テムと夢見の森

Sirocos(シロコス)

文字の大きさ
上 下
21 / 36
7.覚せいへの道標

叶わない願い

しおりを挟む
ネネ姫の長い眠りからの目覚めを祝って、リスの城では豪華な宴席が設けられることになった。

同時に、不思議な力でネネ姫を目覚めさせたテムへの感謝をささげたいのだという。

パーティーは、リスの城の大きな木の枝の上に作られた、木造の大広間で行われた。

黄金色のシャンデリアの灯りに照らされた、各長テーブルの上には、

豊富な木の実や果物を素材とした料理がふるまわれた。


城のリスたちだけでなく、森に暮らすさまざまな動物たちも宴席に呼ばれ、会場は楽しいにぎわいに満たされた。

テーブル席には、ウサギやキツネといった、椅子に座る動物から、

シカやクマといった、椅子を必要としない動物までもいた。


テムは、上座の来賓席のむこうで、ネネ姫の隣に座らされていた。

ノックスは、外にあるテラスで、メイドたちの世話を受けているようだ。

テーブルの高さは少し低かったが、今のテムにとっては、そんなことはどうでもよかった。

それよりも、ビビの姿が見えないことのほうが気がかりだった。

来賓席の中心は、言うまでもなくネネ姫だった。


テムから見てネネ姫のむこうの席には、リス王夫妻がほくほくと顔をほころばせながら座っていた。

リス王夫妻は、開会のあいさつのために、会場いっぱいに届くような声でこう言った。 


「みな、よくぞ集まってくれた!」


「今宵は、わたしたちの愛するネネ姫のために、

方々よりにぎにぎしく足を運んでくださり、誠にありがとうございます!」


「わが隣には、長き眠りより目覚めた娘が、以前と変わらぬ凛とした笑顔で、こうして座っておる。

夜の終わりはいまだ遠くとも、空にはよき月だ。

なんとも喜ばしい日を迎えたことよ、みなの衆!」


王様の言葉を受けて、ネネ姫がゆっくりと立ちあがった。

すると、両手を組み、それからそっと天井へ開いてみせた。

その両手から、緑色にかがやく魔法の粒子が舞い上がり、会場の上いっぱいに広がった。

会場から、おおおっと感嘆の声が上がった。


「みなさま」


ネネ姫の声は、愛らしく澄みきっていた。


「今夜お集まりいただき、ありがとうございます。

まだまだ本調子とは言えませんが、皆さまとの温かな宴席を、ゆるやかながらも楽しませていただきたく思います」


お姫様が言葉をそえるたびに、席についた動物たちは、

感慨深そうにうなずいたり、目にたまった涙をぬぐったりしていた。

ネネ姫は、本当に森じゅうから愛されているのだ。


「わたしを目覚めさせてくれたのは、今わたしの隣に座っている、テムという人です。

なんでも彼は、わたしだけでなく、かの親愛なるねむり姫様を起こしに、

はるばる現実の世界よりきてくれたということです」


またもや会場から、おおおお!  という驚きの声が上がった。

かと思うと、あちこちからひそひそと小さな声が聞こえてきた。

重大なことを耳にして、おたがいに聞いた言葉を確かめあうのを我慢できないという様子だ。


「みなさま、いっしょに願いましょう。

テムが、この永きにわたる夜に、朝の光をもたらしてくれることを。

そして、ねむり姫様が、その身をお起こしになり、

あの温かな笑顔を、再びわたしたちに見せてくださることを」


するとネネ姫は、いきなり、テムのほほにそっとキスをした。


「ありがとう、テム」


テムは、鼻の奥がたちまち熱くなり、全身がほてるのをいやというほど感じた。

こんなことのために、わざわざお姫様を家族のあいだに座らせなかったのかと思うと、テムは恥ずかしかった。



そして、盛大に乾杯がなされた。


宴もそこそこににぎわい、ごちそうに舌鼓する招待客の熱気が会場をつつんだ頃。

テムは、周囲の目をぬすんで、ひとり後ろの窓からすごすごとテラスへぬけていった。

幸い、会場の注目はネネ姫に集まっていた。

リス王夫妻も、わが子と絶えず言葉を交わしていた。


テムは、木の枝の上につくられた大階段をひたすら降りると、

誰もいない木の上の庭園までやってきた。

月明かりが目にしみる。丸いトピアリーや噴水をながめながら、ひとりとぼとぼ歩いた。

ここはとにかく静かで落ちつく。小さなため息でさえ、よく聞こえるくらいだ。

あの席に座り続けるのは、もうたえられなかったのだ。



「家族が恋しいのか、テムよ?」



突然、近くの木陰から誰かが現れた。


ビビだった。宴席で見かけないと思ったら、こんなところにいたとは。

