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双頭の蛇

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ジャンは、両手を魔力の残滓に向けて広げる。

額から汗が流れる。
ポーションの接種の時とは違い、ジャンは集中して、残された魔力をその手に触れて、情報を読み取る。
この

(これは・・ニコラが、安眠魔法を、自分に掛けている。。なぜ。。)

ジャンは一言も発しない。
水を打ったような静けさが、この小さな倉庫で広がる。

(見えた。一人、二人、三人。。畜生、ニコラを足蹴にした!!こいつらに人の心はあるのか!!)

ジャンは怒りで、ほとんど息がつけない。
なお、この状況で、すばやくニコラは蹴られたブーツの金額の皮算用を行って、蹴った男の懐具合を弾き出していたのだが、あまりに高速な心の動きだったため、この繊細な魔術ではジャンに露呈しなかったらしい。

そして、ゆっくり、ぼんやりと、ジャンにニコラの魔術発動時の思考が浮かんでくる。

(・・痛いのは怖いわ。いっそ眠っている間に、一思いに首をかき切ってくれたら、おばあちゃんのところに連れて行ってくれたら、私はそれでいいのに。。)

(せめて・・良い夢を見ましょう。そうね、私は今、王都でジャン様と、チョコレートのクリームの入ったパンを食べているの。あんな罪深いものを、一人で3つも食べるのよ。チョコレートは銅貨のように綺麗なチョコレートよ。それから。。ジャン様と、手を繋いで、王都の噴水広場の噴水のところで、観光客の投げた小銭をくすねるのよ。。ああ、警備の目を盗んで、銀貨を拾ったわ。ああなんていい気分。。)

ニコラが小さく魔術を発動させている感触が感じる。そして、男達の話し声が遠くになっていくのが聞こえてくる。

(「ここから湖を抜けて、舟で、川から連れて行け。王都までは時間がかかるが、途中で乗合馬車に乗り換えだ。月が出ている間に、移動すれば、明日の早朝には王都に・・・」)

ここで、ニコラの意識が切れた。

ジャンは、流れる涙を隠そうともしない。

(伯爵令嬢が死を覚悟して見る夢が、俺なんかとパンを食って、小銭数えてる夢で、いいのか。)

拳でゴシゴシと涙を拭うと、憤怒の形相で、

「連中は水路を使い、湖へ脱出!行き先は王都の噴水広場と推定!」

「憲兵隊長、伯爵家の水軍を出せ!最速力の小型の艇を!リカルド、王都の騎士団に黒い鳥を放て!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

死体を輸送するのは、実は結構、厄介だ。
死んだ体は重くなるし、すぐに腐敗は始まる。腐敗が始まると、匂いが発生する。
匂いが発生すると、警備に引っかかりやすくなる。
無力な意識を失ったままの女など、命のあるままで運んで、現場で殺害した方が、処理が楽だ。

そういう訳で、ニコラはまだ、生きていた。
舟に揺られて、美しい満月の月夜の下で。

「この領から王都までは、魔の森を突っ切るのが一番の近道なのに、本当に面倒だな、魔女は。」

ブツブツと、片目のつぶれた男が舟を漕ぐ。
魔の森を突っ切る事ができたら、馬車にニコラを乗せて、そのまま走らせて王都の広場まで行けるのに、わざわざ目立たない手動の小舟での移動だ。小舟を漕ぐような、面倒な仕事は下っ端のこの男の役割だ。

「水路は、国のものだから、あの忌々しい魔女にも手が出せねえ。ちょっと遠回りになるけど、一晩も掛からんだろう。まあそう文句言うな。この小娘の用事が済んだら、その後で娼館に連れて行ってやる!もう王都で一番のところを、貸切で予約してるんだよ。新しい頭領が、約束してくださったんだ」

「ゲヘヘヘヘへ。。こんな痩せっぽっちな娘でも、殺す前に味見してやろうと思ったが、そうとなれば話は別だ!」

「一晩、どの姫でも自由にしていいらしいぜ、俺がこの面倒な領まで、わざわざお前らを引っ張ってきた礼を言うんだな!!」

頭のあまりよろしくないこの荒くれ者達は、王都の娼館で過ごす夢の時間について、妄想いっぱい夢いっぱいで、気がついていなかった。

ここの領主と、魔女達には、有名な取り決めがある事。
この領で取れるマスは、美味で有名だ。マスの体内に、魔の森からの栄養と、魔力がたくさん詰まった養分が溜まり、美味で、そして美食には興味のない魔女達にとっても、魔力は良いご馳走になる。

普段は魔女達は、水路と湖には触らないが、マスのシーズンの、月夜だけは、魔女の領域となる。

・・この愚かな荒くれ者達は、魔女の領域と化した、この月夜の水路で、満月の魔女の可愛がっていたニコラを乗せて、大騒ぎに騒いでいるのだ。



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