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第十四章『黒い竜たちの秘密』
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『……ガアナ?』
スズカはあっけらかんとしていた。
ガオルに彼女がいたということが、信じられなかった。
「ああ、キミと同じく、つっかえ気味の口調が愛らしかった。
とてもいい、メス竜だった」
『嘘。わたしのために、うまい作り話をしようとしているんでしょ?』
「いいや、本当の話だ。竜は嘘をつかない。
彼女は本当に存在していた。この俺のそばに」
『していた? じゃあ今は?』
「……もういないよ。この空のどこにも。
この俺の目に映らない世界へ行ってしまった」
ガオルは、悔やむように自分の両手のひらを見た。
「事故というべきだったのだろうか……
俺がそばに居さえすれば、彼女が死ぬことはなかったかもしれない。
ああ、長年探しもとめた同種の彼女だったのに。
黒影竜は黒影竜と結ばれなくては、子孫を残せないんだ」
難儀なことだと、スズカは思った。
『ねえ、教えてよ。黒影竜って……あなたっていったい何者なの?』
ガオルはスズカのほうに視線を戻すと、こう言った。
「この顔を見たならすでに分かってもらえているはずだが、
俺はオハコビ竜の亜種なんだ」
『亜種?』
「古の時代に、オハコビ竜の世界で偶然に生まれた希少種なんだ。
オハコビ竜であって、オハコビ竜ではない。文字通り、オハコビ竜の『影』だ。
かつて俺は、自分と同じ仲間を探して、何十年とこの空をさまよった。
しかし、見つけられたのは彼女だけだった……」
ガオルは、すべるようにイスを後ろへ引くと、ゆっくりと厳粛な様子で腰をあげた。
「来てくれ。キミに見せたいものがあるんだ」
*
スズカは、ガオルのあとに続いて、ダイニングルームを出て廊下に出た。
ガオルはスズカの小さな歩幅にあわせて、ゆっくりと大股で歩いていた。
彼の下半身から垂れた長いしっぽが、床の上でずるずると音を立てていた。
あちこち壁が崩れたままになっており、
肌寒い風が容赦なく壁の穴から吹きこんでいた。
決まった間隔で、古びた城の内装とは異なるハイテクそうな照明器具が
壁に設置されており、廊下に冷たい明かりを投げかけている。
おそらく、ガオルを崇めるエンジニア部の信奉者たちのしわざだろう。
スズカは、壁のすき間から城下の様子を垣間見ようとしたが、
真っ暗でよく分からなかった。しかし、灯り一つ見えないということは、
ここは孤立した小さな島か、もしくは、灯りもつけられないような
無人の廃墟が横たわるかの、どちらかだった。
ふたりは無言のまま廊下をいくつも曲がり、階段を一つ下りた。
そこからさらにいくつか角を曲がり、長い廊下を歩くと、
横手に大きな木の扉があった。
正方形のきれいな扉で、ガオルの背丈よりも少し高いくらいのサイズだ。
ガオルは、両手でそっと扉を開けた……
扉のむこうは、広い一室だった。
壁にろうそく立てが点々と灯るだけの、薄暗くてがらんとした場所だ。
その部屋の奥には、円形の台座の上に、オハコビ竜らしき彫像が鎮座している。
黄金のオブジェだ。
頭から優雅に垂れ下がるなめらかな長髪。
しとやかな女性のように閉じられたまぶた。
両手を器の形にして前に差し出し、天使とも思える美しい翼を広げた姿……
見事なメスの竜だ。
「これが、ガアナだ」
ガオルが静かに言った。
「俺がこの手で作ったんだ。手先は器用な方だからな。
これぐらいやらないと、気持ちがおさまらなかった。
ここは俺にとって、もっとも落ちつく部屋なんだ」
スズカとガオルは、天井にも届きそうなガアナの像を、
目の前でならんで見上げていた。
