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5.せまる悪夢の気配
騎士の名案
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「わしらリス族も、一度はアナグマ族と協力して、やつを退治しようとしたのじゃ」
地下水路にそって線路の旅を続けながら、ビビはおっくうそうに弁解をしていた。
「しかし、やつはあの巨体でもすばしっこく、しぶといやつじゃ。
おまけに悪知恵がよくはたらく。
何度わしが武器を手に挑んでも、この地下の構造を利用されて、たくみにあしらわれる。
そして逃げられてしまうのじゃ」
「あいつは、この地下のことを知りつくしているの?」
「そうじゃな。
ここは迷路のように入り組んでおる……わしとて、もう相手にするのは疲れた。
できることなら、二度と敵にしたくはない。みんな同じ気持ちじゃ」
ビビでさえも、あきらめて武器を下ろしてしまうなんて。
しかし、このまま何もしないでいるのは、おさまりがつかないのとは違うだろうか。
「よしよし、ノックスよ。やつはもうわしらのはるか後ろじゃ。怖がることはないぞ」
ビビは、まだ警戒をとかずにはいられないノックスに、優しく声をかけてくれた。
だがその時、ノックスがくるりと身をよじり、背もたれの上によじ登って、後方めがけてはげしく吠えはじめた。
「あれれ、どうしたの、ノックス?」
テムも身をねじって後ろを見てみた。
はたしてその光景は、恐るべきものだった。
あの巨大ネズミが、線路の上を風のように脚を動かしながら、イノシシの勢いでトロッコに迫っていたのだ。
「ビビ! 大変だ、大変だよ! あいつだ、ハダカネズミが追ってきた!」
「なんじゃと? 図られたか! ちゃんと座っていろ、全速前進じゃ!」
ビビはアクセルを全開にして、トロッコを早馬に変えた。
今までより一段とスピードが出たので、首がガクンと後ろに引っぱられて痛かった。
でも、もう少しノックスが気づくのが遅ければ、確実においつかれていただろう。
それにしてもおかしい。テムはこんな時に、ひとり疑問に思っていた。
ぼくはトロッコに乗ってから、ちっとも恐怖や不安を感じなかった。ノックスとビビがいてくれたからだ。
でも、どうして今また、あんなに恐ろしいやつが現実になって、ぼくたちに襲いかかってくるんだろう?
テムたちには見ることはできないが、巨大なはだかのネズミは、
不気味にしわをよせた顔で歯をむき出し、今にもトロッコに追いつきそうだ。
終点の見えない線路にいら立ち、地下の化け物に恐れおののくうちに、
テムの胸の内はひどく乱れていた。
「もうダメだ、ぼくたちおしまいだ!」
「いや、そうでもないかもしれんぞ、テムよ!
わしは今まさに、名案を思いついたんじゃ!
おぬし、ハッカ飴は知っておろう?」
「知ってるけど、それがなんなの!?」
「ネズミというものが、スースーする香りが大の苦手なのを思い出したんじゃ!
そのハッカ飴を、大砲のように撃ち出すことはできんじゃろうか?
それ、おぬしの想像力の出番じゃ!」
「そ、そんなあ! こんな時に――」
ぼくをけしかけるなんて冗談じゃない、と言いたかったが、テムはまんざら嫌ではなくなった。
ノックスの横顔が見えたからだ。
表情だけでは分からないのが動物だが、今は心なしか、ノックスがおびえ顔でいるような気がしたのだ。
「ビビ! キミさっき、このトロッコを回転させられるって言ったよね。
じゃあ、ぼくが合図したら、後ろむきにできるかな?」
「承知! いつでも呼びかけよ!」
テムは、今にももだえそうな状況のなかで、あるものを冷静に思い浮かべた。
それは、両手で簡単に操ることができる、小さな大砲。だけど、大砲の弾は特別なものだ。
べっとりとした形状のないハッカ飴の弾で、顔に命中すると、顔じゅうにスース―する飴がこびりつくのだ。
ああ、なんて楽しくて、いけない想像なんだろう。
その大砲は、すぐにテムの目の前に現れた。
手すりに結合したハチミツツボのような大砲は、安物のおもちゃを思わせ、見るからに力不足だった。
でも、テムには分かる。これは今こそ、もっとも威力を発揮する武器なのだ。
大砲についたトリガーハンドルをにぎると、テムは叫んだ。
「ビビ、今だ!」
ビビがトロッコの反転スイッチを押しこむと、車両は円盤のようにくるりとむきを変え、
砲口は化け物ネズミのいやらしい顔をとらえた。
「くらえー!」
ボン! という音とともに、ハッカ飴のスライムが発射された。
こんな思いもよらない攻撃をされて、はたして避けきれる怪物がいるだろうか?
