テムと夢見の森

Sirocos(シロコス)

文字の大きさ
上 下
23 / 36
7.覚せいへの道標

本当の役目

しおりを挟む
夢の一番奥が、もう近いのかもしれない。

水鳥の小舟は、虹の光をしずめた水の上で、ゆうらりゆらりと歌うようにゆれながら、

小さな乗客たちを秘密の場所へと運んでいた。


「……わしはな、テム。おぬしらの『夢の案内役』なのじゃ」


唐突に、隣のビビがそんなことを切り出してきた。


「ゆめの、あんないやく?」


テムのそばで、ノックスも首をかしげている。


「わしは、この夢見の森に迷いこんだ者をみちびくという、大切な役目がある。

リスの騎士というのは、あくまでも表の役なのじゃ」


「それも、内緒にしていたこと?」


「さよう。迷える者に手を差しのべるは、騎士のつとめ。たしか、そう言うたじゃろう?  

この言葉、月にちかってウソはないぞ。

騎士になったのは、わしの意思じゃからな」


小さな実のような瞳に、そっとまぶたをとじたビビの脳裏には、

きっと、あの城で騎士になった日の光景が、よみがえっているのだろう。

どれほど昔のことなのかは分からない。

そんな秘密多きビビに、テムはささやかに憧れをいだいていた。


そうか。

ビビが夢見の森について、あまりに詳しかったのは、森に迷いこんだ人間に、

こうしてゆくべき道をしめす役目を持っていたからなのか。


「しかし、もっとも奇妙なのは、わしがあのねむり姫の古き友人だったことが、

ウソでかためられた記憶であったということじゃな。

はぁ……こんな体験は、今までではじめてじゃった」


「あれ……その話、なんだっけ?」


「たしか、おぬしに言ったじゃろう?  この森は、おぬしの『好み』をも映し出すと。

おぬしが森に足をふみいれた瞬間、わしは、おぬしの夢の影響を受けて、

いつの間にやら、ねむり姫の友人になっていたのじゃ。

この森自体が、経験や記憶をいじられたのを理由にな。おぬしによって」


そんな言い方をされると、まるで自分が、諸悪の根源のようだ。


そんなつもりなんて、みじんもなかったのに。


つまるところ、ぼくがねむり姫を呼び出してしまったせいで、

悲しい思い出が生まれ、森が永遠の夜に閉ざされた。


「ぼく、森のみんなに、よくないことをしちゃったのかな…………ごめんなさい」


「あ、違う!  わしは責めておるのではないわ」


と、ビビはうったえた。


「むしろ、おぬしに感謝しておる。

真実の記憶ではないにせよ、わしら森の者たちに、素敵な姫君との温かな日々を、贈ってくれたのじゃからな。

ありがとう、テムよ。森を代表して、感謝を伝えよう」


ビビは、小さな両手で、テムの右手をそうっと取った。


なんだか、胸がドキドキする。いったいぼくはどうしたんだ。

ビビの小さな瞳が、毛並みの白さが、頭の前髪が、ふさふさなしっぽが、

早い話、だんだんと魅力的に見えてきたのだ。


こんな気持ちは、ねむり姫をはじめて物語で見たとき以来だ。


「ぼく、ビビに見つめられて、体が熱くなってきたよ。どうして……?」


「ふふっ、ようやくわしの魅力に気がついたかのう」


ビビは、指で前髪をさわってみせると、こう言った。


「これも内緒にしておったのじゃが、わしは……メスなのじゃ」


「えっ……ええええぇぇ~!?」


テムが驚いて飛び跳ねたはずみで、ゴンドラはぐらりと嫌にゆれ、

うとうとしていたノックスは、がばっとはね起きる始末だった。


「これ!  おぬしの叫び声で、ノックスがびっくりしてしまったではないか」


これがびっくりせずにいられるものか。

自分はてっきり、オスだと思っていたのに。

勇ましく大トカゲに飛びかかり、武器をふるったあの姿。

ここまでの道中、親身になってなすべきことをさとしてくれた優しさ。

まるで、自分に小さな兄ができたようで、なんとなくうれしかったのに。


「まさか、そこまで驚かれるとはのう……。そんなにわしは、メスには見えぬか」


「見えないよう!  そもそも、オスかメスかなんて見分けつかないし」


その時、テムは舟の行く手から、妙な物音が聞こえてくるのに気がついた。

なんだか、水がはげしく流れ落ちていくような……。

いつのまにか舟の速度も早まっている。


「はっはっは!  そういうわけだから、テムよ。わしは本来の役目に戻らせてもらうぞ。

おぬしを、朝の目覚めへとみちびく。

まずは、この先の『彼女』に会ってほしい。

スピードが出るぞ!  手や足を外に出さぬようにな!」


「えっ、それどういう……ええっ!?」


テムは、いやな事態に直面しようとしていることに気がついた。

前方で、川が急流と化していたのだ!

あそこへ入れば、まず間違いなく、舟は猛スピードですべり落ちる。


「ノックス!」


テムは無我夢中で、ノックスをだきかかえた。

そして、片手で手すりをつかみ、両脚でしっかりとふんばる。

準備はできた。さあ、いつでも来い!


