アデルの子

新子珠子

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第一章 静かな目覚め

45. 交わり**

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 多分、唇が触れ合ったのは一瞬だった。


 すっ、と緩やかな力で押し返され唇が離れる。我に帰り、彼の頬から手を外すと、彼は静かに翡翠の瞳をこちらに向けていた。

 目が合うと、彼は淡く微笑む。

「…お心遣い痛み入ります……でもティト様にそこまでしていただく必要はありませんよ。」
「………いや………違う……」

 ゆっくりと優しく身体が引き離され、距離を取られる。
 僕は彼の顔を直視できず、額に手を置いた。


 最低だ。


 さっきまで偉そうに言っていた事と自分がやってる事は完全に矛盾している。彼の意志を無視して、衝動も抑えられない己の未熟さにゾッとした。

「…これで…私はエバとしての未練を捨てる事ができる。これ以上、望む事は何もありません。」

 彼の口調はとても穏やかだったが、これ以上はお互いに踏み入るべきではないと、忠告されている様だった。僕はすぐには答えることができず、項垂れてただ強く目を瞑る。


「……ああ…っ分かってる………馬鹿なことをした…ごめん。」
「いいえ…ティト様、罪悪感を持たれる事はありません。でも、もうこれで区切りをつけましょう、よろしいですか?」

 僕はしばらく顔を伏せていたが、ジェイデンの言葉に頷いた。

 ジェイデンは少しだけ微笑み、すっと、ソファから降りて僕の前に膝跨いた。




 そして、胸に手を当て、僕に向かって深く忠誠の礼を取る。

「私は貴方が進まれる道に少しでも役に立てるよう、教師として、護衛として、この身を捧げます。
私、ジェイデン・ドリスはティト・クローデル様に忠誠を誓います。」




 自分でこの選択を選んだ。
 ジェイデンはその意思を汲んで応えようとしてくれているだけだ。



 泣くな。


 泣くな、泣くな、泣くな。




 下唇を強く噛む。
 ギリ、と痛みが走るが、血が出ても構わなかった。


 僕はそっと彼の肩に手を置いた。
 声が震えないよう、一度息を吐いてからゆっくりと口を開く。


「……忠誠を受け入れる…頼むよ、ジェイデン・ドリス。」
「…はっ」


 ジェイデンは短くそう答えると、深く深く頭を下げた。








――――――――――――――――――




 今夜はレヴィルと過ごす日だと思い出したのは、テディが念入りに寝支度や入浴の支度をしている事に気付いてからだった。




 彼の手伝いを受けて身を清め、香りの良い清潔な寝着に着替える。テディは僕の寝支度が整うと、少し心配そうに微笑み、就寝の挨拶をして静かに部屋を出て行った。

 美しく整えられたベッドに腰を掛け、ふう、と息を吐く。精通をしてからは思った以上に慌ただしく、レヴィルと過ごすのは今夜が初めてだった。
 まだ僕はレヴィルの中に魔力を注いではいない。

「………今日だったか……」

 僕は静かにそう独り言ちた。
 顔を両手で覆い、もう一度息を吐く。レヴィルが来るまでに気持ちを整えなくてはいけない。僕は何度か深呼吸をしてレヴィルが来るまでの時間を待った。






 しばらくすると静かにレヴィルが部屋に入って来た。薄灯に照らされるレヴィルは湯上がりなのだろう。髪を下ろしており、凛々しく清らかな美しさを讃えていた。

 けれど、ベッドに歩み寄り、僕の顔を見るとすぐさま心配そうな顔になってしまう。

「ティト、大丈夫か?」
「………ちょっと緊張しています。」

 ゆっくりと隣に座ると、僕の前髪にさらりと触れる。目が合うと彼は困った様に微笑んだ。おそらくどんなに取り繕っても元気がない事はお見通しなんだろう。

「…今日は一緒に寝るだけにしようか。」
「……いや…」

 レヴィルを抱きしめ、そっと首筋に顔を埋めた。

「しましょう」

 甘える様に声を出して、僕はゆっくりとレヴィルをベッドに押し倒した。

「…ティト」
「…だめ…?」

 僕が強請るように声をあげると、レヴィルは僕を軽く押し返し、僕の瞳にかかった髪を退かした。美しいダークブルーの瞳が僕の様子を捉えようと真っ直ぐに射抜く。僕は今どんな顔をしてしまっているのか、自分でもよく分かっていなかった。


