アデルの子

新子珠子

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第二章 深窓の君

51. 花

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 レヴィルはオンシーズンは午後に議会に出席し、夜は社交の場に出席する事が多い。そのため午前の内にレヴィルから仕事を教わり、午後から稽古や勉強など自分の事をする事が多くなっていた。



「そろそろ終わりしようか。」

 レヴィルが少し疲れた様子でそういった。

「はい、お茶を頼みましょうか。」
「いや、いい。」

 レヴィルは書類を置くと、ふう、と息を吐いて立ち上がった。そのまま応接セットに移動して、ソファに腰を掛ける。

「少し休もう。」
「はい。」

 僕は今日も書斎で彼から仕事を教わっていた。
 ちょうどキリがいい所だったので僕はそれまで見ていた資料を閉じ、整理整頓をしてからレヴィルの方に向かう。
 ソファの前に立つと彼はぐっと僕を引っ張った。

「わっ…」

 倒れそうになる僕をそのまま抱きしめ、僕の首筋に顔を埋める。どうやら僕の匂いを嗅ぎたかったらしい。
 僕は体勢を立て直し、おずおずと彼を抱きしめ返した。

「レヴィル?昨夜も遅かったでしょう。少し仮眠を取ったらどうですか。」

 侯爵という立場である事や議員である事、僕の保護者であると言う立場が重なっている事もあり、レヴィルは連日社交の誘いが絶えない。昨晩も遅くまで戻って来なかった様だった。オンシーズンの彼はかなり忙しい。

「…仮眠はいい。もっとフェロモン出してくれ。」

 レヴィルはそう言うと甘える様に僕に擦り寄る。普段の彼は凛として気を張っている事が多いので、日中にこんな風になるのは珍しかった。

「…ティト」

 僕が何もせずにいると、レヴィルが強請るように僕を呼ぶ。彼のダークブルーの瞳はゆらゆらと揺れていた。

「お前がお預けをするから寂しいんだ。匂いくらい嗅がせてくれてもいいだろ。」

 ぎゅう、と僕を抱きしめる。思わず苦笑して少しだけフェロモンを出した。

「すみません、根性がなくて。」
「そんな事言ってない。」

 レヴィルは僕の首筋にキスを落としながら、すん、と匂いを嗅ぐ。彼はそのまま背をソファに預け、僕に足を絡ませた。彼のしたい様に身を任せる。身体が密着し合い、ソファに寝そべるような体制になった。
 段々とジュニパーとグレープフルーツの香りがしてきて、僕は思わず彼の首元にキスを落とす。

「ん……俺がワガママを言ってるだけだ…少し付き合ってくれ。」

 レヴィルは僕の頭をくしゃりと撫でた後、頬を両手で包み込む。

「うん……」

 そのまま噛み付くように口付けを交わした。
 彼は僕の後頭部に手を差し込み、舌を絡ませる。それは濃厚な口付けだった。



 精通後、僕たちは一緒に眠る時は必ずセックスをしていた。けれど頻度は6~8日に1回程度だ。
 僕は相変わらずレヴィルとリノと交互に寝室を共にしているが、最近はまだ王都に慣れない事もあり、1人で過ごす時間を貰いたくて、それぞれと過ごした次の日から何日かは1人で過ごす日を貰っている。
 1人の時間が欲しいと言う気持ちはもちろん本当なのだが、精通をした後のレヴィルとのセックスが想像を絶するほど良くて、頻度が高いとクセになりそうで怖かったと言うのも、正直な所、理由の一つではあった。そして、レヴィル自身も忙しいと言うのがやはり理由としては大きい。
 僕としては彼の負担になる様なことはしなくなかったが、もしかすると彼は少し物足りなく感じているのかもしれない。

 今日は前回レヴィルと過ごしてから5日目だったが、彼の社交の予定が立て込んでいるため、次に彼と過ごすのは明後日の予定だった。


「……ティト…」

 レヴィルは僕とキスをしながら、僕の手を胸元へ導いた。彼が触って欲しい時にする仕草だ。本当に寝室以外でこんな風に強請られるのは珍しい。

 僕はそのままベストのボタンをゆっくりと外す。

「……ん……」

 シャツ越しに彼の身体を撫でると、薄く声が漏れた。

 レヴィルは少し身を捩り、僕が触りやすい様にしてくれる。僕は彼の乳首辺りにゆるく触れて、時々ゆっくりと爪で引っ掻いた。
 彼ははぁ、と熱を孕んだ吐息を吐き、またキスを強請る。ゆっくりと身体をなぞり、時々乳首を愛撫しながら、何度もキスを重ねた。

「僕……貴方に我慢…させてますかね…」

 レヴィルはどこかトロンとした表情のまま、僕を見る。彼は僕の下半身へ手を伸ばし、スラックス越しにゆっくりと僕のものに触れた。愛おしそうに形を確かめる様にすり、すり、とそれを撫で上げる。

「俺は毎日でもお前のこれが…欲しいよ……」
「…っ………」
「…でも…そんなにワガママを言ったらお前が困るのも分かってる……お前のペースで良いんだよ、焦る必要はない。」
「………はい…」

