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銭ゲバ事件簿・3

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メリッサが、太った猫にケーキの上に乗っかっていたクリームを与えながら、マリベルの言葉を引き継いだ。

「一度ね、王宮の台所の下働きの侍女が、台所で躓いて、黒魔石の偽物でできた、首飾りのガラスが割れてしまったの。でもガラスの中に、緑銀石の粉末が入っているなんて、誰も思わないじゃない。それで、王宮の台所中に緑銀石の粉が舞ってしまって、」

そして言葉を切った。
ニコラなら、何が起こったか、想像できただろうという思いだからだ。

ニコラは青くなる。
緑銀石は、魔女の使う毒の一種だ。
魔力で粉砕処理すると、キラキラと独特の玉虫色に輝き、とても綺麗だ。
自然界でもよくある鉱物で、原石は無害だが、一旦魔力処理したこの石は、空気に触れると猛毒となる。
触れると肌はただれ、飲み込むと命の保障はない。

魔女達も利用する鉱物ではあるが、扱いは難しいので、ニコラでも滅多に使わない。
この粉を入れておいた壺ですら、ニコラは土に埋めて処理をするほどに、注意が必要な劇薬だ。

キラキラするからという理由だけでこの猛毒をこんな乱暴な使い方をするなんて、薬師としての、矜持のある人間であれば、絶対にあり得ない。

マリベルによると、黒いガラスが割れた際に四方八方に飛び散った緑銀石の粉に触れた侍女は、顔や首の肌が爛れて、嫁入り前だというのに凄まじい状態となり、空気に霧散した粉が入った食材で作られた食事を口にしてしまった者は、皆一月は仕事に復帰できないほどの、大変な出来事だったらしい。

「あの事件の後、偽の黒魔石の取引は厳しく禁止されたのだけれど、本物の方の流通も止まってしまって、今価格が高騰しているっていうわけなのよ」

顧客からの持ち込みの装飾品を元に、ドレスのデザインを起こしているマリベルにとったら、本当にたまったものではない事態らしい。装飾品が変わるとなると、デザインは1からやり直し。そんな案件が1件や2件ではなかったらしい。マリベルは、思い出したのか大きなため息をつくと、ニコラの為に起こしていたデザイン画を手に取る。

「まあ、メリッサの黒真珠が借りられるなら、ニコラちゃんのドレスは問題ないわ。水色の布を基調に、黒真珠で飾りましょうね。」

そうやって、この話を切り上げようとした時である。

「・・問題あるわ」

ニコラは、その美しい眉を潜めて、悲しげな顔をした。

(き、綺麗な子の悲しそうな顔って、破壊力すごいわね!)

マリベルはたじろいでしまう。

きゅ、と膝のスカートを握り締めながら、ニコラは俯いて、言った。

「私、犯人が許せない」

「ニコラちゃん・・まあ・・」

マリベルも、そしてメリッサまでは、ニコラがその姿と同じ、美しい心で、被害者への同情で犯人に怒りを覚えているのだろう、そう感動していたのだ。
見てくれがいいと、中身も同じクオリティだと人は考えがちなのだ。

だが、ニコラが綺麗なのはガワだけ。
ニコラはこう思っていたのだ。
(このおばさまたちの話を総合すると、傍迷惑な偽物のせいで、本物の黒魔石が、うまく売れない状態という訳じゃない・・おばあちゃんのガラクタの黒魔石の原石を、正規ルートで、いい値段ではけたのに、なんていう迷惑なの)

このままでは、うっぱらうのがとても大変そうではないか。

それに。

(緑銀石を魔力で処理する方法を知ってる人間なんて、そこそこの知識のある薬師に違いないわ。こんな迷惑な同業者がいるから、ちょくちょく取り締まりが厳しくなるのよ)

取り締まりがキツくなると、ニコラの店でも、利益高が高い商品は、どれもこれも売れなくなる。
一旦取り締まりに引っかかると、罰金が大変なのだ。

ニコラも違法な薬物はちょいちょい扱うが、こんなに悪質な連中と一緒にされたらたまらない。
それに、ニコラが扱うのは、強力な強壮薬だとかで、他者を傷つける可能性のあるような類のものは、扱わない。そういう類の薬物の製作は、苦手なのだ。

こりゃ、さっさと迷惑な薬師は潰して、さっさと黒魔石をうっぱらう一択だな。


静かにニコラは席をたつと、ポカンとしているご婦人方を後に、外で打ち込みをしている己の婚約者に、窓から声一杯に、叫ぶ。もちろん、貴族の御令嬢としては有り得なさすぎるほど、マナーに反している。

「ジャン様!事件よ!」






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