上 下
55 / 116
銭ゲバ事件簿1

55

しおりを挟む
「マシェント伯爵令嬢、初めてお目に。私はこの現場の責任者、近衛第三隊、オットーと申します。差し入れを隊に頂戴したと。お礼を一言申し上げたく。以後お見知りおきを。」

ジャンの解析により、この事件は誘拐事件と確定した。
部隊が書類の作成や、連絡事項などの捜査に集中している間、ニコラは客間で、ジャンを待つことにしたのだ。

ジャンの仕事は実に多岐にわたる。報告書の作成など、リバーあたりにでも押し付けておいたらいいのに、全部自分できちんと処理してしまうのが、ジャンの素晴らしい所と、そしてダメなところだ。
もうレストランは全部、閉店時間を迎えているだろう。

(また晩ごはん食べ損ねてるじゃない・・)

どうせこうなる事を見越していたニコラは、持ってきたクッキーで腹を膨らませる事にしたのだ。
大量に持ってきたので、ジャンの隊やら近衛にもわけてやったのだが、傍目には、捜査に尽力する近衛への差し入れに見えなくもなかったのだろう。ただニコラの分を分けてやっただけなのだが、まあいい。

ぼんやりとクッキーを食べながら客間の椅子に座っていたニコラに、丁寧な挨拶をしたのは、若い青い目の美しい、綺麗な顔をした若い男。

(制服を着てはいるけれど、裏地が絹でできてる・・指輪は随分古いものね、でも黄金でできてるわ。この指輪は先祖からと思われるから、要するに古い歴史のある貴族で、金まわりのいい男ってわけね)

男は、高位貴族の丁寧な挨拶をニコラに捧げ、ニコラの手をとり口づけを落とした。
この男はどちらかというと美貌で知られているのであるが、ニコラの銭ゲバの目には、先祖から金周りがいい家のボンボンというカテゴリーに入ったらしい。

ニコラはこの男は初めて会う。だがこの男は、すでにニコラが何者か、わかっている模様。

ニコラの額に、でーん!と刻まれた、星降る魔女の「獲物」の刻印は、人の世界の犯罪などの危険回避には大変役に立つが、こうして見ず知らずの人々からもすぐに、ニコラが誰であるのか判明してしまうので、ちょっと鬱陶しいのだ。美しい形の額の真ん中に、禍々しい緑色の刻印。

(なお、ニコラは魔女育ちなので、この刻印自体は非常にカッコいいと気に入っているのだが)

いつもは前髪を深く垂らして隠しているのだが、馬に乗った際に、前髪が乱れたらしく、ニコラの緑の刻印が、オットーの目に触れたらしい。

ニコラの事件は、その痛ましさと、被害者であった両親のその人徳より、(そしてニコラの儚げな見かけもあって)王都で非常に知られているのだ。

(あら、よくみたらこの方の短剣の装飾に使ってるの、小さいけどルビーね。金貨12枚ね。いや、13枚かしら。短剣の裏の装飾にこれだけのもの使ってるって、いいわね、粋だわ。)

ニコラは、王都のジャンの実家で急仕込みで仕込まれた、貴族令嬢の挨拶を返す。

「オットー様。初めまして。ニコラと申します。」

中身がなんだろうと、ニコラのガワは儚げな美少女だ。

ちょっと気をつけてみたら、にわか仕込みのヨタヨタの挨拶だし、銭ゲバが、発見しにくい場所にあったルビーの装飾を目にしてニヤニヤしてしまっただけなのだが、庇護欲をそそるこの美少女に、これだけは森の魔女達にも、「お、どっかのお姫様みたいじゃないか!」と誉められた、上目遣いの微笑みで挨拶されてしまい、オットーはうっかり見惚れてしまう。

(か、可愛い・・こんな可愛くて儚げなご令嬢が、誰にも傅かれずに、一人で寂しく暮らしているなんて・・俺が、守ってやれないだろうか・・)

オットーはうっかりぼうっとしてしまう。
ニコラは夜な夜な床下に隠している銭の詰まったカメから、銭を取り出して数えたり、磨いたりする趣味があるので人と住みたくないだけで、実際は騎士団の現団長だの、ジャンの実家だのから、いつでも同居でも籍を移すでも、大歓迎のお知らせは受けている身なのだが、庇護欲が一気に沸騰点まで達してしまった男には、そうは思えなかったらしい。

が、今日ニコラがジャンと一緒にこの現場に呼ばれたのは、犯罪捜査の協力だったことをなんとか思い出して、このボンボンは我に返る。
哀れなこの男、今日からニコラの違法薬局に通いづめのいい太客になるのだろう。

「きょ、今日はご令嬢のご協力に、感謝いたします・・こ、こちらが遺留品です。」

オットーは、部下に合図を送り、ニコラの前に、銀のトレイを置いた。


しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...