アデルの子

新子珠子

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第一章 静かな目覚め

36. 旅情*

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 列車が本格的に動き出し、リノの姿が見えなくなる。僕は出入り口に立ったまま移りゆく景色を眺めていた。
 しばらくすると、側で付き合ってくれていたジェイデンが心配そうに声をかける。

「ティト様、そろそろ客室に参りませんか?レヴィル様もお待ちです。」
「……あ、うん、そうだね。」

 僕は話しかけられてようやく電源が入った様に動き出した。ジェイデンは少し安心した様に頷き、僕を客車の奥へ案内する。
 奥には窓に面した通路があり、ゆとりあるコンパートメントがいくつか設けられていた。通路は木製で、美しく彫刻があしらわれている。窓には意匠を凝らした繊細なレースカーテンが掛けられていて、とても豪華な造りだ。
 この車両には3つほどの客室と使用人の控える小部屋があるようで、手前の客室からは微かに話声が聞こえていた。アルコーブの部分には護衛と思われる男性が控えている。

 僕はそのまま奥に進み、通路に控えるレヴィルの従者に目で挨拶をして、一番奥にあるコンパートメントに入った。




 コンパートメントの中は、ベルベット生地で誂えられたソファ席が向かい合って設けられていた。壁面はやはり木製で草花の彫刻が美しい。落ち着いた雰囲気の客室だ。
 そこに座るレヴィルは車窓を眺めていたようで、振り向いた姿はまるで絵画の世界のように美しい光景だった。


 彼は僕が入って来たのに気付くと僅かに微笑む。

「リノと残ったのかと思った。」
「まさか…景色が面白くて、眺めていました。」
「そうか。」

 僕はレヴィルの向かいに座った。
 腰を落ち着けたのを見届けると、ジェイデンと従者は礼をして客室のドアを閉めた。おそらく従者は小部屋へ、ジェイデンは通路へ控えてくれるのだろう。
 僕はレヴィルに微笑み、ゆっくりと背をソファに預けた。







 しばらく車窓を眺めながら、たわいのない会話をして過ごしていると、コンコンとドアがノックされた。ドアの外からジェイデンが静かな声で車内販売が来た事を告げる。ドアを開ける事を了承すると、穏やかな声で失礼しますと声がして、ワゴンを引いた乗務員が現れた。

「ご機嫌よう、軽食はいかがでしょうか。」

 乗務員はにこりと笑い、木製の4段立てのワゴンを見やすいように近づけてくれた。
 ワゴンの一番上の段には思わず目を惹かれてしまう様な軽食やスイーツが美味しそうに並べられ、2段目には子供達が喜びそうな玩具やお菓子が置かれていた。見た人がワクワクするような楽しいワゴンだ。急行列車の車内販売は美味しくて種類が豊富な事でとても人気らしい。

 僕たちは一通りワゴンを眺めた後、紅茶とレモン水、スコーン、サンドウィッチをリクエストした。乗務員は微笑むと手早く丁寧に準備し始める。屋敷で出てくる軽食に比べれば素朴だが、大ぶりのスコーンは魔石プレートに乗せて温かくなっていて、サンドウィッチは具がたっぷりでとても美味しそうだった。レヴィルがティーセットになったトレイを受け取って、僕が代金とチップを乗務員に渡す。今回の旅では、勉強として僕がお金を持たせてもらっているので会計は僕の担当だ。
 僕は代金とは別に余分にいくらか渡して、従者にも何か出してもらうように乗務員にお願いをした。残念だがジェイデンは護衛中には誰かから渡されたものを口にしないので、今回は従者の分だけだ。

 乗務員は紙幣を受け取ると微笑み、礼をして静かにコンパートメントを去っていった。

 窓際に作り付けられている小さな机には、小さな固定穴が四箇所ほど開いている。レヴィルはそこに2段になったトレイを乗せた。

「温かいうちに食べようか。」
「はいっ。」

 僕がうずうずしているのが分かったのか、レヴィルが笑いながらそう言った。
 僕は手を清め、レヴィルが紅茶に手をつけるのを見てから、ワックスペーパーに包まれたサンドウィッチを手に取る。サンドウィッチには薄くスライスされたローストビーフとクレソンがたっぷりと挟まれていた。品良く小さめにカットされている屋敷のサンドウィッチとは違い、半分にカットされただけのそれはとても豪快だ。
 マナーを気にしなくてはいけないので、普段はこんな大きなサンドウィッチに齧りつくことはできない。僕は思わずワクワクしてしまい、レヴィルの方を見た。
 僕が考えてることが分かったのか、彼は笑いながら頷く。

「そのまま食べていい。」

 レヴィルからお許しが出た事で、僕は嬉々として頷いた。大きなサンドウィッチの切り口に狙いを定めて、そのままパクリとかぶり付つく。
 肉の旨味が口に広がり、その後にふわふわのパンの優しい甘みが合わさる。クレソンの苦味とマスタードがアクセントになっていてとても美味しかった。僕はもぐもぐと咀嚼をして、もう一口かぶり付いた。

