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銭ゲバ事件簿・3
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アーネスト司祭が監禁されているのは北の塔。一応重犯罪者を厳しく管理するための牢だというのだが。
「呆れた。あんたの実家よりいい暮らしなんじゃないの?全部を天国に持っていけなくて残念ね!」
ニコラは呆れ顔だ。
アーネスト司祭が犯罪の手を染めたのは、聖者が貧しき者の苦しみに、居ても立ってもいられなかったという話になっているらしい。
貧しき民への苦しみへの救いに、その手を染めてしまった犯罪を、王都でも有名な穢れなき気高い少女(この場合はニコラ、であるらしい)に見咎められて、今は、被害者となった人々への贖罪として、厳しい北の塔で幽閉され、罪を償っている、という世間の解釈だ。
そういうわけで、まあこの司祭の檻の中には、あちこちからの寄附だの寄進だので、うまそうなものも贅沢な家具もゴロゴロしている。牢番もしっかりやればいいのに、この牢番からしてアーネスト司祭の世間評をいい感じに信じ込んでいるらしく、まるで下男の如く、この男につかえてる様子。
「出たな悪魔の子、下がれ!」
面会に、牢に通されたニコラに、司祭は口ではそんな酷い事を言っているが、ちゃんと良い方の椅子を持ってきてやっている。
やはり、違法黒魔石で被害者が出ないなら、出ない方がいい。ニコラには、深く感謝しているのだ。
ニコラが知ってる魔女の間の常識である、八角ハチの蜜を使って魔力に触れた緑銀石の粉を処理する知恵は、今やダンジューロの街にとって、なくてはならない大切なものとなった。
ダンジューロのような貧民にとって、魔女だろうが聖者だろうが、銭ゲバだろうが、知恵を授けてくれた出先はどこも平等に大切なのだが、一般的に魔女は忌み嫌われ、魔女の知恵は碌でもないという貴族社会の受け止めだ。
ダンジューロの街の人たちは、しめしあわせた様に、この新しい智慧の出先を、「司祭の祈りから、神が貧民に授けてくれた知恵」という事にしている。
ニコラは別に神の智慧だろうが、魔女の常識だろうが別に構わないし、それでダンジューロの人々が潤って、次からポーションを正規の値段で買ってくれればそれでいい。ただ、この一連の話が美談になったおかげで、偽物の方の黒魔石の方が高価になって、ニコラの黒魔石が上手い値段で捌けなかったことは非常に気に食わないが。
ニコラは銭以外に何も興味はない。名誉とやらは、このアーネスト司祭にくれてやっても、こいつの大切な神様とやらにくれてやっても、別に構わないのだ。
「あんたもバカね、あんな汚い場所に住んだかと思ったら、今度はこんな所に閉じ込められて。あんたの実家お金持ちだったんでしょ?勘当されて出て行かされなくても、上手いことやって実家からお金引っ張って貧乏人に渡してやってたら、誰も苦労しなかったし、あんたも犯罪なんかせずに済んだし、こんなところに閉じ込めてられなかったはずよ」
いい方の椅子に、行儀悪く座ると、勝手に司祭への貢物である桃の皮を剥いて、もしゃもしゃとニコラは食べる。
今日はジャンは忙しい。
ニコラ気が向いて、ふらりと一人でここまでやってきたのだが、アーネストが先に、前触れを出していたのだろう。牢番は、ニコラの面会要請を、すんなりと通した。
「ニコラ。私は神と共にいきると決めたその日から、親も兄弟もおらん。ただ神と、神の国があるだけだ」
フォレストに聞いたところ、この男の実家は辺境の大貴族だという。ダンジューロの貧民街など、ちょろっと実家にお願いすれば、簡単に潤っただろう。だが、神と共にある道を歩むと決めたその日に、自分で親子のつながりを絶ったという。親を殺されて、親子のつながりを絶たれたニコラにしてみれば、馬鹿馬鹿しい話だ。
ニコラは、静かにもしゃもしゃと桃を食い終わると、ジッと手元を見て、つぶやいた。
「バカね。神様なんて、いるわけないじゃない。神様がいるなら、私のお父様とお母様を、あんな酷い方法で神様の国とやらに呼ぶなんて、おかしいと思わない?」
アーネストは、静かにニコラの次の言葉を待つ。
ニコラは次は、リンゴに手を伸ばして、
「もしも神様とやらがいるなら、勝手に私からお父様とお母様を奪った後に、私を愛して育ててくれた、魔女達を忌み嫌うなんて、勝手な話だわ」
ニコラは独り言のように、そうつぶやいた。
ニコラの声には、怒りも悲しみもなかった。ただ、それが、ニコラに現実として与えられた事実なのだ。
ニコラの顔も朧げにしか覚えていないその良心の墓に連れて行ってもらったのは、王都に来て間も無くだ。
騎士団が建立した立派な墓には、ニコラの高潔な父母は、神の国とやらで大切にされている、と書いていた。
だが、魔の森で、ニコラを慈しみ、愛し、育ててくれた、満月の魔女は、神の国とやらにはいないそうだ。
魔女は、神に忌み嫌われている、そうな。
アーネストによると、魔女は神と人との契約には、含まれていない存在だとか。
だから魔女は神からの愛は受けない。神の恩寵も受けない。
魔女がその命を終える時、魔女はただ、塵芥に帰る。父母は、永遠の天国とやらに呼ばれて、いい感じでいるらしい。
アーネストは、ニコラの目には、ただの強欲司祭だが、実際に他の視点からの解釈では、幾つもの学位を持つ、国内最高峰の神学者で、郁年月も、貧しい人々と共に生きてきた、大聖者である。