無論、いるはずもない。
べちゃり!
ハダカネズミのしわくちゃな顔面に、スッと冷たいハッカ飴がへばりつく。
鼻の奥を突きやぶるような刺激に、ネズミはもがいて転がり、線路の上から水路へ落ちてしまった。
ドボォーン!
テムたちのずっと後ろで、白く巨大な水柱が立った。
「よくやったぞ! ついに、あの憎き怪物ネズミをこらしめてやった!」
ハダカネズミがもう追いかけてこないのを確認すると、ビビは再びトロッコを前むきに戻しながら、
はちきれそうな喜びに両手を振り上げた。
「テムよ、わしらは緑の宝石だけではない。もう一つ、陛下にすばらしい報告ができるぞ」
「でも、あいつはやっつけたわけじゃないよ」
「分かっておる。じゃが、一矢報いたのはたしかじゃ。
陛下もさぞお喜びになるじゃろうて!」
「ワォン!」
テムの隣で、ノックスがとても気分よさそうに鳴いていた。
今のノックスの安心と安全を作ったのは、テムなのだ。
テムは、家族のために重大な何かをやり遂げたような充足感をかみしめた。
それにしても、あの怪物ネズミを呼びよせたのは、いったい誰だったのだろう。
ぼくのほかにも、この森で夢を見ている外の人間がいるんだろうか?
テムの思考を乗せて、トロッコは出口にむけて全速力を続けていた。
地下水路にそって線路の旅を続けながら、ビビはおっくうそうに弁解をしていた。
「しかし、やつはあの巨体でもすばしっこく、しぶといやつじゃ。
おまけに悪知恵がよくはたらく。
何度わしが武器を手に挑んでも、この地下の構造を利用されて、たくみにあしらわれる。
そして逃げられてしまうのじゃ」
「あいつは、この地下のことを知りつくしているの?」
「そうじゃな。
ここは迷路のように入り組んでおる……わしとて、もう相手にするのは疲れた。
できることなら、二度と敵にしたくはない。みんな同じ気持ちじゃ」
ビビでさえも、あきらめて武器を下ろしてしまうなんて。
しかし、このまま何もしないでいるのは、おさまりがつかないのとは違うだろうか。
「よしよし、ノックスよ。やつはもうわしらのはるか後ろじゃ。怖がることはないぞ」
ビビは、まだ警戒をとかずにはいられないノックスに、優しく声をかけてくれた。
だがその時、ノックスがくるりと身をよじり、背もたれの上によじ登って、後方めがけてはげしく吠えはじめた。
「あれれ、どうしたの、ノックス?」
テムも身をねじって後ろを見てみた。
はたしてその光景は、恐るべきものだった。
あの巨大ネズミが、線路の上を風のように脚を動かしながら、イノシシの勢いでトロッコに迫っていたのだ。
「ビビ! 大変だ、大変だよ! あいつだ、ハダカネズミが追ってきた!」
「なんじゃと? 図られたか! ちゃんと座っていろ、全速前進じゃ!」
ビビはアクセルを全開にして、トロッコを早馬に変えた。
今までより一段とスピードが出たので、首がガクンと後ろに引っぱられて痛かった。
でも、もう少しノックスが気づくのが遅ければ、確実においつかれていただろう。
それにしてもおかしい。テムはこんな時に、ひとり疑問に思っていた。
ぼくはトロッコに乗ってから、ちっとも恐怖や不安を感じなかった。ノックスとビビがいてくれたからだ。
でも、どうして今また、あんなに恐ろしいやつが現実になって、ぼくたちに襲いかかってくるんだろう?
