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第一章 静かな目覚め
28. ジェイデン
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村屋敷の浴場は白を基調とした美しいタイルが敷かれ、緑豊かな南方の植物が置かれている。とても美しい場所だ。丁寧に手入れされ、使い込まれたタイルはすろんとしていて可愛らしい。
僕は相変わらず美しい浴場にほっと息をつき、足を踏み入れた。素足に触れるタイルは僅かに温かい。きっとヒューゴが湯を掛けておいてくれたのだろう。湯気の香る浴場には、優しいアロマの香りが漂っていた。
僕は汗を流し身を清めた後、大きな湯船に入った。汗で冷えてしまった身体に湯の温かさが気持ち良い。
僕は改めて久しぶりに来た浴場を見回した。浴場にはゆったりとくつろげる大きな寝椅子や肌ざわりの良いマットが置かれている。これらはただゆっくりと湯を楽しむために置かれているのだと思っていた。もちろんその意味もあるだろうが、もしかすると元を正せば祖父母がここで愛を確かめ合うために設けられた物なのかもしれない。
思い起こして見るとクーペルーベンのスパにも大きな寝椅子やベッドが誂えられていた。あのヴィラにはアデルを呼び込むことができる。つまりは…やはりそういう事だ。
僕は邪な想像をしてしまいそうになるのを打ち消す様にぶくぶくと浴槽にもぐった。
僕が身支度を終え、サロン戻るともうセレダは来ていた。すでに入浴を終えたであろうジェイデンと談笑をしている。セレダは僕に気付くとすっと立ち上がった。
「ティト様、お時間をいただきましてすみません。」
「ううん、少し待たせてしまったかな。」
「いえ、今来たところです。」
セレダは先ほどより落ち着いた様子で微笑んだ。
僕がセレダの向かいのソファに座ると、爺が静かに僕にお茶を出す。礼を言って受け取ると彼は一礼し、そっとサロンから退室した。
お茶に口を付けると、ふ、とジェイデンと目が合った。僕は何となく気まずくて、不自然にならない程度にセレダの方を向く。
「えっと、丘屋敷まで行って疲れたんじゃない?」
「いえ、馬は慣れてるので大丈夫ですよ。リノ様はとても心配していらっしゃいました。」
「ふふ、彼は過保護だから。」
「仲が良いんですね。」
「うん。」
僕が頷くとセレダは万華鏡のような瞳をゆっくりと細めた。
会話が途切れた所で、本題を切り出すために僕はティーカップをそっとソーサーに置く。
「それで…話って何かな?」
セレダは確認をするようにジェイデンを見た。ジェイデンはセレダを促すように小さく頷く。
扉の方を見て爺が入室していない事を確認した後、彼は観念したように、ようやく話を切り出した。
「……実は先日中央医院にオーウェン公爵が直々にお越しくださいまして…。」
「公爵が?」
「はい。それで…ご訪問の際にティト様が教会や医院について学びたいと仰ったときには協力をして欲しいと、医院長にご内密に依頼をされたそうです。」
僕は驚き目を見開いた。
「そう、なの。」
「ええ、おそらくオーウェン公爵は正式なご依頼というよりも、ティト様が知りたいと思う時が来たら協力してくれという意味で仰ったのだと思いますが…。」
「そうなんだ…。」
まさかオーウェン公爵がそこまで僕を気遣ってくれているとは思っていなかった。ガーデンパーティーの際の僕に向けたあまりにも優しい眼差しが浮かぶ。
「ただ…ここからが問題でして…。」
セレダが眉間にしわを寄せる。
「その…長年貢献していただいた公爵からの初めてのご依頼だったもので、それはもう…その、医院の幹部が張り切ってしまいまして…。」
「ええ…?」
セレダは嫌そうな顔を隠さずに、ため息をついた。
「ティト様に加護のご見学をしてもらったらどうかという話が来ているんです。」
「加護の…見学…?」
僕は思いもよらない提案に首を傾げた。
「ええ……ちょうど医院で研究協力してもらっていたジェイデンもいるので、上としては適任だろうと…。」
セレダは苦虫を潰したような顔でそう言った。僕は彼の言う事が分からず、少し言葉を反芻する。
するとその様子を見たセレダがもう一度口を開いた。
「ジェイデンは特殊な体質でして、王都にいる間はずっと中央医院で研究の協力をしてくれていました。僕は彼とはこの村に来る以前から顔見知りです。」
「え、そうなんだ。」
