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第十四章『黒い竜たちの秘密』

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ガオルとスズカは部屋をあとにし、

また城の廊下を進んだり、階段を上がったりした。


スズカは、先ほどから妙な胸騒ぎがして落ちつかなかった。

ガオルの願いの結晶――それを考えただけで、

スズカの不安は余計にふくれ上がった。胃袋に鉛が詰まったような感覚だ。

虫の知らせとは、こういうことなのかもしれない。


今度は、アーチ型の鋼鉄扉の前に案内された。

扉の周囲には、銀色や灰色のさまざまなパイプがつながっており、

扉のむこう側になんらかの動力を送っているようだった。


ガオルは、両手で少し力をこめて扉を開けた……とたんに扉の間から、

ぬるくてムッとする機械的な匂いがあふれてきた。


扉の奥には、これまでとはまったく違う光景があった。

城の中なのに、まるで最新鋭の工場の中のような部屋だ。

その一番奥に、一頭の竜がたたずんでいる。

静かに瞳を閉じた黒いオハコビ竜。漆黒の翼に赤いたてがみ。

なぜだかデジャヴをおぼえてしまうその姿――。


『まさかこれ……ガアナなの?」


スズカは驚きを隠せなかった。

そこにいたのは、背中に束のようなパイプやプラグをつけられたガアナだった。

まるで死んだように身動き一つせず、

ネコやウサギの亜人エンジニア数にんに囲まれていた。

エンジニアたちは、見覚えのある暗い緑色のジャケットを羽織っている。


「ガオル様、準備は整っております……」

ウサギ人のエンジニアのひとりがうやうやしく言った。


「お前たちは部屋を出ろ。今日からここに入っていいのは、俺とスズカだけだ」


エンジニアたちは、短くおじぎだけをすませると、

スズカたちの左右からそそくさと部屋を出ていった。


「ガアナの、レプリカだよ」

ガオルがガアナのそばに歩いていって、そう言った。


「彼女に何もかも似せて作ったわけじゃないがね……」


『えっ、レプリカって、これで何をするというの?』


「……スズカ、キミはこの世界で暮らしたいと願っているんだろう?」

と、ガオルが言った。スズカはドキリとして、一歩後ずさりした。


『そんなことまで、ホントにだれから聞いたの?』


「俺は、キミのその願いを心から叶えてあげたいと思っている。

でもその代わり、俺の願いも叶えてほしい。

ガアナの横に、エッグポッドがあるだろう?」


ガオルは、ガアナの左側にあるタマゴのような装置を指さした。

四角形の鋼鉄の台座に、白真珠の色をした大きな卵型のカプセルが収められていた。

人一人は入れそうだ。ガアナと同じく、

後ろ側に多くのパイプやら何やらがのびていて、

そのほとんどすべてがもつれあいながら壁を伝い、ガアナ本体と繋がれていた。

竜の肉体と心をつなげる絆のように――。


「あれは、人の意識と神経をガアナのレプリカに移し替えるものだ。

あの中で眠りにつくことで、意識と神経の移し替えが開始される。

ガアナのレプリカは、たとえ複製品でも稼働さえすれば、

血肉を持った本物の黒影竜とほとんど変わらなくなる。

話すことや食べることはもちろん、

俺のように空を飛ぶことだってできるんだ――訓練はいるだろうがね」


『空も、飛べる……?』

スズカは一瞬、瞳を輝かせてしまった。


「ああ。しかも、それが日常に変わるんだ。キミの望みに、合致すると思う」


ガオルがそっと右手を差し出した。

彼の手のひらも真っ黒に染まっていて、

よく目をこらさなければそこに犬の肉球があると判断しづらかった。


スズカはさらに二歩、素早く後ずさりした。


『待って、こんなの……

やっぱりわたし、ガアナの代わりになるってことじゃない!』


スズカは、言い知れぬ恐怖に頭を横にふった。


『本当にガアナの代わりがほしいなら、

たとえ子どもを授かれなくても、オハコビ竜と暮らせばいいのに。

どうしてわたしみたいな、人間の子どもじゃなきゃダメなの?』


「……その問いを待っていたよ」


ガオルは腕を下ろした。声は至極おだやかだった。


「はじめに言う。俺は人間に深い興味を持っているんだ。

憎むことはあるが、時には愛おしく思うこともあるんだよ。

しかし、俺はこんな黒い姿だろう?  

この世界の人間たちは、俺が近づくだけで蜘蛛の子を散らすように逃げまどい、

時には空軍をよんで俺を排除しようとする。俺はそれが苦しいんだ。

彼女も……ガアナも同じ気持ちだった。


生前のガアナは、例の少女の存在を通じて、

人間を遠ざけるばかりだった自分の世界を、変えようとしていた。

《人間の少女という生き物》が持つ清らかな心ゆえだ。

だから、ガアナが手に入れられなかった幸せの続きを、

キミという存在を通じて、俺が代わりに確かめたいんだ。

この言葉の意味が分かるかい?」


『……やめてよ、そんなの』

スズカはうつむき、再び首をふった。


『わたしとその子じゃ、人間がぜんぜん違うはずだよ。

他の女の子だって同じ……

あなたにガアナと同じ幸せを与えられるとはかぎらない!』


ガオルの苦しみは痛いほど分かる。でも、それとこれとは話が違う。


『そもそも、わたしをガアナのレプリカに移し替えたら、意味がないじゃない!  

