上 下
106 / 110
第十九章『最後の一日』

しおりを挟む
「へーえ、あの、むぐむぐ、ちっこいやつの、言葉でねー……」


トレーの上にこんもりと盛ったベーコン(らしき肉)を次々ほおばりながら、

ケントがちょっぴり不服そうな顔で言った。


「人も動物も、むぐ、見かけによらないってゆーけどさ、

あのボールサイズはないわー。すっかり、むぐむぐ、だまされたし」


「たしかに、もっと体が大きければ、それだけで偉大さが増すんだけどね」


タスクはケントの隣席からそう言って、ポテトスープのカップを口に運んだ。


「まあまあ、なんだっていいじゃないですか。

ぼくたち六人とも、あの子に助けられたわけですし。

あ、ケントくん、口の左側にソースついてますよ」


「あの子ってよぶのは、そろそろまずいと思うけどな……」


トキオの言葉に、ハルトは微妙な心境になって苦笑いしながら、

スクランブルエッグの黄色い山をフォークでつついていた。


「それにしても、よかったよね。オハコビ竜のフロルさん、クビにならなくて」


アカネがハルトにむかってそう言った。


「そのフロルさんってさ、フラップとフリッタとフレッドの親友なのよね?

あの三にん、ものすごく安心しただろうなあ。

それに――こうして彼女も戻ってきたし、万事解決みたいな……

ね、スズカちゃん?」


『うん。みんなのところに戻ってこられて、ホントによかった!』


三角形のバタートーストを片手に持って、スズカがにこやかに返事した。

彼女は、ハルトとアカネの間に座っていた。

橙色のツアー客衣装を再び身にまとい、

頭にはテレパシー・デバイスを装着し、

ケント班の輪に入って朝食談話に花を咲かせていた。


スズカがここにいる――幸せそうにぼくたちと食卓を囲んで座っている――

一昨日の晩以来、ハルトが心に抱いていたささやかな願望が、

ついに実現したのだ。スズカがケントたちの前で一つ笑うたび、

ハルトの心は洗われていくようだった。


時刻は朝の八時三十分。

二十四人のツアー参加者たちは、ホテル『オハコビ・イン』の最上階レストランで、

六つのテーブルに分かれてにぎやかな朝食を取っていた。

今まで通り、ルームメンバーごとに分かれて座っていたが、

一か所だけ、キャンプ場での班として集まっているテーブルがあった――

ケント班がそれだった。

というのも、モニカさんの粋な計らいで、

ハルトとスズカが隣り合わせに座れるようにしてくれたからだ。

ハルトのルームメンバーだったマサハルとシンの二人は、

よその男子テーブルへ移った。


他のホテル宿泊者たちは、昨日の朝とくらべるとめっきりと数を減らしていた。

昨日の襲撃事件で、避難のために大多数の利用者がターミナルを離れたせいだった。

それでも、ホテルのシェフたちは、数少ない宿泊客のために腕をふるい、

豪華な朝食バイキングコーナーを展開してくれていた。


それに、二十四人の子どもたちの朝の会話は、盛りに盛り上がっていた。

というのも、昨夜における、壮絶な戦場ツアーの話題が沸騰していたからだ。

おかげで、本来なら喫茶店のように物静かなはずだったフロアは、

いつもの盛況さと変わらないくらいの騒がしさになっていた。 


オハコビ竜たちが繰り広げた戦い、飛び交うオニ飛竜の群れ、竜気砲の閃き、

そして、ガオルの恐ろしさと――かっこよさ。

みんなが熱く語りあうのに、十分すぎるネタの数だった。


しかし、実際にガオルの城に入り、スズカを救ったのはケント班だった。

それを知っていた子どもたちの中から、何人もがケント班のテーブルに押しかけ、

キラキラと目を輝かせながら、もれなくその経緯を聞きたがった。


「あのさ、あのさ!  どうやってスズカちゃんを助け出したの!?」

「フラップはどうやってガオルを倒したの?」

「ねえ、教えてよ~!」


ケント班六名は、当時の記憶をできるかぎり整理して語ったが、

フラップがガオルを倒した方法については、倒したのではなく改心させた、

と説明せざるを得なかった……実際がそうだったのだから。


十二人目の質問者が去っていった時、ハルトたちは結構疲れていた。


「あたしさあ、話してたらますますお腹空いちゃった。

雲海白蜜パン、追加しにいこ」


アカネがトレーを手に席を立った。


「クロワキさんについて、だれも質問しなかったね」


ハルトは、トレーに残っていたウインナーにフォークを刺し入れてから、

ふとそう言った。


「そういえばあの人……子どもの力だけでスズカさんを助けられないって

分かってたはずなのに、どうしてぼくたち五人を、

わざわざポッドから解放したんでしょう?」


「そうそう、ぼくもそれをギモンに思ってたよ」


トキオの言葉に、タスクが反応した。


「で、それを考えるための手がかりをつかんでるんだ。

