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6.安息のかなたへ
心をなくした姫君
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リス王夫妻は、テムを不思議そうな目で見つめていた。
テムは、大恩人のような紹介をされて、ちょっぴり照れ臭くもあった。
「そなたは今、外の世界で夢を見ているのだな?」
と、王様はたずねてきた。
「あの……じつは、ぼくにもよく分からないんですけど、そうみたいです」
テムは、もじもじしながら自信なく答えた。
「とすれば、森の力を借りて、想像を現実に変えることができるということだな。
道中、ビビの力になってくれたということだが?」
「陛下、それについてはこのビビから、お話いたしましょう!」
ビビは、ここまでのいきさつをかいつまんで、手短に説明してくれた。
大トカゲの住処となった宝物庫でのこと、
モミカの果樹園でモドーの木をしずめたこと、
アナグマのトロッコで来る最中に化け物ネズミをこらしめたこと――。
ビビが話をしてゆくごとに、リス王夫妻は驚き、あぜんとしていた。
この森の中で、ずっと前からあるような恐怖や問題は、もしかするとみんなテムのせいかもしれない。
テムがこの森の中で、恐怖や不安をいだきさえしなければ、どれも起こりえなかったことだろう。
そうすれば、この森の動物たちは何も知らず、また何事もないまま、平穏に暮らせていたはずなのに。
それでも、リス王夫妻は、テムに感謝の思いを伝えてくれた。
なんて優しいリスたちなのだろう。
人は平然としているつもりの時でも、いつも心の片隅で、恐怖や不安を感じているものだ。
テムは、それがずっと後ろめたかったのだ。
だから、リス王夫妻の温かなねぎらいの言葉は、テムの心を癒してくれた。
「こ、こら! なんてことをするんじゃ、ノックス!」
突然、ビビが叫んだ。
謁見の場が和んでいるすきに、ノックスときたら、ホールの壁におしっこをしていたのだ。
小さな犬のそそうに、衛兵たちも動揺している。
テムは、顔が真っ青になった。
「ああ、ごめんなさい! ぼくの犬なんです!
しつけが足りなくて……」
「まあまあ、落ちついて、テムさん」
王妃様が、まるで気にもとめないにこやかな顔で、そう言った。
「これぐらいのことは、たいしたことではありませんよ。ねえ、あなた」
「そのとおりだとも。あとでメイドに掃除をさせればよいのだから。
それよりも、ビビよ。あれは……ちゃんと宝物庫から連れてきてくれたのか」
王様は、心なしか急かすような口調でそう言った。
「は、はあ……。たしかに、ここにお連れいたしました。
しかし、わたしがお連れしたわけではございません。
ここにお連れしたのは、このテムなのです」
連れてきた?
テムは、少し話が変になっているのに気がついた。
ぼくは、宝物庫から緑の宝石を持ってきただけなのに。
「テムよ、あの……宝石を出すのじゃ」
「う、うん……」
テムは頭をひねりながらも、ズボンのポケットの奥にしまっていた緑の丸い宝石を取りだし、リス王夫妻に見せた。
宝石は、リス王夫妻の前に差し出された瞬間、いっそう緑色の光かがやき、
一瞬のあいだ、ホールをあわい緑色にそめ上げた。
「いったい、なんなの!?」
テムはわけが分からなかった。この宝石は、あいかわらず謎めいている。
するとその時、王様が突然、宝石にむかってあわれな声でこう言った。
「おおお、ネネよ!
さみしかったろう。お前を宝物庫なぞに置き去りにさせた父と母を、許しておくれ……!」
「えっ!?」
テムは耳をうたがった。
「ネネ、かわいそうなわたしたちの娘……ああ、テムさん。連れてきてくれて、どうもありがとう」
王妃様も、涙ぐみながらそう言った。
「えっ? ええっ!?」
次から次へと、なんだというのだろう?
テムは、思わずそばに来たノックスの顔を見下ろしてしまった。
ノックスも、きょとんとした顔をしている。
「さあ、すぐに儀式をはじめねばなるまい。この時を待ちわびていたのだから。
ビビ、そしてお客人よ。どうかいっしょに来てくれぬか」
リス王夫妻に連れられて、テムたちはエントランスの階段を上がり、右の通路をすすんでいった。
そのつきあたりには両開きのドアがあり、その横には、どこか悲しげな表情をしたリスのメイドがいた。
「陛下。すでに全員、中に集まっております……」
テムはどういうわけか、このドアのむこうから、気の滅入るようなしずんだ空気を感じずにはいられなかった。
王様が扉を開くと、そこは神秘的な白さにつつまれた部屋だった。
床に描かれた丸い模様に奇妙な文字。天井からつるされたキラキラしたドレープ――。
その部屋の中央にある天蓋つきのベッドに、一匹の愛らしいリスが横たわっていた。
ベッドのまわりには、大臣らしいリスやメイドなど、何匹かのつきそいのリスたちがいて、
中には、美しいシスターのような格好のリスもいる。
みんな、物々しい表情だ。
テムたちは、そのベッドをかこんだ。
温かそうなブランケットをきれいにかけられたリスの姫は、
こんこんと眠りについている、というのとはどこか違った。
まるで心ここにあらず。生気を失い、息もせず石のように動かないという感じだ。
テムは、思わず背筋を冷やしてしまった。
「くぅ~ん……」
ノックスも、同じように姫の痛々しさを感じたのか、あわれむような声をもらした。
「ネネ姫じゃ」
と、ビビが言った。
「テムよ、真実を語ろう。
姫君は今、心をなくされて、長きにわたって眠りについておられる。
そのなくされた心というのが、おぬしが手にしている、その宝石なのじゃ」
「あああ……!」
テムは、言葉では言い表せない衝撃を感じた。
あの宝物庫から持ちだしたこの丸い宝石が、リスのお姫様の心だったとは。
不思議な気配のする宝石だとはつねづね思っていたが、
いったいどうして、彼女の心が体の外にこぼれ落ちて、このような宝石になってしまったのだろう?