 レヴィルは艶っぽい雰囲気をどこか漂わせたまま、美しく微笑んだ。

「でも…もう少し怖くなくなったらで良いから…湖水の時の様に…抱かれたい…何日も一人寝をすると…お前を思い出して…ここが切ないんだ。」

 彼は自分の下腹部を撫でながら、囁く様にそう言った。

「…っ」

 その声も仕草もどこまでも甘く、堪らなくなって息を詰める。僕のものは彼の色気に当てられて、僅かに反応をしてしまっていた。

「ふふ、今ので反応したか?」
「…っすみません」
「謝るな…嬉しいよ」

 レヴィルはそう言うと僕の頬を優しく撫でた。色気に当てられそうで彼から離れようとするが、彼は絡めた足を離さなかった。でも、フェロモンの匂いはほとんどしなくなっていて、僕が何かを言わない限りは、それより先に進めようとするつもりはないらしかった。

「…まだ昼食まで時間はあるか?」
「どうでしょう、そろそろ声がかかりそうな気もしますけど…」
「そうか。」

 レヴィルは明らかに残念そうに頷く。

「じゃあ呼ばれるまで、こうしていてくれ…何もしないから…フェロモンも出さない。」
「…うん」

 彼はゆっくりと僕を抱きしめると、肩口に顔を寄せた。

「早くお前と過ごしたいな…。」
「うん……僕もです。」

 僕がそう答えると、彼はふ、と優しく笑った。

「それなら良い。……明後日は俺が嫌だと言っても聞かなくて良いからな、沢山してくれ。」

 僕はうん、と返事をするべきなのか分からず曖昧に微笑む。

「………最近…全然余裕なくて…レヴィルに言われても中々止められなくてすみません…」
「何で謝るんだ。お前が激しくしてくれるとすごく気持ちいいよ…俺は好きだ。」

 思いもよらない彼の言葉に僕はまた言葉を詰まらせる。

「…また反応したな。」
「……っこの話題だと昼食までに落ち着かないので…別の…話にしませんか…」
「ふふ、可愛いな……いいよ。」

 レヴィルはそう言って僕の耳朶にキスを落とした。







――――――――――――――――――


 レヴィルは昼食をタウンハウスで済ませた後、議事堂に向かう。だから大抵の場合、昼食の時間は3人で過ごす事ができていた。このシーズンになると本邸で1人で食事をしていた事を思うと、僕にとっては幸せな時間だ。

「ティト、ハリス様との約束の日は決まったんですか?」
「うん、何日か候補日は伝えたから、ハリスから返答が有れば決まると思う。」
「そうですか。」

 リノは優しく頷く。隣に座ったレヴィルが僕を見た。

「大丈夫そうか?」
「どうでしょう。正直…まだ分からないです。」
「あまり無理はするなよ。先方も事情は重々承知してくださっている。難しい時はその場でハリスに伝えても失礼にはならない。」
「はい、ありがとうございます。」

 僕たちは昼食を摂りながら、会話を進める。

 僕は王都での初めての外出らしい外出を、親交の深いカイザーリング伯爵の子息であるハリスとする事になった。これは相手方から誘われた訳ではなく、僕からハリスにお願いした事だ。

 僕はまだ王都と言う場所に苦手意識があり、外出をあまり出来ていない。レヴィルもリノも無理には僕を外に出そうとしないし、たまに外出する時は僕を護ろうとしてくれているのを感じていた。それはとてもありがたい事なのだが、このままだとずるずると苦手意識を持ったままになってしまいそうで、思い切ってハリスに一緒に外出をして欲しいとお願いをしてみたのだった。

「ハリス、相当張り切っているみたいだぞ。伯爵に何度も相談しながら、無理せずお前が楽しめるようにとデートコースを考えているそうだ。」
「ふふ、素敵ですね。」
「うん、そうだね、嬉しいな。」
 
 僕は若干なんとも言えない気持ちになりながらも笑って頷いた。
 相変わらず保護者同士に全て筒抜けなのは、正直かなり気恥ずかしい。けれど僕の為に一所懸命になってくれるハリスの気持ちはとても嬉しかったし、不安は大きいものの楽しみなのも確かだった。

「"花"の準備はできましたか?」
「うん、今日の午後に品を持ってきてくれると連絡があったよ。良かったらリノも一緒に見てくれないかな。微修正があればそこでお願いしたんだ。」
「ええ、もちろんです。」

 リノがそう言って微笑むと、レヴィルは軽く息を吐いた。

「"花"も王都の初デートもハリスのものか。」
「…レヴィル、意地悪な事は言わないでくださいね。」
「分かっているよ…嫉妬はするがな。」

 レヴィルは肩をすくめて、そう言った。リノはそんなレヴィルの様子に困ったように笑う。

 ”花”というのはその名前の通り花のコサージュの事だ。僕はそれを外出の際にハリスにプレゼントするつもりだった。それは単純な装飾品のプレゼントという訳ではない。

 レヴィルは冗談めいた表情を変え、静かに僕を見た。

「”花”の件は、カイザーリング伯爵には事前に伝えるぞ。伝えてしまったら、もう辞める事はできない。本当に伝えていいか。」

 レヴィルの言葉に身体が強張る。僕はすぐには返事はできなかったが、それを察したのか、リノがそっと僕の手を握った。リノの方を見ると彼は優しく微笑み頷いてくれる。
 僕は彼に頷き返して、レヴィルをゆっくりと見据えた。



「はい、お願いします。」

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