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第十五章『オハコビ隊の戦い』
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『ハルトくん、ハルトくん』
だれかのよびかける声に、ハルトはパッチリと目を覚ました。
どうやらまた眠っていたらしい。夢の中で、スズカがガオルの胸にだかれ、
そのまま霧のように消えてしまう光景を見た。不吉なことだった。
『目が覚めた? もうすぐスズカさんのところに到着するよ』
ハルトの体は全身エアパッドに包まれたまま、あおむけになっていた。
驚いたことに、モニカさんの顔が目の前にあった。
青黒い夜空をバックに、白いヘッドセットをつけたモニカさんの顔が
明るくモニターされている。
「モニカさん、そこってタワーの中なんでしょ? 何に座ってるの?」
『フローターっていう、サポーター御用達の業務マシンだよ。
今は他のスタッフといっしょに、本作戦をバックアップ中。
虹色の翼の動きは、わたしが指示担当することになってるから、一応よろしくね」
ハルトを安心させる目的なのか、モニカさんはきりっとした目で笑っていた。
「……まだ真っ暗だ」
『出発からまだ二時間しか経っていないもの。
その間、ツアー参加者のみんなには、ゼロ式・エッグポッドの
《メディカルスリープ機能》で休んでもらってたんだよ。
その都合で、戦闘中の激しい動きに備えて、
みんなの体にある程度の適応処置が施されてるからね』
『あと、こうしてあおむけになってるのは、
みんなの寝心地がよくなってほしいからでして』
と、フラップの声がした。
「もしかして、ずっとこの状態で飛んでたの?」
『ええ、まあ。
ぼくたち訓練を積んでますから、これぐらいどうってことないですよ。
――ハルトくん、まもなくガオルの居城に到着します。
ただちにオニ飛竜たちとの交戦が見こまれますよ』
他の参加者たちも目を覚ましているようだ。
みんな寝ぼけたようなトロンとした声を出している。
オハコビ竜たちは全員はっきりとよく通る声で、
フラップと同じように子どもたちに注意をよびかけていた。
『フラップくん。進行方向にたくさんの竜の生体反応があるよ。
おそらく、オニ飛竜の群れだと思う』
『了解です。やっぱり、ぼくたちを迎撃するつもりでいるんでしょうね』
『虹色の翼の立ち回りがうまくいくかどうかは、わたしたちの手にかかってるよ。
警備軍とも連携して、かならずスズカさんを助けようね。
あの子、きっとまだ生きてると信じて』
モニカさんの顔モニターが消えた。ハルトは、心臓がにわかにドキドキしてきた。
『――虹色の翼、うつぶせ飛行に直れ!』
十一頭の虹色の翼のメンバーたちが、
フラップのかけ声に合わせていっせいにくるりと体のむきを変え、
普段のうつぶせ飛行に戻った。
二十三人のツアー参加者たちの目に映ったのは、
月明かりにぼんやりと映し出された島だった。
ただの小島ではなく、ハクリュウ島と同様に広大な島だった。
はっきりしづらいが、その平坦な島の上に遺跡が広がっている――街のようだった。
はるか昔に争いがあったのか、大小さまざまな建物の多くが無残に倒壊しており、
地面の至るところがさまざまな形にえぐられ――
その島で起きたのがよほど壮絶な戦いであったことを物語っている。
それが街だと分かったのも、遺跡の奥に堂々とそびえ立つ城のおかげだった。
昔のゲームでよく見るような、古臭く気味の悪い城。
ところどころ崩れている箇所はあるが、
なぜか城だけが辛うじて原型をとどめているのだ。
*
「全体、止まれー!」
フーゴの大号令が夜をふるわせた。フーゴ率いる六百五十八頭の大部隊は、
とうとうガオルの島の目の前にピタリと止まった。
朽ちた街並のはるか遠く、星のように点々と明かりが灯った城は、
まるでたくさんの光る目で大部隊をねめつけているようだった。
虹色の翼をふくめ、大部隊の多くの部員たちは、
ひっそりと静まった島を前にして、いささか気の進まないような表情をしていた。
沈黙の中で、士気がかすかにゆらいでいる。
「ここは忌まわしい場所ですよ。ぼくたち竜にとって。何もこんなところに……」
フラップは顔をしかめると、フライトゴーグルの通話機能を使ってこう言った。
「参加者のみなさん、今更ですが……大変激しい挙動を覚悟していてくださいね。
ガオルの居城へ行く前に、まずは警備軍を援護しなくてはなりません。
安全のために、左右の手すりにしっかりおつかまりください。
――怖くなったら目をつむってね」
そこへ、ポッドの中からハルトが声をかけてきた。
『ねえフラップ、こんな時だけど聞いてもいい? 気分が紛れるかも』
