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7.覚せいへの道標
叶わない願い
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ネネ姫の長い眠りからの目覚めを祝って、リスの城では豪華な宴席が設けられることになった。
同時に、不思議な力でネネ姫を目覚めさせたテムへの感謝をささげたいのだという。
パーティーは、リスの城の大きな木の枝の上に作られた、木造の大広間で行われた。
黄金色のシャンデリアの灯りに照らされた、各長テーブルの上には、
豊富な木の実や果物を素材とした料理がふるまわれた。
城のリスたちだけでなく、森に暮らすさまざまな動物たちも宴席に呼ばれ、会場は楽しいにぎわいに満たされた。
テーブル席には、ウサギやキツネといった、椅子に座る動物から、
シカやクマといった、椅子を必要としない動物までもいた。
テムは、上座の来賓席のむこうで、ネネ姫の隣に座らされていた。
ノックスは、外にあるテラスで、メイドたちの世話を受けているようだ。
テーブルの高さは少し低かったが、今のテムにとっては、そんなことはどうでもよかった。
それよりも、ビビの姿が見えないことのほうが気がかりだった。
来賓席の中心は、言うまでもなくネネ姫だった。
テムから見てネネ姫のむこうの席には、リス王夫妻がほくほくと顔をほころばせながら座っていた。
リス王夫妻は、開会のあいさつのために、会場いっぱいに届くような声でこう言った。
「みな、よくぞ集まってくれた!」
「今宵は、わたしたちの愛するネネ姫のために、
方々よりにぎにぎしく足を運んでくださり、誠にありがとうございます!」
「わが隣には、長き眠りより目覚めた娘が、以前と変わらぬ凛とした笑顔で、こうして座っておる。
夜の終わりはいまだ遠くとも、空にはよき月だ。
なんとも喜ばしい日を迎えたことよ、みなの衆!」
王様の言葉を受けて、ネネ姫がゆっくりと立ちあがった。
すると、両手を組み、それからそっと天井へ開いてみせた。
その両手から、緑色にかがやく魔法の粒子が舞い上がり、会場の上いっぱいに広がった。
会場から、おおおっと感嘆の声が上がった。
「みなさま」
ネネ姫の声は、愛らしく澄みきっていた。
「今夜お集まりいただき、ありがとうございます。
まだまだ本調子とは言えませんが、皆さまとの温かな宴席を、ゆるやかながらも楽しませていただきたく思います」
お姫様が言葉をそえるたびに、席についた動物たちは、
感慨深そうにうなずいたり、目にたまった涙をぬぐったりしていた。
ネネ姫は、本当に森じゅうから愛されているのだ。
「わたしを目覚めさせてくれたのは、今わたしの隣に座っている、テムという人です。
なんでも彼は、わたしだけでなく、かの親愛なるねむり姫様を起こしに、
はるばる現実の世界よりきてくれたということです」
またもや会場から、おおおお! という驚きの声が上がった。
かと思うと、あちこちからひそひそと小さな声が聞こえてきた。
重大なことを耳にして、おたがいに聞いた言葉を確かめあうのを我慢できないという様子だ。
「みなさま、いっしょに願いましょう。
テムが、この永きにわたる夜に、朝の光をもたらしてくれることを。
そして、ねむり姫様が、その身をお起こしになり、
あの温かな笑顔を、再びわたしたちに見せてくださることを」
するとネネ姫は、いきなり、テムのほほにそっとキスをした。
「ありがとう、テム」
テムは、鼻の奥がたちまち熱くなり、全身がほてるのをいやというほど感じた。
こんなことのために、わざわざお姫様を家族のあいだに座らせなかったのかと思うと、テムは恥ずかしかった。
そして、盛大に乾杯がなされた。
宴もそこそこににぎわい、ごちそうに舌鼓する招待客の熱気が会場をつつんだ頃。
テムは、周囲の目をぬすんで、ひとり後ろの窓からすごすごとテラスへぬけていった。
幸い、会場の注目はネネ姫に集まっていた。
リス王夫妻も、わが子と絶えず言葉を交わしていた。
テムは、木の枝の上につくられた大階段をひたすら降りると、
誰もいない木の上の庭園までやってきた。
月明かりが目にしみる。丸いトピアリーや噴水をながめながら、ひとりとぼとぼ歩いた。
ここはとにかく静かで落ちつく。小さなため息でさえ、よく聞こえるくらいだ。
あの席に座り続けるのは、もうたえられなかったのだ。
「家族が恋しいのか、テムよ?」
突然、近くの木陰から誰かが現れた。
ビビだった。宴席で見かけないと思ったら、こんなところにいたとは。
ビビは、緑のマントをゆらしながら、テムのそばへ歩いてきた。
「ど、どうしてキミがここにいるの?」
「ああいうにぎやかな場所は、ちと苦手でのう。
目覚めの部屋で、おぬしのつらそうな様子を見た時から、わしは分かっておったぞ」
ビビは、テムの考えていることが、すでにお見通しだった。
「おぬしは、家に帰りたくないと言っておったが、その気持ちがゆらいだのか?」
「ええっ……そんなこと」
ないと言えば、ウソになる。
しかし、自分の幸せを満たしてくれるひとが、はたしてあの家で待ってくれているというのか。
テムは、ただ意地をはるしかなかった。
「ひとつ忠告しておくぞ。おぬしをこの夢から覚ますことができるのは、森の中でたったひとりしかおらん」
「それって、ねむり姫のことでしょ?
