アデルの子

新子珠子

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第二章 深窓の君

65. 憧憬

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 ユリウスの温室はドーム状のガラス張りになっており、見上げるほどの高さの樹木や緑にガラス越しの淡い光が降り注いでいた。まるでそこだけ季節が春のまま止まっている様に思えてしまうほど美しい。温室はとても広く、個人の温室と言うよりは植物園と言った方が良いくらいかもしれない。


「……すごいな……」

 僕は思わず感嘆の声を漏らした。

 応接室で他の2人の参加者と挨拶を終えて、僕たちは温室に来ていた。温室の一角にはパーゴラが置かれ、その下に6人掛けのテーブルが用意されていた。
 テーブルの上には優しいレース生地の白いクロスが掛けられ、縁に美しい植物の模様が描かれた陶器のショープレートが置かれている。テーブルランナーや食器には華美にならない程度に金の刺繍や細工が施されており、カトラリーやポットは銀製で美しく磨き上げられていた。中央付近には草花がさり気なく飾られていてまるで春の茶会に来たような、明るい気分になるような席だ。

 僕はひとしきりテーブルウェアの美しさを楽しんだ後、隣に座るユリウスに顔を向けた。

「とても素敵ですね」
「ありがとう、是非ゆっくり楽しんで」
「はい、ありがとうございます」

 ユリウスは優しく笑う。
 僕たちが歓談をする中、使用人がスタンドや紅茶の給仕をし始めて、6人のお茶会が穏やかに始まった。


 僕はジーンとユリウスが紅茶や食べ物に口を付けるのをさり気なく確認し、そっと自身の紅茶に口を付けた。すると、僕の目の前に座っていた青年と目が合う。

「ティト様はお好きな食べ物はありますか」

 僕の向かいに座る青年は、爽やかに微笑むと静かな口調でそう口を開いた。
 彼はオリーブブラウンの髪をさっぱりと短く整えていて、日に焼けているのか小麦色ぎみの肌をしている。精悍というにはまだ若く健康的で、ジーンと同じように日ごろから鍛えているのが分かる引き締まった体格だ。

「そうですね……色々な食べ物が好きですが、平桃が好きですかね。アシュリー様は何がお好きですか?」
「俺ですか?ううん、俺もなんでも好きなんですが……一番は肉ですかね」
「ふふ、そうですか。僕も好きです」

 僕の目の前に座る青年――アシュリー・ディンクシャーは少し照れ臭そうに笑った。自身に問われると思っていなかったのか、かなり正直な返答に思わず笑ってしまう。彼は遠慮しがちに静かに話しかけてくれるが、逆に質問をすると飾らない率直な返事をくれて、とても感じの良い人だった。

「アシュリーは色気がないなぁ」
「お前だって好きなくせに」

 アシュリーの率直な答えに彼の隣に座っているキャラメル色の髪にそばかすの青年――コルディも呆れたように笑う。
 アシュリーとコルディは今回のお茶会に参加してくれたジーンの部下の2人だ。2人とも若く10代後半か20代の前半くらいに見える。陸軍に所属している事もあり、快活で気持ち良い雰囲気の2人だった。2人は同じ部隊に所属する同僚の様で気安い雰囲気でとても仲が良いらしい。

 彼らの様子を見ていたユリウスがくすくすと笑う。

「アシュリー達がそう言うと思って今日のサンドウィッチはローストビーフも入れて貰ったよ。ティト君もリノさんも食べれそうかな」
「はい、ありがとうございます。僕も好物なのでとても嬉しいです」
「とても美味しいです、お気遣いありがとうございます」
「良かった、無理のない範囲で食べてね」

 ユリウスはにこりと微笑むと自身もサンドウィッチを食べ始める。彼の手に取ったサンドウィッチもビーフがたっぷりと入っていたが、一つ一つの所作がとても美しく食べる姿も格好が良かった。

 アシュリーとコルディは上司の前であるからか、所作自体は綺麗であるものの、とても気持ちの良い食べっぷりで、時々交わされる会話も僕がアデルであると言う事をあまり気にしていないような、さっぱりとした話し方をする人たちだった。
 きっと僕が社交に慣れていない事を考慮してくれたのだろう。好青年な2人に僕は思った以上に緊張もせず、純粋にお茶会をお楽しめそうだと安心していた。

