テムと夢見の森

Sirocos(シロコス)

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7.覚せいへの道標

本当の役目

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夢の一番奥が、もう近いのかもしれない。

水鳥の小舟は、虹の光をしずめた水の上で、ゆうらりゆらりと歌うようにゆれながら、

小さな乗客たちを秘密の場所へと運んでいた。


「……わしはな、テム。おぬしらの『夢の案内役』なのじゃ」


唐突に、隣のビビがそんなことを切り出してきた。


「ゆめの、あんないやく?」


テムのそばで、ノックスも首をかしげている。


「わしは、この夢見の森に迷いこんだ者をみちびくという、大切な役目がある。

リスの騎士というのは、あくまでも表の役なのじゃ」


「それも、内緒にしていたこと?」


「さよう。迷える者に手を差しのべるは、騎士のつとめ。たしか、そう言うたじゃろう?  

この言葉、月にちかってウソはないぞ。

騎士になったのは、わしの意思じゃからな」


小さな実のような瞳に、そっとまぶたをとじたビビの脳裏には、

きっと、あの城で騎士になった日の光景が、よみがえっているのだろう。

どれほど昔のことなのかは分からない。

そんな秘密多きビビに、テムはささやかに憧れをいだいていた。


そうか。

ビビが夢見の森について、あまりに詳しかったのは、森に迷いこんだ人間に、

こうしてゆくべき道をしめす役目を持っていたからなのか。


「しかし、もっとも奇妙なのは、わしがあのねむり姫の古き友人だったことが、

ウソでかためられた記憶であったということじゃな。

はぁ……こんな体験は、今までではじめてじゃった」


「あれ……その話、なんだっけ?」


「たしか、おぬしに言ったじゃろう?  この森は、おぬしの『好み』をも映し出すと。

おぬしが森に足をふみいれた瞬間、わしは、おぬしの夢の影響を受けて、

いつの間にやら、ねむり姫の友人になっていたのじゃ。

この森自体が、経験や記憶をいじられたのを理由にな。おぬしによって」


そんな言い方をされると、まるで自分が、諸悪の根源のようだ。


そんなつもりなんて、みじんもなかったのに。


つまるところ、ぼくがねむり姫を呼び出してしまったせいで、

悲しい思い出が生まれ、森が永遠の夜に閉ざされた。


「ぼく、森のみんなに、よくないことをしちゃったのかな…………ごめんなさい」


「あ、違う!  わしは責めておるのではないわ」


と、ビビはうったえた。


「むしろ、おぬしに感謝しておる。

真実の記憶ではないにせよ、わしら森の者たちに、素敵な姫君との温かな日々を、贈ってくれたのじゃからな。

ありがとう、テムよ。森を代表して、感謝を伝えよう」


ビビは、小さな両手で、テムの右手をそうっと取った。


なんだか、胸がドキドキする。いったいぼくはどうしたんだ。

ビビの小さな瞳が、毛並みの白さが、頭の前髪が、ふさふさなしっぽが、

早い話、だんだんと魅力的に見えてきたのだ。


こんな気持ちは、ねむり姫をはじめて物語で見たとき以来だ。


「ぼく、ビビに見つめられて、体が熱くなってきたよ。どうして……?」


「ふふっ、ようやくわしの魅力に気がついたかのう」


ビビは、指で前髪をさわってみせると、こう言った。


「これも内緒にしておったのじゃが、わしは……メスなのじゃ」


「えっ……ええええぇぇ~!?」


テムが驚いて飛び跳ねたはずみで、ゴンドラはぐらりと嫌にゆれ、

うとうとしていたノックスは、がばっとはね起きる始末だった。


「これ!  おぬしの叫び声で、ノックスがびっくりしてしまったではないか」


これがびっくりせずにいられるものか。

自分はてっきり、オスだと思っていたのに。

勇ましく大トカゲに飛びかかり、武器をふるったあの姿。

ここまでの道中、親身になってなすべきことをさとしてくれた優しさ。

まるで、自分に小さな兄ができたようで、なんとなくうれしかったのに。


「まさか、そこまで驚かれるとはのう……。そんなにわしは、メスには見えぬか」


「見えないよう!  そもそも、オスかメスかなんて見分けつかないし」


その時、テムは舟の行く手から、妙な物音が聞こえてくるのに気がついた。

なんだか、水がはげしく流れ落ちていくような……。

いつのまにか舟の速度も早まっている。


「はっはっは!  そういうわけだから、テムよ。わしは本来の役目に戻らせてもらうぞ。

おぬしを、朝の目覚めへとみちびく。

まずは、この先の『彼女』に会ってほしい。

スピードが出るぞ!  手や足を外に出さぬようにな!」


「えっ、それどういう……ええっ!?」


テムは、いやな事態に直面しようとしていることに気がついた。

前方で、川が急流と化していたのだ!

あそこへ入れば、まず間違いなく、舟は猛スピードですべり落ちる。


「ノックス!」


テムは無我夢中で、ノックスをだきかかえた。

そして、片手で手すりをつかみ、両脚でしっかりとふんばる。

準備はできた。さあ、いつでも来い!


身体が、すうっと下にかたむく。

一隻のゴンドラは、クリスタルのかがやくなか、にわかに急流へと勢いよくすべりだした!

  
  ザアァァァァ……!


信じられない。

びゅうびゅうと何度もカーブを切っているというのに、岸や岩をかすめもしない。

案外、ものすごくなめらかな下りかただ。

流されていくというより、身体のすみずみまでふわふわして、

はげしい水流の上をスノーボードのようにすべっていく感覚だ。

快適そのものだった。

快適だが、岩壁に生えたクリスタルの柱をよけるたびに、肝が冷やされる。


「さあ、滝から飛び出すぞー!  この舟の真の姿を見るがよいわ!」


呼吸を整える間もなく、テムたちは洞くつを飛び出し、舟もろとも体全体が宙へ投げ出された……その時だ。


バサッ……!


舟にかかっていた水滴が、大きな音とともに弾き飛ばされた。

水鳥のゴンドラが、両舷から大きな翼を広げたのだ。正体は、空を飛ぶ小舟だったのだ

小舟はそのまま、左へ右へ弧を描きながら、地底に広がる湖の上へと降りていくのだった。
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