 しばらくそうやって目を合わせると、レヴィルは諦めたように微笑み、僕を抱きしめる

「…しようか」

 グレープフルーツとジュニパーの香りが優しく香る。

「うん…」

 僕は吸い込まれる様に彼の唇に自分の唇を重ねた。







「……っ、………ん……」

 お互いのフェロモンが混ざり合い、脳が麻痺してしまいそうなほど良い匂いがベッドの周辺に広がる。
 僕は彼の片足を持ち上げ、後孔に触れていた。孔の縁をなぞり、ゆっくりと指を開くようにするとつぷりと彼の体液が僕の手に伝う。彼の中は今までとは比べ物にならないほど濡れていた。

「っ…ティト……」

 レヴィルはその事に気づいているのか、少し恥ずかしそうに身を捩らせる。僕は思わず逃がすまいとする様に、彼の首筋に顔を埋めた。何度も彼の匂いを嗅ぎながら、首筋に、鎖骨に、キスを落としていく。
 その間も指は後孔の浅い所にゆっくりと触れ、動くたびに僅かに水音が響いていた。

「……香油使わなくても…入りそうだ…ね…」
「…もう…入れてくれ……」

 彼の瞳は劣情にゆらゆらと燃えていた。僕は堪らず後孔から指を引き抜き、彼の唇に自分の唇を寄せる。


 夢中になってかぶりつく様に唇を合わせた。何度かそうやって角度を変えてキスをしていると、急に唇にピリッと痛みが走る。

「っ……」
「ティト…?」

 急に顔を顰めた僕に驚いたのか、レヴィルは伺う様に唇を離した。

「っごめん……昼に唇を噛んでしまって…ちょっと沁みた…」

 僕はそっと自分の唇に触れた。おそらくまた少し血が出ているのだろう。

 思わずきゅ、と口を引き結ぶ。
 ピリリとした痛みの中、ふと、忠誠を捧げるジェイデンの姿が脳裏に浮かんだ。


「……っ」

 すぐにはそのイメージを切り離せず、罪悪感が身の内に留まらないほどの勢いで沸々と増してくる。

 僕は思わず強く顔を伏せた。



「……ティト」

 腕の下で僕を見上げるレヴィルは、僕の頬に手を寄せ、そっと僕の唇に親指を乗せた。

「大丈夫か?」

 僕はとっさに微笑み、強張った顔を取り繕った。

「すみません…大丈夫」
「…無理して笑わなくていい」

 そう言うとレヴィルは僕をぎゅうっと抱きしめた。

「……お前は…きっとこれから誰かを思い出しながら、別のエバを抱かなくちゃいけない時が何度もやってくる。」

 僕は驚き彼の顔を見た。彼は切なげに僕を見上げていた。

「…お前は優しいから、それに苦しむかもしれない………ごめんな。」
「……そ、んな…」

 上手く言葉が出ず、首を振る。レヴィルは少しだけ微笑むと僕の首にそっと手を回した。

「でもな、ティト。俺を抱く時はそんな罪悪感は抱かなくていいんだよ。誰を想っていてもいい、他の誰かを想って俺を抱いたとしても、俺はその思いごと全部…全部、ティトを愛すよ。」

 僕を見上げるレヴィルは、この状況でどうしてそんな表情ができるのか分からないほど優しく微笑んでいた。

「…っ……僕は…」



 誰よりも貴方を愛している


 貴方だけを愛し、愛されたらそれで良かった









 それだけで良かったのに







 穏やかに僕の言葉を受け入れるジェイデンの姿が浮かぶ。


 僕は彼がエバとして生きる選択肢を消し、選ばせなかった。

 誰もがエバとして生きる事に幸せを見出している訳ではない事は分かっている。でも僕はジェイデンの本心を聞こうともしなかったし、利己を優先して彼の前に平等な選択肢を提示しなかった。

 僕の選んだ選択はもしかすると彼の幸せを奪ってしまう行為だったかもしれない。そう思い至ってしまうと、もう疑念と最低な事をした後悔を振り払えなかった。

「…っ………」

 伏せてしまった僕を、レヴィルは抱き寄せた。

「大丈夫だよ、そんなに苦しまなくていい。一緒に進もうな。」

 僕は彼の肩に顔を寄せて、ぽろぽろと涙を落とした。彼は僕の背を撫でながら、ふ、と笑う。

「……元気なくなっちゃったな、お前の……舐めようか。」

 レヴィルは少し意地悪な口調でそう囁き、萎えてしまった僕のペニスをやんわりと太ももで刺激した。

「……っ…いい」
「なんで?」
「っ今…してもらっても……泣いてるから…勃たない…」
「ふふ、そうか」

 レヴィルは笑って、もう一度僕を抱きしめた。ゆっくりと僕の頬にキスを落とし、頭を撫でる。

「じゃあ、泣き止んだら気持ちいい事たくさんしよう。一度眠ってもいいし、今日じゃなくてもいい。」

 レヴィルは微笑むとそっと僕の瞼の上にキスを落とした。



 ああ、レヴィルはきっと、ジェイデンを思い出してしまう僕に抱かれる事で、僕の痛みを分かち合おうとしてくれている。

 誰か別の人を思っている相手に抱かれるなんて、きっと悲しい事だ。それでもレヴィルは僕の疑念と罪悪感に包まれた思いを含めて、全て受け止めようとしてくれているのだろう。

