上 下
23 / 116
魔の森から出られない訳

23

しおりを挟む
「めちゃくちゃ美味しいいい!!!!!」

「なにこれこんな美味しいものが世界に存在したの!!」

「鼻血が出る、鼻血が、、出ちゃったきゃああ!!」

ジャンに思考に飛び込んできたのは、ものすごい興奮状態のニコラの思考だ。
もう興奮しすぎて鼻血が出たらしい。

ニコラの興奮が伝わって、胸が早鐘を打つ。

「隊長。」

リカルドは、このポーションの摂取に心配ない事はよく知っているが、やはり声をかけずにいられない。

「ああ、製作者はものすごい興奮状態だ。鼻血まで出してる。おうおう。。」

思わず手元のタオルを、虚空に手渡そうになり、リカルドにそっといなされる。

ジャンはいつでも、基本物腰が柔らかく、冷静沈着だ。
こんなに興奮したのは、前の戦争の最前線以来だ。

しばらく思考の波に身を任せ、不思議そうにしているリカルドに、説明してやる。

「リカルド、信じられるか。」

「何をです?」

「この娘、チョコレートの入ったパンに興奮して、卒倒しそうに興奮してるんだ。」

リカルドは、弾けたように爆笑して、ことの次第を手元の冊子になんとか書きつけている。
だが、ジャンは、自分の胸の早鐘の正体が、どこにでもあるようなチョコレートのクリームが詰まった、パンである事に、もう苦笑を通り越して、なんだか切なくなってしまった。

敵襲の急襲で、絶対絶命の危機だった時でさえ、こんなに興奮しなかったリカルドの心臓を揺さぶっているのは、チョコレートの詰まったパンを、おそらく初めて食べた、ニコラの思考。

(こんな素朴で、可愛い子が、命を狙われていて、魔の森に潜んで生きているなんて。。)

ジャンはニコラの随分と可愛らしい思考にそのまま、身を任せていたが、注意を凝らすと何か、少しおかしい事に気が付く。

ニコラは、なぜだか、疲れ切っている様子なのだ。

それに、いつものニコラなら丁寧に優しい魔術をふんわりとこめる所が、なんだか、最後の力を振り絞ったように、ヒリヒリとした魔力が感じる。

それに、この吝嗇もいいところのニコラが、チョコレートクリームの入ったパンを、どうやって手に入れたんだ。そして、なぜニコラは、今日の朝、水辺にいなかった。

「今日、薬局に行った時に何かいつもと違う事はなかったか?」

リカルドは、不思議そうにジャンを見返したが、

「いえ、何も変わった事は。」

そう言って、ふと思い出した事があったらしい。

「ああ、そうですね、今日のそのポーションは、保冷袋に入っていました。いつもは薬師が作ってから、すぐに運ばれている様子でしたから、保冷袋に入っていなかったのですが、今日は作成してから少し時間が経過したものを持ってきたのでしょうか。」

先ほどの、リバー隊員の言葉が、なぜか気になる。
隊長としての勘が、何かを告げようとしている。

ジャンは、胸の警笛を鳴らして、部下を呼びつけた。

「隊長、何事ですか。」

ジャンは、まだポーションの影響下にいる、いわば酩酊状態。
ポーションの影響下で部下を呼びつけるなど、それは緊急事態以外に何もない。

部下たちは、バタバタとジャンのベッドの周りをぐるりと囲む。

「すまない、今日、ニコラを見たものはいるか。」

隊員達は、お互いの顔を見合わせて、首をかしげる。

「今日はパイの日なのに、そういえば見てないですね。」

「アップルパイだから、絶対に端のカリカリのところを、俺より先にさらって行くだろうと思って待ち構えてたんですが、そういえば俺が狙ってたの取れました。」

ジャンの顔が、さっと青くなる。

「リバー!!」

先ほど穏やかな会話を交わしたはずの、隊長の声の鋭さに慄きながら、リバー隊員が前に出る。

「は!!」

「なんでもいい、頼む、思い出してくれ。昨日憲兵に拿捕された男は、他に何を言っていた??」

リバーは、困惑しながらも少し考えると、思い出したことがあったらしい。

「ええと、見つけたぞ、ニコール・・・そうだ、ニコールという女性の名前を叫んでいました。」

その瞬間、ジャンはリカルドに向き直り、

「リカルド、私は潜る。」

そう言って、ベッドにその身を投げた。

美味い!美味い!ばかりの可愛いニコラの思考の海の、その下の階層にジャンは潜り込む決意をしたのだ。

これは、非常に危険な行為だ。

思考のその下には、意識がある。顕在している意識だけでなく、潜在している意識まで深く触れてしまうと、思考の本来の持ち主の心から乖離することができなくなり、ジャンの精神の均衡が危ぶまれる危険がある。

ジャンは目を閉じた。

(ニコール、ニコラ、無事であってくれ。。)




しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...