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第九章『サーキットの赤い伝説』

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ガレージに降りると、

レクチャー用よりもずっとピカピカなスピーダーが二台、堂々と待ちかまえていた。

燃料なのか、少しツンとする香りがする。

まわりには、ネコやキツネの姿の整備士らしいヒトたちが立っていて、

ハルトたちを笑顔で歓迎してくれた。


「マサハル様とシン様は、こちらの緑のホバーリングの機体へ。

ハルト様とモニカ様は、あちらの赤のほうへどうぞ。

モニカ様、おかえりなさいませニャ~」


ネコの整備士さんが四人を案内してくれた。

ハルトの乗る機体が赤のほうだなんて、

これはきっと、モニカさんを意識してのチョイスに違いない。


ハルトは、そのネコの整備士さんにむかって、マシンを指さしながらこう言った。


「ねえ、本番機ってすごいね。ちゃんと窓がついてるんだ。

しかも座席。レクチャー用にはなかったけど、

りっぱな安全ベルトの装置まであるんだね」


「どうだい、イカスだろ?  俺たちの技術の結晶ニャ!

中にヘルメットもあるから、忘れずにかぶってくれよニャ。

マシンの速さにびびるなよ~。でないと負けちまうからニャ」


ハルトたちはコックピットに乗りこみ、

言われたとおりにヘルメットをかぶった。着け心地は悪くない。

軽いし、内側がプニプニしているのがまたいい。


「わあっ、わたしこういうのひさしぶり!

この座り心地がたまらないな。

ハルトくん、フラップくんに負けないように、がんばろうね!」


勝ってみせる……ハルトは強く思った。

スズカちゃんに勝利を伝えるんだ。

あの子から、「ハルトくんすごいね」と言われたい――。


上から自動で安全ベルトが下ろされ、上半身ががっちりと固定される。

窓も閉まる。ホバーリングからすごいモーター音が鳴りはじめ、

機体がふわっと浮かび上がる。全身が優しい浮遊感に包まれる。

前方のシャッターが左右にさっと開き、まぶしい光に瞳を細める。


マシンから音声が聞こえてきた。


『――スタート位置まで、オートパイロットで移動します。

ハンドルにしっかりとおつかまりください』


二台のマシンは、外の直線路へむかってすいすいと軽やかに進んでいった。


観客席はあちこち空席が目立ったが、けっして少ないヒトの入りではなかった。

地上人の初々しい走りを見ようという、

ちょっと物好きな亜人衆が集まっているようだ。


マシンがグリッド――つまりスタート地点に着くと、

すでにフラップがハルトたちの隣にスタンバイしていた。

身体を前後左右に曲げ、ゆうゆうと準備体操などしている。

(当然だが、エッグポッドとそのホルダーは解除していた。)


ハルトたちがやってくると、フラップは体操をピタリとやめて、

ゴーグルの丸いスイッチを押しながら通話した――

どうやら、スピーダー内部と通信する機能があるようだ。


『ハルトくん!  おたがい、楽しく競争しましょうね!

ちなみに、ぼくは速いですよ』


フラップの笑顔が、急に恐ろしく見えてきた。ハルトは虚勢を張った。


「そうだね。イメージトレーニングは積んだんだ。

ぼくはキミを……オハコビ竜を打ち負かしてやる」


初心者相手だからって手をぬくなよ……とハルトは思ったが、

胸の中ではモニカさんに必死に助けをもとめていた。


『――さあ、本日の地上人歓迎プログラムの、最後のレーサーたちです!』


場内アナウンスが大空にこだました。

スタート地点の上空には、

プロペラのついた小さなカメラが虫のように何台も飛んでいる。

それなりに物々しい雰囲気だった。


『この四人の最終選手たちは、ケント選手とアカネ選手のように、

フレッシュで目覚ましい走りを見せてくれるのでしょうか?

それでは、マシンがオートモードからマニュアルモードに切り替わります。

地上人のみなさん、がんばってくださいね!』


上空に空中モニターが現れ、カウントダウン信号が映し出された。

赤のランプが少しずつ点灯される……3,2,1,GO!


ハルトはレクチャー通り、左右のレバーをすぐさま前に倒した。

マシンは鋭いうなり声を上げて、ミサイルのように急発進した。

尋常でない重力だ。

ハルトは、背もたれのクッションに深々と押しこまれながら、

狂ったように叫び声を上げていた。


「うわあああーーーぁぁぁ!!  やばいーーぃぃぃぃぃ!!」


思った以上の迫力に気おされたせいで、

せっかく蓄積してきた操縦イメージが頭から丸々吹き飛んでしまった。

スカイトレイン以来の衝撃だ。


モニカさんはいたって涼しい顔で、重圧をもろともせずこう叫んだ。


「ハルトくん、気をしっかり持って!

レバーから手を離さないようにね。ほら、フラップくんが先行したよ!」


フラップはすでに目の前を飛んで、ハルトたちに余裕で背中を見せていた。


「ああ、もう!」


ハルトは怒りに気力をふるい立たせ、レバーを倒す両手に力をこめた。


「負けるかー!」


前方に右カーブがさしかかってきた。

ハルトは右のレバーを手前に引いてカーブを曲がろうとした……が。


(やばい、逆だった!)


