テムと夢見の森

Sirocos(シロコス)

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5.せまる悪夢の気配

地下線路の旅

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「じゃあ、カンタンにお伝えしときますねー」


テムたちがトロッコの座席につくと、ノノは身ぶり手ぶりを交えながら、出発前の説明をはじめた。


「このトロッコなんですけどぉ、けっこうゴトゴト揺れますしぃ、あとスピードも出ますのでー、

前の手すりをしっかり、ギュッとにぎっててくださいねー」


「まあ、ブレーキやアクセルの操作は、わしにまかせておくがいい。

もう飽きるほど乗りこなしたからのう。

高スピードで走るから、覚悟しておくんじゃな!」


と、ビビがいたずらっぽい笑みをうかべて言った。


ノックスも、うまくベルトにおさまっていた。

というのも、彼は嫌がる気配すらまったく見せなかったのだ。

こんなにすんなりといくのも、夢見の森のおかげかもしれない。

それにしても、まるで人の赤ちゃん人形みたいな座り方だ。


「あ、それから注意なんですけどぉ」


ノノの声が急に低めのトーンに変わり、軽さが少しひかえられた。


「最近ー、トンネルの中にー、でかいネズミが住みついてしまったんですよねぇ。

途中で、そいつの住処のすぐ横を通りがかることになるのでー、

なるべく音をたてないように通ってくださいね……」


「かなり危険な大食いで、われわれもほとほと迷惑しておりますからな。くれぐれもお気をつけて」


と、親方が眼鏡をいじりながら言った。


「城への到着は、およそ十分後かな。

ビビ様、毎度わたくしどものかわいいトロッコをご利用いただき、誠にありがとうございます」


「礼など無用じゃ。いいから、早うストッパーをはずしてくれ」


ビビに急かされた親方は、缶のつぶれたようなむくれ面のあと、レバーについた。

先端に銀のどんぐりのついたそれが、ぐいっと手前に倒されると、


  チリン、チリーン!


と、ホームのベル音が洞くつをふるわせ、

ゴトゴトーッ、という重たい音とともに、トロッコが急発進した。

テムは、背もたれに押しこまれる感覚に、ひゅっと息をのむのだった。


「お気をつけてぇーーーーー………」


ノノの、うんとのびやかな声が遠ざかり、テムたちはひんやりした暗がりへとだきこまれていった。


ぽつり、ぽつりと岩壁に灯るランプの光が、トンネルを途切れ途切れに照らしている。

テムは、トンネルの風を切りながら、手すりにしっかりとつかまっていた。

地の底を目指す勢いで下る坂道と、迫力のあるカーブがしばらく繰り返され、不思議とそこそこのスリルがあった。

テムは、乗り物にはとくに強かったので、トロッコの軽快な走りを楽しむことができた。


「テムよ!  酔ってはおらぬかー?」


「ぼくは大丈夫!  暗いけど、楽しいね!」


ふたりのやり取りの声が、底深い通り道にすいこまれていく。


ただ、ひとつ気になるのが、ノノの言っていたネズミの怪物だ。

危険だと言うのなら、なぜ退治しようとしないのだろう。

城のリスたちやアナグマでは、手に負えないのだろうか。

そう言えば、ノックスはネズミが大の苦手だったはずだ。


「ノックスー!  大丈夫ー?」


テムが声をかけたものの、ノックスの返事はなかった。

トロッコの動きにおののいているのか、シートの中で石のように固くなったまま、しっぽを引きつらせている。


「ノックスよ、恐れることはないぞ!  わしの操縦を信じよ!  

ちなみに、このトロッコ、くるりと平行回転できる構造になっておるぞ。

これがまた面白いのじゃ!」


「まるでコーヒーカップだね。やってほしいけど、ノックスのためにやめておいてあげてよ」


「おぬしは、ノックスに甘いのう」


せまいトンネルをぬけると、視界が一気に開いて、虹色にかがやく地下水路へたどりついた。

まるで生気を宿すような澄んだ水面の光が、

水のしたたり落ちる鍾乳洞の岩肌をにぶく照らし出し、幻想的に色づかせているのだ。


「このあたりじゃ」


ビビは小声でそう言うと、ハンドルのブレーキを引いて、トロッコの速度をゆるめていった。


「どうしたの、ビビ?」


「しっ!  声を落とすのじゃ……巨大ネズミの住処が、すぐそこにある」


前方の岩陰のむこうから、水流の音にまじって、

まるでおじさんののどを痛めそうないびき音と、口笛のような音が、交互に聞こえてくる。

なんてあからさまな寝息だろう。


「どうやら、やつは今、眠っておるようじゃ。

わしが行きで通った時は、留守にしておったようじゃったが」


「地下水のせいで、さっきから肌寒いなあ……」


トロッコは、カタン、コトン……、とかすかなジョイント音を鳴らしながら、

右へ曲がるカーブをおっかなびっくり通過した。


岩肌をえぐったような穴の中に、うずくまるようにして眠るピンク色の巨体があった。

そいつは、毛のないすっ裸だったのだ。見ているだけで気持ちが悪い。

止まりかけの心臓のようにふくらんだり、ちぢんだりしているのを見ると、

この巨大なハダカネズミ、そうとう寝入っているようだ。


今がチャンス。


「さっさと通りぬけてしまうぞ。ふたりとも、声を立てるなよ」


「ウウゥ~……!」


ノックスは恐怖におびえて、言われたそばから吠えだしそうな気配だ。


「ノックス、ぼくたち静かにしなきゃダメなんだよ……」


気持ちは分かるけれど、どうにかこらえてほしかった。

テムは、巨体のそばを通る時、思わず体をそらしてしまった。

怪物への言葉にできない恐怖が、体に拒否反応を起こさせたのだ。

あの格好で寒くないのだろうか。


テムたちは、なんとかその場をしのぐことができた。


しかし、このハダカネズミは狡猾なやつだった。


じつを言えば、こいつはちっとも寝入ってなどいなかったのだ。

うまい寝息を立てていたのは、油断にひたったごちそうをしとめる罠だった。


テムたちがそばを通り去ってすぐ後、怪物ネズミは、小虫のように巨体をすばやく動かして、

音もなく線路に乗り移ってきた。


長くとがった象牙のような歯が、水面のきらめきで怪しく光っている。
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