僕はびっくりしてジェイデンを見た。見守っていた彼は無表情で感情は読み取れない。僕と目が合うと、彼はゆっくりと口を開いた。
「私は…アデルにフェロモンが効かない体質です。」
「…え?」
「今までアデルのフェロモンを感じることも、私のフェロモンをアデルが感じる事もありませんでした。ティト様はエバのフェロモンには慣れていらっしゃらないとお聞きしております。中央医院としては適任だと思ったのでしょう。」
ジェイデンは変わらず穏やかにそう言った。
「…彼はそう言った体質ですので、ティト様が加護について学ばれるには良いのではないかと…そう言う中央医院からのご提案です。」
「…………ジェイデンの…加護、を…見学させてもらうってこと…?」
「ええ、そうです。」
セレダは静かにそう答えた。僕はあまりにも信じられない提案に絶句する。身近な人の加護の見学なんて誰が思いつくだろう。
一気に情報を与えられた僕は少し混乱してしまいそうになる。
「………加護って…あの、加護でしょう?」
「…ええ、子を授かるために行う加護のことです。」
「その見学って、どういう事かな…。」
僕は頭の中を整理する為にぐるぐると思考していた。セレダは以前のように丁寧に説明を重ねてくれる。
「ジェイデンが加護を受ける際にティト様も処置室に入り、立ち会って頂く事になるかと思います。流石に直接彼の姿をお見せするのは僕が嫌なので…衝立越しはどうかと思っています。」
僕は頷くべきなのか分からず、ジェイデンを見た。
「……その………ジェイデンは本当に…そんな風に僕が立ち会ってもいいと思っているの?」
「ええ、構いません。自分の体質を悲観した事もありましたが、こういう形でティト様のお役に立てるのであれば僥倖です。」
ジェイデンは穏やかに微笑んだ。僕は余りにも突然の事に何と答えるのが正解なのか分からず、ふるふると首を振る。
「ごめん…突然の事で……何といえばいいのか…。」
セレダは少し安心した様に頷いた。
「当然です。本当に突然のお話となってしまいまして申し訳ありません。ただ…加護と言うものはエバにとって、とても大切なものです。本来は誰かに見られてもよい様なものではないので…ティト様にも少し考えていただきたかったのです。」
「…うん………うん、セレダの言っている事は分かるよ。」
僕は何とか情報を整理しながら頷く。
「…その………ジェイデンの大切な加護に立ち合わせて貰ってまで、学ぶべき事なのか…今の僕には判断が付かないんだ。できれば少し時間をもらえないだろうか。…許されるのであれば公爵にもご相談をしたい。」
悩みながらもそう答えると、セレダは頷いた。
「もちろんです。急ぐ必要はありませんから、少し考えてみてください。」
「ええ、オーウェン公爵にお伝えいただいても構いませんよ。」
「うん…ありがとう…。」
僕は彼らに礼をした。
セレダはすぐに見学をしたいと言い出さなかった僕に安心したのか、背をソファに預け、ふう、と息を吐いた。その様子を見たジェイデンが少しだけ笑い、僕の方を見た。
「…ティト様、疑問に思う事があればお答えします。」
「あ……うん……、その、…もし失礼な質問だったら答えなくていいんだけど…ジェイデンは…無魔力症ってことなのかな…?」
フェロモンが効かないと聞いて僕は真っ先に無魔力症が思い浮かんだ。
僕たちはセレダのように魔力を操ることはできないが、皆魔力を保有している。無魔力症というのは、その名の通りその魔力を保有しない症状の事だ。僕たちはお互いの魔力を掛け合わせる事で子が授かるが、無魔力症の人は、子を授かる事が難しく、フェロモンも出せないと聞いたことがある。
「…いえ、私は魔力は保有しています。無魔力症ではないんです。」
「そう、なんだ。」
「…中央医院で何度も確認をしてもらいましたが、魔力については平均以上に保有していました。……単純に言えば私のフェロモンに相性が合うアデルがいないのです。」
「……本当に、誰一人合わないの…?」
「ええ…。」
ジェイデンは静かに頷いた。
「フェロモンの相性が合い辛いエバはそれなりにいますから、最初はそれなんだろうと思っていました。でも…成人してから10年以上、色々なアデルにフェロモンを試してもらいましたが…誰とも相性が合わなかったんです。」
そう言った彼は悲観した様子ではなかった。逆に僕の方が言葉を詰まらせてしまう。
「…あ……その…立ち入った事を聞いてしまって…ごめん。」
「…いえ、大丈夫ですよ。知っていただく必要がある事ですから、知りたい事が有れば仰ってください。」
