緑の指を持つ娘

Moonshine

文字の大きさ
上 下
113 / 130
緑の指を持つ娘 温泉湯けむり編

50

しおりを挟む
一人、フェリクスの魔力を探知して追っているラッカの前に、何かの気配が立っているのを感じた。

「ベスか」

ラッカは微笑んだ。

「はい」

盲目の魔術師であるラッカは、視力の代わりに、人の持つ魔力や気配で、人間を区別する。

大きな魔力がうねるよう体の中を蝕んでいるのがフェリクス。
膨大な光の塊のような魔力を持っているのが、ノエル。

冷たく、刺すような強大な魔力はナーランダ。
ナーランダのその柔和な語り口やその気配と、その魔力の質が全く違っている事は、おそらくこの男には触れてはいけない部分がある事を示しているのだろう。

メイドのオリビアは、あまり頭が良くないが、気の良い娘である事は確かだ。
オリビアが近くにいると、ふわふわとした明るくて軽く、少し危なっかしい気配がする。

宿の女将さんは面倒見が良いのがすぐに感じ取れる。
近くによると、温かくて包み込まれるような気配がして、ラッカはこの女将さんの側にいるのが好きだ。

そして、今目の前にいる、ベス。

(何者なのか、いまだに見当もつかない)

無口で優しい、親切で素朴な娘だ。
とても気の良い娘だが、どこにでもいそうなただの田舎娘。魔力もない。学もない。

メイソンによると、見た目は地味な田舎娘で、赤茶色の髪をしているとか。
だが、田舎であればどこにでもいそうな平凡な娘であるというのに、隣国一の魔術師であるノエルは、女王陛下との婚約を反故にしてまで平民のこの娘との愛を貫いたという。

ラッカがベスの側にいると、野生の鹿や、蝶々が横にいるような気分になる。
ただ、生き物の命の気配がするだけで、それ以上でも以下でもないのだ。
そんな人間にラッカが出会った事はこれまで一度もなかった。

(まるで、べスは人ではないかのようだ)

それが一体どういう意味なのかは、ラッカにはわからない。
ただ、ラッカはここが人外の領域である事、そしてベスがその領域に出入りを許されうる存在である事は理解した。

目の前の存在は、優しくラッカに声をかけた。

「フェリクス様を火口に続く道まで送ってきました。あとはカラス達が道案内してくれるのを待つだけです」

「そうか、それはご苦労だったね」

ラッカはそれだけ言って、微笑んだ。

ラッカには、ベスが何を言っているのか理解はできない。
だが、優しく無口なこの娘が、一つの大きな仕事を終えた事は理解できた。

(事が無事に終われば、教えてくださるのやもしれんが)

それは、特に重要な事ではない。
ラッカは王家の為に生きて、王家の為に死んでゆくただの駒だ。仕事がなされた事を知れば、それで良い。

そしてベスがラッカの横に腰掛けるものだと思っていたが、ベスはいつまで立っても座る気配はない。
ベスは言った。

「次はラッカ様の番ですよ」

「私の?」

「ええ。そうです。折角ここまで来たのですもの。一緒に温泉に入りましょう」

そうしてラッカに許可も取らないまま、ぐいぐいとベスはラッカの手をとって、ゆっくりと岩場を下り始めた。

「ここのお風呂は最高なんです。全部流れて、お風呂から上がった後は生まれ変わったような気がしてさっぱりしますよ。こないだここのお風呂に入ったら、できたばかりの切り傷まで治ってしまいましたよ。このお風呂と同じお風呂を離宮の温室に作れたら最高なんですけどね!」

「べ、ベス、おい、ここは神々の聖域の温泉ではないのか? 人が足を踏み入れて良い場所ではないだろう?」

どうやらベスは、この人外の領域の温泉にラッカを入れようとしているらしい。

ラッカはたじろいだ。

ここがどこで、フェリクスが何を背負っているのか。
ラッカには何も聞かされていないとはいえ、この男はアビーブの王室の闇に深く関わっていた過去がある。
もちろんアビーブ王国で最高の教育も受けている。

