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7.覚せいへの道標
ひそかな出発
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テムの瞳に、また涙があふれていた。
まるで忘れものを取りにきたかのように。
ビビの言葉のおかげで、自分がどうすればよいのか、やっと分かった。
「……分かったよ、ビビ。
ぼく、ねむり姫に、ちゃんと会う。会って、目を覚ましてもらうんだ。
でも、なんでビビは、こんなにぼくのこと、気にかけてくれるの? 騎士だから?」
「いや……」
ビビは、静かに答えた。
「ずっと、だまっていたことがあるからじゃ。
しかも、それは一つや二つではないのじゃ。
だから、わしはこれから、おぬしを『彼女』のもとへ案内せねばならん」
「彼女……ねむり姫のところへ?」
テムは、涙を強くぬぐった。
「ねむり姫の居場所を知っているの?」
「……無論、知っておる」
と、ビビは答えた。
「じゃがおぬしは、だまってわしのあとについてくるのじゃ」
「あ、でも、ノックスを……」
連れてこなくちゃと言おうとした時だ。
テムは、足元にやわらかいものがふれるのを感じて、ひゅっと跳びのいた。
ノックスが、そばでこちらを見上げていたのだ。
主人を守る忠犬のように、気合いのこもった表情をうかべて……愛らしいしっぽを振りながら。
「おぬしは気づいとらんかったようだが、そやつはずっと近くにおったぞ。
会場から抜け出したおぬしを見つけて、あとをつけたんじゃな。
この甘えん坊め」
ビビはにんまりと笑いながら、指でノックスのおでこを軽くこづいた。
「ノックス……ぼくを心から支えてくれるんだね」
「ワン!」
テムが頭をなでると、ノックスはそのお返しに、ほほを三回なめてくれた。
先ほど、不安にさいなまれていたなかで彼にたのんだことだった。
やっぱり、ノックスがちゃんと言葉を解しているようにしか思えない。
「では、テムよ。さっそく出発しようぞ」
「その前に、王様たちにちゃんとお別れをしないと……」
「いや、このままこっそりとゆくのじゃ。
会場にもどれば、また多くの時間が取られるに決まっておる。
それでは、おぬしのためにならん」
ビビは、腰につけた武器をぬくと、テムたちの目の前で、
静かな夜気をやぶるように、びゅっと垂直に振り下ろした。
すると、何もなかった空中に、不思議な裂け目がバックリと口を開いた。
そのむこうから、青白い光が優しい川のように流れこんでくる。
「ふふん、驚いたかのう?
これは、ある場所に続く秘密のゲートじゃ。
ありていに言えば、ショートカットというやつじゃな」
「ビビ、こんなことができたの!?」
テムとノックスは、がく然としてそのゲートを見つめた。
「これならば、最初からノックスの助けなどいらなかった、というわけではないぞ。
このゲートは、特別な場所にしかつながらないのじゃ。
そして、『彼女』は、この先でおぬしを待っておる」
テムたちがひと知れず姿を消したあと、リス王夫妻とネネ姫が、
家臣たちをともなって、テムたちを探しに庭園に降りてきた。
いくら探しても、テムたちを見つけることはできなかった。
リスの騎士と、宴の主役のひとりが、突如として失踪。
その理由を、彼らが知ることはなかった。
ゲートのむこうは、見覚えのある水路のなかだった。
澄んだ氷のように光り色づく洞くつの水晶や鍾乳石。
陽も差さないのに、ランプもいらないほど七色にゆらめく涼やかな水底が、
神秘の世界の入り口へと優しく手招いているようだ。
テムは、川の岸辺から、この世にも不思議な地下の光景を見回した。
ノックスは、岸辺に小さな前脚をかけ、甘い味のしそうな水底のかがやきを、穴のあくほど見つめていた。
「ねえビビ、ここってもしかして……」
「さよう。先ほどわしらがトロッコに乗って通った、あの地下水路じゃ」
と、ビビが答えた。
「しかし、あの水路とは違う場所じゃ。
ここは、夢見の森の中心にかなり近い水路でな。
もっと『彼女』に近い場所に出られればよかったんじゃがのう……たまに失敗してしまうのじゃ。
ここから歩いてもよいのじゃが、まあ、すぐに迎えの舟が来るじゃろう」
ビビがそう言い終わるが早いか、川上のほうから小さな灯りが流れてくるのが見えた。
水の流れに乗って音もなくやってきたのは、
白鳥のような水鳥をかたどった、曲線のフォルムが美しい木造ゴンドラだった。
立派な首長の舳先には、星型のランプがくちばしから吊るされている。
テムとビビとノックス、みんなで乗っても十分すぎるほどのスペースが座席に空いている。
席の前には、ごていねいに真鍮の手すりまで。
舟は、みずからの意思で岸辺に近づくと、岩にこつんと当たってゆれながら停まった。
やわらかなランプの灯りをゆらりゆらりと投げかけながら、
テムたちを背中の上へさそっているように見える。
さあ、いらっしゃい。わたしとすてきな川下りをしましょう、と。
ノックスは早く乗りたいのか、しっぽをふりながらそわそわしていた。
「……もう、何が起きても驚かなくなってきたな、ぼく」
「いやいや、ここから先は別物じゃぞ。心して乗りこむことをおすすめしよう。
さあ、先に乗りこむがよい」
ビビの言葉が気にかかったが、テムは甘んじて、ノックスと舟に乗りこんだ。
しっかりとクッションがきいた座席につくと、ふわりと木の香りがただよった。
ああ、もうすでに心地がいい。この舟はねむり姫の贈り物なのかな。
テムが前の手すりにつかまると、水鳥のゴンドラは勝手にまた川を下りはじめた。