マシンは左のコース縁にむかってずれていった。

縁に設置されたバリアがマシンをはじいてくれなければ、

今頃雲の下へ真っ逆さまだった。


「わっ、あ~あ~っ!」


マシンはくるくるとスピンしたが、なんとかまた前をむいてくれた――

自動で進行方向にむくシステムになっているのだ――が、

ハルトはさらに取りみだした。

そのすきに、マサハルとシンのマシンにぬかれてしまった。

そこへ、モニカさんの笑い声がひびく。


「はははっ、ハルトくんたら!

左レバーを引いて右旋回だよう。落ちついていこう。

大丈夫、まだまだトップは狙えるから」


「思い出せ、思い出せ……!」


ハルトはなんとか右へ曲がりきることができた。

続く左カーブもどうにか曲がれた。


コースを走っていると、左側に青いラインが見えてきた。加速ポイントだ。


「モニカさん、よろしく!」


ハルトは青いライン目がけて突っ走った。


「ここっ!」


ラインとど真ん中で重なった瞬間、

モニカさんがタイミングよくボタンを押してくれた。

最大級の加速力をえたマシンは、火がついたようにぎゅんと速度をまして、

前のマシンをたちまちぬき返してしまった。


「やった!  モニカさんすごいな!」


その後の加速ポイントも、ハルトは逃さず通過した。

最初こそドジを踏んだものの、彼はなかなかの操縦センスだった。

アップダウンの途中だろうが、螺旋ループの途中だろうが、

レバーさばきで加速ポイントをつかまえる。

そして、モニカさんの素晴らしいボタン入力で、

マシンは嬉々としたように速度を上げる。


なのに、前のレーサーたちにはなかなか追いつけない。

コックピットに映った情報では、フラップはトップのようだ。

言っていた通り強いではないか。二位はオレンジ色のフリモンだ。

トップとの差はおよそ六十メートル。


「カーブのないところでは、アクセルは全開に……!」


レクチャーの内容を自分に言い聞かせながらやらないと、集中できない。

ああ、ぼくときたらかっこ悪い。

ゲームみたいに妨害アイテムがあればなあ、とハルトは切実に思った。


「この先、垂直ループがあるよ。

しっかりつかまってて!  アクセルは倒したまま!」


マシンがいきなり坂を下ったかと思うと、次の瞬間、

高さおよそ三十メートルの垂直ループに突入した。

マシンは高い速度を保ってループを上り、遠心力で肩がつぶれそうだった。

二頭のオハコビ竜たちも、ループに沿うように飛んでいる……。


「ヤッホーー!」


歓声を上げたのは、もちろんモニカさんだ。

ハルトは顔をしかめて、トップのフラップの背中をにらんでいた。


(スズカちゃん……スズカちゃん……。勝ちたい、勝ちたい、勝ちたい!)


ループを乗りこなすと、コース中央に最後の加速ポイントが見えてきた。


「あれをうまく通過して!  加速力が今までの三倍だから!」


「いっけーー!」

ハルトはここぞとばかりに叫んだ。


赤のスピーダーがラインと重なる……

モニカさんの熟練のボタン入力が炸裂する……

これまでにないほどすさまじい加速力が生まれ、たちどころにフリモンをぬき去り、

みるみるうちにフラップの背後に迫っていく。


フラップが、あっ!  とふりむいた時には、

ハルトたちはもうすでに彼の横についていた。


(すごいですハルトくん、ついにトップ争いだ!)


いよいよ、ゴールが目前に迫っていた。

鳥の翼をかたどったゴールゲートが見える。

ハルトとフラップは完全に並走していた。

あと百メートル……あと五十メートル……。

ハルトは祈りをこめて目をつむった。


『ゴォーーーーール!!』


スタンドから歓声がわいた。

どっちだ?  どっちが先にゴールした?


『一位でフィニッシュしたのは……なんと、ハルト選手のスピーダーだあ!』


ハルトは自分の耳をうたがい、ぱっと目を開いた。

目の前に、息を切らしたフラップの顔がこちらを見ていた。

ハルトの勝利を祝福するように、満面の笑顔で両手をふっている。


「ハールートーくーん!  すごいですうー!

はあぁ~、完敗ですうー!」


窓のせいでフラップの声が曇っていたが、叫んでいる言葉はよく分かった。


「ハルトくん!  キミやったんだよ!  一位だよ!」


後部座席で、モニカさんが子どもみたいに大喜びしている。


「フラップくんたら、ゴール手前でバテたみたいで、減速しちゃったんだよ!

でも、ハルトくんの熱意があったからこそ、一位になれたの!  おめでとう!」


モニカさんの言葉に、ハルトはひどくわれに返ったような気がした。

その言葉は、できればスズカちゃんの声で聞きたかった。

なんだかぜんぜん嬉しくない。

あの子がそばにいないというさみしさと無念が、

冷たい水のように、ハルトの小さな胸の中に広がっていた。
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