身体が、すうっと下にかたむく。

一隻のゴンドラは、クリスタルのかがやくなか、にわかに急流へと勢いよくすべりだした!

  
  ザアァァァァ……!


信じられない。

びゅうびゅうと何度もカーブを切っているというのに、岸や岩をかすめもしない。

案外、ものすごくなめらかな下りかただ。

流されていくというより、身体のすみずみまでふわふわして、

はげしい水流の上をスノーボードのようにすべっていく感覚だ。

快適そのものだった。

快適だが、岩壁に生えたクリスタルの柱をよけるたびに、肝が冷やされる。


「さあ、滝から飛び出すぞー!  この舟の真の姿を見るがよいわ!」


呼吸を整える間もなく、テムたちは洞くつを飛び出し、舟もろとも体全体が宙へ投げ出された……その時だ。


バサッ……!


舟にかかっていた水滴が、大きな音とともに弾き飛ばされた。

水鳥のゴンドラが、両舷から大きな翼を広げたのだ。正体は、空を飛ぶ小舟だったのだ

小舟はそのまま、左へ右へ弧を描きながら、地底に広がる湖の上へと降りていくのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

ちびりゅうの ひみつきち

関谷俊博
児童書・童話
ともくんと ちびりゅうの ひみつきち づくりが はじまりました。 カエデの いちばん したの きのえだに にほんの ひもと わりばしで ちびりゅうの ブランコを つくりました。 ちびりゅうは ともくんの かたから とびたつと さっそく ブランコを こぎはじめました。 「がお がお」 ちびりゅうは とても たのしそうです。

おっとりドンの童歌

花田 一劫
児童書・童話
いつもおっとりしているドン(道明寺僚) が、通学途中で暴走車に引かれてしまった。 意識を失い気が付くと、この世では見たことのない奇妙な部屋の中。 「どこ。どこ。ここはどこ?」と自問していたら、こっちに雀が近づいて来た。 なんと、その雀は歌をうたい狂ったように踊って(跳ねて)いた。 「チュン。チュン。はあ~。らっせーら。らっせいら。らせらせ、らせーら。」と。 その雀が言うことには、ドンが死んだことを(津軽弁や古いギャグを交えて)伝えに来た者だという。 道明寺が下の世界を覗くと、テレビのドラマで観た昔話の風景のようだった。 その中には、自分と瓜二つのドン助や同級生の瓜二つのハナちゃん、ヤーミ、イート、ヨウカイ、カトッぺがいた。 みんながいる村では、ヌエという妖怪がいた。 ヌエとは、顔は鬼、身体は熊、虎の手や足をもち、何とシッポの先に大蛇の頭がついてあり、人を食べる恐ろしい妖怪のことだった。 ある時、ハナちゃんがヌエに攫われて、ドン助とヤーミがヌエを退治に行くことになるが、天界からドラマを観るように楽しんで鑑賞していた道明寺だったが、道明寺の体は消え、意識はドン助の体と同化していった。 ドン助とヤーミは、ハナちゃんを救出できたのか?恐ろしいヌエは退治できたのか?

見ることの

min
児童書・童話
私の目は、人とは違うようです。 でも、それでも毎日を過ごせるのは…? 中学生という限られた時間を、頑張りたいだけ。

みかんに殺された獣

あめ
児童書・童話
果物などの食べ物が何も無くなり、生きもののいなくなった森。 その森には1匹の獣と1つの果物。 異種族とかの次元じゃない、果実と生きもの。 そんな2人の切なく悲しいお話。 全10話です。 1話1話の文字数少なめ。

【総集編】日本昔話 パロディ短編集

Grisly
児童書・童話
❤️⭐️お願いします。  今まで発表した 日本昔ばなしの短編集を、再放送致します。 朝ドラの総集編のような物です笑 読みやすくなっているので、 ⭐️して、何度もお読み下さい。 読んだ方も、読んでない方も、 新しい発見があるはず! 是非お楽しみ下さい😄 ⭐︎登録、コメント待ってます。

シンクの卵

名前も知らない兵士
児童書・童話
小学五年生で文房具好きの桜井春は、小学生ながら秘密組織を結成している。  メンバーは四人。秘密のアダ名を使うことを義務とする。六年生の閣下、同級生のアンテナ、下級生のキキ、そして桜井春ことパルコだ。  ある日、パルコは死んだ父親から手紙をもらう。  手紙の中には、銀貨一枚と黒いカードが入れられており、カードには暗号が書かれていた。  その暗号は市境にある廃工場の場所を示していた。  とある夜、忍び込むことを計画した四人は、集合場所で出くわしたファーブルもメンバーに入れて、五人で廃工場に侵入する。  廃工場の一番奥の一室に、誰もいないはずなのにランプが灯る「世界を変えるための不必要の部屋」を発見する五人。  そこには古い机と椅子、それに大きな本とインクが入った卵型の瓶があった。  エポックメイキング。  その本に万年筆で署名して、正式な秘密組織を発足させることを思いつくパルコ。  その本は「シンクの卵」と呼ばれ、書いたことが現実になる本だった。

マサオの三輪車

よん
児童書・童話
Angel meets Boy. ゾゾとマサオと……もう一人の物語。

処理中です...