ビビは、緑のマントをゆらしながら、テムのそばへ歩いてきた。


「ど、どうしてキミがここにいるの?」


「ああいうにぎやかな場所は、ちと苦手でのう。

目覚めの部屋で、おぬしのつらそうな様子を見た時から、わしは分かっておったぞ」


ビビは、テムの考えていることが、すでにお見通しだった。


「おぬしは、家に帰りたくないと言っておったが、その気持ちがゆらいだのか?」


「ええっ……そんなこと」


ないと言えば、ウソになる。

しかし、自分の幸せを満たしてくれるひとが、はたしてあの家で待ってくれているというのか。

テムは、ただ意地をはるしかなかった。


「ひとつ忠告しておくぞ。おぬしをこの夢から覚ますことができるのは、森の中でたったひとりしかおらん」


「それって、ねむり姫のことでしょ?

考えてみたけど、やっぱり、その子を目覚めさせなくてもよくないかな」


「……たしかに、姫が目覚めなくとも、森は生きておるしな」


「ぼく、ねむり姫を起こしてあげたいって思っていたけど、だんだん、どうでもよくなっちゃって。

だって、ねむり姫を起こしたら、夢から覚めちゃう気がするんだ」


「そうじゃな。そうかもしれん……」


しかしじゃ、とビビは言った。


「ネネ姫も申されておったろう。

ねむり姫の目覚めは、この森の願いなのじゃ。

もちろん、わしもそれを願っておる。

わしらは、おぬしにその願いをたくさねばならんのじゃ」


「そう言われてもこまるよ。どうせ全部、夢じゃないか!

みんなの願いを叶えたところで、なんの意味もないんだよ。

でも、言いかえたら、ここはもうひとつの世界なんだ。

しかも、ぼくの望んだことが、すぐに叶ってしまうんだよ。

そうだ、ぼく、この森でずっと暮らすことだって、できるんだ」


「その通りじゃ!」

突然、ビビがすごい剣幕で言った。


「しかし、すべての望みが叶うわけではない。

おぬしにとって、もっとも叶ってほしい願いが、はたして叶えられておるか?」


テムは、はっとした。


テムは、心のどこかで、お父さんとお母さんの笑顔を望んでいた。家族の笑顔に、またつつまれることを。

しかし、ある意味では叶えられた。

それは、リス王夫妻の笑顔のことだった。


それに気がついたから、テムはむなしくて、つらくて、泣いたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜

うさみち
児童書・童話
【見習い錬金術士とうさぎのぬいぐるみたちが描く、スパイス混じりのゆるふわ冒険!情報収集のために、お仕事のご依頼も承ります!】 「……襲われてる! 助けなきゃ!」  錬成アイテムの採集作業中に訪れた、モンスターに襲われている少年との突然の出会い。  人里離れた山陵の中で、慎ましやかに暮らしていた見習い錬金術士ミミリと彼女の家族、機械人形(オートマタ)とうさぎのぬいぐるみ。彼女たちの運命は、少年との出会いで大きく動き出す。 「俺は、ある人たちから頼まれて預かり物を渡すためにここに来たんだ」  少年から渡された物は、いくつかの錬成アイテムと一枚の手紙。 「……この手紙、私宛てなの?」  少年との出会いをキッカケに、ミミリはある人、あるアイテムを探すために冒険を始めることに。  ――冒険の舞台は、まだ見ぬ世界へ。  新たな地で、右も左もわからないミミリたちの人探し。その方法は……。 「討伐、採集何でもします!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?」  見習い錬金術士ミミリの冒険の記録は、今、ここから綴られ始める。 《この小説の見どころ》 ①可愛いらしい登場人物 見習い錬金術士のゆるふわ少女×しっかり者だけど寂しがり屋の凄腕美少女剣士の機械人形(オートマタ)×ツンデレ魔法使いのうさぎのぬいぐるみ×コシヌカシの少年⁉︎ ②ほのぼのほんわか世界観 可愛いらしいに囲まれ、ゆったり流れる物語。読了後、「ほわっとした気持ち」になってもらいたいをコンセプトに。 ③時々スパイスきいてます! ゆるふわの中に時折現れるスパイシーな展開。そして時々ミステリー。 ④魅力ある錬成アイテム 錬金術士の醍醐味!それは錬成アイテムにあり。魅力あるアイテムを活用して冒険していきます。 ◾️第3章完結!現在第4章執筆中です。 ◾️この小説は小説家になろう、カクヨムでも連載しています。 ◾️作者以外による小説の無断転載を禁止しています。 ◾️挿絵はなんでも書いちゃうヨギリ酔客様からご寄贈いただいたものです。

