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8.なごりおしむ月の光
眠れる森の主(1)
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無数に散らばる星くずのような粒が、七色の地底湖の上できらめきながらただよっている。
果てしのない沈黙の闇が、周囲の岩壁をおおい隠し、岩肌に生えた水晶の光をうきぼりにしている。
この地底湖は、さながら宇宙をただよう途切れた湖のようだ。
「島がある……木も生えてるよ」
テムたちを乗せた小舟は、切り立った大水晶がいくつもそびえる中央の小島にむけて、
水面をゆっくりとすすんでいく。
あの島にだけ、天井に開いた穴から月光の薄明かりがそそいでいる。
テムは、あんなに美しい小島を見たことがなかった。
小さな三日月形の島だった。
島の木には、星のランプのような果実が実っていて、
青緑や赤紫のガラスのような葉が生い茂っている。
大きな石柱のような水晶たちは、色彩ゆたかな光をたたえながら、
ぐるりと入り江を取りかこむようにそびえている。
島のすべてが、このかがやく入り江の水底に、
森全体を神秘でつつむものの正体を、物言わずに隠しているのだ。
小舟が近づくと、小島にそびえる水晶の上に、何かがぽうっと姿を現した。
子どもだ。
人間の子ども。
洗いたてのように真っ白な服を着た子どもが、ひとり、またひとりと、
何もなかったあちこちへ、幽霊のように姿を見せた。
全部で五人いる。みんな水晶に腰かけている。
どの子もテムより年上に見えるし、そこはかとなく不思議な気配をにおわせている。
『ようこそ、テム君』
ひとりがしゃべった。不思議なほどよくひびく声だ。
そこへ、ほかの子たちが、次々と言葉をつづけた。
『待っていたよ』
『ちょっぴり遅かったよね』
『夢の世界の旅は、どうだった?』
『その子犬ちゃん、かわいいね』
「えーっと……?」
気さくに声をかけられたせいで、テムは、うまく事態を整理できなかった。
夢見の森が作りだした妖精たちなのかな?
テムは思いがけず、バーニおばあちゃんの昔話を思い出させられた。
かつて、村の森のなかに消えて戻らなかった、あの子どもたち。男の子が四人で、女の子が一人。
不思議なことに、テムの前に現れた子どもたちも、まったくもって、その組み合わせだったのだ。
「ビビ、あの子たちはだれ?」
「わしからそれを説明するのは、ちと荷が重たくてのう……」
それだけ言うと、ビビは舟の上に立ち、入り江にむかって両手を広げ、大きくこう呼びかけた。
「テムを連れてまいった! 森の主よ、姿を見せられよ!」
……入り江の底から、何かとてつもなく大きなものが上がってくる。
テムは、舟から身を乗り出して、水底を見下ろした。
光の海のなかで、優雅に泳ぐ竜のような影。
「……あれは何?」
さすがのテムも、息をのんだ。
「『彼女』じゃ」
と、ビビは静かに答えた。
水底の『彼女』が、ゆっくりとこちらへ昇ってくる。
あの大きさだ。出てきた瞬間、波が立つに決まっている。手すりにつかまっていなくては。
ザオォォォーン……!
もり上がった水面のなかから、巨大な生物が現れ、
小舟は転覆しそうなほどの波で大きくゆれ動いた。
必死にしがみつきながら見上げたその生き物は、
最初、ぼんやりとシルエットにつつまれていて、このままでは正体がつかめなかった。
その時だ。
生物の身体が、昼間の太陽に照らされたように、パアァッとかがやきだして、
地底湖にまたたくほのかな光の一切をうち消した。
それは、世にも奇妙な姿の生き物だった。
頭から胴体の半分は、ホワイトパールの毛並みを持つ美しい細身の竜。
大きく澄んだ黒い瞳。
長いもめんのような四本の耳を流して、
風のない水の上でたおやかにゆらしている。その耳の先端は金色だ。
もう半分の胴体は、ピンクルビーのうろこをつけた魚の姿だった。
というのも、水面からのぞかせた半透明の尾ひれが、上品にそれを語っていたからだ。
半獣半魚。
そんなばかな。テムは、開いた口がふさがらなくなった。
この世界には、幻の生き物がいると言われているけれど、
こんな合成動物のような生き物が存在するなんて。
『眠れる子、テムよ。あなたを待っていました』
はなばなしい姿をした生物が、こちらを見下ろしながらしゃべりかけた。
頭のなかに直接ひびく、この澄みわたった優しい声。テムには、聞き覚えがあった。
そうだ。二度にわたってぼくに話しかけた、あの声だ。
ああ、なんてことだ。ぼくは、とんだ思い違いをしていたんだ。
