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第十一章『嵐のターミナル』

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吹きすさぶ強風が、真っ暗な嵐を連れてきた。


雷雲に追われながら超高速で飛び続けていたスピーダーは、

前方をおおう雲の中から勢いよく飛びだした。

二十分ほどかかった――ようやくターミナルの五キロ前だ。

ここから見ても、まるで百メートル先から東京ドームを見るみたいに、

ターミナルはあきれるほど規模が大きい。


しかし、ハルトとモニカさんが安心感にひたれることはなかった。

それどころか、二人の胸をさらなる恐怖がつらぬいたのだ。


「そんな……!  嘘でしょ!?」


わななくモニカさんの視界に広がっていたのは、壮絶な交戦の現場だった。

オハコビ隊の警備軍と、オニ飛竜の大群が、

空中で入り乱れながらぶつかり合っている。


ハルトは、警備部のオハコビ竜がこんなに何百頭もいたことに驚いていたが、

オニ飛竜の軍勢もそうとうだった――大部隊だ。

まるで鳥の大群同士が体と体で激しく格闘し、

上下左右にうごめいているようだった。

いくつもの火の玉が矢のように閃くのも見える。


「わっ、わっ、わぁっ……!  やばいよモニカさん!  戦争みたいだあ!」


竜たちの戦いの渦中に突っこむことを考えると、ハルトは身もすくむ思いだった。


「タワーとの通信は取れないの!?」


「やってるけどダメみたい。マシンの機能不全かな……

なんでオニ飛竜が大群で押しよせてきたかは分からないけど、

ターミナルの中が心配!  交戦空域を避けて、迂回するよ!」


スピーダーは、ぎゅんと左側にかたむきながら降下していった。

ハルトたちは、二つの軍勢がぶつかり合う光景を見上げた。

すると、交戦現場から放たれた火の玉が、

危うくスピーダーのすぐそばをかすめた。


「このマシン、防火構造とかある?」

「あるにはあるけど、竜の火炎球はなんでも壊しちゃうから、保証はできないよ。

んもう、どうしてバリア機能がロックされたままなんだか!」


「ターミナルに入ったら、ぼくたちどこに行くの?  安全なところ、ある!?」


「十分にあるよ。一番安全なのはサポートタワーだから、そこにむかってる。

サーキットで起きたことを報告しに行かないといけないし。

あ、ほら、ターミナルの頭に立っている、あの角みたいな塔がそう」


「それよか、どこかの島に避難したほうがよくない?」


「スピーダーの残りのバッテリーを考えると、

このまま外に長居するのは危ないの。

おそらく三十分もしないうちに、高所適応機能が切れてしまうから」


「こーしょてきおうきのう?」


「地上人用の、まあ凍傷とか高山病を防ぐ機能ね。

昨日、二番目に着てもらったあのフードつきのスーツと同じ。

でも今あなたは、あのスーツを着用していないでしょ?」


言われてみればそうだ。

ハルトたちが今日着てきたのは、最初に渡された半そでのツアー衣装だ。

この格好で外に放り出されたらと思うと、とても想像つかなかった。


「……サポートタワーってさ、外から入れないの?」


「タワーとその入り口は、強力な防護シールドでおおわれていて、

内部からスピードリフターや飛行トンネルを使わないと、

たどり着けない仕組みになってるの。ややこしいよね!」


ターミナルの離陸ポートはもう目の前だ。

警備部員も防ぎきれないのか、

緑色のオニ飛竜たちが離陸ポートから内部に少しずつ侵入しているようだ。


層と層をへだてる空間に突入すると、

二頭のオニ飛竜がマシンを追い越して飛んでいくのが見えた。

彼らはスピーダーに興味がないのだろうか。

はたしてオニ飛竜は、

あの黒影竜と同じように人間の命をもとめてここに攻めてきたのだろうか。

マシンの中には人間が二人も乗っているというのに――。


  パシュン!  パシュン!