フレッドに話を聞くとね、クロワキさんが、

あの機械を破れるのは《あの方》しかいない、と発言してたそうだよ」


「《あの方》って……もしかして、フラクタール?」

と、ハルトが聞いた。


「だろーなー。流れから考えると」

ケントが頭の後ろに両手をそえ、イスの背もたれの後ろにのけぞりながら言った。


「でも変な話じゃね?  いくらクロワキさんでもさー、

まさかあのチビ助本人が助太刀にやってくるなんて、

夢にも思わなかったはずじゃねーの?」


「これはぼくの推論だけど」


タスクは上半身を少しかがめると、

まるで秘密めかすように声を落としてこう言った。


「もしかしたらクロワキさん、

フラクタールがスズカちゃんを助けにやってくることを、

予測してたんじゃないかな」


『えっ、どうしてそう言えるの?』

スズカが聞いた。


「ほら、フラクタールが、

白竜の警告がなければ来ることはなかった、みたいなこと言ってたじゃない。

彼は白竜さまとつながりがあったんだ。一昨日ぼくたちがお目通りした、

あの白竜さまとね」


『……白竜さまと?』

スズカが目をしばたたいた。


「そう。んで、白竜さまは、ガオル襲撃騒動の直後、

スズカちゃんのことを気にかけてる様子だった。

その白竜さまが昨日、何らかの方法でキミの危機を感じ取って、

フラクタールにそれを知らせた」


「なるほど!」

トキオが手をたたいた。


「つまりクロワキさんは、ぼくらがハクリュウ島でガオルと遭遇したその時から、

フラクタールがぼくたちを助けにあの城へやってくるって、ふんでたんですね!」


「そうさ。だからクロワキさんはあの時、ぼくたちをポッドから出したんだ。

スズカちゃんのところへ行かせても問題はない、

むしろいい結果につながるって信じてさ。

――んまあ、全部ただの想像でしかないわけだけど」


「真相、わっかりませーんってか」


ケントが、お手上げだぜ、というポーズでおどけてみせた。


『クロワキさんがいなくなって、わたしたちのツアーはどうなるんだろう?

こうやって普通に朝ごはん食べてるけど……』


スズカがカップに残るトマトスープを見つめて言ったその時、アカネが戻ってきた。


「普通に朝ごはん食べてると、何かまずいことがあるの?

あたしまだお腹ペコペコだから、こんなに持ってきちゃった」


手に持ったトレーには、白っぽくふんわりとした雲みたいな『雲海白蜜パン』が、

どっさり七個ものっていた。アカネが大好物になったと言っていたパンだった。


「んでさ、何の話してたの?」
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

【完結】病院なんていきたくない

仲 奈華 (nakanaka)
児童書・童話
病院なんていきたくない。 4歳のリナは涙を流しながら、なんとかお母さんへ伝えようとした。 お母さんはいつも忙しそう。 だから、言う通りにしないといけない。 お父さんは仕事で家にいない。 だから迷惑をかけたらいけない。 お婆さんはいつもイライラしている。 仕事で忙しい両親に変わって育児と家事をしているからだ。 苦しくて苦しくて息ができない。 周囲は真っ暗なのに咳がひどくて眠れない。 リナは暗闇の中、洗面器を持って座っている。 目の前の布団には、お母さんと弟が眠っている。 起こしたらダメだと、出来るだけ咳を抑えようとする。 だけど激しくむせ込み、吐いてしまった。 晩御飯で食べたお粥が全部出る。 だけど、咳は治らない。 涙を流しながら、喉の痛みが少しでも減るようにむせ続ける。

フラワーウォーズ ~もふもふなパートナーとともにラビリンスから抜け出せ!~

神所いぶき
児童書・童話
 自然が豊かな場所、花守市。そこでは、昔から度々行方不明事件が発生していた。だが、この花守市で行方不明になった人たちは、数日以内に無傷で戻ってくる。――行方不明になっている間の記憶を失った状態で。  花が好きという気持ちを抱えながら、それを隠して生きる少年『一色 カズキ』は、中学生になった日に花守市の行方不明事件に巻き込まれることになる。  見知らぬ場所に迷い込んだ後、突如現れたカイブツに襲われて絶体絶命の状態になった時、同級生である『二宮 ニナ』がカズキの前に現れてこう言った。「好きなものを認めてください」と。直後、カズキの体は炎に包まれる。そして、彼らの前にピンクの柴犬の姿をした花の精――『フラワースピリット』の『シバ』が現れた。  やがて、カズキは知る。いつの間にか迷い込んでしまった見知らぬ場所――『ラビリンス』から脱出するためには、学友、そしてフラワースピリットの力を借り、襲い掛かってくる『バグスピリット』の正体をあばくしかないと。  これは、行方不明事件の謎を追いながら、見失った『自分』を取り戻すために戦う少年たちの物語。

