死体を埋める

八億児

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 月の明るい晩で良かった。
 湿り気のある柔らかい土に掘鋤スコップを突き刺し、おれは穴を掘る。夜の森の中でも、ここにはうまい具合に月光が差し込んでいる。
 ざくざくと土を返す音が響く中、愛馬のダウクスは大人しく待機していた。こういうときにも決して秘密を漏らさない、頼りになる相棒だ。
 その賢い相棒の隣の地面には、重みのありそうな大きな麻袋が横たえてあった。ちょうど、人間一人分くらいの。
 穴の深さを確認するため手を止めると、何かが近付いてくる音に気付いた。おれは掘鋤を手放すと、急いでダウクスに預けておいた剣を手に取る。素早く木の陰に隠れると、身を低くして息を潜めた。
 近付いてくる何かは騎乗をしていた。馬の足を止めると、地面に降りる。足音が近付く。
 こんな夜更けにこんな場所へ来るような者は、何か後ろ暗いところのある人間に違いない。『もう一人』くらい始末してしまっても、大して心が痛まない相手だろう。
 おれはそう考え、人影が剣の間合いに入るのを待った。
「──リボル、こんな時間に一人で遠乗りか?」
 だが人影は、おれが姿を現す前にこちらの名を呼んだ。聞き覚えのある声に、おれは諦めて木の陰から立ち上がる。
「アルフレート……様」
「遠乗りなら私を誘えと言ったはずだぞ」
 月光に照らされたその人が被っていた頭巾フードを降ろすと、艶のある淡い色の髪が零れる。そこにいたのは、おれの仕えている貴族の青年だった。
 目立つことを避けたのだろう。派手な物やはっきりと身分の分かるような物は身につけていないが、外套も手袋もブーツも、全て仕立ての良いものばかりだ。
「……ご冗談を。ここにいたのがおれじゃなく野盗だったらどうするんですか」
 おれは苦い顔で剣を納めた。自分が穴掘りの途中だったことを思い出し、身体についた土を払い落とす。
「それなら大丈夫だ! ダウクスがいたし、君がこの辺りにいるのは間違いないと思った」
 こんなハンサムな馬を見間違えるわけがない!と朗らかに言って、アルフレートはダウクスを撫でる。
「それに君ならもし私の声の一つも聞こえたら、何をしていても助けには来てくれるだろう?」
 傲慢な言葉だと思う。傲慢だが、事実だった。
「……ならそれが分かっていて、どうしてこんなところへ来たんですか」
 あなたのためなら、おれが何をするか分かっているはずなのに。
 おれが無意識に足下の麻袋に視線をやったのに、アルフレートも気付いたようだった。
「どうして、か。訊きたいのはこちらの方だが……いや、訊くまでもないな。『私のため』か」
 アルフレートが諦めたように俯いて首を振る。頭上の月は彼の表情を影で隠す。
「だが、その男を殺したのは私だ」
 怒るでも哀しむでもない、酷く落ち着いた声だった。表情はまだ見えない。
「……隠していたはずの死体が消えた時、私は神か悪魔のどちらかが実在するのだろうかと思った。だが、そんな都合のいい神も悪魔もいるはずがない。そうしてお前を探していたら、厩へ向かうのを見つけた」
「こんな男のためにあなたの名誉が傷つけられる必要はありません」
 できるだけ落ち着いた声を出したつもりだったが、怒りが滲んでしまったのが自分でも分かる。
「これが生きていれば、いずれおれがやっていたかも知れないことです」
 これ、と言って再度視線で麻袋を示す。土の上に置かれた袋は全くの荷物のように動かず、生き物の気配らしきものはすでになかった。
 だが生きていた頃の彼が自身の社会的地位を守るためには、アルフレートの存在が邪魔だった。何度も命を狙ってきて、その度におれは主人を守るために奔走した。今にして思えば、おれがもっと早くに手を下してこうしておくべきだった。
「だが彼はリボル、君のことまで殺そうとしたんだ」
「散々煮え湯を飲ませてやりましたからね。当然でしょう」
 おれは肩をすくめた。殺されてやるつもりはなかったが、矛先が主から自分へ向かうのは望ましいことでもあった。
「そう言えば、まだ答えて貰ってませんでしたね。どうしてこんなところへ来たんです? あなたの知らないところで死体が見つかれば、無関係な出来事にできたんですよ」
「君が罪を全て引き受けることで?」
「バレたときは、そうなります」
「私のしたことは迷惑だったと?」
「そこまでは言いません。これはおれのすることだと言ってるんです」
 アルフレートが顔を上げて真っ直ぐおれを見た。哀しみとも怒りともつかない、静かな目をしている。
「わかった。ならば言い方を変えよう」
 そう言って、地面の穴の外にとり残されていた掘鋤スコップを拾い上げた。それどころではないのに、手袋に泥がついてしまうことを一瞬心配してしまう。
「ではリボル、私の作った死体を埋めるのを一緒に手伝ってくれないか?」
 舞台挨拶のように両手を広げ、掘鋤をステッキのように片手にぶら下げて見せる。
「そ、んな」
 おれは返答に詰まった。是と言えば二人は共犯となり、否と言えば手を貸さないことになる。
「いや、そんな言い方をしても無駄です。全部おれが一人で」
「それは駄目だよ」
 アルフレートが掘鋤を土に突き刺し、こちらに距離を詰めた。
「悪いが、私は君を差し出すつもりも手放すつもりもないんだ」
 ゆっくりと両手が伸ばされ、おれの顔を包む。頬についていた泥を、手袋の指先が優しく拭った。
「私のために、一生ふたりの秘密を抱えて欲しい」
 言われたおれは、どんな顔をしていただろうか。
 月の明るい晩で良かった。
 月光に照らされた主人の顔は、確かに慈愛に満ちた笑みを浮かべて輝いて見えた。
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