『メスの黒影竜って、こんなにきれいなの』
「そうとは限らないだろうが、
俺はもとより彼女を美しく見せるつもりで彫ったからね」
ガオルは遠い目で、瞳を閉じたガアナの顔を見つめていた。
「ガアナは、大人しい黒影竜だった。
俺よりもわずかに背が低く、真紅のたてがみを生やし、丸い瞳をしていた。
自然界のものをこよなく愛し、人間を恐れていた。
だから、人間がこない山奥の乾いた洞穴を、ひっそりと住処にしていたんだ」
ガオルは、そんな彼女のもとへ足しげく通っていたという。
「出会ったばかりの俺たちは、なかなか距離を縮められなかった。
ガアナは俺を警戒していたからな。俺は、そんな彼女を怖がらせないように、
会うごとに自分のことを説明しながら、
少しずつ彼女のもとへ近づくことを心がけていた。
もちろん、会う時には仮面を外すようにしていた。
あの頃の俺は、ふっ……とにかく青臭かったな。
でもやがて彼女は、俺の努力を認めてくれた。
ある日、自分から俺のそばに来て、話しかけてくれたんだ。
あの、独特なつっかえ口調で……」
あな、たは……ほん、とうに、わたし、の、仲間、なのね。
わた、しも、さみし、かった……。
本当、は、あな、たに、会えて、うれ、しかった、の。
「俺たちは、こんな見た目だったからな。人間という人間に恐れられていた。
亜人たちも、俺たちをいい目で見ようとするやつは、そうそういなかった。
俺たちは、肩身の狭い境遇をなぐさめあっていたよ。
どこへ行くにもいっしょで、だれにも見つからないよう慎重に過ごしていた。
いろんな話をするだけで、彼女と心が固く結ばれていくのを感じたな。
ガアナは幸せそうにしていたよ。
俺と過ごす時間が、何物にも代えがたいくらいに……」
そんな折、ある転機が訪れたとガオルは言った。
「ガアナは、俺の知らないうちに出会っていたんだよ」
『だれと?』
スズカは聞いた。
「――少女だ。キミと同じ年頃の、人間の少女だよ」
スズカはあっけらかんとしていた。
ガオルに彼女がいたということが、信じられなかった。
「ああ、キミと同じく、つっかえ気味の口調が愛らしかった。
とてもいい、メス竜だった」
『嘘。わたしのために、うまい作り話をしようとしているんでしょ?』
「いいや、本当の話だ。竜は嘘をつかない。
彼女は本当に存在していた。この俺のそばに」
『していた? じゃあ今は?』
「……もういないよ。この空のどこにも。
この俺の目に映らない世界へ行ってしまった」
ガオルは、悔やむように自分の両手のひらを見た。
「事故というべきだったのだろうか……
俺がそばに居さえすれば、彼女が死ぬことはなかったかもしれない。
ああ、長年探しもとめた同種の彼女だったのに。
黒影竜は黒影竜と結ばれなくては、子孫を残せないんだ」
難儀なことだと、スズカは思った。
『ねえ、教えてよ。黒影竜って……あなたっていったい何者なの?』
ガオルはスズカのほうに視線を戻すと、こう言った。
「この顔を見たならすでに分かってもらえているはずだが、
俺はオハコビ竜の亜種なんだ」
『亜種?』
「古の時代に、オハコビ竜の世界で偶然に生まれた希少種なんだ。
オハコビ竜であって、オハコビ竜ではない。文字通り、オハコビ竜の『影』だ。
かつて俺は、自分と同じ仲間を探して、何十年とこの空をさまよった。
しかし、見つけられたのは彼女だけだった……」
ガオルは、すべるようにイスを後ろへ引くと、ゆっくりと厳粛な様子で腰をあげた。
「来てくれ。キミに見せたいものがあるんだ」
*
スズカは、ガオルのあとに続いて、ダイニングルームを出て廊下に出た。
ガオルはスズカの小さな歩幅にあわせて、ゆっくりと大股で歩いていた。
彼の下半身から垂れた長いしっぽが、床の上でずるずると音を立てていた。