 しばらく歓談をしていると、斜め前の席に座るジーンがこちらに顔を向けた。

「クローデル侯爵はどうだ?食事は摂れているか」
「そうですね、食事は比較的摂っているのですが……やはり体調が優れない日も多いです」
「ああ、そうか」

 ジーンが頷くと、リノがそっと口を開いた。

「ジーン様がご懐妊された際は、体調はいかがでしたか」
「私か」

 ジーンは返事をするとユリウスの顔を見た。

「私は相当魔力障りが重かったよ」
「そうだったのですか……」
「ああ、魔力障りの時期は殆ど軍職も務められなかったし、寝込んでいる事が多かったな。ユリウスにも大分心配を掛けてしまった」

 ユリウスは困ったようにジーンに微笑み返し、首を振った。

「僕は何も、ジーンの体調が悪くても何も出来なかったんだよ」
「そんな事はないさ」

 ジーンは穏やかにそう言うと、ユリウスは安心した様な優しい顔をした。

「あの、僕レヴィルに何もできていなくて……具体的に彼に何をしてあげれば良いのか、よろしければアドバイスをいただけないでしょうか」

 僕がおずおずとそう口にすると、ジーンが少し悩んだ後、ゆっくりと答える。

「そうだな……まずは無理せず休めるように環境を整えてやってくれ、彼は頑張りすぎるからな。後は何かして欲しい事があるか逆に聞いて見るといい。私はユリウスがそうしてくれたから大分気が楽だった」

 ジーンは優しくユリウスを見た。ユリウスは照れ臭そうに微笑んで、ありがとうと言う。
 そんな様子を見たコルディが感嘆する様にほう、と息を吐いた。

「夫婦ってこんな感じなんですね……なんだかとても新鮮です。素敵ですね」

 コルディは屈託のない笑みを浮かべた。僕の向かいに座るアシュリーも同じように思っていたのか、そうですねと言って頷く。 貴族の生まれである彼らにとっても、夫婦と言う関係は縁遠い関係だ。彼らの反応はただただ素直な反応であった。




 僕たちはしばらく歓談をして、彼らの陸軍での生活やそれぞれの趣味の話などに花を咲かせた。ディンクシャー伯の子息であるアシュリーは剣術が趣味の様で、ぽつぽつと遠慮がちに話す彼の話を聞くのは面白かった。
 アシュリーの話を聞いていたユリウスは、僕の方を見て優しく微笑む。

「たしかティト君も剣術をするんだろう?」
「はい、始めたばかりで腕はまだまだですが」
「え、そうなんですか」

 アシュリーがぱっと顔を上げて僕を見た。

「剣術は主に何をしていらっしゃるんですか?」
「今はスモールソードをメインに習っています」
「本当ですか、良いですね」

 今までどこか遠慮がちだった彼が急に前のめり気味になる。隣に座っていたジーンがその様子を見て呆れた様に少し笑った。

「アシュリーは剣術バカなんだ。軍でももう剣は実用的には使われていないが、剣術大会は残っていてね。アシュリーは今年は優勝を狙っているんだよ」
「ええ、そうなんですか。それはすごいですね」

 アシュリーは照れ臭そうに笑って首を振った。

「優勝を目標にはしていますが、実際にはそこまで強い訳ではないんです」
「この前は隊長相手にもあっさり勝ってたくせに何言ってるんだか」
「隊長に勝ててもお強い方はまだまだいるだろう」

 意気込むアシュリーを見て、隣に座るコルディがやれやれと言った雰囲気で肩を竦める。その様子を見ていたユリウスもくすくすと笑った。ユリウスは銀色の髪を耳に掛けると優しくアシュリーを見る。