この川の先で、自分を待ち受けるもの。
本当にねむり姫そのひとなのだろうか。
まるで忘れものを取りにきたかのように。
ビビの言葉のおかげで、自分がどうすればよいのか、やっと分かった。
「……分かったよ、ビビ。
ぼく、ねむり姫に、ちゃんと会う。会って、目を覚ましてもらうんだ。
でも、なんでビビは、こんなにぼくのこと、気にかけてくれるの? 騎士だから?」
「いや……」
ビビは、静かに答えた。
「ずっと、だまっていたことがあるからじゃ。
しかも、それは一つや二つではないのじゃ。
だから、わしはこれから、おぬしを『彼女』のもとへ案内せねばならん」
「彼女……ねむり姫のところへ?」
テムは、涙を強くぬぐった。
「ねむり姫の居場所を知っているの?」
「……無論、知っておる」
と、ビビは答えた。
「じゃがおぬしは、だまってわしのあとについてくるのじゃ」
「あ、でも、ノックスを……」
連れてこなくちゃと言おうとした時だ。
テムは、足元にやわらかいものがふれるのを感じて、ひゅっと跳びのいた。
ノックスが、そばでこちらを見上げていたのだ。
主人を守る忠犬のように、気合いのこもった表情をうかべて……愛らしいしっぽを振りながら。
「おぬしは気づいとらんかったようだが、そやつはずっと近くにおったぞ。
会場から抜け出したおぬしを見つけて、あとをつけたんじゃな。
この甘えん坊め」
ビビはにんまりと笑いながら、指でノックスのおでこを軽くこづいた。
「ノックス……ぼくを心から支えてくれるんだね」
「ワン!」
テムが頭をなでると、ノックスはそのお返しに、ほほを三回なめてくれた。
先ほど、不安にさいなまれていたなかで彼にたのんだことだった。
やっぱり、ノックスがちゃんと言葉を解しているようにしか思えない。
「では、テムよ。さっそく出発しようぞ」
「その前に、王様たちにちゃんとお別れをしないと……」
「いや、このままこっそりとゆくのじゃ。
会場にもどれば、また多くの時間が取られるに決まっておる。
それでは、おぬしのためにならん」
ビビは、腰につけた武器をぬくと、テムたちの目の前で、
静かな夜気をやぶるように、びゅっと垂直に振り下ろした。
すると、何もなかった空中に、不思議な裂け目がバックリと口を開いた。
そのむこうから、青白い光が優しい川のように流れこんでくる。
「ふふん、驚いたかのう?
これは、ある場所に続く秘密のゲートじゃ。
ありていに言えば、ショートカットというやつじゃな」
「ビビ、こんなことができたの!?」
テムとノックスは、がく然としてそのゲートを見つめた。
「これならば、最初からノックスの助けなどいらなかった、というわけではないぞ。
このゲートは、特別な場所にしかつながらないのじゃ。
そして、『彼女』は、この先でおぬしを待っておる」
テムたちがひと知れず姿を消したあと、リス王夫妻とネネ姫が、
家臣たちをともなって、テムたちを探しに庭園に降りてきた。
いくら探しても、テムたちを見つけることはできなかった。
リスの騎士と、宴の主役のひとりが、突如として失踪。
その理由を、彼らが知ることはなかった。
ゲートのむこうは、見覚えのある水路のなかだった。
澄んだ氷のように光り色づく洞くつの水晶や鍾乳石。
陽も差さないのに、ランプもいらないほど七色にゆらめく涼やかな水底が、
神秘の世界の入り口へと優しく手招いているようだ。
テムは、川の岸辺から、この世にも不思議な地下の光景を見回した。
ノックスは、岸辺に小さな前脚をかけ、甘い味のしそうな水底のかがやきを、穴のあくほど見つめていた。
「ねえビビ、ここってもしかして……」
「さよう。先ほどわしらがトロッコに乗って通った、あの地下水路じゃ」
と、ビビが答えた。
「しかし、あの水路とは違う場所じゃ。
ここは、夢見の森の中心にかなり近い水路でな。
もっと『彼女』に近い場所に出られればよかったんじゃがのう……たまに失敗してしまうのじゃ。
ここから歩いてもよいのじゃが、まあ、すぐに迎えの舟が来るじゃろう」
ビビがそう言い終わるが早いか、川上のほうから小さな灯りが流れてくるのが見えた。
水の流れに乗って音もなくやってきたのは、
白鳥のような水鳥をかたどった、曲線のフォルムが美しい木造ゴンドラだった。
立派な首長の舳先には、星型のランプがくちばしから吊るされている。
テムとビビとノックス、みんなで乗っても十分すぎるほどのスペースが座席に空いている。
席の前には、ごていねいに真鍮の手すりまで。
舟は、みずからの意思で岸辺に近づくと、岩にこつんと当たってゆれながら停まった。
やわらかなランプの灯りをゆらりゆらりと投げかけながら、
テムたちを背中の上へさそっているように見える。
さあ、いらっしゃい。わたしとすてきな川下りをしましょう、と。
ノックスは早く乗りたいのか、しっぽをふりながらそわそわしていた。
「……もう、何が起きても驚かなくなってきたな、ぼく」
「いやいや、ここから先は別物じゃぞ。心して乗りこむことをおすすめしよう。
さあ、先に乗りこむがよい」
ビビの言葉が気にかかったが、テムは甘んじて、ノックスと舟に乗りこんだ。
しっかりとクッションがきいた座席につくと、ふわりと木の香りがただよった。
ああ、もうすでに心地がいい。この舟はねむり姫の贈り物なのかな。
テムが前の手すりにつかまると、水鳥のゴンドラは勝手にまた川を下りはじめた。
この川の先で、自分を待ち受けるもの。
本当にねむり姫そのひとなのだろうか。
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