緑の指を持つ娘

Moonshine

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魔術院の温室

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ベスが魔術院の温室の下働きになって一月。

最初こそ、遠巻きにベスの仕事を見守るだけの反応だった魔術師達だったが、もはやベスは魔術院の研究者達になくてはならない大切な人物になっていた。

「ベスちゃん、ちょっと肥料の配分手伝って」
「ベスちゃん、どう思う?光を朝だけにしようと思うんだけど」
「なあ、株わけって今日の方がいい?明日の方がいい?」

「はいはい!順番に行きます!」

魔術師達の扱っている植物の全ては、非常に繊細な世話が必要とされるものばかりだ。
小さな選択の誤り一つで、品質が大きく左右して、結果作成されるポーションの効能に大きな違いが出る。

株分の日が一日変わるだけでも、出来上がる薬草の質には大きな結果を及ぼすのだ。

成長した植物を、鑑定魔法鑑定して、クラス分けをするのがナーランダの担当の仕事なのだが、ベスのちょっと世話しただけの植物達でも、次々に評価が厳しいナーランダから、最高級Sランクという、年に数回しかお目にかかれない高判定が出る事に、魔術師達は歓喜した。

ベスのアドバイスを聞いていれば、喉から手が出るほど望まれる、高品質のポーションの材料が手に入るのだ。
ベスに聞けばまず間違いがないという評判は鰻登りに魔術師達の間で評判になり、今や温室の植物の相談には、魔術師達はこぞってベスの意見を聞きにくる。

「肥料はもういらないと思うわ。ちょっと足らないくらいの方がいいわ」
「光は朝だけでいいと思うけど、直接当てるのじゃなくて室内からの方がいいと思うわ」
「株分は今日の夜、日が落ちてからね。お水を今日はあげない方がいいわ」

何せ相手は生物だ。教科書通りには育ってくれないのだが、ベスは本当に、まるで植物と話ができるかのように実に細かいアドバイスを寄越してくれる。

魔力のない、魔術の知識も植物学の知識もないベスなので、他の魔術師がするような魔法を媒体として使っての交雑や、魔力の注入などの専門的なアドバイスは望めないはずのだが、それでもこの魔道院のどこを探しても、ベスのように高ランクの仕上がりの植物を叩き出せる人物はいない。

「ありがとうベスちゃん!これはこの間城下町で買ってきたキャンディよ。よかったら食べて」
「きゃー!ミランダ様いつもありがとう!」

しかも、ベスは田舎の平民だけあって、王都の貴族のありきたりのものでも大喜びしてくれるし、素直な田舎の純朴な娘らしく、誰が何のアドバイスを求めても、嫌な顔一つせずに笑顔で親切に答えてくれる。
ベスすっかりと温室の人気者だし、なんなら年寄り魔術師達にとっては、おじいちゃん子のベスは、可愛い孫みたいな扱いだ。

ベスにとっても、仕事はいつも村でアドバイスしてた事とあまり変わらない事で周りに随分役に立てているし、同僚達は田舎者のベスの反応を面白がって色々クッキーやらチョコレーとやら与えてくれるので、ベスの味気なかった寮の部屋は今、色とりどりのお菓子でいっぱい。

寮の食事は村の素朴な食事とは違って、ものすごく質も量もよく、種類も豊富だ。

初日は朝ごはんの場所すら教えてもらえずに放置されたベスだが、ナーランダに空腹を訴えるとすぐにナーランダ付きのメイドのメグを呼んで、あれやこれやと必要なものの世話を焼いてもらえた事は本当によかった。

メイドのメグは、ベスが温室に来ることになった経緯に同情的で、「ノエル様もここの魔術師の皆様も非常に優秀でいらっしゃるのですが、その分一般的な感性が足りておらず・・」と、割とベスと同じ価値観を持っている事に安心を覚えた。
メグによると、かなり変わりもの揃いの魔術院だが、皆己の事にばかり目を向けているので、気はきかないが、皆それなりに優しいらしい。

それに、ここの魔術師は皆貴族階級なので、寮の食堂ではそれなりの食事を提供されているとか。
村で一人で味気ない食事をしていた頃と比べると、うまい飯をタダでありつけるだけでも、ずいぶん楽しい日々だ。

(案外充実の毎日よね)

ほとんどノエルの脅迫に近い形で強いられたベスの新しい生活だが、割と居心地は良い。
仕事が終われば、天に連なるほどかと思われるほどの蔵書量を誇る、王宮図書館に入り浸りが許される。

ベスの大切に読んでいた、魔術師の登場する冒険譚が実はシリーズ物だと知ったときには、飛び上がるほど驚いて、喜んだものだ。

どうせ秋祭りには村に帰るのだ。それまでここで役に立ててもらって、王宮の暮らしを楽しめたら、それでいい。



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