「うん…その…今すぐは思いつかないから、またいずれ…。」
「ええ、承知しました。」
静かに話を聞いていたセレダが身動ぎをし、口を開いた。
「ティト様、…ジェイデンの体質についてはオーウェン公爵とクローデル侯爵以外には口外なされないようにお願いできますか?いずれ見学が現実味を帯びてきましたら、リノ様へは僕から説明をさせていただきますので…どうか。」
「…分かった、約束するよ。」
「ありがとうございます。」
セレダは安堵した表情をして、丁寧に頭を下げた。ジェイデンを気遣っているのが分かる。
「それと…ジェイデンが特殊な体質とはいえ、ティト様と相性が合う可能性もありますから、話が進む前に相性の確認だけしましょう。時期は侯爵にご相談しておきます。」
「そうか…そうだね。…別にレヴィルに確認をしなくても大丈夫だよ。今でも構わない。」
セレダは少し驚いたように目を見開いた。
「…僕の時も動悸が出たようですので、念のためもう少し体調が万全な時にしましょう。」
「セレダの時は初対面だったから…ジェイデンは人となりが分かっているから大丈夫だと思うけど…。」
「そうですか…しかし…レヴィル様へご相談をしないと…まずいのではありませんか?」
「そうかな…?この先もずっと逐一レヴィルに相談する訳には行かないよ。僕は何人ものエバと関係を持たなくてはいけないんだから。」
セレダとジェイデンは顔を見合わせた。
「……成人するまでにフェロモンが苦手な事も、できれば克服したいんだ。みんなの気持ちはありがたいけど…このまま丁重に扱われて、役立たずのままその時を迎えるのは嫌だ。」
僕はありのままの本音を溢した。精通の兆しが見えて、未だにフェロモンが苦手なのは少し怖い。
お気持ちは分かりますが…と言って、セレダは困った顔をした。セレダが次の言葉を話そうとするとジェイデンが彼を止めた。
「……では今確認していただきましょうか。」
「うん。」
「ジェイデン…。」
ジェイデンはゆっくりと立ち上がり、僕の近くに跪いた。心配そうなセレダとは対照的に、彼はとても冷静な様子だった。もしかすると、どうせ自分のフェロモンは効かないだろうと言う思いがあるのかもしれない。
すっと跪いた彼からはフェロモンではない石鹸の良い香りがした。
「…体調に違和感があったらすぐに教えてください。」
「…分かった。」
僕は頷くと、そっとジェイデンを引き寄せ、彼の首筋に顔を寄せた。
僕は相変わらず美しい浴場にほっと息をつき、足を踏み入れた。素足に触れるタイルは僅かに温かい。きっとヒューゴが湯を掛けておいてくれたのだろう。湯気の香る浴場には、優しいアロマの香りが漂っていた。
僕は汗を流し身を清めた後、大きな湯船に入った。汗で冷えてしまった身体に湯の温かさが気持ち良い。
僕は改めて久しぶりに来た浴場を見回した。浴場にはゆったりとくつろげる大きな寝椅子や肌ざわりの良いマットが置かれている。これらはただゆっくりと湯を楽しむために置かれているのだと思っていた。もちろんその意味もあるだろうが、もしかすると元を正せば祖父母がここで愛を確かめ合うために設けられた物なのかもしれない。
思い起こして見るとクーペルーベンのスパにも大きな寝椅子やベッドが誂えられていた。あのヴィラにはアデルを呼び込むことができる。つまりは…やはりそういう事だ。
僕は邪な想像をしてしまいそうになるのを打ち消す様にぶくぶくと浴槽にもぐった。
僕が身支度を終え、サロン戻るともうセレダは来ていた。すでに入浴を終えたであろうジェイデンと談笑をしている。セレダは僕に気付くとすっと立ち上がった。
「ティト様、お時間をいただきましてすみません。」
「ううん、少し待たせてしまったかな。」
「いえ、今来たところです。」
セレダは先ほどより落ち着いた様子で微笑んだ。
僕がセレダの向かいのソファに座ると、爺が静かに僕にお茶を出す。礼を言って受け取ると彼は一礼し、そっとサロンから退室した。
お茶に口を付けると、ふ、とジェイデンと目が合った。僕は何となく気まずくて、不自然にならない程度にセレダの方を向く。
「えっと、丘屋敷まで行って疲れたんじゃない?」
「いえ、馬は慣れてるので大丈夫ですよ。リノ様はとても心配していらっしゃいました。」
「ふふ、彼は過保護だから。」
「仲が良いんですね。」
「うん。」
僕が頷くとセレダは万華鏡のような瞳をゆっくりと細めた。
会話が途切れた所で、本題を切り出すために僕はティーカップをそっとソーサーに置く。