「大丈夫だよ、ティト……大丈夫」

 レヴィルは何度もそう言って僕の背を撫でた。












――――――――――――――――――


 気が済むまで泣いた僕は、レヴィルに腕枕をしてもらい寝かしつけるような体勢で抱きしめてもらっていた。お互い素裸のまま、温かい羽毛に包まっていて、ふわふわとした心持ちだった。


 心配そうな彼と目が合い、そっと口を開く。

「………僕………今日ジェイデンにエバとしてではなく護衛と教師として傍にいて欲しいと…お願いをして彼に忠誠を貰いました。」
「………そうか。」

 レヴィルは頷くと、ゆっくりと僕の額を撫でた。

「……でも…何で僕が泣きたい様な気持ちなのか…今は…話しません。…なんでも話してしまうと、際限なく貴方に甘えてしまうから。」

 僕は弱い。
 弱くて卑怯でどうしようもない泣き虫だ。
 でも、だからこそ全てをレヴィルに頼る訳にはいかなかった。唇の痛みと共に抱えた思いは、僕自身が受け止めなくてはいけないものだ。

 そう決心をつけると、レヴィルは少しだけ諦めた様に息を吐いた。

「…分かった…分かったよ………でも、本当に困った時にはちゃんと言ってくれ。」
「……うん」

 頷くとレヴィルは優しく僕を撫でた。僕たちはどちらともなく口づけを交わした。



 一度触れ合うと先ほどまで灯っていた熱情が戻ってきて、軽く合わせるだけでは物足りず何度も舌を絡み合わせる。
 唇が強く重なり合うたびにピリッと痛みが走るが、僕は顔を歪めたりはしなかった。ジェイデンの事を忘れたわけではない。でも、ここでレヴィルと過ごす事を逃げてしまうと、いつまでも同じことを繰り返してしまうような予感があった。

「レヴィル……ここ、舐めてもいい?」

 僕は彼の乳首の周りをすり、となぞる。レヴィルは視線をそこへ移した後、そっと僕の髪を撫でた。

「いいよ」

 僕は許可を得られると、彼の乳首を口に含み、舌先でゆっくりと転がした。初めて彼と寝た時に嫌がられてからはあまり触れていなかった場所だ。


「胸…やっぱり好きだったのか?」
「ん…」

 僕はちゅ、と音を立てて唇を離す。

「ここも僕が触って…気持ちよくなって欲しい」
「ふふ……そうか…」

 じゃあ、いっぱい触って気持ちよくしてくれ。と彼は蕩ける様に優しくそういった。

「……うん…」

 僕はまた彼の乳首を口に含む。もう片方の乳首は指でそっと愛撫を重ねる。レヴィルはそんな僕を見つめながら、何度も僕の髪を撫でていた。


「……ん…気持ちいいよ…」
「…うん……」
「俺も触っていいか?」

 レヴィルは少し身体を起こし、僕のものにそっと手を伸ばした。
 彼がたどたどしく触れる姿を見るだけで、興奮で震えそうになる。僕は彼の乳首を舐め、彼は僕のペニスを触っている。彼とこんな事をするのは初めてだった。

「…っ……」
「痛いか?」
「いや…気持ちいい…」

 僕がそう答えると彼は安心したように様子を伺いながら僕のものをさらに扱いた。僕は彼が触りやすい位置に移動して、前かがみになって彼の乳首を舐める。空いている手で彼の身体中に触れ、最終的には僕も彼のペニスを握りながら乳首を愛撫していた。どんどんと興奮してきてお互いに動きが激しくなる。

