上 下
107 / 116
銭ゲバ事件簿・3

18

しおりを挟む
 アーネスト司祭が監禁されているのは北の塔。一応重犯罪者を厳しく管理するための牢だというのだが。

「呆れた。あんたの実家よりいい暮らしなんじゃないの?全部を天国に持っていけなくて残念ね!」

ニコラは呆れ顔だ。

アーネスト司祭が犯罪の手を染めたのは、聖者が貧しき者の苦しみに、居ても立ってもいられなかったという話になっているらしい。
貧しき民への苦しみへの救いに、その手を染めてしまった犯罪を、王都でも有名な穢れなき気高い少女(この場合はニコラ、であるらしい)に見咎められて、今は、被害者となった人々への贖罪として、厳しい北の塔で幽閉され、罪を償っている、という世間の解釈だ。
そういうわけで、まあこの司祭の檻の中には、あちこちからの寄附だの寄進だので、うまそうなものも贅沢な家具もゴロゴロしている。牢番もしっかりやればいいのに、この牢番からしてアーネスト司祭の世間評をいい感じに信じ込んでいるらしく、まるで下男の如く、この男につかえてる様子。

「出たな悪魔の子、下がれ!」

面会に、牢に通されたニコラに、司祭は口ではそんな酷い事を言っているが、ちゃんと良い方の椅子を持ってきてやっている。
やはり、違法黒魔石で被害者が出ないなら、出ない方がいい。ニコラには、深く感謝しているのだ。

ニコラが知ってる魔女の間の常識である、八角ハチの蜜を使って魔力に触れた緑銀石の粉を処理する知恵は、今やダンジューロの街にとって、なくてはならない大切なものとなった。

ダンジューロのような貧民にとって、魔女だろうが聖者だろうが、銭ゲバだろうが、知恵を授けてくれた出先はどこも平等に大切なのだが、一般的に魔女は忌み嫌われ、魔女の知恵は碌でもないという貴族社会の受け止めだ。

ダンジューロの街の人たちは、しめしあわせた様に、この新しい智慧の出先を、「司祭の祈りから、神が貧民に授けてくれた知恵」という事にしている。

ニコラは別に神の智慧だろうが、魔女の常識だろうが別に構わないし、それでダンジューロの人々が潤って、次からポーションを正規の値段で買ってくれればそれでいい。ただ、この一連の話が美談になったおかげで、偽物の方の黒魔石の方が高価になって、ニコラの黒魔石が上手い値段で捌けなかったことは非常に気に食わないが。

ニコラは銭以外に何も興味はない。名誉とやらは、このアーネスト司祭にくれてやっても、こいつの大切な神様とやらにくれてやっても、別に構わないのだ。

「あんたもバカね、あんな汚い場所に住んだかと思ったら、今度はこんな所に閉じ込められて。あんたの実家お金持ちだったんでしょ?勘当されて出て行かされなくても、上手いことやって実家からお金引っ張って貧乏人に渡してやってたら、誰も苦労しなかったし、あんたも犯罪なんかせずに済んだし、こんなところに閉じ込めてられなかったはずよ」

いい方の椅子に、行儀悪く座ると、勝手に司祭への貢物である桃の皮を剥いて、もしゃもしゃとニコラは食べる。

今日はジャンは忙しい。
ニコラ気が向いて、ふらりと一人でここまでやってきたのだが、アーネストが先に、前触れを出していたのだろう。牢番は、ニコラの面会要請を、すんなりと通した。

「ニコラ。私は神と共にいきると決めたその日から、親も兄弟もおらん。ただ神と、神の国があるだけだ」

フォレストに聞いたところ、この男の実家は辺境の大貴族だという。ダンジューロの貧民街など、ちょろっと実家にお願いすれば、簡単に潤っただろう。だが、神と共にある道を歩むと決めたその日に、自分で親子のつながりを絶ったという。親を殺されて、親子のつながりを絶たれたニコラにしてみれば、馬鹿馬鹿しい話だ。

ニコラは、静かにもしゃもしゃと桃を食い終わると、ジッと手元を見て、つぶやいた。

「バカね。神様なんて、いるわけないじゃない。神様がいるなら、私のお父様とお母様を、あんな酷い方法で神様の国とやらに呼ぶなんて、おかしいと思わない?」

アーネストは、静かにニコラの次の言葉を待つ。
ニコラは次は、リンゴに手を伸ばして、

「もしも神様とやらがいるなら、勝手に私からお父様とお母様を奪った後に、私を愛して育ててくれた、魔女達を忌み嫌うなんて、勝手な話だわ」

ニコラは独り言のように、そうつぶやいた。
ニコラの声には、怒りも悲しみもなかった。ただ、それが、ニコラに現実として与えられた事実なのだ。

ニコラの顔も朧げにしか覚えていないその良心の墓に連れて行ってもらったのは、王都に来て間も無くだ。
騎士団が建立した立派な墓には、ニコラの高潔な父母は、神の国とやらで大切にされている、と書いていた。

だが、魔の森で、ニコラを慈しみ、愛し、育ててくれた、満月の魔女は、神の国とやらにはいないそうだ。
魔女は、神に忌み嫌われている、そうな。
アーネストによると、魔女は神と人との契約には、含まれていない存在だとか。
だから魔女は神からの愛は受けない。神の恩寵も受けない。
魔女がその命を終える時、魔女はただ、塵芥に帰る。父母は、永遠の天国とやらに呼ばれて、いい感じでいるらしい。

アーネストは、ニコラの目には、ただの強欲司祭だが、実際に他の視点からの解釈では、幾つもの学位を持つ、国内最高峰の神学者で、郁年月も、貧しい人々と共に生きてきた、大聖者である。

アーネストは、ニコラが今日、ここにやってきた理由を知った。



しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

あなたの愛が正しいわ

来須みかん
恋愛
旧題:あなたの愛が正しいわ~夫が私の悪口を言っていたので理想の妻になってあげたのに、どうしてそんな顔をするの?~  夫と一緒に訪れた夜会で、夫が男友達に私の悪口を言っているのを聞いてしまった。そのことをきっかけに、私は夫の理想の妻になることを決める。それまで夫を心の底から愛して尽くしていたけど、それがうっとうしかったそうだ。夫に付きまとうのをやめた私は、生まれ変わったように清々しい気分になっていた。  一方、夫は妻の変化に戸惑い、誤解があったことに気がつき、自分の今までの酷い態度を謝ったが、妻は美しい笑みを浮かべてこういった。 「いいえ、間違っていたのは私のほう。あなたの愛が正しいわ」

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

処理中です...