馬車に揺られ、タウンハウスから移動する。同行者は僕の実父であるオーウェン公爵だ。
 シリルが生まれて父になった僕は、いよいよオーウェン公爵と約束を果たす為の一歩を進める事になった。

「ようこそ、いらっしゃいました」

 街壁を伝い、唯一の出入口に止まると、責任者が迎え入れてくれる。

「行こうか」

 オーウェン公爵は優しく目を細める。僕は頷いて彼の後に続いた。
 今日はオーウェン公爵と共にアデルの保護地区の視察を行う。初めての訪問である僕に地区内を案内するのが目的だ。
 
 それでは、ご案内いたします。と、責任者は僕たちを場内の入り口にある建物へ案内した。
 建物の内部には何人かの人々が列を成している。
 
「ここは検問所と浴場施設のある建物です。保護地区にいらっしゃる方は必ず医療機関での診断書が必要です。こちらの検問所で診断書を確認した後は、浴場で身を清めてようやく保護地区に入る事ができます」
 
 アデルを守るための衛生管理はかなりしっかりしているらしい。僕たちは並んでいる人々の脇を通り抜け、場内を進む。その先は渡り廊下になっていてとても大きな建物へ続いていた。

「こちらは訪問者がアデルとの時間を過ごす場所です。地区内で一番大きな施設でして、部屋は200ほどあります」
「200ですか」

 王都に一つしかない保護地区の数として200部屋という数が、多いのか少ないのかは判断がつかない。だが、ずらりと並ぶ部屋の数は圧巻だった。
 責任者は空いている1室へ僕たちを通してくれた。部屋はシンプルなワンルームで大きめのベッドが置かれている。

「部屋は大体同じ作りになっていまして、最上階のみ特別室があります」
「相手はどうやって決まっているのですか」
「原則はアデルが選びます。こちらへどうぞ」

 部屋の奥にはさらに扉があり、責任者はそちらへ導いた。
 
「ここからは一般の方は入れない区域です」

 扉を開けると、その先は何階層にもなった開放廊下を持つ大きな広間になっていた。広間では何人かの人々が思い思いに時間を過ごしている。きっと彼らはアデルだろう。

「広間はアデルの待機所になっていまして、アデルはこちら側の小窓からフェロモンを確認し、入室します」
「ああ、相性の確認をするんですね」
「ええ、そうです。逆にエバから指名をするには相当額の料金の追加が必要です」

 時々質問をしながら、一通り施設を見て回る。あらかた見て回ると隣で静かに見守っていたオーウェン公爵が、ゆっくりと口を開いた。

「次は生活区を見に行こうか」
「生活区、ですか」
「ああ、ここまではアデルの役目を果たすための施設だ。彼らにも生活をする場所がある」
「そうか、そうですよね」
「では生活区へご案内いたしましょう」

 責任者とオーウェン公爵に続いて歩き出す。長い通路を抜け階段を下ると、生活区の入口らしき広場にたどり着いた。
 生活区は思った以上に賑わっていて、以前訪れたイーストフィールズの雰囲気に似ていた。店が立ち並び、人も多く行き交っている。

「ここは生活区の中でも大広場と呼ばれる場所で、様々な品を取り扱っている店舗があります」
「こんなにお店があるんですね」
「生活に必要なものはここですべて賄えるようになっているんだ」
「ええ、保護地区に住まう人々の生活を支える場所ですから、ほとんどのものが揃いますよ」
「なるほど……お店の人も皆さんアデルなんですか?」
「いえ、ほとんどはエバですね。特別に出入りを許可された商人か、アデルと家庭を持って保護地区に住んでいるエバがやっているお店が多いですよ。以外と保護地区にはエバが多いんです」
「そうなんですか……」
「保護地区のアデルももちろん家庭を持っている。ここで遊ぶ子供達もそういった家庭の子だよ」
 
 たしかに広場の中心にある噴水の周りでは子供たちが楽しげに遊んでいる。その姿を見るとまるでここが保護地区の外であるかのような錯覚に陥るようだった。
 
「賑わっていて、とても良い雰囲気ですね」
 
 思わず呟くと、隣にいたオーウェン公爵がふっと笑った気がした。顔を向けると、彼は優しく微笑んでいた。
 
「そうだな、皆、穏やかな日々を送っている。だが――」
 
 そこで言葉を切ったオーウェン公爵の視線を追うように前を向く。奥には保護地区を囲う街壁が見える。

「――彼らには壁に囲まれたこの限られた世界しかない」

 公爵はそう静かに言った。

「保護地区にいるアデルは、好いた1人のエバと結ばれて正常な家庭を持っている。アデルのほとんどはそういった保護地区の家庭から生まれる。生涯この保護地区から出ない者もいるんだ。」

 そう言われると賑わっている平和な広場が急に狭い世界の様に感じられた。
 ここに住むアデルと僕は、何ら変わりはない。それなのに彼らと僕が見ている世界はきっと全然違うのだ。

「彼らは狭い世界で生きている。私は彼らに広い世界を見せたい」

 オーウェン公爵の目線は子供達に向けられている。

「……私達の手であの子達が自由に暮らせる世界を創ろう」
 
 それはどんなに素晴らしくて、果てしないことだろう。僕は目の前に広がる活気のある広場を見ながら、ただ静かに頷くことしか出来なかった。
 
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...