「どうして、ぼくにだまってたのさ?」
「おぬしに、余計な気づかいをさせたくなかったのじゃ。
リス族の光であられる姫君のお心に気をつかわせるより、
おぬしの旅の支えにすると考えたほうが、よいと思ってな……」
ビビの気持ちが、テムにはうれしかった。
けれど、取りかえしのつかないほど大事なものなら、
むしろはっきり説明してくれたほうが、テムにとってはよっぽど安心だったかもしれない。
「誠に申しわけございません、陛下。
このビビ、ネネ姫のお心を、テムのお守りがわり同然にしてしまうとは」
「よいのだ、ビビよ。
わしらのほうが、よほど娘の心をひどくあつかってしまったのだから」
「どうして、あの宝物庫に隠していたんですか?」
と、テムは聞いた。
「ネネは、魔法の力を持っているのです」
答えたのは王妃様だった。
「ネネの魔法の源は、その心。優しさの結晶。
それを、森に潜む賊にうばわれ悪用されぬよう、
だれも思いもよらない場所に避難させたほうがよいと、夫婦で考えたのです。
ああ、ネネ。わたしたちを許して」
テムの脳裏に、あのねむり姫のきれいな顔がうかんだ。
ねむり姫も、このリスのお姫様のように、心をなくして眠っているのだろうか?
いったい、ネネ姫の身に何が起きたのか。
心を戻す儀式の前に、王様たちからぜひとも聞かなくては。
テムは、大恩人のような紹介をされて、ちょっぴり照れ臭くもあった。
「そなたは今、外の世界で夢を見ているのだな?」
と、王様はたずねてきた。
「あの……じつは、ぼくにもよく分からないんですけど、そうみたいです」
テムは、もじもじしながら自信なく答えた。
「とすれば、森の力を借りて、想像を現実に変えることができるということだな。
道中、ビビの力になってくれたということだが?」
「陛下、それについてはこのビビから、お話いたしましょう!」
ビビは、ここまでのいきさつをかいつまんで、手短に説明してくれた。
大トカゲの住処となった宝物庫でのこと、
モミカの果樹園でモドーの木をしずめたこと、
アナグマのトロッコで来る最中に化け物ネズミをこらしめたこと――。
ビビが話をしてゆくごとに、リス王夫妻は驚き、あぜんとしていた。
この森の中で、ずっと前からあるような恐怖や問題は、もしかするとみんなテムのせいかもしれない。
テムがこの森の中で、恐怖や不安をいだきさえしなければ、どれも起こりえなかったことだろう。
そうすれば、この森の動物たちは何も知らず、また何事もないまま、平穏に暮らせていたはずなのに。
それでも、リス王夫妻は、テムに感謝の思いを伝えてくれた。
なんて優しいリスたちなのだろう。
人は平然としているつもりの時でも、いつも心の片隅で、恐怖や不安を感じているものだ。
テムは、それがずっと後ろめたかったのだ。
だから、リス王夫妻の温かなねぎらいの言葉は、テムの心を癒してくれた。
「こ、こら! なんてことをするんじゃ、ノックス!」
突然、ビビが叫んだ。
謁見の場が和んでいるすきに、ノックスときたら、ホールの壁におしっこをしていたのだ。
小さな犬のそそうに、衛兵たちも動揺している。
テムは、顔が真っ青になった。
「ああ、ごめんなさい! ぼくの犬なんです!
しつけが足りなくて……」
「まあまあ、落ちついて、テムさん」
王妃様が、まるで気にもとめないにこやかな顔で、そう言った。
「これぐらいのことは、たいしたことではありませんよ。ねえ、あなた」
「そのとおりだとも。あとでメイドに掃除をさせればよいのだから。
それよりも、ビビよ。あれは……ちゃんと宝物庫から連れてきてくれたのか」
王様は、心なしか急かすような口調でそう言った。
「は、はあ……。たしかに、ここにお連れいたしました。
しかし、わたしがお連れしたわけではございません。
ここにお連れしたのは、このテムなのです」
連れてきた?