他の子たちは緊張でだれも口を開かなかったので、ハルトの声はとてもよく聞き取れた。
「やっぱり怖くなってきました? ひとつだけお答えします」
フーゴが大部隊にむかって、
島の空気に囚われるな、かならず三頭一組で連携攻撃を仕掛けろ、
などと念を押すように指示する中、ハルトは聞いた。
『フラップはどうして、ぼくとスズカちゃんを担当に選んだの?』
「お~、意外ですね。それを今聞くなんて。
てっきり、ここがどういう島なのか聞いてくると思ったのに」
『お互いの気持ちが明るくなればいいなって思ってさ。ねえ、答えて』
「それは……」
はっ! 大部隊の一斉返事がこだました。
「似ていたからですよ。ぼくがオハコビ隊になって以来、
はじめて運んだ二人の《人間の》お客様たちに――」
『人間、の?』
「そうです。もちろん、こっちの世界の人間たちで、
キミたちより年上だったんですけどね。すごく仲がよくて、
二人の顔立ちがキミたちとそっくりだったんですよ。
地上界のキャンプ場で、キミたちの姿を見た瞬間、
ああ、ぼくは運命のようなものを感じました。
あの二人の過去の姿に出会えたような……」
まるでこの上ない思い出話を語るような口ぶりだった。
「へえ~、そうだったんだあ!」
「俺も初耳」
左右にいたフリッタとフレッドが感心してそう言った。
「まあ、ぼくたちにとって――オハコビ隊にとって、
人間のお客様を運ぶ機会というのは、じつは滅多にないんです。
だから、殊更に嬉しかったな」
『どうして人間を運ぶ機会が滅多にないの?』
と、ハルトはさらに聞いた。
「……その原因は、《この島》にありますよ。すべてね」
フラップは、哀愁のただようまさざしでそう言った。
他の多くのツアー担当員や警備部員たちと同じような目つきだった――。
「来るぞ、全員気をつけろ! オニ飛竜どもだ!」
フーゴが叫んだ。
遺跡のそこかしこから、点々と黄色い目を光らせながら、
無数の小さな黒い影がわらわらと飛びだしてきた。
彼らの野蛮な雄叫びが、むかい風に乗ってどっと押しよせてくる。
「フラップ! やつらに目にもの見せてやろうぜ!」
右手からフレッドがガッツポーズをしながら言った。
「もぉー暗い気持ちは、バトルで晴らすしかナイ!
思いっきりやろーヨ、フラップ!」
左手にいたフリッタも気合いを入れていた。
「――よし、行くぞ! 虹色の翼、気合いを入れるんだ!」
「「「ラジャー!」」」
フラップの勇ましい叫びに、十一頭が声をそろえて応答した。
だれかのよびかける声に、ハルトはパッチリと目を覚ました。
どうやらまた眠っていたらしい。夢の中で、スズカがガオルの胸にだかれ、
そのまま霧のように消えてしまう光景を見た。不吉なことだった。
『目が覚めた? もうすぐスズカさんのところに到着するよ』
ハルトの体は全身エアパッドに包まれたまま、あおむけになっていた。
驚いたことに、モニカさんの顔が目の前にあった。
青黒い夜空をバックに、白いヘッドセットをつけたモニカさんの顔が
明るくモニターされている。
「モニカさん、そこってタワーの中なんでしょ? 何に座ってるの?」
『フローターっていう、サポーター御用達の業務マシンだよ。
今は他のスタッフといっしょに、本作戦をバックアップ中。
虹色の翼の動きは、わたしが指示担当することになってるから、一応よろしくね」
ハルトを安心させる目的なのか、モニカさんはきりっとした目で笑っていた。
「……まだ真っ暗だ」
『出発からまだ二時間しか経っていないもの。
その間、ツアー参加者のみんなには、ゼロ式・エッグポッドの
《メディカルスリープ機能》で休んでもらってたんだよ。
その都合で、戦闘中の激しい動きに備えて、
みんなの体にある程度の適応処置が施されてるからね』
『あと、こうしてあおむけになってるのは、
みんなの寝心地がよくなってほしいからでして』
と、フラップの声がした。
「もしかして、ずっとこの状態で飛んでたの?」
『ええ、まあ。
ぼくたち訓練を積んでますから、これぐらいどうってことないですよ。
――ハルトくん、まもなくガオルの居城に到着します。
ただちにオニ飛竜たちとの交戦が見こまれますよ』
他の参加者たちも目を覚ましているようだ。
みんな寝ぼけたようなトロンとした声を出している。
オハコビ竜たちは全員はっきりとよく通る声で、
フラップと同じように子どもたちに注意をよびかけていた。
『フラップくん。進行方向にたくさんの竜の生体反応があるよ。
おそらく、オニ飛竜の群れだと思う』
『了解です。やっぱり、ぼくたちを迎撃するつもりでいるんでしょうね』
『虹色の翼の立ち回りがうまくいくかどうかは、わたしたちの手にかかってるよ。
警備軍とも連携して、かならずスズカさんを助けようね。
あの子、きっとまだ生きてると信じて』
