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落下の勢いで意識を飛ばしたのはほんの短い間の事だった。 昼下がりのまどろみから覚醒するように、穏やかに意識を取り戻す。幸い混乱するようなことはなく、意識を失う直前のことをスムーズに思い出すことができた。あの高さから落ちてよく生きてたなと思うと同時に、自分の体勢と感覚的にこれは膝枕をされていると気が付く。数年前付き合っていた彼女に何回かやってもらったから分かる。目を開ければそこにはボンキュッボンの綺麗なお姉さん……という展開が自分にとっては一番美味しいのだが、 最後の記憶にあった影は間違いなくあの子だった。恐らくアートが助けてくれたのだろう。











何故、突き落とされたのか。疑問しかないが、取り敢えず起き上がろうかというところで子供の声が聞こえ、ピシリと身を固くする。 聞こえてくる子供特有の少し高い声に思い当たる人物は一人しか居らずあぁ、喋れたのかと安堵のような感情から無意識に唇が開いた。







「そう何度も謝るなよ、こっちまで申し訳なくなるだろ」







繰り返し聞こえる謝罪の言葉に目は開けず、言葉だけを返す。俺にしては珍しく頭が冴えてるような気がするのは、高所からの落下でアドレナリンでも分泌されたせいだろうか。普段格好のつかない俺だけどこんな時ばかりはこうするべきなのだろうと自然に言葉が出た。









ぎゅっと握られたままの手を逆に握り返してやると逃げる様にその手が離された。そこでようやく目を開けると、青白い顔色でこちらを見つめるアートの姿。泣き出してしまいそうな視線に苦笑いで返してパッと起き上がり、すぐそばにあった小さい体を抱きしめる。自分が子供の扱いに長けているとは思っていないが、スキンシップが大事であるとどこかで聞いたことがあるような気がするので取り敢えず実践。









「……喋れたんだな。良かったよ」







ごめんなさい、と先ほど聞こえていたものよりも幾ばくか幼い謝罪を繰り返しながらえぐえぐと泣き出してしまった少年の背をあやすようにぽんぽんと叩いてみる。正直、何に対して謝られているのかさっぱりだが、こんなに謝られてしまっては、たとえ事情を聴いてももう怒れない気しかしない。







取り敢えず落ち着くまではこうしていようと、抱きしめたままでいるとぽつりと冷たい雫が頬を叩いた。何気なく空を見上げれば、陽が沈んだせいもあるのだろうがどんよりと暗い雲が目に入り、すぐに本降りになることが予想できた。また雨か、とため息を一つつきながら周囲を見渡す。自分たちが落ちた崖の岩肌は登れないほどではないがそれなりに切り立っており、登り切れるかといわれると自信がない、というか絶対無理。体力的に。









ならせめて雨をしのげる場所を、と思うもののそんなに都合よく洞窟だの木だのがあるわけもなく、このままでは二人そろってずぶ濡れである。こういう場合テントでもあると便利なんだけれど。











……あ、テントくらいなら作れそう。













もう少し早く思いついていても良さそうだが、まぁ、気付けただけ御の字だろうとそう思いたい。折角いただいたありがたーい能力を使わない手はない。









少しばかり意識を集中させて脳内にテントの姿を描く。アウトドアの趣味はなかったため、オーソドックスな地味なテントにならざるを得ないが、無いよりマシ。考え付く限り細かく思い描くことに集中していればぼすっ、という小さな落下音と共に、自分の想像した通りのテントが目の前に。もう少し性能にこだわりたかたが、無い知識はどうすることもできない。テントと聞いておそらく日本人の多くが想像するであろう黄色のそれに自分自身の変わり映えしない性格が表されているようで微妙な気持ちになってくるが気にしない気にしない。









子どもとは言え、それなりに体重のあるアートを落してしまわないように慎重に抱き上げると出来立てほやほや、急ごしらえのテントの中へと身をかがめて突入する。なるほど、かなり狭いが居心地はそこそこだ。気持ち程度に添えられていたクッションの上に抱えたままだったアートを下ろして自分もその正面に腰を落ち着ける。どういう原理で点いているのかわからないランプが控えめに周囲を照らす。









クッションの上にちょこんと座ったアートをぼんやりと眺めながら彼が口を開くのを待つ。こちらから急くつもりは無いし、気持ちの整理がつくまでのんびり(している時間があるかどうかは分からいないが)待とうと思い候。







そういえばこのクッション俺んちのソファーに付属してるやつに似ているな、あれどこで買ったんだっけ。







「……。」







どうでもいいことに思考を巡らせていれば前方からもの言いたげな視線。これはこちらから話を振ったほうがいいのだろうか。しかし、こういうのはやはり相手が話し始めるのを待つべきなのか。









親に叱られた子供よろしく、しゅんとした表情でうつむく姿はいじらしく自然と頬が緩む。話の切っ掛けになるか分からないがお礼を伝えるくらいはいいだろう。そう思いと閉じていた口を開く。











「……落っこちた時、アートが助けてくれたんだろう?ありがとな」







撫でやすい位置にある金の頭に手を伸ばし柔らかな髪をわしわしと掻き混ぜる。あの高さ、普通なら死んでいただろう。まぁ、俺自身に何か特別な力が働いたと考えることもできるかもしれないが、状況的にアートが何かしらを知っているのだろう。









「……全部、僕のせいなんだ。ごめんなさい」







少々時間が空いてふるふると首が横に振られた後、小さな唇から溢れたのは自責の言葉。どうして謝るのかと、一体何のことを言っているのか。聞きたいことはたくさんあったが下手に口を挟むべきで無いとして話の続きを促す。







辛抱強く待っていればぽつりぽつりと語られ始めた事実。最初はうんうんと相槌交じりに余裕を持って聴いていたのだが、語られる内容に驚きを通り越して俺のキャパシティが決壊するのにそう時間は掛からなかった





























「……えっと、一回待って。整理させて。つまり、あれだね。アートが俺をこの世界に連れてきたって事だな、そこまでは把握した。えっと、なんだっけ、力の魔王?え、」







彼から告げられたのは、自分がこの世界に俺を導いた張本人であるということと、自分が魔王という存在であったということだった。









どちらも考え難い話であるがとくに信じられないのは後者の話だ。魔王のまの字もない。天使みたいなこの少年の一体どの辺りが魔王なのだろう。あの時、俺が魔王とぶつかったと思われる時に見たのは、覚えている限りでは毛むくじゃらで大きな獣だ。アートとは似ても似つかない、というかまったく別の生命体でしか無かった。共通点が一つもないかけ離れた存在が同一であると言われてもにわかには信じがたい。











しかし真剣な眼差しは嘘を付いているようには見えず、混乱しながらも事実として受け入れる他無い。それに、何より辻褄が合う。













自分で言うのもアレだが俺ほど柔軟性に富んだ人間はそうはいないと思う。まぁ、理解したかと言われると微妙な所だが。









長くなりそうな夜を予感して、小さく息を付く。いつの間にか雨足は大分強まっており、テントを叩く音が騒がしくなっていた。

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