手抜き太郎の転機:自己成長と責任の道

O.K
児童書・童話
手抜き太郎は、名の通り手を抜いている人物なのですが彼の周りではちょっとした有名人になっていました。しかし...

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

【完】ことうの怪物いっか ~夏休みに親子で漂流したのは怪物島!? 吸血鬼と人造人間に育てられた女の子を救出せよ! ~

丹斗大巴
児童書・童話
 どきどきヒヤヒヤの夏休み!小学生とその両親が流れ着いたのは、モンスターの住む孤島!? *☆* *☆* *☆* *☆* *☆* *☆* *☆*   夏休み、家族で出掛けた先でクルーザーが転覆し、漂流した青山親子の3人。とある島に流れ着くと、古風で顔色の悪い外国人と、大怪我を負ったという気味の悪い執事、そしてあどけない少女が住んでいた。なんと、彼らの正体は吸血鬼と、その吸血鬼に作られた人造人間! 人間の少女を救い出し、無事に島から脱出できるのか……!?  *☆* *☆* *☆* *☆* *☆* *☆* *☆* 家族のきずなと種を超えた友情の物語。

参上! 怪盗イタッチ

ピラフドリア
児童書・童話
参上! 怪盗イタッチ  イタチの怪盗イタッチが、あらゆるお宝を狙って大冒険!? 折り紙を使った怪盗テクニックで、どんなお宝も盗み出す!! ⭐︎詳細⭐︎ 以下のサイトでも投稿してます。 ・小説家になろう ・エブリスタ ・カクヨム ・ハーメルン ・pixiv ・ノベルアップ+ ・アルファポリス ・note ・ノベリズム ・魔法ランド ・ノベルピア ・YouTube

みかんに殺された獣

あめ
児童書・童話
果物などの食べ物が何も無くなり、生きもののいなくなった森。 その森には1匹の獣と1つの果物。 異種族とかの次元じゃない、果実と生きもの。 そんな2人の切なく悲しいお話。 全10話です。 1話1話の文字数少なめ。

【総集編】日本昔話 パロディ短編集

Grisly
児童書・童話
❤️⭐️お願いします。  今まで発表した 日本昔ばなしの短編集を、再放送致します。 朝ドラの総集編のような物です笑 読みやすくなっているので、 ⭐️して、何度もお読み下さい。 読んだ方も、読んでない方も、 新しい発見があるはず! 是非お楽しみ下さい😄 ⭐︎登録、コメント待ってます。

シンクの卵

名前も知らない兵士
児童書・童話
小学五年生で文房具好きの桜井春は、小学生ながら秘密組織を結成している。  メンバーは四人。秘密のアダ名を使うことを義務とする。六年生の閣下、同級生のアンテナ、下級生のキキ、そして桜井春ことパルコだ。  ある日、パルコは死んだ父親から手紙をもらう。  手紙の中には、銀貨一枚と黒いカードが入れられており、カードには暗号が書かれていた。  その暗号は市境にある廃工場の場所を示していた。  とある夜、忍び込むことを計画した四人は、集合場所で出くわしたファーブルもメンバーに入れて、五人で廃工場に侵入する。  廃工場の一番奥の一室に、誰もいないはずなのにランプが灯る「世界を変えるための不必要の部屋」を発見する五人。  そこには古い机と椅子、それに大きな本とインクが入った卵型の瓶があった。  エポックメイキング。  その本に万年筆で署名して、正式な秘密組織を発足させることを思いつくパルコ。  その本は「シンクの卵」と呼ばれ、書いたことが現実になる本だった。

処理中です...