「美味いか?」
「…すごく。」
「そうか。」

 僕は思わずもう一口齧り、咀嚼をしながらこくこくと頷いた。
 最近の僕は少し前まで食が細かったのが信じられないほど、よく食べる様になっていた。今ではレヴィルやリノよりも僕の食べる量が多い。

「早くもう少し肉をつけたいです。」
「焦らなくてもじきに身体ができてくるさ、背が伸びるのに身体が追いつかないだけだ。」
「そうだといいんですけど…。」

 僕はどんどんと背が伸びて、もう少しでリノに並びそうなくらいの身長になっていた。けれど体型は依然として痩せ型のままだ。早く筋肉のついた身体になりたいし、180cmを超えるレヴィルの身長にも追いつきたかった。

「稽古も真面目にやってるんだろう?何も心配はいらないよ。」
「うん…、僕ジェイデンに頼んでバカンスの間も稽古だけはしようかと思ってます。」
「……それは妬けるな。」
「え?」

 びっくりして彼を見る。すると彼は可笑そうに笑って、冗談だよと言った。なんだか彼はとても楽しそうだった。

 僕はつられて一緒に笑いながら、もう一度サンドウィッチを齧った。評判の美味しいサンドウィッチだからか、いつもより食べ方が豪快だからか、レヴィルが楽しそうだからか、格別に美味しく感じた。






 すっかりサンドウィッチとスコーンを食べ終わると、その後は紅茶を飲みながらゆっくりと過ごした。
 トレイを下げてもらって一通り片付けてしまっても、まだまだ湖水の駅までは時間がある。僕はふう、と息をつき、ぐぐっと背筋を伸ばした。

 レヴィルは微笑み、僕の座席の隣辺りに視線を移す。

「隣に座ってもいいか。」
「あ、うん。」

 僕が頷くとレヴィルは立ち上がり、そっと僕の方に隣に座った。ふわりと彼の香りがほのかに漂う。レヴィルはあの一夜以来、フェロモンを無理に制御しなくなっていた。

「疲れたら遠慮せずに寝ていいんだぞ。」
「ううん、大丈夫です。レヴィルは平気?」
「ああ、大丈夫だよ。」

 彼はそう言って、そっと僕の手を握った。もう一線を超えた仲なのにこうやって触れ合うだけで、物凄くドキドキしてしまう。僕は体温が上がり、段々と首の辺りが赤くなってくるのを感じながら、そっと彼の手を握り返した。

「でも……お前が食べてるのを見ていたら…すごくキスがしたくなった。」
「えっ。」

 僕が思わず裏返った声を上げると、レヴィルが笑う気配がした。

 彼の方を向くともう間近に彼の顔が近づいていて、自分の心拍数がばくばくと上がっているのを感じる。レヴィルは目を薄く細めて、そのまま唇を僕に重ねた。

「…僕っサンドウィッチ…食べたから…っ。」
「ふふ…ミントティーでも頼むか?」

 僕が思わずこくんと頷くと、レヴィルはますます笑って、そのままもう一度キスを落とした。角度を変えて何度かキスをした後、そっと僕の唇を噛んで顔を離す。

「じゃあ…続きは向こうに着いてから…にしようか。」
「……うん。」

 ジュニパーとグレープフルーツの香りがふっと鼻を掠めて、それだけできゅうと胸が切なくなる。
 僕はふう、と息を吐いてレヴィルの肩口に顔を寄せた。

 彼と少し触れ合うだけで、すぐに意識してしまってのぼせあがってしまう。レヴィルを目の前にすると僕には全然余裕がなかった。

 レヴィルは僕の背をゆっくりと撫で、僕の髪に顔を寄せる。

「………ティト…今晩……」

 レヴィルは言いかけて、言葉を濁した。何となく彼の言葉の先が分かって、僕はまたじわじわと体温が上がるのを感じる。

「……うん。」

 僕は彼の言葉の先を待たずに頷いた。

 灯ってしまった熱を持て余す様に、しばらく何も話さずに身体を寄せあったまま時間を過ごした。









---------


 キャンドルだけが灯った薄暗い寝室に荒い息だけが響く。ベッド周りには僕の脳を甘く溶かす香りが漂っていた。

 僕たちは湖水に着くと、別荘の管理人たちに歓待を受け、久しぶりに別荘でゆっくりとディナーを取った。長い旅路に気を遣った管理人は早々に湯の準備をしてくれていて、既に劣情を抱いていた僕たちは身を清めるとすぐにベッドになだれ込んだ。


「……っ、……っん…。」
「レヴィル…指噛まないで。」

 無意識に自分の指を噛んで声を抑えようとしているレヴィルにそう声をかけた。彼の手を口から離させて、そのまま左手で繋いでしまう。

「ぁ………っ、声が…出てしまう…んだっ。」
「僕は…声聞きたいよ。」

 僕は彼の後孔に差し入れたままだった指をぐるりと動かした。

「あっ……、っ……。」

 レヴィルは小さく声を上げたが抵抗はしなかった。繋いだ手がきゅっと握られる。

 僕は一度後孔から指を引き抜き、レヴィルの横に向き合って寝転んだ。

「レヴィル、…僕に足掛けられる?」
「…ああ」

 レヴィルは荒い息を整えながら、片脚を僕の腰辺りにもたれかけさせた。僕はそのままぐっと脚を持ち上げ抱え込む。お互いの高ぶったペニスが腹に押し付けられ、余すところなく肌が密着した。レヴィルの肌の香りと温度に反応してゾクゾクと快感が走る。

