テムと夢見の森

Sirocos(シロコス)

文字の大きさ
上 下
22 / 36
7.覚せいへの道標

ひそかな出発

しおりを挟む
テムの瞳に、また涙があふれていた。

まるで忘れものを取りにきたかのように。

ビビの言葉のおかげで、自分がどうすればよいのか、やっと分かった。


「……分かったよ、ビビ。

ぼく、ねむり姫に、ちゃんと会う。会って、目を覚ましてもらうんだ。

でも、なんでビビは、こんなにぼくのこと、気にかけてくれるの?  騎士だから?」


「いや……」

ビビは、静かに答えた。


「ずっと、だまっていたことがあるからじゃ。

しかも、それは一つや二つではないのじゃ。

だから、わしはこれから、おぬしを『彼女』のもとへ案内せねばならん」


「彼女……ねむり姫のところへ?」


テムは、涙を強くぬぐった。


「ねむり姫の居場所を知っているの?」


「……無論、知っておる」

と、ビビは答えた。


「じゃがおぬしは、だまってわしのあとについてくるのじゃ」


「あ、でも、ノックスを……」


連れてこなくちゃと言おうとした時だ。

テムは、足元にやわらかいものがふれるのを感じて、ひゅっと跳びのいた。


ノックスが、そばでこちらを見上げていたのだ。

主人を守る忠犬のように、気合いのこもった表情をうかべて……愛らしいしっぽを振りながら。


「おぬしは気づいとらんかったようだが、そやつはずっと近くにおったぞ。

会場から抜け出したおぬしを見つけて、あとをつけたんじゃな。

この甘えん坊め」


ビビはにんまりと笑いながら、指でノックスのおでこを軽くこづいた。


「ノックス……ぼくを心から支えてくれるんだね」


「ワン!」


テムが頭をなでると、ノックスはそのお返しに、ほほを三回なめてくれた。

先ほど、不安にさいなまれていたなかで彼にたのんだことだった。

やっぱり、ノックスがちゃんと言葉を解しているようにしか思えない。



「では、テムよ。さっそく出発しようぞ」


「その前に、王様たちにちゃんとお別れをしないと……」


「いや、このままこっそりとゆくのじゃ。

会場にもどれば、また多くの時間が取られるに決まっておる。

それでは、おぬしのためにならん」


ビビは、腰につけた武器をぬくと、テムたちの目の前で、

静かな夜気をやぶるように、びゅっと垂直に振り下ろした。


すると、何もなかった空中に、不思議な裂け目がバックリと口を開いた。

そのむこうから、青白い光が優しい川のように流れこんでくる。


「ふふん、驚いたかのう?

これは、ある場所に続く秘密のゲートじゃ。

ありていに言えば、ショートカットというやつじゃな」


「ビビ、こんなことができたの!?」


テムとノックスは、がく然としてそのゲートを見つめた。


「これならば、最初からノックスの助けなどいらなかった、というわけではないぞ。

このゲートは、特別な場所にしかつながらないのじゃ。

そして、『彼女』は、この先でおぬしを待っておる」



テムたちがひと知れず姿を消したあと、リス王夫妻とネネ姫が、

家臣たちをともなって、テムたちを探しに庭園に降りてきた。

いくら探しても、テムたちを見つけることはできなかった。

リスの騎士と、宴の主役のひとりが、突如として失踪。

その理由を、彼らが知ることはなかった。



ゲートのむこうは、見覚えのある水路のなかだった。

澄んだ氷のように光り色づく洞くつの水晶や鍾乳石。

陽も差さないのに、ランプもいらないほど七色にゆらめく涼やかな水底が、

神秘の世界の入り口へと優しく手招いているようだ。


テムは、川の岸辺から、この世にも不思議な地下の光景を見回した。

ノックスは、岸辺に小さな前脚をかけ、甘い味のしそうな水底のかがやきを、穴のあくほど見つめていた。


「ねえビビ、ここってもしかして……」


「さよう。先ほどわしらがトロッコに乗って通った、あの地下水路じゃ」


と、ビビが答えた。


「しかし、あの水路とは違う場所じゃ。

ここは、夢見の森の中心にかなり近い水路でな。

もっと『彼女』に近い場所に出られればよかったんじゃがのう……たまに失敗してしまうのじゃ。

ここから歩いてもよいのじゃが、まあ、すぐに迎えの舟が来るじゃろう」


ビビがそう言い終わるが早いか、川上のほうから小さな灯りが流れてくるのが見えた。


水の流れに乗って音もなくやってきたのは、

白鳥のような水鳥をかたどった、曲線のフォルムが美しい木造ゴンドラだった。

立派な首長の舳先には、星型のランプがくちばしから吊るされている。

テムとビビとノックス、みんなで乗っても十分すぎるほどのスペースが座席に空いている。

席の前には、ごていねいに真鍮の手すりまで。


舟は、みずからの意思で岸辺に近づくと、岩にこつんと当たってゆれながら停まった。

やわらかなランプの灯りをゆらりゆらりと投げかけながら、

テムたちを背中の上へさそっているように見える。


さあ、いらっしゃい。わたしとすてきな川下りをしましょう、と。


ノックスは早く乗りたいのか、しっぽをふりながらそわそわしていた。


「……もう、何が起きても驚かなくなってきたな、ぼく」


「いやいや、ここから先は別物じゃぞ。心して乗りこむことをおすすめしよう。

さあ、先に乗りこむがよい」


ビビの言葉が気にかかったが、テムは甘んじて、ノックスと舟に乗りこんだ。

しっかりとクッションがきいた座席につくと、ふわりと木の香りがただよった。


ああ、もうすでに心地がいい。この舟はねむり姫の贈り物なのかな。


テムが前の手すりにつかまると、水鳥のゴンドラは勝手にまた川を下りはじめた。

この川の先で、自分を待ち受けるもの。

本当にねむり姫そのひとなのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

児童絵本館のオオカミ

火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。

桃岡駅の忘れ物センターは、今日も皆さん騒がしい。

桜乃
児童書・童話
桃岡駅(とうおかえき)の忘れ物センターに連れてこられたピンクの傘の物語。 ※この物語に出てくる、駅、路線などはフィクションです。 ※7000文字程度の短編です。1ページの文字数は少な目です。   2/8に完結予定です。 お読みいただきありがとうございました。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

オオカミ少女と呼ばないで

柳律斗
児童書・童話
「大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」 その一言が、私をオオカミ少女にした。 空気を読むことが少し苦手なさくら。人気者の男子、大神くんと接点を持つようになって以降、クラスの女子に目をつけられてしまう。そんな中、あるできごとをきっかけに「空気の色」が見えるように―― 表紙画像はノーコピーライトガール様よりお借りしました。ありがとうございます。

守護霊のお仕事なんて出来ません!

柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。 死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。 そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。 助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。 ・守護霊代行の仕事を手伝うか。 ・死亡手続きを進められるか。 究極の選択を迫られた未蘭。 守護霊代行の仕事を引き受けることに。 人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。 「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」 話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎ ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

風の世界の童話|ママは ぼくを おこるけど【連作短編】

風の世界
児童書・童話
ぼくは、いつもママにおこられる。 「わるいことしちゃったなぁ」と おもうときもあれば、 なんでおこられたのかなと、おもうときもあるんだよ。 ------------------------ 今日もママにおこられてしまった「ぼく」。 どうしていつもママがおこるのか わからない「ぼく」は、そのよる、おそらのおほしさまにきいてみました。すると…。

マサオの三輪車

よん
児童書・童話
Angel meets Boy. ゾゾとマサオと……もう一人の物語。

処理中です...