「アシュリーは憧れている人がいるんだよね」
「はい」

 彼は笑って頷くと、少し照れ臭そうに僕を見た。

「実は……俺はジェイデン・ドリス元小隊長に憧れて陸軍に入ったんです」
「えっ?」

 僕は思いもよらない人物の名前に思わず声を上げた。彼は僕が驚く事を分かっていたのか、少しだけ可笑しそうに笑う。

「成人前に剣術大会でドリス元小隊長が優勝する姿を見たんです。本当にカッコよくて……その姿に憧れて陸軍を目指し始めました」
「そうだったのですか……」
「はい、今はクローデルにいらっしゃるそうですね」
「ええ、ジェイデンは僕の護衛と、剣術の教師をしてくれているんですよ」
「はい、先ほど中将から護衛をしていらっしゃるとお聞きしてびっくりしました。護衛だけではなく剣術の師範でもいらっしゃるんですね。ドリス元小隊長に手解きを受けれるなんて本当に素晴らしいです」

 そう言ったアシュリーの瞳には温室の淡い光が差し、きらきらと光っているように見えた。その様子を見ていたジーンも穏やかに笑う。

「アシュリーが入軍した時にはジェイデンはもう退役していたからな。憧れてやまない相手なんだよ」
「そうなんですね……今日も付いて来てもらえれば良かったな」
「ええ、そうですね……彼はちょうど休暇に入っていまして今日は一緒に来ていないんですよ」

 リノが申し訳なさそうにそう言った。ジェイデンは聖夜前後に休暇を取らなかったため、数日間の休暇を取って貰っていた。今日護衛で付いて来てくれたのも彼とは別の者だ。
 僕たちが残念そうにしていると、アシュリーが笑って首を振った。

「いえ、俺が一方的に憧れているだけなのでお会いしてもドリス元小隊長は困ってしまわれると思います。今何をしていらっしゃるのかお話を聞けただけでもう充分です」

 彼は満足そうに笑ったが、何となくそれでは僕の気が済まなかった。僕は少し考えた後、思い切って顔を上げる。

「アシュリー様、よろしければ今度、僕たちの屋敷に遊びにいらっしゃいませんか」
「え」

 彼は驚いた様に僕を見た後、戸惑う様な表情を浮かべる。

「それは……とても嬉しいお誘いですが……」

 彼はなんと答えるべきか悩んだのだろう。少し言葉を詰まらせ、ジーンの方を見た。もしかすると僕が初対面の相手に苦手意識を持ちやすいから、今日は必要以上に僕と関係を進めないように言われていたのかもしれない。

「良いんじゃないか?ジェイデンに指導してもらえばよい経験になるだろう」
「それは、俺は……とても嬉しいですが……ご迷惑をおかけしてしまうのでは……」
「そんな事はありませんよ。ジェイデンは稽古を付けるのを嫌がるような人ではないですし、それにティトは今までジェイデンとしか稽古をしたことがないんです。私は剣術の経験がなくて……きっとアシュリー様に手合わせをしていただいたら良い経験になりそうです」

 リノは迷っているアシュリーに助け舟を出すようにそう言った。アシュリーは戸惑いの表情を残したまま、僕たちを見た。
 僕も少しだけ笑って彼を見る。

「僕も手合わせをお願いしたいです」

 アシュリーはもう一度ジーンを見た後、そっと頷いた。

「お心遣いありがとうございます。ぜひ機会がありましたらお伺いさせてください」

 彼は遠慮しがちではあるが、嬉しそうに微笑んだ。
 それはアデルである僕との接点を得たことに喜んでいる訳ではなく、間違いなく憧れの人物に会える事を喜んでいる表情だった。





 お茶会が穏やかに終わり、ユリウスの好意で少しだけ温室の中を散策させてもらう事になった。リノはユリウスとアシュリーと何かを話し込んでいるようだったので、僕は少しだけ1人で歩かせてもらう。
 温室内はどこも植物が植えられ、とても美しい。散策路のようになっている小道を進むと、拓けた場所に小さな滝と池が設けられていて、そこでジーンが池を眺めていた。

「ジーン様、こちらにいらしたんですね」
「ああ……すまない、ユリウスが案内をしてると思ったが、1人だったか」
「ユリウス様はリノと話していて、ゆっくりと見て回らせて貰っていました」
「そうか」