考えてみたけど、やっぱり、その子を目覚めさせなくてもよくないかな」
「……たしかに、姫が目覚めなくとも、森は生きておるしな」
「ぼく、ねむり姫を起こしてあげたいって思っていたけど、だんだん、どうでもよくなっちゃって。
だって、ねむり姫を起こしたら、夢から覚めちゃう気がするんだ」
「そうじゃな。そうかもしれん……」
しかしじゃ、とビビは言った。
「ネネ姫も申されておったろう。
ねむり姫の目覚めは、この森の願いなのじゃ。
もちろん、わしもそれを願っておる。
わしらは、おぬしにその願いをたくさねばならんのじゃ」
「そう言われてもこまるよ。どうせ全部、夢じゃないか!
みんなの願いを叶えたところで、なんの意味もないんだよ。
でも、言いかえたら、ここはもうひとつの世界なんだ。
しかも、ぼくの望んだことが、すぐに叶ってしまうんだよ。
そうだ、ぼく、この森でずっと暮らすことだって、できるんだ」
「その通りじゃ!」
突然、ビビがすごい剣幕で言った。
「しかし、すべての望みが叶うわけではない。
おぬしにとって、もっとも叶ってほしい願いが、はたして叶えられておるか?」
テムは、はっとした。
テムは、心のどこかで、お父さんとお母さんの笑顔を望んでいた。家族の笑顔に、またつつまれることを。
しかし、ある意味では叶えられた。
それは、リス王夫妻の笑顔のことだった。
それに気がついたから、テムはむなしくて、つらくて、泣いたのだ。
同時に、不思議な力でネネ姫を目覚めさせたテムへの感謝をささげたいのだという。
パーティーは、リスの城の大きな木の枝の上に作られた、木造の大広間で行われた。
黄金色のシャンデリアの灯りに照らされた、各長テーブルの上には、
豊富な木の実や果物を素材とした料理がふるまわれた。
城のリスたちだけでなく、森に暮らすさまざまな動物たちも宴席に呼ばれ、会場は楽しいにぎわいに満たされた。
テーブル席には、ウサギやキツネといった、椅子に座る動物から、
シカやクマといった、椅子を必要としない動物までもいた。
テムは、上座の来賓席のむこうで、ネネ姫の隣に座らされていた。
ノックスは、外にあるテラスで、メイドたちの世話を受けているようだ。
テーブルの高さは少し低かったが、今のテムにとっては、そんなことはどうでもよかった。
それよりも、ビビの姿が見えないことのほうが気がかりだった。
来賓席の中心は、言うまでもなくネネ姫だった。
テムから見てネネ姫のむこうの席には、リス王夫妻がほくほくと顔をほころばせながら座っていた。
リス王夫妻は、開会のあいさつのために、会場いっぱいに届くような声でこう言った。
「みな、よくぞ集まってくれた!」
「今宵は、わたしたちの愛するネネ姫のために、
方々よりにぎにぎしく足を運んでくださり、誠にありがとうございます!」
「わが隣には、長き眠りより目覚めた娘が、以前と変わらぬ凛とした笑顔で、こうして座っておる。
夜の終わりはいまだ遠くとも、空にはよき月だ。
なんとも喜ばしい日を迎えたことよ、みなの衆!」
王様の言葉を受けて、ネネ姫がゆっくりと立ちあがった。
すると、両手を組み、それからそっと天井へ開いてみせた。
その両手から、緑色にかがやく魔法の粒子が舞い上がり、会場の上いっぱいに広がった。
会場から、おおおっと感嘆の声が上がった。
「みなさま」
ネネ姫の声は、愛らしく澄みきっていた。
「今夜お集まりいただき、ありがとうございます。
まだまだ本調子とは言えませんが、皆さまとの温かな宴席を、ゆるやかながらも楽しませていただきたく思います」
お姫様が言葉をそえるたびに、席についた動物たちは、
感慨深そうにうなずいたり、目にたまった涙をぬぐったりしていた。
ネネ姫は、本当に森じゅうから愛されているのだ。
「わたしを目覚めさせてくれたのは、今わたしの隣に座っている、テムという人です。
なんでも彼は、わたしだけでなく、かの親愛なるねむり姫様を起こしに、
はるばる現実の世界よりきてくれたということです」