「っ…好きだ……レヴィル…」
「んっ…俺も…大好きだよ、ティト…」
「うん…っ」
「…っ……」

 僕は彼の胸から顔を離し、性急に彼の唇を奪った。唇は相変わらず熱を持っているが、興奮のせいか、もう痛みは感じなかった。

 レヴィルはキスをしたまま、さらに僕のものを扱こうとする。僕はその手を握り、やんわりと止めた。

「…良くなかったか?」
「いや…興奮しちゃって…っもう、」

 そこで僕は言葉を途切れさせた。
 精通を迎えた僕は、当然果てれば射精をする。本当に彼の中に魔力を満たしてしまってよいのか。


 止まってしまった僕を見て、ふ、と彼が笑った。

「……良かった……ずっと中が疼いてたんだ」

 見上げるとその笑みは魅入られてしまいそうなほど妖艶だった。


「ここ…お前の魔力でいっぱいにしてくれるんだろう?」

 レヴィルは自分の下腹部をゆるりと摩った。











「……んっ……、あぁっ……っ」

 柔らかくなったそこはゆっくりと僕を迎え入れる。レヴィルは無防備に喉を晒して、天を仰いだ。

「…っ……」

 ずっぷりと奥まで埋めてしまうと、それだけで腰が抜けてしまいそうだった。お互いの魔力が弾けるように混ざり合い、パチパチと弾け、目がチカチカとする。今までもすごく気持ち良いと思っていたのに、初めて魔力が合わさったそれは、遥かに超える快感だった。

「っん……あぁ、…奥……あついっ……っ」

 レヴィルも同じ様に感じているのだろう。触れていない彼のペニスがひくひくと動き、下腹部は引きつる様に蠢いていた。

「魔力が…あると、っこんなに違うんだね」
「ああ、……っこんなの…初めてだ…っ」

 先走りにも魔力があるのだろう。彼の内に留まっているだけで僅かに魔力が合わさっていく感覚がある。そこにいるだけで早くもっと彼の中を満たしたいと言う劣情が湧いてくる様だった。

「っ…動くね」
「あっ、…っ待って…っ…あぁっ!」

 腰を引き、奥に止まっていたそれを引き抜くと、レヴィルはぎゅうと僕に抱きついた。
 一気に突き入れたい衝動を何とか収め、彼を抱きしめ、ゆっくりと浅い所で抽送を始める。彼が好きな抱かれ方だ。

 けれど、彼はいやいやと首を振って抗議の色を示した。

「あっ…やだっ……奥……奥突いてくれっ…奥がいい…っ」
「レヴィル…ここ好きでしょ?」

 レヴィルは自分でもどうしてなのか分からないと言った表情で必死に僕に抱きつく。

「奥にいないと…寂しい…ちゃんと突いてくれ…っ」
「……っ」

 僕は彼の腰を掴み、もう一度ずぶずぶと奥まで突き入れた。彼は弓形に身体をしならせ、その衝動を受け止める。

 こんな強請られ方は初めてだ。レヴィルは僕を逃すまいとするかの様にしがみついて肩口に顔を寄せる。僕はしばらくそこに留まり、彼の力が僅かに抜けたタイミングで律動を始めた。

「あっ、………っあ、気持ちい……あぁ…っ…」
「っうん、僕もだ……」

 レヴィルは僕の動きに合わせて、僕を奥へ奥へ引き入れる様に腰を動かしていた。脳天を突く様な快感と共にお互いの身体を激しくぶつけ合う。それは今までのどこか行儀の良いセックスとは全く違う本能がぶつかり合う様な激しさだった。

「はぁっ、あっ…ティト……あ、あっ……」
「レヴィルっ……レヴィル…っ」

 どんどんと音が遠ざかり、レヴィルしか見えなくなる。剥き出しになった本能の全てが狂おしいほど彼が欲しいと叫んでいた。

「好きだっ…愛してる、レヴィル」
「ああ、っあ、……あっあ…ティトっ、ティト!」

 ぱちゅ、ぱちゅ、ぱちゅ、ぱちゅっ
 激しく肌がぶつかり合う音が響く。
 痺れる様な快感が突き抜けて、繋がっている部分から身体が溶けてしまいそうだった。絶頂が近づき、彼が僕にしがみつく。

「……魔力……っ、欲しい…ティトっ、なかっ!」

 いつか強請られた時と同じ様な響きに、僕はもう精を彼の中に注ぐ事しか考えられなかった。快感の波に溺れながら、激しくぶつかり合う。



「はあ、あ、あっ、…あああっ、いい…ティトっ、ああああ!!」

 激しい律動の中、レヴィルが身体を反らせ絶頂を迎えた。彼の中が痙攣し、呑み込む様に蠢くのを感じながら、どくっ、どくっ、と僕は初めて彼の中に精を放った。

「……っ、…っ!!」

 その瞬間互いの魔力が混ざり合い、弾けた。お互いの身体が溶けて一つになってしまったのではないかと思うほど強い快感が解き放たれる。

「あぁっ!!ティトっ………、っ…」
「…っレヴィル!」

 レヴィルは余韻に震える手で僕を抱きしめたが、すぐにかく、と力が抜けた。彼を抱き止めるが、僕も視界が滲み、意識が白んでいく。



「っ愛してるよ…」



 お互いの魔力が混ざり、くらくらとする快感に溺れる様だった。


 僕たちは抱き合いながら意識を手放していた。
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