「それで…話って何かな?」
セレダは確認をするようにジェイデンを見た。ジェイデンはセレダを促すように小さく頷く。
扉の方を見て爺が入室していない事を確認した後、彼は観念したように、ようやく話を切り出した。
「……実は先日中央医院にオーウェン公爵が直々にお越しくださいまして…。」
「公爵が?」
「はい。それで…ご訪問の際にティト様が教会や医院について学びたいと仰ったときには協力をして欲しいと、医院長にご内密に依頼をされたそうです。」
僕は驚き目を見開いた。
「そう、なの。」
「ええ、おそらくオーウェン公爵は正式なご依頼というよりも、ティト様が知りたいと思う時が来たら協力してくれという意味で仰ったのだと思いますが…。」
「そうなんだ…。」
まさかオーウェン公爵がそこまで僕を気遣ってくれているとは思っていなかった。ガーデンパーティーの際の僕に向けたあまりにも優しい眼差しが浮かぶ。
「ただ…ここからが問題でして…。」
セレダが眉間にしわを寄せる。
「その…長年貢献していただいた公爵からの初めてのご依頼だったもので、それはもう…その、医院の幹部が張り切ってしまいまして…。」
「ええ…?」
セレダは嫌そうな顔を隠さずに、ため息をついた。
「ティト様に加護のご見学をしてもらったらどうかという話が来ているんです。」
「加護の…見学…?」
僕は思いもよらない提案に首を傾げた。
「ええ……ちょうど医院で研究協力してもらっていたジェイデンもいるので、上としては適任だろうと…。」
セレダは苦虫を潰したような顔でそう言った。僕は彼の言う事が分からず、少し言葉を反芻する。
するとその様子を見たセレダがもう一度口を開いた。
「ジェイデンは特殊な体質でして、王都にいる間はずっと中央医院で研究の協力をしてくれていました。僕は彼とはこの村に来る以前から顔見知りです。」
「え、そうなんだ。」
僕はびっくりしてジェイデンを見た。見守っていた彼は無表情で感情は読み取れない。僕と目が合うと、彼はゆっくりと口を開いた。
「私は…アデルにフェロモンが効かない体質です。」
「…え?」
「今までアデルのフェロモンを感じることも、私のフェロモンをアデルが感じる事もありませんでした。ティト様はエバのフェロモンには慣れていらっしゃらないとお聞きしております。中央医院としては適任だと思ったのでしょう。」
ジェイデンは変わらず穏やかにそう言った。
「…彼はそう言った体質ですので、ティト様が加護について学ばれるには良いのではないかと…そう言う中央医院からのご提案です。」
「…………ジェイデンの…加護、を…見学させてもらうってこと…?」
「ええ、そうです。」
セレダは静かにそう答えた。僕はあまりにも信じられない提案に絶句する。身近な人の加護の見学なんて誰が思いつくだろう。
一気に情報を与えられた僕は少し混乱してしまいそうになる。
「………加護って…あの、加護でしょう?」
「…ええ、子を授かるために行う加護のことです。」
「その見学って、どういう事かな…。」
僕は頭の中を整理する為にぐるぐると思考していた。セレダは以前のように丁寧に説明を重ねてくれる。
「ジェイデンが加護を受ける際にティト様も処置室に入り、立ち会って頂く事になるかと思います。流石に直接彼の姿をお見せするのは僕が嫌なので…衝立越しはどうかと思っています。」
僕は頷くべきなのか分からず、ジェイデンを見た。
「……その………ジェイデンは本当に…そんな風に僕が立ち会ってもいいと思っているの?」
「ええ、構いません。自分の体質を悲観した事もありましたが、こういう形でティト様のお役に立てるのであれば僥倖です。」
ジェイデンは穏やかに微笑んだ。僕は余りにも突然の事に何と答えるのが正解なのか分からず、ふるふると首を振る。
「ごめん…突然の事で……何といえばいいのか…。」
セレダは少し安心した様に頷いた。
「当然です。本当に突然のお話となってしまいまして申し訳ありません。ただ…加護と言うものはエバにとって、とても大切なものです。本来は誰かに見られてもよい様なものではないので…ティト様にも少し考えていただきたかったのです。」
「…うん………うん、セレダの言っている事は分かるよ。」
僕は何とか情報を整理しながら頷く。
「…その………ジェイデンの大切な加護に立ち合わせて貰ってまで、学ぶべき事なのか…今の僕には判断が付かないんだ。できれば少し時間をもらえないだろうか。…許されるのであれば公爵にもご相談をしたい。」