テムたちには見ることはできないが、巨大なはだかのネズミは、
不気味にしわをよせた顔で歯をむき出し、今にもトロッコに追いつきそうだ。
終点の見えない線路にいら立ち、地下の化け物に恐れおののくうちに、
テムの胸の内はひどく乱れていた。
「もうダメだ、ぼくたちおしまいだ!」
「いや、そうでもないかもしれんぞ、テムよ!
わしは今まさに、名案を思いついたんじゃ!
おぬし、ハッカ飴は知っておろう?」
「知ってるけど、それがなんなの!?」
「ネズミというものが、スースーする香りが大の苦手なのを思い出したんじゃ!
そのハッカ飴を、大砲のように撃ち出すことはできんじゃろうか?
それ、おぬしの想像力の出番じゃ!」
「そ、そんなあ! こんな時に――」
ぼくをけしかけるなんて冗談じゃない、と言いたかったが、テムはまんざら嫌ではなくなった。
ノックスの横顔が見えたからだ。
表情だけでは分からないのが動物だが、今は心なしか、ノックスがおびえ顔でいるような気がしたのだ。
「ビビ! キミさっき、このトロッコを回転させられるって言ったよね。
じゃあ、ぼくが合図したら、後ろむきにできるかな?」
「承知! いつでも呼びかけよ!」
テムは、今にももだえそうな状況のなかで、あるものを冷静に思い浮かべた。
それは、両手で簡単に操ることができる、小さな大砲。だけど、大砲の弾は特別なものだ。
べっとりとした形状のないハッカ飴の弾で、顔に命中すると、顔じゅうにスース―する飴がこびりつくのだ。
ああ、なんて楽しくて、いけない想像なんだろう。
その大砲は、すぐにテムの目の前に現れた。
手すりに結合したハチミツツボのような大砲は、安物のおもちゃを思わせ、見るからに力不足だった。
でも、テムには分かる。これは今こそ、もっとも威力を発揮する武器なのだ。
大砲についたトリガーハンドルをにぎると、テムは叫んだ。
「ビビ、今だ!」
ビビがトロッコの反転スイッチを押しこむと、車両は円盤のようにくるりとむきを変え、
砲口は化け物ネズミのいやらしい顔をとらえた。
「くらえー!」
ボン! という音とともに、ハッカ飴のスライムが発射された。
こんな思いもよらない攻撃をされて、はたして避けきれる怪物がいるだろうか?
無論、いるはずもない。
べちゃり!
ハダカネズミのしわくちゃな顔面に、スッと冷たいハッカ飴がへばりつく。
鼻の奥を突きやぶるような刺激に、ネズミはもがいて転がり、線路の上から水路へ落ちてしまった。
ドボォーン!
テムたちのずっと後ろで、白く巨大な水柱が立った。
「よくやったぞ! ついに、あの憎き怪物ネズミをこらしめてやった!」
ハダカネズミがもう追いかけてこないのを確認すると、ビビは再びトロッコを前むきに戻しながら、
はちきれそうな喜びに両手を振り上げた。
「テムよ、わしらは緑の宝石だけではない。もう一つ、陛下にすばらしい報告ができるぞ」
「でも、あいつはやっつけたわけじゃないよ」
「分かっておる。じゃが、一矢報いたのはたしかじゃ。
陛下もさぞお喜びになるじゃろうて!」
「ワォン!」
テムの隣で、ノックスがとても気分よさそうに鳴いていた。
今のノックスの安心と安全を作ったのは、テムなのだ。
テムは、家族のために重大な何かをやり遂げたような充足感をかみしめた。
それにしても、あの怪物ネズミを呼びよせたのは、いったい誰だったのだろう。
ぼくのほかにも、この森で夢を見ている外の人間がいるんだろうか?
テムの思考を乗せて、トロッコは出口にむけて全速力を続けていた。
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