ラッカが察するに、ここは伝説の王家の禁足地の、神々の聖域に違いないだろう。
継承の王太子であるフェリクスは、王家の先祖の霊に招かれて、何かを成し遂げにここにやってきて、ラッカとベスはその助けとなるように、この場に控えているだけだ。

ベスは鼻歌を歌うように笑って言った。

「そうかもしれません。でも、ここは世界一のお風呂です。入らないなんて勿体無いですよ!ラッカ様もきっと気に入りますよ」

「いや、ここは・・」

二の足を踏むラッカに、次の瞬間、いつものふんわりとした優しいベスの声から、急に様変わりして、ラッカに強く言い放った。

『さあ、入りなさい』

何かが、ベスの声に乗り移ったのだ。
強い魔力を伴うモノの声がベスの声を依代に、ラッカの耳に聞こえたのだ。

(魔物に取り憑かれているのか、ベスが魔物なのか)

ラッカは覚悟を決めた。

(人外に呼ばれたのは、フェリクス様だけではなかったという事か。この私にも、人外は用事があるという事か)



しおりを挟む
感想 174

あなたにおすすめの小説

親友に裏切られた侯爵令嬢は、兄の護衛騎士から愛を押し付けられる

当麻月菜
恋愛
侯爵令嬢のマリアンヌには二人の親友がいる。 一人は男爵令嬢のエリーゼ。もう一人は伯爵令息のレイドリック。 身分差はあれど、3人は互いに愛称で呼び合い、まるで兄弟のように仲良く過ごしていた。 そしてマリアンヌは、16歳となったある日、レイドリックから正式な求婚を受ける。 二つ返事で承諾したマリアンヌだったけれど、婚約者となったレイドリックは次第に本性を現してきて……。 戸惑う日々を過ごすマリアンヌに、兄の護衛騎士であるクリスは婚約破棄をやたら強く進めてくる。 もともと苦手だったクリスに対し、マリアンヌは更に苦手意識を持ってしまう。 でも、強く拒むことができない。 それはその冷たい態度の中に、自分に向ける優しさがあることを知ってしまったから。 ※タイトル模索中なので、仮に変更しました。 ※2020/05/22 タイトル決まりました。 ※小説家になろう様にも重複投稿しています。(タイトルがちょっと違います。そのうち統一します)

悪役令嬢は、最愛の弟と自分の幸せを奪うものを許さない!!すべてを物理でねじ伏せさせて頂きます

うり北 うりこ
恋愛
乙女ゲームに転生した私は、6歳の誕生日に前世を思い出した。それは、私が悪役令嬢になったら大好きな弟が廃人になるかもしれないというもの。 可愛い可愛い弟のノア。確かに乙女ゲームの『ほしきみ☆』は大好きだったけれど、可愛い弟の運命よりも大切なものなんてない! 王子との幸せ? そんなものは、私には必要ない!! だって、ノアが可愛くて毎日がとっっても幸せだから。 これは、ヒロインが第1王子を選んだことを想定して、悪役令嬢のアリアが全力で王子とのフラグをへし折ったり、魔術で身体強化を極めたり、運命の人に出会ったり……。 自分と弟の幸せをつかむ物語です。そして、問題は物理で解決します。 第1章 王都編完結しました  前世の記憶を取り戻したり、王家とあれこれある章です。 第2章 領地編開始です  お米を求めたり、魔物を従えたり、運命の人と出会ったり……。とにかく、アリアが乙女脳筋になっていく章です。 イラスト:天宮叶様に描いて頂きました♥️

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです

石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。 聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。 やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。 女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。 素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。

私は逃げます

恵葉
恋愛
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。 そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。 貴族のあれやこれやなんて、構っていられません! 今度こそ好きなように生きます!

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...