悩みながらもそう答えると、セレダは頷いた。
「もちろんです。急ぐ必要はありませんから、少し考えてみてください。」
「ええ、オーウェン公爵にお伝えいただいても構いませんよ。」
「うん…ありがとう…。」
僕は彼らに礼をした。
セレダはすぐに見学をしたいと言い出さなかった僕に安心したのか、背をソファに預け、ふう、と息を吐いた。その様子を見たジェイデンが少しだけ笑い、僕の方を見た。
「…ティト様、疑問に思う事があればお答えします。」
「あ……うん……、その、…もし失礼な質問だったら答えなくていいんだけど…ジェイデンは…無魔力症ってことなのかな…?」
フェロモンが効かないと聞いて僕は真っ先に無魔力症が思い浮かんだ。
僕たちはセレダのように魔力を操ることはできないが、皆魔力を保有している。無魔力症というのは、その名の通りその魔力を保有しない症状の事だ。僕たちはお互いの魔力を掛け合わせる事で子が授かるが、無魔力症の人は、子を授かる事が難しく、フェロモンも出せないと聞いたことがある。
「…いえ、私は魔力は保有しています。無魔力症ではないんです。」
「そう、なんだ。」
「…中央医院で何度も確認をしてもらいましたが、魔力については平均以上に保有していました。……単純に言えば私のフェロモンに相性が合うアデルがいないのです。」
「……本当に、誰一人合わないの…?」
「ええ…。」
ジェイデンは静かに頷いた。
「フェロモンの相性が合い辛いエバはそれなりにいますから、最初はそれなんだろうと思っていました。でも…成人してから10年以上、色々なアデルにフェロモンを試してもらいましたが…誰とも相性が合わなかったんです。」
そう言った彼は悲観した様子ではなかった。逆に僕の方が言葉を詰まらせてしまう。
「…あ……その…立ち入った事を聞いてしまって…ごめん。」
「…いえ、大丈夫ですよ。知っていただく必要がある事ですから、知りたい事が有れば仰ってください。」
「うん…その…今すぐは思いつかないから、またいずれ…。」
「ええ、承知しました。」
静かに話を聞いていたセレダが身動ぎをし、口を開いた。
「ティト様、…ジェイデンの体質についてはオーウェン公爵とクローデル侯爵以外には口外なされないようにお願いできますか?いずれ見学が現実味を帯びてきましたら、リノ様へは僕から説明をさせていただきますので…どうか。」
「…分かった、約束するよ。」
「ありがとうございます。」
セレダは安堵した表情をして、丁寧に頭を下げた。ジェイデンを気遣っているのが分かる。
「それと…ジェイデンが特殊な体質とはいえ、ティト様と相性が合う可能性もありますから、話が進む前に相性の確認だけしましょう。時期は侯爵にご相談しておきます。」
「そうか…そうだね。…別にレヴィルに確認をしなくても大丈夫だよ。今でも構わない。」
セレダは少し驚いたように目を見開いた。
「…僕の時も動悸が出たようですので、念のためもう少し体調が万全な時にしましょう。」
「セレダの時は初対面だったから…ジェイデンは人となりが分かっているから大丈夫だと思うけど…。」
「そうですか…しかし…レヴィル様へご相談をしないと…まずいのではありませんか?」
「そうかな…?この先もずっと逐一レヴィルに相談する訳には行かないよ。僕は何人ものエバと関係を持たなくてはいけないんだから。」
セレダとジェイデンは顔を見合わせた。
「……成人するまでにフェロモンが苦手な事も、できれば克服したいんだ。みんなの気持ちはありがたいけど…このまま丁重に扱われて、役立たずのままその時を迎えるのは嫌だ。」
僕はありのままの本音を溢した。精通の兆しが見えて、未だにフェロモンが苦手なのは少し怖い。
お気持ちは分かりますが…と言って、セレダは困った顔をした。セレダが次の言葉を話そうとするとジェイデンが彼を止めた。
「……では今確認していただきましょうか。」
「うん。」
「ジェイデン…。」
ジェイデンはゆっくりと立ち上がり、僕の近くに跪いた。心配そうなセレダとは対照的に、彼はとても冷静な様子だった。もしかすると、どうせ自分のフェロモンは効かないだろうと言う思いがあるのかもしれない。
すっと跪いた彼からはフェロモンではない石鹸の良い香りがした。
「…体調に違和感があったらすぐに教えてください。」
「…分かった。」
僕は頷くと、そっとジェイデンを引き寄せ、彼の首筋に顔を寄せた。
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