テムは、少し話が変になっているのに気がついた。
ぼくは、宝物庫から緑の宝石を持ってきただけなのに。
「テムよ、あの……宝石を出すのじゃ」
「う、うん……」
テムは頭をひねりながらも、ズボンのポケットの奥にしまっていた緑の丸い宝石を取りだし、リス王夫妻に見せた。
宝石は、リス王夫妻の前に差し出された瞬間、いっそう緑色の光かがやき、
一瞬のあいだ、ホールをあわい緑色にそめ上げた。
「いったい、なんなの!?」
テムはわけが分からなかった。この宝石は、あいかわらず謎めいている。
するとその時、王様が突然、宝石にむかってあわれな声でこう言った。
「おおお、ネネよ!
さみしかったろう。お前を宝物庫なぞに置き去りにさせた父と母を、許しておくれ……!」
「えっ!?」
テムは耳をうたがった。
「ネネ、かわいそうなわたしたちの娘……ああ、テムさん。連れてきてくれて、どうもありがとう」
王妃様も、涙ぐみながらそう言った。
「えっ? ええっ!?」
次から次へと、なんだというのだろう?
テムは、思わずそばに来たノックスの顔を見下ろしてしまった。
ノックスも、きょとんとした顔をしている。
「さあ、すぐに儀式をはじめねばなるまい。この時を待ちわびていたのだから。
ビビ、そしてお客人よ。どうかいっしょに来てくれぬか」
リス王夫妻に連れられて、テムたちはエントランスの階段を上がり、右の通路をすすんでいった。
そのつきあたりには両開きのドアがあり、その横には、どこか悲しげな表情をしたリスのメイドがいた。
「陛下。すでに全員、中に集まっております……」
テムはどういうわけか、このドアのむこうから、気の滅入るようなしずんだ空気を感じずにはいられなかった。
王様が扉を開くと、そこは神秘的な白さにつつまれた部屋だった。
床に描かれた丸い模様に奇妙な文字。天井からつるされたキラキラしたドレープ――。
その部屋の中央にある天蓋つきのベッドに、一匹の愛らしいリスが横たわっていた。
ベッドのまわりには、大臣らしいリスやメイドなど、何匹かのつきそいのリスたちがいて、
中には、美しいシスターのような格好のリスもいる。
みんな、物々しい表情だ。
テムたちは、そのベッドをかこんだ。
温かそうなブランケットをきれいにかけられたリスの姫は、
こんこんと眠りについている、というのとはどこか違った。
まるで心ここにあらず。生気を失い、息もせず石のように動かないという感じだ。
テムは、思わず背筋を冷やしてしまった。
「くぅ~ん……」
ノックスも、同じように姫の痛々しさを感じたのか、あわれむような声をもらした。
「ネネ姫じゃ」
と、ビビが言った。
「テムよ、真実を語ろう。
姫君は今、心をなくされて、長きにわたって眠りについておられる。
そのなくされた心というのが、おぬしが手にしている、その宝石なのじゃ」
「あああ……!」
テムは、言葉では言い表せない衝撃を感じた。
あの宝物庫から持ちだしたこの丸い宝石が、リスのお姫様の心だったとは。
不思議な気配のする宝石だとはつねづね思っていたが、
いったいどうして、彼女の心が体の外にこぼれ落ちて、このような宝石になってしまったのだろう?
「どうして、ぼくにだまってたのさ?」
「おぬしに、余計な気づかいをさせたくなかったのじゃ。
リス族の光であられる姫君のお心に気をつかわせるより、
おぬしの旅の支えにすると考えたほうが、よいと思ってな……」
ビビの気持ちが、テムにはうれしかった。
けれど、取りかえしのつかないほど大事なものなら、
むしろはっきり説明してくれたほうが、テムにとってはよっぽど安心だったかもしれない。
「誠に申しわけございません、陛下。
このビビ、ネネ姫のお心を、テムのお守りがわり同然にしてしまうとは」
「よいのだ、ビビよ。
わしらのほうが、よほど娘の心をひどくあつかってしまったのだから」
「どうして、あの宝物庫に隠していたんですか?」
と、テムは聞いた。
「ネネは、魔法の力を持っているのです」
答えたのは王妃様だった。
「ネネの魔法の源は、その心。優しさの結晶。
それを、森に潜む賊にうばわれ悪用されぬよう、
だれも思いもよらない場所に避難させたほうがよいと、夫婦で考えたのです。
ああ、ネネ。わたしたちを許して」
テムの脳裏に、あのねむり姫のきれいな顔がうかんだ。
ねむり姫も、このリスのお姫様のように、心をなくして眠っているのだろうか?
いったい、ネネ姫の身に何が起きたのか。
心を戻す儀式の前に、王様たちからぜひとも聞かなくては。
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