アーネストは、ニコラが今日、ここにやってきた理由を知った。
「呆れた。あんたの実家よりいい暮らしなんじゃないの?全部を天国に持っていけなくて残念ね!」
ニコラは呆れ顔だ。
アーネスト司祭が犯罪の手を染めたのは、聖者が貧しき者の苦しみに、居ても立ってもいられなかったという話になっているらしい。
貧しき民への苦しみへの救いに、その手を染めてしまった犯罪を、王都でも有名な穢れなき気高い少女(この場合はニコラ、であるらしい)に見咎められて、今は、被害者となった人々への贖罪として、厳しい北の塔で幽閉され、罪を償っている、という世間の解釈だ。
そういうわけで、まあこの司祭の檻の中には、あちこちからの寄附だの寄進だので、うまそうなものも贅沢な家具もゴロゴロしている。牢番もしっかりやればいいのに、この牢番からしてアーネスト司祭の世間評をいい感じに信じ込んでいるらしく、まるで下男の如く、この男につかえてる様子。
「出たな悪魔の子、下がれ!」
面会に、牢に通されたニコラに、司祭は口ではそんな酷い事を言っているが、ちゃんと良い方の椅子を持ってきてやっている。
やはり、違法黒魔石で被害者が出ないなら、出ない方がいい。ニコラには、深く感謝しているのだ。
ニコラが知ってる魔女の間の常識である、八角ハチの蜜を使って魔力に触れた緑銀石の粉を処理する知恵は、今やダンジューロの街にとって、なくてはならない大切なものとなった。
ダンジューロのような貧民にとって、魔女だろうが聖者だろうが、銭ゲバだろうが、知恵を授けてくれた出先はどこも平等に大切なのだが、一般的に魔女は忌み嫌われ、魔女の知恵は碌でもないという貴族社会の受け止めだ。
ダンジューロの街の人たちは、しめしあわせた様に、この新しい智慧の出先を、「司祭の祈りから、神が貧民に授けてくれた知恵」という事にしている。
ニコラは別に神の智慧だろうが、魔女の常識だろうが別に構わないし、それでダンジューロの人々が潤って、次からポーションを正規の値段で買ってくれればそれでいい。ただ、この一連の話が美談になったおかげで、偽物の方の黒魔石の方が高価になって、ニコラの黒魔石が上手い値段で捌けなかったことは非常に気に食わないが。
ニコラは銭以外に何も興味はない。名誉とやらは、このアーネスト司祭にくれてやっても、こいつの大切な神様とやらにくれてやっても、別に構わないのだ。
「あんたもバカね、あんな汚い場所に住んだかと思ったら、今度はこんな所に閉じ込められて。あんたの実家お金持ちだったんでしょ?勘当されて出て行かされなくても、上手いことやって実家からお金引っ張って貧乏人に渡してやってたら、誰も苦労しなかったし、あんたも犯罪なんかせずに済んだし、こんなところに閉じ込めてられなかったはずよ」
いい方の椅子に、行儀悪く座ると、勝手に司祭への貢物である桃の皮を剥いて、もしゃもしゃとニコラは食べる。
今日はジャンは忙しい。
ニコラ気が向いて、ふらりと一人でここまでやってきたのだが、アーネストが先に、前触れを出していたのだろう。牢番は、ニコラの面会要請を、すんなりと通した。
「ニコラ。私は神と共にいきると決めたその日から、親も兄弟もおらん。ただ神と、神の国があるだけだ」
フォレストに聞いたところ、この男の実家は辺境の大貴族だという。ダンジューロの貧民街など、ちょろっと実家にお願いすれば、簡単に潤っただろう。だが、神と共にある道を歩むと決めたその日に、自分で親子のつながりを絶ったという。親を殺されて、親子のつながりを絶たれたニコラにしてみれば、馬鹿馬鹿しい話だ。
ニコラは、静かにもしゃもしゃと桃を食い終わると、ジッと手元を見て、つぶやいた。
「バカね。神様なんて、いるわけないじゃない。神様がいるなら、私のお父様とお母様を、あんな酷い方法で神様の国とやらに呼ぶなんて、おかしいと思わない?」
アーネストは、静かにニコラの次の言葉を待つ。
ニコラは次は、リンゴに手を伸ばして、
「もしも神様とやらがいるなら、勝手に私からお父様とお母様を奪った後に、私を愛して育ててくれた、魔女達を忌み嫌うなんて、勝手な話だわ」
ニコラは独り言のように、そうつぶやいた。
ニコラの声には、怒りも悲しみもなかった。ただ、それが、ニコラに現実として与えられた事実なのだ。
ニコラの顔も朧げにしか覚えていないその良心の墓に連れて行ってもらったのは、王都に来て間も無くだ。
騎士団が建立した立派な墓には、ニコラの高潔な父母は、神の国とやらで大切にされている、と書いていた。
だが、魔の森で、ニコラを慈しみ、愛し、育ててくれた、満月の魔女は、神の国とやらにはいないそうだ。
魔女は、神に忌み嫌われている、そうな。
アーネストによると、魔女は神と人との契約には、含まれていない存在だとか。
だから魔女は神からの愛は受けない。神の恩寵も受けない。
魔女がその命を終える時、魔女はただ、塵芥に帰る。父母は、永遠の天国とやらに呼ばれて、いい感じでいるらしい。
アーネストは、ニコラの目には、ただの強欲司祭だが、実際に他の視点からの解釈では、幾つもの学位を持つ、国内最高峰の神学者で、郁年月も、貧しい人々と共に生きてきた、大聖者である。
アーネストは、ニコラが今日、ここにやってきた理由を知った。
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