【シリーズ1完】白獣の末裔 ~古のシャータの実 白銀に消えたノラの足跡とイサイアスに立ちはだかる白い民の秘されし術~シリーズ2

丹斗大巴
児童書・童話
✴* ✴* 母の教えを励みに健気に頑張る女の子の成長と恋の物語 ✴* ✴* ▶【シリーズ2】ノラ・ジョイの白獣の末裔 お互いの正体が明らかになり、再会したノラとイサイアス。ノラは令嬢として相応しい教育を受けるために学校へ通うことに。その道中でトラブルに巻き込まれて失踪してしまう。慌てて後を追うイサイアスの前に現れたのは、なんと、ノラにうりふたつの辺境の民の少女。はてさて、この少女はノラなのかそれとも別人なのか……!?   ▶【シリーズ1】ノラ・ジョイのむげんのいずみ ~みなしごノラの母の教えと盗賊のおかしらイサイアスの知られざる正体~ 母を亡くしてみなしごになったノラ。職探しの果てに、なんと盗賊団に入ることに! 非道な盗賊のお頭イサイアスの元、母の教えを励みに働くノラ。あるとき、イサイアスの正体が発覚! 「え~っ、イサイアスって、王子だったの!?」いつからか互いに惹かれあっていた二人の運命は……? 母の教えを信じ続けた少女が最後に幸せをつかむシンデレラ&サクセスストーリー ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴*

異世界ツッコミファンタジー

青西瓜(伊藤テル)
児童書・童話
 引っ込み思案な性格ながら、テレビ番組でMCをすることが夢の主人公は寝て覚めると、異世界転移してしまっていた。  モンスターに襲われていたところをヒロインに魔法で助けてもらい、事情を話すと、詳しい人の元へ。  そこで「こうやって異世界へ転移してきた人は他にもいて、その人の場合は自分のやりたいことを行なうと元いた世界に戻る選択肢が生まれた」と。  詳しい人から主人公へ「君は何がしたい?」と聞かれて「司会をしたり、ビシバシとツッコミたい」というように答え、自分の右腕にいつの間にか付いていたカウンターのようなモノから察するに、ツッコミをたくさんすれば戻れそうだ、と。  というわけでヒロインは主人公へいっぱいボケるが、全然カウンターは反応せず。  でも時折増えていることもあって。  とあるキッカケで、その増える条件が『真に迫ったツッコミをする』ということが分かる。  つまりは間違いを訂正することによってカウンターが増えるから世直しをしていこう、と。

天国からのマイク

ムービーマスター
児童書・童話
ある日突然、遥か上空から1950年代風のガイコツマイクが降りてきました。 早速、世界各国の有識者達が調査研究するも、天空から現れた謎のマイクは解明されることは無く、分かったことは、マイクから伸び続けるネズミ色の電線の向こうは、地球から最も離れたブラックホール(うしかい座)からでした。 人類は天空からのマイクを探るべく探査用ロケットまで発射しましたが、以前、謎は深まるばかり。 遂には世界の科学者から宗教家たちが自称「天国からのマイク」の謎に挑む始め、それぞれの宗教の神に向けて語りかけますが、全く反応はありませんでした。 そんなある日、日本に現れたマイクに日本人小学生のタカシ君が話しかけたら、天空から世界に向けてメッセージが語られ・・・。 世界の人々はタカシ君によって、連日奇跡を見せつけられ既存の宗教を捨て去り、各地で暴動が巻き起こり、遂には・・・。 世界中を巻き込んだ壮大なスペクタルとアクション、そして嘗て無い寓話的救世主物語が怒濤(どとう)の展開を繰り広げます。

ボケまみれ

青西瓜(伊藤テル)
児童書・童話
 僕、駿の友達である啓太はツッコミが面白いと言うことで有名。  この学校には漫才大会があるので、相方になってほしい人多数で。  僕の助言もあり、一日一人と一緒に行動することに。  ちなみに僕も一緒。知らない子と二人きりになりたくないから、という啓太の希望で。  その過程で啓太の幼馴染が登校拒否で、漫才大会で優勝したらまた会ってくれるという話を知った。  違うクラスになってから、その幼馴染は登校拒否になり、休日に自分が会うこともできなくなったらしい。

おばあちゃんとランドセル

いずみ
児童書・童話
学校からちょっとへこんで帰ってきたこうくん。そんなこうくんのランドセルに、おばあちゃんは素敵な翼をつけてくれました。二人でお空の散歩に出たところで、こうくんは、こうくんをいじめたりゅうくんが怒られているのを見てしまいます。

へっぽこ勇者は伝説をつくる

あさの紅茶
児童書・童話
マリエット(13)職業:勇者。 へっぽこすぎて行き倒れていたところ、ママに助けられた。 美味しいナポリタンをごちそうになり、お金の代わりにお店のお手伝いをすることに。 ここでまさか私の人生を変える出来事があるなんて……。 ***** このお話は他のサイトにも掲載しています

処理中です...