「『彼女』って……人間じゃなかったんだ」
「すまぬな、テムよ」
と、ビビは短く謝罪した。
果てしのない沈黙の闇が、周囲の岩壁をおおい隠し、岩肌に生えた水晶の光をうきぼりにしている。
この地底湖は、さながら宇宙をただよう途切れた湖のようだ。
「島がある……木も生えてるよ」
テムたちを乗せた小舟は、切り立った大水晶がいくつもそびえる中央の小島にむけて、
水面をゆっくりとすすんでいく。
あの島にだけ、天井に開いた穴から月光の薄明かりがそそいでいる。
テムは、あんなに美しい小島を見たことがなかった。
小さな三日月形の島だった。
島の木には、星のランプのような果実が実っていて、
青緑や赤紫のガラスのような葉が生い茂っている。
大きな石柱のような水晶たちは、色彩ゆたかな光をたたえながら、
ぐるりと入り江を取りかこむようにそびえている。
島のすべてが、このかがやく入り江の水底に、
森全体を神秘でつつむものの正体を、物言わずに隠しているのだ。
小舟が近づくと、小島にそびえる水晶の上に、何かがぽうっと姿を現した。
子どもだ。
人間の子ども。
洗いたてのように真っ白な服を着た子どもが、ひとり、またひとりと、
何もなかったあちこちへ、幽霊のように姿を見せた。
全部で五人いる。みんな水晶に腰かけている。
どの子もテムより年上に見えるし、そこはかとなく不思議な気配をにおわせている。
『ようこそ、テム君』
ひとりがしゃべった。不思議なほどよくひびく声だ。
そこへ、ほかの子たちが、次々と言葉をつづけた。
『待っていたよ』
『ちょっぴり遅かったよね』
『夢の世界の旅は、どうだった?』
『その子犬ちゃん、かわいいね』
「えーっと……?」
気さくに声をかけられたせいで、テムは、うまく事態を整理できなかった。
夢見の森が作りだした妖精たちなのかな?
テムは思いがけず、バーニおばあちゃんの昔話を思い出させられた。
かつて、村の森のなかに消えて戻らなかった、あの子どもたち。男の子が四人で、女の子が一人。
不思議なことに、テムの前に現れた子どもたちも、まったくもって、その組み合わせだったのだ。
「ビビ、あの子たちはだれ?」
「わしからそれを説明するのは、ちと荷が重たくてのう……」
それだけ言うと、ビビは舟の上に立ち、入り江にむかって両手を広げ、大きくこう呼びかけた。
「テムを連れてまいった! 森の主よ、姿を見せられよ!」
……入り江の底から、何かとてつもなく大きなものが上がってくる。
テムは、舟から身を乗り出して、水底を見下ろした。
光の海のなかで、優雅に泳ぐ竜のような影。
「……あれは何?」
さすがのテムも、息をのんだ。
「『彼女』じゃ」
と、ビビは静かに答えた。
水底の『彼女』が、ゆっくりとこちらへ昇ってくる。
あの大きさだ。出てきた瞬間、波が立つに決まっている。手すりにつかまっていなくては。
ザオォォォーン……!
もり上がった水面のなかから、巨大な生物が現れ、
小舟は転覆しそうなほどの波で大きくゆれ動いた。
必死にしがみつきながら見上げたその生き物は、
最初、ぼんやりとシルエットにつつまれていて、このままでは正体がつかめなかった。
その時だ。
生物の身体が、昼間の太陽に照らされたように、パアァッとかがやきだして、
地底湖にまたたくほのかな光の一切をうち消した。
それは、世にも奇妙な姿の生き物だった。
頭から胴体の半分は、ホワイトパールの毛並みを持つ美しい細身の竜。
大きく澄んだ黒い瞳。
長いもめんのような四本の耳を流して、
風のない水の上でたおやかにゆらしている。その耳の先端は金色だ。
もう半分の胴体は、ピンクルビーのうろこをつけた魚の姿だった。
というのも、水面からのぞかせた半透明の尾ひれが、上品にそれを語っていたからだ。
半獣半魚。
そんなばかな。テムは、開いた口がふさがらなくなった。
この世界には、幻の生き物がいると言われているけれど、
こんな合成動物のような生き物が存在するなんて。
『眠れる子、テムよ。あなたを待っていました』
はなばなしい姿をした生物が、こちらを見下ろしながらしゃべりかけた。
頭のなかに直接ひびく、この澄みわたった優しい声。テムには、聞き覚えがあった。
そうだ。二度にわたってぼくに話しかけた、あの声だ。
ああ、なんてことだ。ぼくは、とんだ思い違いをしていたんだ。
「『彼女』って……人間じゃなかったんだ」
「すまぬな、テムよ」
と、ビビは短く謝罪した。
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