アデルの子

新子珠子

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第一章 静かな目覚め

33. 良き妻(2)

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 風呂から上がり身支度を整えた頃には、レヴィルはいつもの凛とした佇まいに戻っていた。けれど、表情はどこか冴えない。それに昨日今日と何度も泣かせてしまったせいか、目元も少し腫れぼったかった。
 レヴィルの様子は気がかりだが、朝からセックスをして、風呂にも長く滞在したので辺りはすっかり明るくなってしまった。いつもの礼拝の時間より遅れ気味だ。僕たちは軽く言葉を交わし、足早に礼拝堂へ向かった。



「レヴィル、ティト、おはようございます。」

 礼拝堂に入るとリノが僕たちを待っていた。

「リノ、待たせてごめん。おはよう。」
「おはよう、遅くなったな。」
「いいえ、大丈夫ですよ。」

 リノはにこっと微笑んでくれた。彼は僕たちが遅れた理由を聞くつもりはないらしい。その気遣いが今はありがたかった。

 僕はリノの頬にキスを落とし挨拶をした後、2柱の男神像の前に進み出た。朝の礼拝を先導するのは僕の仕事だ。僕はすっと気持ちを切り替えて、祈りに意識を集中させた。





 礼拝を終えて、3人でダイニングルームへ向かう。礼拝の後に朝食を取るのが僕たちの日課だ。テーブルにはすでに朝食のカトラリーが並べられ、従僕が控えていた。僕たちはそれぞれの場所に座る。リノはレヴィルを見て、少し苦笑いをした。

「レヴィル…朝食を終えたら出立前に少し目元を冷やしましょうか。」

 彼はくすくす笑う。レヴィルは指摘をされ、自分の目元にやんわり触れた。

「目立つか…?」
「そうですね、貴方の顔は綺麗なので目立ちます。でも冷やせば晩餐までには引くと思いますよ。」
「そうか。」

 レヴィルは小さく頷いた。僕は何かを言うべきなのか分からず、ただ二人の会話を聞いていた。リノはそれ以上はレヴィルの目が腫れている事について触れる事はなく、結局、いつも通りに穏やかに朝食を取った。



 朝食を終えると僕たちは出立前のお茶をするためにサロンに移動をした。

 しばらくするとリノの指示を受けた使用人が蒸しタオルと冷やしタオルを持ってきてくれた。リノはそれを受け取り、レヴィルの側に寄って、いいですか?と声をかける。彼が頷くのを確認すると、まずは蒸しタオルをレヴィルの目元に置いた。そうやって目元を温めてから冷やすと腫れがひきやすいらしい。

 レヴィルはリノが甲斐甲斐しく世話をしてくれるのに安心しているのか、ふう、と息を吐いた。僕はその様子を見守る。


「……ティト。」
「ん?」

 レヴィルは蒸しタオルを取り替えるタイミングで僕に声をかけた。ダークブルーの瞳が僕を捉える。

「…今日は……稽古は休んでくれないか?」
「え?」

 レヴィルは静かに僕を見つめていた。

「無理をさせたから、お前が大丈夫だと思っても体調に響くかもしれない…今日は様子を見て欲しい。」

 レヴィルは心配そうにそう言った。最近の僕の午前中のスケジュールは、大体稽古の時間になっている。今日は剣術の稽古の日で、もう少しするとジェイデンが来るはずだ。僕はレヴィルを見送ってから稽古の準備をするつもりだった。

「体調は大丈夫だと思うけど。」
「いや…分かってるが…やっぱり心配なんだ。」

 とにかくレヴィルは心配で仕方がないと言う様子だ。いつもよりさらに過保護な気がする。何と返事をしようか迷っていると、冷やしタオルを持ったリノが優しく声を掛けた。

「ティト、今日は稽古ではなく勉強をする時間にしたらどうですか?身体を動かすよりはレヴィルも心配じゃないでしょうし。」
「ううん…それは…いいんだけど…。」

 別に今日1日稽古を休むこと自体はいいのだが、レヴィルとセックスをする度に休養をさせられるのではさすがに困る。僕はレヴィルの方を見て、ゆっくりと口を開いた。

「…今日は様子を見て勉強をする事にするけど、体調に問題がなければ、次からは稽古をするよ。それでいい?」

 僕がそういうとレヴィルは小さく頷いた。
 そもそも僕の体調が問題がないのを確かめて、今朝もセックスをしたはずだ。もしかすると段々と冷静になって、怖くなってしまったのかもしれない。僕はひとまずレヴィルの願いを受け入れることにした。
 レヴィルが納得した様子を見て、リノが冷やしタオルを彼の目元に乗せる。すると彼が思い出したようにまた口を開いた。