あちこち壁が崩れたままになっており、
肌寒い風が容赦なく壁の穴から吹きこんでいた。
決まった間隔で、古びた城の内装とは異なるハイテクそうな照明器具が
壁に設置されており、廊下に冷たい明かりを投げかけている。
おそらく、ガオルを崇めるエンジニア部の信奉者たちのしわざだろう。
スズカは、壁のすき間から城下の様子を垣間見ようとしたが、
真っ暗でよく分からなかった。しかし、灯り一つ見えないということは、
ここは孤立した小さな島か、もしくは、灯りもつけられないような
無人の廃墟が横たわるかの、どちらかだった。
ふたりは無言のまま廊下をいくつも曲がり、階段を一つ下りた。
そこからさらにいくつか角を曲がり、長い廊下を歩くと、
横手に大きな木の扉があった。
正方形のきれいな扉で、ガオルの背丈よりも少し高いくらいのサイズだ。
ガオルは、両手でそっと扉を開けた……
扉のむこうは、広い一室だった。
壁にろうそく立てが点々と灯るだけの、薄暗くてがらんとした場所だ。
その部屋の奥には、円形の台座の上に、オハコビ竜らしき彫像が鎮座している。
黄金のオブジェだ。
頭から優雅に垂れ下がるなめらかな長髪。
しとやかな女性のように閉じられたまぶた。
両手を器の形にして前に差し出し、天使とも思える美しい翼を広げた姿……
見事なメスの竜だ。
「これが、ガアナだ」
ガオルが静かに言った。
「俺がこの手で作ったんだ。手先は器用な方だからな。
これぐらいやらないと、気持ちがおさまらなかった。
ここは俺にとって、もっとも落ちつく部屋なんだ」
スズカとガオルは、天井にも届きそうなガアナの像を、
目の前でならんで見上げていた。
『メスの黒影竜って、こんなにきれいなの』
「そうとは限らないだろうが、
俺はもとより彼女を美しく見せるつもりで彫ったからね」
ガオルは遠い目で、瞳を閉じたガアナの顔を見つめていた。
「ガアナは、大人しい黒影竜だった。
俺よりもわずかに背が低く、真紅のたてがみを生やし、丸い瞳をしていた。
自然界のものをこよなく愛し、人間を恐れていた。
だから、人間がこない山奥の乾いた洞穴を、ひっそりと住処にしていたんだ」
ガオルは、そんな彼女のもとへ足しげく通っていたという。
「出会ったばかりの俺たちは、なかなか距離を縮められなかった。
ガアナは俺を警戒していたからな。俺は、そんな彼女を怖がらせないように、
会うごとに自分のことを説明しながら、
少しずつ彼女のもとへ近づくことを心がけていた。
もちろん、会う時には仮面を外すようにしていた。
あの頃の俺は、ふっ……とにかく青臭かったな。
でもやがて彼女は、俺の努力を認めてくれた。
ある日、自分から俺のそばに来て、話しかけてくれたんだ。
あの、独特なつっかえ口調で……」
あな、たは……ほん、とうに、わたし、の、仲間、なのね。
わた、しも、さみし、かった……。
本当、は、あな、たに、会えて、うれ、しかった、の。
「俺たちは、こんな見た目だったからな。人間という人間に恐れられていた。
亜人たちも、俺たちをいい目で見ようとするやつは、そうそういなかった。
俺たちは、肩身の狭い境遇をなぐさめあっていたよ。
どこへ行くにもいっしょで、だれにも見つからないよう慎重に過ごしていた。
いろんな話をするだけで、彼女と心が固く結ばれていくのを感じたな。
ガアナは幸せそうにしていたよ。
俺と過ごす時間が、何物にも代えがたいくらいに……」
そんな折、ある転機が訪れたとガオルは言った。
「ガアナは、俺の知らないうちに出会っていたんだよ」
『だれと?』
スズカは聞いた。
「――少女だ。キミと同じ年頃の、人間の少女だよ」
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