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9.暗闇の悪あがき

姫をまもる森

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ゴンドラは、いばらの森の前にあるさびしい沼地に着水した。

岸に上がると、とげとげしいいばらの森は、

いっそう暗く、おどろおどろしく、テムたちの前にそびえ立った。

草木は枯れ、生気すらただよってこない。

まさに、悪夢の光景を描いているようだった。



悪意に支配されているだろうねむり姫が、確実にこの森にいるのだ。



ノックスも、低くうなりながら警戒に余念がない。

鼻の上に、蛇腹のようなけわしいしわがよっている。


「いやだ……」


テムは、どうしようもなく後ずさりした。

あの大きなとげを生やしたいばら……。

ヘビや、トカゲや、ハダカネズミなんかより、ずっとずっと怖い。


五歳のころ、お母さんとおとずれた近所の家で、バラの庭を見させてもらったことがある。

六月のくもり空の日だった。

もっとそばで見てみようと思ってバラに近づいた時、

あやまってつまずき、とげだらけのいばらのなかへ倒れてしまった。

するどい針が何針も幼い肌にささり、痛すぎて大泣きしたのを覚えている。


でも、いばらがひどく苦手になった理由はそれだけじゃない。


「大丈夫か、テム?」


ビビが、心配そうに声をかけてきた。


テムは、あの日の思い出と、そしてねむり姫の物語のせいだと言った。

あの物語は、たしかにテムの一番大好きな物語ではあった。

しかし、この世でもっとも怖いものができたのも、ねむり姫の物語がきっかけだった。

ねむり姫をとらえた魔物が、森の旅人にしかけた罠。それが、このいばらの森だった。

いばらの森は、みずから意思を持つようにうごめき、とげを生やした触手をのばして、旅人を攻撃してくるのだ。

その描写が、あまりにも恐ろしかったのを覚えている。

お母さんに何度も読み聞かせてもらうたび、このシーンだけ飛ばして読んでもらったくらいだ。

そのいばらの森に、今度はテムが挑戦しなくてはならない。


「どうしよう……ぼく、先にすすめないよ。いばらは大嫌いなんだ」


足が鉛のように重たくなって、恐怖にうちふるえている。

あまりにも過酷な試練だと思った。

自分は森の旅人とは違う。

これでは、命の保証なんて、どこにもないのではないか。


「しっかりせぬか、テム!」

「ワン、ワンワン!」


ビビとノックスの叱咤が、テムの骨のずいまでひびいた。


「ここで背をむけてはいかん。おぬしは森の旅人とは違えど、勇敢なるものじゃ!  

わしらは、全力でおぬしの力になるが、最後は、おぬしの力でなんとかするしかない。

すすむのじゃ、テム。いばらのとげなど、ただのとげじゃ!」


「うん……うんっ!」


テムは、自分にムチをふるうようにうなずき、ゆっくりと、いばらの森の入り口に近づいた。


その時。

入り口をアーチのようにかこっていたいばらたちが、

ずくずくずく……と気色の悪い音とともに、昆虫の腹のごとく動き出した!


「うわああぁぁ~!!」


テムは、跳び上がって尻もちをついた。その拍子に、たいまつを取り落としてしまった。


いくつものいばらの触手が、ツルの合間から現れた。

触手の先端には、あの物語の恐ろしい挿絵と同じく、狂気めいた模様の黒い花がついている。

そして、花の中心には、ぎょろっとした赤い目玉が次々とむかれた。

あのうねうねとした動き、嫌いなヘビを思わせる。

テムのトラウマがつまった魔物だ。


「現れおったな!  覚悟せい、わしがこの手で叩き切ってやろうぞ!」


ビビは、さやから武器をしゃあっとふりぬき、

せまりくる触手たちに次々と切りかかっていった。


ノックスは、いばらの目に四方からかこまれ、どうしようかとうき足立っていた。

いけない、ノックスが危ない。


「ノックス、大きくなって!」


テムは、無心でそう叫んだ。

するとだ。

ノックスがめきめきと巨大化し、たちまちライオンのようなあの巨体になった。



  ウオォォーン!!



たくましい遠吠えが、いばらの森にひびきわたった。

触手たちが身をひき、怖気づいたようにうちふるえている。

ノックスは、その触手たちを、一本残らずかみちぎっていった。

あれほど強じんなあごならば、いばらのとげなんてへっちゃらなのだろう。


いいぞ。これならば、いばらの森の奥まですすめそうだ。


テムはたいまつを拾い上げると、ノックスのもとへ駆けより、

その背中にしゅっと飛び乗った。


「行けえぇぇぇぇ!!」


たいまつを高くかかげながら、すてみの思いで叫んだ。


ノックスが勢いよくかけだす。

それに気づいたビビが、回れ右して走り出し、さっそうとテムの後ろに飛び乗った。


「今度はおぬしが前じゃな、テム!」

「もちろん!」


テムたちは、いばらのアーチをくぐりぬけると、

無数の触手うごめく森のなかへ、勇ましい後ろ姿を残しながら消えていった。
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