「リノ…医者も呼んでくれないか。念のため検診をしてもらってくれ。」

 さすがに僕は苦笑いをして首を振る。

「レヴィル…本当に大丈夫だよ。」

 僕は困ってしまい、思わずリノに助けを求めるような視線を送る。リノは困った様に笑って、レヴィルの肩にとん、と手を乗せた。

「レヴィル、今日は私がティトの体調をしっかり確認します。もし違和感がある様でしたらすぐに医者を呼びますので、任せてもらえませんか。」

 リノが優しく声をかける。

「……分かった、頼む。」
「ええ、承知しました。」

 リノのおかげでレヴィルは何とか納得してくれたようだった。





 レヴィルの出立の準備が整い、レヴィルとリノと共にエントランスを出る。正面玄関には箱馬車が止まっていた。
 いつもならここで見送りをするのだが、彼は明らかに浮かない様子で、このまま晩餐に送り出すのは少し心配だった。
 とてもこのまま送り出す気にはなれなくて、馬車に乗り込もうとするレヴィルの手を思わず取る。

「ティト…?」
「待って…出立前にもう少しだけ…話をさせて貰えませんか。」
「え…?」

 なんでそんな事を言うのかといった風に戸惑うレヴィルに、僕は出来るだけ優しく微笑む。

「少しの時間だけでいいんです。」
「だが…」
「…ティト、私は先に屋敷に戻っていますね。」
「うん、ありがとう…。」

 リノは状況を察して先に屋敷に戻ってくれるようだった。リノの合図で出立の手間をしていた使用人や御者も一旦引き上げていく。屋敷前には僕とレヴィルだけになった。

「急にすみません。少しだけ馬車の中で話をさせてください。」

 僕はそっとレヴィルに馬車に入るように促し、そのまま自分も馬車に乗り込む。僕たちは隣り合って馬車の座席に腰をかける。

「ごめんね、どうしてもそんな顔のまま行かせたくなくて。」
「……酷い顔をしてるか?」
「辛そう…かな。」

 僕はそっとレヴィルの頰に触れた。レヴィルは縋るような表情を僕に向ける。

「すまない…決心が付かないんだ…。」
「うん…。」
「お前を失うのも、誰かに奪われるのも嫌だ…。」

 僕は頷き、彼をそっと抱きしめた。

「…僕は…ずっとレヴィルの側にいるよ。居なくなったり、誰かに心を寄せたまま貴方を見なくなったりしない。」

 14歳の少年が言う言葉なんて、きっと戯言にしか聞こえない。それがもどかしかった。それでも言わずにはいられなかった。
 僕たちはしばらく何も喋らず、抱きしめ合ったまま過ごす。

 しばらくするとレヴィルがぽつりと口を開いた。

「……今までは…お前の体調が優れないからと、ちゃんと向き合って来なかった。こんなに……お前をアデルの役目に就かせることが怖い事だと…思ってもいなかった…。」
「…うん。」
「お前と過ごす時間が…幸せで…怖いんだ…。」
「うん……、ありがとう…。」

 レヴィルに頰を寄せて、背中を撫でる。

「僕も…レヴィルと出会えて…貴方が僕を好きになってくれて、本当に…すごく幸せ…。」

 ぎゅっと彼に身体を寄せる。

「…レヴィル…僕は貴方やこの領地の支えになりたいと思っている。…けれど僕はレヴィルの心が一番大事だ。レヴィルがどんな決断をしても、僕は絶対に貴方の味方だよ。」

 僕がそういうとレヴィルは戸惑うように視線を向けた。
 彼が強請るようにそっと顔をあげ、僕たちはそのまま唇を重ねる。レヴィルが僕の首に手を回し、何度か角度を変えて口付けをした。

「………ティト。」
「ん?」
「俺が全部の打診を断っても…本当に怒らないのか…。」
「…ううん…怒らないかどうかは…その時の状況によるかな…。」

 僕が正直にそう答えると、レヴィルはふっと笑った。


 僕たちはレヴィルが出立しなくてはいけないギリギリの時間まで寄り添って過ごした。
 いよいよ時間が迫ってきた頃には、レヴィルは先ほどよりは落ち着いた様子に戻っていた。

 僕が身動ぎをすると、彼が少し不安そうに視線を向ける。

「…ティト…俺が帰ってきたら…バカンスで……お前とたくさん過ごしたい…。」
「うん、もちろんだよ。」

 彼は視線を座席に落とし、僕の手をきゅっと軽く握った。


「……また…抱いてくれ…。」
「っ……うん。」

 甘えるような彼の言葉に僕は何度も頷いた。


「レヴィル…大好きだよ…。」


 レヴィルは眉を寄せ、困ったように微笑んだ。

 彼が僕を引き寄せ、僕たちはもう一度そっと口付けを交わした。
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