 ジーンは優しく微笑んでまた池に視線を戻した。

「無理はしていないか?」
「はい、皆様のおかげで楽しく過ごさせていただきました」
「それなら良かった」

 ジーンはふ、と表情を緩めた。

「アシュリーの事、社交辞令ならば無理にとは言わないが、君の気が向けばジェイデンに会わせてやってくれ」
「はい、必ずお誘いします」
「そうか、ありがとう」

 彼は優しい眼差しで水が落ちる滝を眺める。

「彼が軍職に就いていられるのは今年までなんだ。先程はアシュリーはああ言っていたがきっと今年の剣術大会こそは勝ちたいと思っているはずだ。結果はどうなろうとジェイデンに会えるのであればきっと良い思い出になる」
「……え?」
「彼が自由に過ごせるのは20歳の誕生日までなんだよ」
「それは……どういう意味でしょうか」

 ジーンはゆっくりとこちらを向いた。彼は静かな瞳で僕を見つめる。

「彼はディンクシャーの次男だ。貴族の家で次男に生まれた者は、16歳になるとアデルの居る貴族領を転々として春を貰う生活をしなくてはいけない。子を宿すまでずっと同じ場所に留まる事はできない者も多いんだ。だから、軍職には就けないんだよ」

 ああ、そうか、と僕は腹に落ちた気がした。
 貴族の家に生まれたエバの次男も血を繋ぐために労力を割かなくてはいけない。貴族は高位であるほど保護地区ではなく貴族間での血筋を望む。ディンクシャーの家もきっとそうなのだろう。アシュリーも本来であれば家に入り、子を宿すまで様々な領地を転々としなくてはいけないはずだ。

「ジェイデンが剣術大会で優勝する姿を見て、次男でも活躍している人がいる事に酷く感銘を受けたそうだ。それがきっかけで20歳まではやりたい事にチャレンジをさせてほしいと伯爵に頼み込んだらしい」
「……そうだったのですね」
「ああ、ディンクシャー伯は理解のある方だったが、周りの人間に認めさせるために彼は在籍していた学院を主席で卒業して、軍の入団試験にもトップで入った。彼が退役しなくてはいけないのが本当に惜しい。前向きでとても優秀な人材なんだよ」

 次男の役目を果たす事が出来ず、苦しみぬいたジェイデンが別の誰かに希望を与えていたことが、なんだか泣けるほどに嬉しくて、そして堪らないほどに切ない。アシュリーは僅かな年数の自由を掴むために、どれほど努力をしたのだろう。次男に生まれたから、アデルだから、魔力を操る力があるから、そういう理由だけで、僕たちはただやりたい事を素直にする事も出来ない。それが遣る瀬無かった。

「今日、このお茶会に出席するまで……僕に打診を掛けてくる相手にはその気があるのだろうと思っていました。僕は望まれているのだと……なんとなく漠然と思ってしまっていた。――でも僕もアシュリー様も状況は変わらない。僕の春を買う事なんて、お互いに望んでいないんですね」

 ジーンは僕の言葉には答えなかった。それは間違いなく肯定を示しているのだろう。

「誰もがこんな環境を望んでいるわけではない。相手にも心があるし、望む未来がある。僕は…………そんな事すら思えていませんでした。」
「……今の環境ではそうなってしまうのも無理はないだろう」

 彼はただ静かに僕を見ていた。そしてゆっくりと口を開く。

「でも君は自身で気づけた。これからどう行動していくかが大切なのではないか」

 滝を落ちる水の音だけが響く。

「はい」

 僕は水音で声が掻き消えない様に彼を見据えてそう答えた。





「ジーン、ティト君、ここにいたんだね」

 しばらくすると、散策路からユリウスが歩いてきた。もしかすると僕を追いかけてくれたのかも知れない。

「ああ、そろそろお開きにしようか」
「そうだね、ティト君、今日は良く頑張ったね」
「はい、ありがとうございます」

 ユリウスは僕の肩をぽん、と撫でた。その声色はとても優しい。

「ユリウス、私は先に戻っているよ。少し彼を案内しながら戻るといい」
「ん?うん」

 ジーンはそう言うとゆっくりと来た道を戻って行った。ユリウスは少し不思議そうな表情でジーンを見送る。

「何の話をしていたんだい?」
「アシュリー様のお話をお伺いしました」
「……ああ、そうか」

 ユリウスも知っているのだろう。彼は納得した様な表情をして、ぽん、ともう一度僕の肩を撫でた。

「……ユリウス様はアデルに生まれて、苦しいと思ったことはありますか」
「…………あるよ。今でも苦しいと思うこともある。」

 彼は近くにあった植物の葉をそっと撫でると、静かに微笑んだ。その仕草は勘違いかもしれないが、とても切なげで、まるでこの温室を贈った王太子へ想いを馳せている様だった。

