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水路

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(高速艇だ。。!)

船の上で、仲間割れを始めていた男たちは、青くなった。
追手だ。
それも、魔法伯爵家の家紋が入った高速艇での追手。

(捕まったら、とんでもない事になる。。!)

この地の魔法伯は、非常に気が荒く、この領地での犯罪者に対して、容赦がない。
王都から離れた土地の上、魔の森を挟んで、しかも魔法城と名高い領主の城の中で起こる違法に発動された魔法については、王都からはほぼ感知が難しいのだ。

小娘一人攫ってくるだけのこの簡単な仕事を、高い報酬でも、双頭の蛇の、誰も引き受けたがらなかった理由の一つがこれだ。
魔法狂で知られるこの領主の城の中にあるという牢。
魔法実験には、犯罪者が使われるという噂。
ある者は魔物にされ、ある者は生きたまま魔石の材料にする実験に使われたり、という噂だ。

「逃げるぞ!! 船は放っていけ!」

髭の男の叫び声に、男たちは船から飛び降り、バラバラに泳ぎ出す。

「命あってのモノだねだ!このまま双頭の蛇からも逃げ切ってやる!!」

ジャンは、船から飛び降りた黒い塊に、捕縛魔法を放つと、男達には一切見向きもせずに一直線に、小船に向かう。

(頼む。。生きていてくれ!!!)

小船には、白い顔をして、意識を投げ打ったニコラの横顔が、夜に浮かぶ月のように、浮かんでいた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ニコラ、ニコラ、ニコラ!! 無事なのか!!」

ジャンはたまらず、高速艇から小船に飛び降りて、小船の片隅で、力なく横たわるニコラの体を激しく揺さぶった。

一見、どこにも外傷はない。
ジャンは脈をとり、息をしている事を確認し、ニコラがただ、意識を失っているだけである状態だと納得すると、腰からヘナヘナと砕け落ちた。

(生きていた。。。)

ようやく、ジャンはニコラに縛られていた荒縄を、しゅる、しゅると解いてやる。

固く結ばれていたのだろう。その折れそうに細い腕に縛り付けられていた荒縄が食い込んでいて、痛々しく赤い。
ニコラの白いブラウスと、地味な茶色いスカートには、蹴られた後だろう、大きな靴跡がいくつもついていた。

(どれだけ、怖い目に遭わされたのか。。)

ジャンは目を伏せ、小さく回復魔法を詠唱する。
ニコラの赤くなってしまった腕はその白い元の輝きを取り戻す。だが、意識を取り戻す気配がない。

ニコラの意識は、未だ不自然なまでに深い眠りの奥のままだ。睡眠魔法にしても、深すぎる。
ジャンは、不審に思って、ニコラの顔をじっと観察した。

(長いまつ毛だ。。)

改めて、初めてマジマジと観察したニコラの顔は、幼さはあるが、やはり高位貴族の娘だと納得できる。
品のある額、形のよい鼻梁、知性の感じられる口元。
伯爵令嬢のままでいれば、間違いなく数々の貴公子達にその手を求められただろう。

ストロングスタイルの商売方法と、誰もが認める魔女仕込みの銭ゲバ。満月の魔女がらみの、魔の森に住まう娘であるという事で、誰もこの娘の持つ美貌の正体に、気がつかなかったのだろう。

哀れなニコラの身の上を思い、ジャンは、今日何度目かのため息をつく。

そして、その長いまつ毛のその端に、涙の跡がいく筋も走っている事に気がついて、ジャンの胸は怒りと悲しいで張り裂ける。

(こんな事が。。許されてたまるか。。!!)

そして、ニコラが自分で施したであろう、睡眠魔法の内容を解読して、愕然とする。

(これは。。魔女の睡眠魔法だ。。!!外部の干渉を受け付けない。。つまり)

二度と目覚めない。そう、ニコラが決めたのだ。
死を覚悟したニコラは、せめてもの死への旅立ちの安寧に、二度と目が覚めない魔法を己に施したのだ。
双頭の蛇にどんな酷い殺されかたをされても、どんな辱めを受けても、決して目を覚めないように。

ジャンは全身の毛が逆立つのを感じる。

自分が纏っていた騎士団のマントを剥ぎ取ると、大切そうに、丁寧にニコラの小さな体を包んで、ジャンは高速艇に乗り込んだ。

「ニコラ、絶対に目を覚ましてやる。。。必ず戻ってこい!!」






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