モニカさんの顔モニターが消えた。ハルトは、心臓がにわかにドキドキしてきた。
『――虹色の翼、うつぶせ飛行に直れ!』
十一頭の虹色の翼のメンバーたちが、
フラップのかけ声に合わせていっせいにくるりと体のむきを変え、
普段のうつぶせ飛行に戻った。
二十三人のツアー参加者たちの目に映ったのは、
月明かりにぼんやりと映し出された島だった。
ただの小島ではなく、ハクリュウ島と同様に広大な島だった。
はっきりしづらいが、その平坦な島の上に遺跡が広がっている――街のようだった。
はるか昔に争いがあったのか、大小さまざまな建物の多くが無残に倒壊しており、
地面の至るところがさまざまな形にえぐられ――
その島で起きたのがよほど壮絶な戦いであったことを物語っている。
それが街だと分かったのも、遺跡の奥に堂々とそびえ立つ城のおかげだった。
昔のゲームでよく見るような、古臭く気味の悪い城。
ところどころ崩れている箇所はあるが、
なぜか城だけが辛うじて原型をとどめているのだ。
*
「全体、止まれー!」
フーゴの大号令が夜をふるわせた。フーゴ率いる六百五十八頭の大部隊は、
とうとうガオルの島の目の前にピタリと止まった。
朽ちた街並のはるか遠く、星のように点々と明かりが灯った城は、
まるでたくさんの光る目で大部隊をねめつけているようだった。
虹色の翼をふくめ、大部隊の多くの部員たちは、
ひっそりと静まった島を前にして、いささか気の進まないような表情をしていた。
沈黙の中で、士気がかすかにゆらいでいる。
「ここは忌まわしい場所ですよ。ぼくたち竜にとって。何もこんなところに……」
フラップは顔をしかめると、フライトゴーグルの通話機能を使ってこう言った。
「参加者のみなさん、今更ですが……大変激しい挙動を覚悟していてくださいね。
ガオルの居城へ行く前に、まずは警備軍を援護しなくてはなりません。
安全のために、左右の手すりにしっかりおつかまりください。
――怖くなったら目をつむってね」
そこへ、ポッドの中からハルトが声をかけてきた。
『ねえフラップ、こんな時だけど聞いてもいい? 気分が紛れるかも』
他の子たちは緊張でだれも口を開かなかったので、ハルトの声はとてもよく聞き取れた。
「やっぱり怖くなってきました? ひとつだけお答えします」
フーゴが大部隊にむかって、
島の空気に囚われるな、かならず三頭一組で連携攻撃を仕掛けろ、
などと念を押すように指示する中、ハルトは聞いた。
『フラップはどうして、ぼくとスズカちゃんを担当に選んだの?』
「お~、意外ですね。それを今聞くなんて。
てっきり、ここがどういう島なのか聞いてくると思ったのに」
『お互いの気持ちが明るくなればいいなって思ってさ。ねえ、答えて』
「それは……」
はっ! 大部隊の一斉返事がこだました。
「似ていたからですよ。ぼくがオハコビ隊になって以来、
はじめて運んだ二人の《人間の》お客様たちに――」
『人間、の?』
「そうです。もちろん、こっちの世界の人間たちで、
キミたちより年上だったんですけどね。すごく仲がよくて、
二人の顔立ちがキミたちとそっくりだったんですよ。
地上界のキャンプ場で、キミたちの姿を見た瞬間、
ああ、ぼくは運命のようなものを感じました。
あの二人の過去の姿に出会えたような……」
まるでこの上ない思い出話を語るような口ぶりだった。
「へえ~、そうだったんだあ!」
「俺も初耳」
左右にいたフリッタとフレッドが感心してそう言った。
「まあ、ぼくたちにとって――オハコビ隊にとって、
人間のお客様を運ぶ機会というのは、じつは滅多にないんです。
だから、殊更に嬉しかったな」
『どうして人間を運ぶ機会が滅多にないの?』
と、ハルトはさらに聞いた。
「……その原因は、《この島》にありますよ。すべてね」
フラップは、哀愁のただようまさざしでそう言った。
他の多くのツアー担当員や警備部員たちと同じような目つきだった――。
「来るぞ、全員気をつけろ! オニ飛竜どもだ!」
フーゴが叫んだ。
遺跡のそこかしこから、点々と黄色い目を光らせながら、
無数の小さな黒い影がわらわらと飛びだしてきた。
彼らの野蛮な雄叫びが、むかい風に乗ってどっと押しよせてくる。
「フラップ! やつらに目にもの見せてやろうぜ!」
右手からフレッドがガッツポーズをしながら言った。
「もぉー暗い気持ちは、バトルで晴らすしかナイ!
思いっきりやろーヨ、フラップ!」
左手にいたフリッタも気合いを入れていた。
「――よし、行くぞ! 虹色の翼、気合いを入れるんだ!」
「「「ラジャー!」」」
フラップの勇ましい叫びに、十一頭が声をそろえて応答した。
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