またもや会場から、おおおお! という驚きの声が上がった。
かと思うと、あちこちからひそひそと小さな声が聞こえてきた。
重大なことを耳にして、おたがいに聞いた言葉を確かめあうのを我慢できないという様子だ。
「みなさま、いっしょに願いましょう。
テムが、この永きにわたる夜に、朝の光をもたらしてくれることを。
そして、ねむり姫様が、その身をお起こしになり、
あの温かな笑顔を、再びわたしたちに見せてくださることを」
するとネネ姫は、いきなり、テムのほほにそっとキスをした。
「ありがとう、テム」
テムは、鼻の奥がたちまち熱くなり、全身がほてるのをいやというほど感じた。
こんなことのために、わざわざお姫様を家族のあいだに座らせなかったのかと思うと、テムは恥ずかしかった。
そして、盛大に乾杯がなされた。
宴もそこそこににぎわい、ごちそうに舌鼓する招待客の熱気が会場をつつんだ頃。
テムは、周囲の目をぬすんで、ひとり後ろの窓からすごすごとテラスへぬけていった。
幸い、会場の注目はネネ姫に集まっていた。
リス王夫妻も、わが子と絶えず言葉を交わしていた。
テムは、木の枝の上につくられた大階段をひたすら降りると、
誰もいない木の上の庭園までやってきた。
月明かりが目にしみる。丸いトピアリーや噴水をながめながら、ひとりとぼとぼ歩いた。
ここはとにかく静かで落ちつく。小さなため息でさえ、よく聞こえるくらいだ。
あの席に座り続けるのは、もうたえられなかったのだ。
「家族が恋しいのか、テムよ?」
突然、近くの木陰から誰かが現れた。
ビビだった。宴席で見かけないと思ったら、こんなところにいたとは。
ビビは、緑のマントをゆらしながら、テムのそばへ歩いてきた。
「ど、どうしてキミがここにいるの?」
「ああいうにぎやかな場所は、ちと苦手でのう。
目覚めの部屋で、おぬしのつらそうな様子を見た時から、わしは分かっておったぞ」
ビビは、テムの考えていることが、すでにお見通しだった。
「おぬしは、家に帰りたくないと言っておったが、その気持ちがゆらいだのか?」
「ええっ……そんなこと」
ないと言えば、ウソになる。
しかし、自分の幸せを満たしてくれるひとが、はたしてあの家で待ってくれているというのか。
テムは、ただ意地をはるしかなかった。
「ひとつ忠告しておくぞ。おぬしをこの夢から覚ますことができるのは、森の中でたったひとりしかおらん」
「それって、ねむり姫のことでしょ?
考えてみたけど、やっぱり、その子を目覚めさせなくてもよくないかな」
「……たしかに、姫が目覚めなくとも、森は生きておるしな」
「ぼく、ねむり姫を起こしてあげたいって思っていたけど、だんだん、どうでもよくなっちゃって。
だって、ねむり姫を起こしたら、夢から覚めちゃう気がするんだ」
「そうじゃな。そうかもしれん……」
しかしじゃ、とビビは言った。
「ネネ姫も申されておったろう。
ねむり姫の目覚めは、この森の願いなのじゃ。
もちろん、わしもそれを願っておる。
わしらは、おぬしにその願いをたくさねばならんのじゃ」
「そう言われてもこまるよ。どうせ全部、夢じゃないか!
みんなの願いを叶えたところで、なんの意味もないんだよ。
でも、言いかえたら、ここはもうひとつの世界なんだ。
しかも、ぼくの望んだことが、すぐに叶ってしまうんだよ。
そうだ、ぼく、この森でずっと暮らすことだって、できるんだ」
「その通りじゃ!」
突然、ビビがすごい剣幕で言った。
「しかし、すべての望みが叶うわけではない。
おぬしにとって、もっとも叶ってほしい願いが、はたして叶えられておるか?」
テムは、はっとした。
テムは、心のどこかで、お父さんとお母さんの笑顔を望んでいた。家族の笑顔に、またつつまれることを。
しかし、ある意味では叶えられた。
それは、リス王夫妻の笑顔のことだった。
それに気がついたから、テムはむなしくて、つらくて、泣いたのだ。
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