「ギャアアぁ!」

「ぐうええぇぇ!」


出しぬけに、前方の二頭が苦痛に叫び声を上げながら後ろに流されていった。

ハルトには何が起こったのかさっぱりだった。


「えっ、えっ、今何が!?」


「ターミナルを守る防衛装置だよ。

ほらあれ!  円盤型の機体が飛んでるでしょ?」


モニカさんが指をさす先には、

銀色のUFOのような形をした砲弾つきのマシンが三つ、

出口のほうにむかって飛んでいくのが見えた。


「あれのおかげで、そこらの敵は簡単には侵入できないの。

でも竜は丈夫だからなあ。今のようなオマヌケさんが当たっても、

体が少ししびれるだけと思うんだけど……」


追っ手を逃れたスピーダーは、ついにターミナルの大吹きぬけへと飛びだした。


「や、やばい……!」

ハルトは息をのんだ。


内部もかなりの戦闘状態になっていた。

オニ飛竜と警備軍が、ここでも縦横無尽に格闘戦をくり広げている。

百頭以上は戦っているのではないか。

あちこちの層で火の手が上がり、下層部の側面ガラスが多く割られている。


「わたしも直感してたけど、ここまで大変なことになってるなんて」


外ほどの大きな規模ではないものの、

ハルトには中もたいして変わらないと思った。

スズカが火の海に飲まれるところを想像したハルトは、気が気ではなくなった。

スズカちゃん、どうか無事でいてくれ――


ターミナル利用客たちの、おののきわめいて逃げまどう声が聞こえてくる。

フライトスーツを着たたくさんのオハコビ竜が、

下層のほうへと懸命に避難誘導をしたり、

走れないお客を素手で抱えて飛んだりしている。

中には、飛んできた火の玉からお客をかばって守っている隊員までいた。

かばった竜は痛そうにはしていたが、倒れることはなかった。


「フーゴ総官はどこにいるのかな。

オニ飛竜たちの目的も気になるし、早いところタワーに行かなくちゃ!

ハルトくん、しっかりつかまってて!」


モニカさんは、十二時の方向に機体をむけて飛ばした。


上層といわず下層といわず、いたるところで戦闘が行われている。

オニ飛竜どもが好き勝手に火の玉を発射するせいで、

はずれた火の玉が方々に当たって燃え広がっている。

マシンは、そんな戦場の真っただ中を飛ばなければならなかった。


「モニカさん、ターミナル落ちないかな!?」


「このくらいじゃ落っこちないよ。安心して」


ハルトはあたりを見回していた。

すると、明らかにまわりよりも激しく交戦している者たちが見えた。

二頭ともひと際体が大きく、動きがきわめて素早い。

それは、まるで二つの流れ星が怒りにまかせてぶつかり合うようなさまだった。

何度も勢いをつけて体当たりしあう姿に、

こちらにもぶつかりあう音が聞こえてきそうだ。


しかもよく目をこらしてみれば、

二頭のうち一頭は灰色の体毛を生やしたフーゴだった。


「モニカさん、左方向のあれ!  戦ってるのフーゴさんじゃない!?」


「えっ、嘘……ホントだ!  あれフーゴ総官だよ!  戦ってる相手はだれ!?」


フーゴ総官は、いかにもオニ飛竜の長らしい相手と戦っているようだ。

秀でて大きな体と、皮の鎧にごてごてと牙や石などの装飾を施した様子から、

それではないかとすぐに分かる。

互角にやりあっているように見えたのもつかの間、

フーゴ総官がこちらにむかって一旦身を引こうとしたところを、

オニ飛竜の長がその首を素早くふんづかまえた。

そのまま二頭はハルトたちのいる方向にやってくる。


「あっ、こっちくる!  フーゴさんが!」


オニ飛竜の長は、吹きぬけに面した第十四層の側面の壁に、

フーゴの体を勢いよく押しつけた。

ドカンッという鈍い音がハルトたちの頭上に落ちてくる。

モニカさんは、その光景の見えるすぐ近くに止まって、

恐ろしそうにゴクリと生つばを飲んだ。


「モニカさん、あれ!  な、なんかやばくない?  助けないと!」


「そ、それはできないよ。

竜同士の戦いには関われない。あなたの身だって心配だし」


「そんなこと言わないで!  今助けなくちゃ、フーゴさんが!

このマシンで、あのでかい緑の竜に体当たりすれば――」


フーゴは相手に首をおさえこまれ、じりじりと体力を奪われながらもがいている。


「ダメダメ!  ハルトくんたら、なんて物騒なこと言うの。

そんなことしたら、あなたの命の保証ができない!  今はタワーに急ぐの!」


モニカさんは両手のレバーに体重を乗せて、再びマシンを前進させた。

先を急ごうとするモニカさんに、ハルトは怒りすらおぼえながらこう叫んだ。


「ぼくのことなんて心配しなくていい! 

 戻ってあいつに体当たりして。お願いだよ!」


「ハルトくん……」


「ぼくの命が一番大事なのは分かるけど、守られてばかりなのは嫌だ!

モニカさんならうまくやってくれるって信じてるし。

赤い伝説ってよばれたレーサーだったんでしょ!?」


少しずつモニカさんの目の色が変わった。

焦りにかられるような厳しい目から、めらめらと火を灯した決意の目に――。


モニカさんはスピーダーに急ブレーキをかけ、来た道へと方向転換すると、

赤ぶち眼鏡の位置を整えながらこう言った。


「お客様の願いを叶えるのが、オハコビ隊の務めだったね。

ハルトくん、わたしがあなたのお願いを叶えてあげる――」


モニカさんは、かつてのレーサーの本気を示すかのごとく、

ささやかな狂気に白い歯をこぼしながら、

両レバーを目いっぱい前へ押し倒した。


「……死んだらゴメンね!」


モニカさんのその一言に、

ハルトはドキリと胸を高鳴らせながら、瞳をぐっと閉じた。


モニカさんは大砲と化して突撃する。

赤いレーサー服のように瞳を燃やして――。
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