結局あなたは、ガアナの幻を追いかけているだけ!』


「俺が、幻を追いかけていると?」

ガオルは感情の起伏も示さずに聞き返した。


『それでわたしの中に、たまたまガアナの幻を見つけた。

人間の女の子ならだれでもよかったんでしょ?  

本当にわたしみたいな子がいて、ラッキーでしたこと!』


スズカは怒りにまかせて、さらにまくし立てた。


『ここまでたいそうなものを作ったなら、もう分かってるはずでしょ?

あなたは、自分で自分に嘘をついているのよ!

それと肝心なことを聞かせてもらいますけど、

わたしのことを大切に思う気持ちがあるの?』


口でものを言ってもいないのに、スズカの呼吸は荒くなっていた。

こんなに必死に何かを訴えたのは、

前の学校でクラスに虐げられていた時以来だった。


「キミを……大切に思っている。この気持ちは本当だ」


ガオルは動揺一つ見せなかった。

その代わり、ますます真面目になってこう続けた。


「その証拠に、俺は知っているんだ。

キミが地上界でどれほど辛らつな目にあってきたかを。

何もかも理解しているんだよ。

俺と同じように、生まれ持った特質のために気味悪がられ、遠ざけられ……

一度は友人を得ようと努力はしたものの、むなしく希望を打ち砕かれた。

そして最後には、精神的な苦痛しかない日々を強いられ――」


「やめ、て!」


スズカは、デバイスの力ではなく、思わず自分の口で叫んでいた。

おかげでのどがむせて、ゲホッ、ゲホッ、とせきこんでしまった。


これにはガオルも、さすがに若干の動揺を見せていた。


「す、すまない。キミを追いつめるために言ったわけじゃないんだ。

ただ俺は!  もうそんな地上界に帰る必要はないと、キミに言いたいんだ。

苦しみしかない世界に、未練を抱く必要はないんだよ……」


『それでもわたし……』


ゲホッ、ゲホッ。スズカは両手を強く握りしめながら言った。


『スカイランドに留まってはいけないの!

だって、わたしの生きるべき世界は、地上界にしかないんだもの。

フラップにそう教えられたの!』


その瞬間、ガオルの瞳がキッと細くなった。

フラップの名にたいして敵意を示すような目つきだった。


「それは……

そのフラップというやつの言葉を受け入れたうえで、言っているのか?」


ガオルの声は、ささやかな邪気をはらんでいた。


「そこまで言いながら、キミはどうして『いやだ』と言わないんだ?」


スズカは激しい勢いでハッとした。


次の瞬間、ガオルは不意に飛びついてきた。


スズカは回れ右する間もあらばこそ――がっしりとその胸に抱きしめられた。

タワーの中で再開した時よりも強く、息が詰まりそうな力加減で。



      ――スズカ。そいつの言葉に耳をかたむけるな。



ガオルの声が、冷えきった魔法のようにスズカの頭に染みこんできた。



      帰りたくないなら、そうするべきだ。心のままに生きればいい。
      
      今日からこの城が、キミの家。

      そしてこの世界で――スカイランドで、キミは新しい誕生を果たすんだ。



今こそスズカは恐怖に呑まれ、体が凍りついたようにもがくこともできなかった。


ガオルはスズカの頭上に甘い息を吹きかけてきた。

その匂いを嗅いだとたん、スズカは自分の身に起こることを瞬時に悟った。


(ああ、またこうなるんだ……)


強烈な睡魔がスズカを襲う。まぶたが石のように重くなってきた。


(どうすればいいかも分からない。胸が苦しい。ぜんぶ忘れたいよ……)


スズカはあきらめに身をゆだね、深い眠りに落ちていった。


「お休み、スズカ」


ガオルは、眠れる姫となったスズカを両手で抱きあげて言った。


「厳密にいえば、キミはガアナの代わりにはならない。

キミの隣で眠っているのは、ガアナそのものではないのだから」


ガオルはエッグポッドの前までスズカを運ぶと、

そばにあった細長い端末にむかって、「開けろ」と言った。

すると、エッグポッドの上半分がカプセルのようにゆっくりと開き、

中にふかふかとした真っ白なシートが現れた。

内側にクッションのついたさまざまな装置で体を鎧のように包むシートで、

今はすべての装置が解放されていた。

ヘッドレストには、逆U字型の灰色の装置が頭をおおうように設置されている。


「そしてキミはもう、スズカという人間ですらなくなる」


ガオルはそのシートに、スズカをゆっくりと座らせた。

ひじかけには両腕を、足置きには両足をきれいにのせた。

そして端末にむかって、「閉じろ」と命令した。

シートについた装置たちがスズカの体全体におおいかぶさる……

スズカは、頭だけを出して硬い外殻に包まれたような具合になった。

最後に、ポッドの屋根がガオルの目の前でゆっくりと下ろされる。


『――意識と全知覚神経の転移、および、

これまでの記憶の消去を開始いたします』


エッグポッドから機械的な声がした。

ガオルは安堵の表情をする。


「俺は過去を忘れるわけにいかない。

だが、キミは過去を忘れてもいい。忘れたほうがいい……」
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