「でも僕には素晴らしい伴侶がいて、可愛い息子たちがいて、とても恵まれている。だから今を悲観するのではなく、僕は妻や子供たちの未来のためにできることをしたい。子供たちには好きな人と添い遂げられる未来を作ってあげたいと思っているよ」

 僕は来年には父親になる。
 もしこの先、レヴィルやリノがさらに子を宿せば、その子は”次男”の役目を背負う事になる。

 自身の子が望むことを認めてやれない未来はどんなに苦しいことなのだろう。僕にはまだ想像が付かなかった。それでもオーウェン公爵やセレダの母親の、泣きたくなるほどに優しい表情が思い浮かび、何だか堪らない気持ちになった。

「今日は……ここに来れて良かったです。本当にありがとうございました」
「……うん、ありがとう。また是非遊びにおいで」

 そう言って微笑むユリウスはオーウェン公爵と同じとても優しい瞳をしていた。








「ティト?」

 向かいに座るリノから声が掛かり、僕はぱっと顔を上げる。

「気分が悪い?」
「ううん、そんなことはないよ」

 僕とリノはお茶会を終え、馬車で帰路についていた。リノは僕の顔色を確認し、安心した様に微笑む。僕はそっと彼の隣の座席に視線を落とした。

「隣座ってもいいかな、やっぱり僕も進行方向が良くて」
「うん、もちろんだよ」

 行きとは逆の立場になって、今度は僕がリノの隣に移動する。彼も同じ事を思ったのか、淡く笑った。

「今日は来れて良かった。ありがとう、リノ」
「……良かった、こちらこそありがとう」

 僕はそっと彼の頬に触れる。

「リノ」
「ん?」

 少しだけ彼の顔を上げ、僕はそっと彼に口付けをした。

「ふふ、どうしたの」

 リノは僕の様子を伺う様に僕を見上げ、優しい榛色の瞳で僕を見た。僕はじっとその瞳を見つめて彼の頬を撫でる。

 彼は幼い頃から僕をずっと見守って、支えてくれた。従者という立場ではあったが、もう一人の兄と言ってもよいし、もしかすると母に近かったかもしれない。ただ、これだけは間違いがない事なのは、僕の大切な人だという事だった。
 僕はずっと彼の優しさに甘えて、レヴィルとリノの2人の想いの置き場を先延ばしにしてしまっていた。僕はオーウェン公爵やユリウスの様に大きな志を持てている訳ではない。でも、だからこそ僕が今、一番最初にすべきなのは、大切な人を幸せにするために何をすべきなのかを考える事なのだと思う。

「僕は……ずっとレヴィルを好きな想いとリノを好きな想いを二つ持つことが苦しくて、覚悟を決めれなかった。そう言う悩みを言葉に出来なくて、ずっと心配させてごめんね」
「ううん……良いんだよ、そう思うティトの気持ちは自然な事だよ」

 リノはそう言って優しく僕の頬を撫でた。
 彼はどこまでも優しくて僕に甘い。僕はリノの腰を引き寄せ、グッと抱きしめた。彼のビターオレンジの香りが香って、僕は堪らずに彼の首筋に顔を埋める。

「リノは……僕が何をしたら嬉しい?」
「ふふ、僕にも聞いてくれるの?」
「もちろん、リノも大切な僕の伴侶だから、知りたいよ」
「……うん、ありがとう」

 彼は僕の肩口からゆっくりと顔をあげる。お互いの息が混ざり合うほどの近くで、彼は微笑む。

「ティトは……僕に何をしたいと思ってくれてるの?」
「…………これはリノのためと言うよりも僕がしたい事……だけど」
「うん」
「――――貴方を抱きたい」

 僕がそう答えると、リノはゆっくりと瞳を細めて僕の首に手を回した。



「うん……僕も……」


 リノは少し泣きそうな顔で美しく笑い、ゆっくりと僕を引き寄せた。
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