上 下
10 / 116
銭ゲバ薬師・ニコラ

10

しおりを挟む
異変があったのは、ジャンがちょうど七日目のポーションを摂取した後だった。

いつもの、くすぐったいような可愛いような、ちょっと強欲な思考の波をウキウキ楽しみに待っていると、ジャンは不意に、心が冷たくなるような思考の海に飲まれていった。

(怖い。悲しい。お父さん、お母さん。)

余程強い思いなのだろう。思考と共に映像までが浮かんでくる。

ジャンは不意を突かれて震えが止まらない。
黒い男達の影と、刀をかわす金属音、魔術の発動する緑の光、そして赤い血飛沫。小さな女の子が、机の下で震えて息を凝らして隠れている。

目の前に、額から血を流し、重傷をおった男がたおれこむ。

「逃げろ、ニコラ。。。!」

転移魔術の発動。そして次に子供がいたのは、暗い魔の森の中。

映像はそこで途切れて、そしてまた、悲しい感情の海。
そして振り払うように、新しい感情。

(いけない。今はポーションに集中しないと。お怪我の隊長様に、失礼だわ。早く良くなりますように。早く良くなりますように。)

そうして悲しみの感情はゆっくり波が引くように消えてゆき、いつもの可愛い感情が戻ってくる。

(今日はパンを焼きましょう。あ、葡萄を入れて甘い方がいいな。可愛い形に作ってみようかしら。)

・・・・・・・・

「隊長、大丈夫ですか。」

気がついたら、リカルド医師がジャンの両肩を揺さぶっていた。

「。。ああ。。」

「一体どうされましたか。もう二刻もこのような状態でした。」

リカルドは真剣な目をして、己の患者の脈や、黒ずんだ腕を検査して、異常がないことを確認し、ため息をつく。
ジャンが驚いて窓の外に目をやると、もう日は傾き、夕方となっていた。

(一体、今見たのはなんだったんだろう。。)

じっとりと脂汗がジャンの額を濡らしていた。
呑気に小銭を数えて喜んで暮らしているはずの、この薬師は、どうやら何か過去がある様子だ。

リカルドは、ジャンの思考の邪魔をせずに、水の注がれたグラスを渡す。
ジャンは、一息に何も言わずに飲み干すと、考え込んでしまう。

(ニコラ、というのか、この製作者。)

リカルドから聞いていたこのポーションの製作者は、若い娘で、この谷間の村には毎日通ってきているが、普段は魔の森に一人で住んでいると言う。

魔の森に一人で若い娘が住んでいると聞き驚いたが、娘の祖母は、満月の魔女と言われた、ここの領主の魔道具を扱う魔女だったと言う。
ニコラのポーションの精度が高いのは、この祖母仕込みだからだろう。

ジャンはぼんやりと、一つの事件を思い出していた。

まだジャンが魔法機動隊の隊員として仕事を始めたとても若い頃に関わった事件だ。

ジャンの活躍により、事件の首謀者は、王都で処刑された。
だが、その事件で行方不明となっている小さな女の子は、まだ発見されていない。

(確か名前は。。。。)

ジャンは、頭を左右にふる。

(まさか。。)

ジャンは、少し、ベッドの上の足を動かしてみる。
ポーションがよく効いているらしい、歩行にはもう問題はない。まだ身体中、べったりと呪いの跡が残っているが、隠して、少し外出する分には問題ないだろう。

「リカルド、少し調査に行ってくる。行き先は西の森だ。共はいらん。」
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...