「ぁっ……ティト…。」

 レヴィルもふるりと身体を震わせ、どこかとろんとした表情で僕にキスを強請った。噛み付くように唇を寄せ、薄く開かれた唇の隙間からそっと歯列をなぞると、彼の舌がゆるゆると僕を招く。お互いの舌をゆっくりと舐め上げた。

 レヴィルの口内を蹂躙しながら、背中から手を滑らせる。するりと尻を撫でて、何度か軽く揉んだあと、窄まりに指を潜らせた。すでに一度指を受けれたそこは香油で濡れている。僕はすりすりと縁を何度かなぞり、再びゆっくりと彼の中に指を差し入れた。

「…っ…、ん…っ。」

 この体勢だとあまり奥まで指を入れることはできないが、レヴィルの負担にならないし、何より彼が不安にならないような気がした。

「レヴィル……嫌だったら…教えてね。」

 きっと何のことなのか分かっていないだろうレヴィルは、吐息を漏らしながら小さく頷いた。僕は少し笑って、馴染ませるように指を動かす。

「……っ、は……っあ……。」

 すでに2本ほど指を受け入れていたレヴィルの中は蕩けるようだ。僕は様子を伺いながら、出来るだけ優しく彼が以前反応した場所に触れる。

「あっ、…っ…。」

 レヴィルはまた小さく声を上げ、足をびくりと一度痙攣させた。

「…ここ、レヴィルの気持ちいいとこだよ。」
「ひ…っ…あっ…。」

 僕はレヴィルが怖がらないように、本当に優しく撫でるように前立腺に触れる。

「……ここ、ちゃんと触りたいな。」
「…っ、なん、で…。」
「レヴィルの…気持ち良さそうな所、見たい。」

 正直にそう言うと、レヴィルは僕を見た後、不安げに視線を外した。

「っ…いやだって言ったら…すぐやめてくれ…。」
「うん…約束する。」

 礼をするように彼の額にキスをすると、身動ぎしてもう一度彼を引き寄せた。様子を窺いながら、ゆっくりと前立腺を弄る。

「っあ、…っ、あ、あっ………っ」

 レヴィルはもう一度身体を振るわせ、嬌声を上げた。僕は彼の顔に優しくキスを落としながら、そこを弄り続ける。

「はっ……ああっ、ティトっ、…あ、あっ。」
「…うん。」
「これ…なに……っ、……っ」
「前立腺だよ。」

 触るとすごく気持ちいいんだよ、と耳元で囁いた。答えるようにハリのあるそこをクリクリと刺激する。

「ああっ、あ、っ……っ、……っこわ、い、っ怖い。」
「…大丈夫、僕が見てる。」

 レヴィルは熱で蕩けたような顔で僕を見た。そっと彼の目尻にキスを落としながら、前立腺を追い立てる。彼はやはり不安なのか僕にしがみつくように密着した。

「レヴィルが気持ち良くなるところ…ちゃんと見てるからね…。」
「やっ……っ、…あぁっ、あ」
「うん…。」

 僕が見るのが嫌なのか、前立腺を触るのが嫌なのかレヴィルはゆるゆると首を振った。けれどはっきりと嫌だとは言われなかった事をいい事に、僕はそのまま前立腺を弄り続ける。
 やがてレヴィルははく、と声にならない声を上げて、小さくガクガクと震え始めた。

「……っぁ、あっ、っんんんーーっ。」

 レヴィルの足がびくんと跳ね、強く痙攣しガクガクと震える。僕から逃れるように弓形に身体がしなったまま、動かなくなった。

「ぁ……」

 僕の腹に押し付けられている彼のペニスはまだ硬いままだった。硬直したような身体とは反対に、僕の指を咥えた彼の中は舐めしゃぶるように蠢いている。完全に後ろだけでイッたようだ。

 僕はなるべく刺激を与えないように、ゆっくりと彼の中から指を引き抜く。

「…は…っ…」

 レヴィルはようやく呼吸を思い出したようには、は、と短く息を吐いた。若干、目の焦点が合わないまま、とろんとした表情で僕を見る。

 僕が髪を撫でると彼は気持ち良さそうに目を細め、身動ぎをした。その拍子に硬くなったままのお互いのペニスが擦れ合う。

「っ…。」

 僕のペニスはもうガチガチだった。レヴィルは僕の様子に気付いたのか、ふっと小さく笑い、誘う様にゆるく腰を動かす。

「っ…ごめん…っもう挿れたい……かも…。」

 僕が余裕なくそう言うと、レヴィルは僅かに笑った。熱に浮かされて汗ばんだ彼は誰よりも美しかった。

「…おいで。」

 彼に許され、僕はゆっくりと彼を押し倒した。
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