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5.せまる悪夢の気配
アナグマのトロッコ
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テムたちは、また大きくなったノックスの立派な背中に乗って、夢見の森をさっそうと走っていた。
「リスの城へは、この先にそびえる山をひとつ越えなくてはならんのじゃ」
と、ビビがテムの顔を後ろざまに見上げながらながら言った。
葉の屋根の大きく開けたところから見上げると、たしかにそのとおりだった。
青い光に色づく森の木々が、数キロか先で上りの急勾配を描きながら、夜のとばりにむかって広く大きくもり上がっていた。
ひゅうひゅうと吹き下ろす冷風に、木の葉もざわついている。
「歩いて登るには、ちときびしい山じゃ。
そこで、アナグマのトロッコを利用し、地下トンネルを通るとしようぞ」
「え、トロッコ? アナグマの?」
「さよう。アナグマたちが管理している、上等なトロッコでな。
アナグマたちは、たくさんのトロッコ路線を管理してくれておる。
それほど彼らは、トロッコが大好きなんじゃが、頭には本当にそれしかないのじゃ、これが。
この先のふもとの乗り場からなら、リスの城の中へ直行できるぞ」
「わあ、それっていいね! ぼく、乗り物も大好きなんだ。どんなトロッコなの?」
「それは、おぬしの目で、しかと見るがよかろう」
ビビは、鼻のまわりのひげを指でのばしながら、いかにもほこらしげだった。
「言うておくが、われらがリスの城は、そこいらの動物の居住地とはわけが違う。
城内には便利な設備がつどい、最上階へ上がるリフトまであるのじゃ。
いかに立派なありさまか、その目に焼きつけるがよいぞ」
などと、テムがたずねてもいないのに、お城の自慢さえしてくるのだった。
さんざめく木々の音を聞きながら、しばらくゆるやかな坂道を登っていると、ふいに、洞くつの入り口が現れた。
入り口の前だけ石畳で整備され、入り口のふちも石造りになっている。
上には木製のプレートがはめられていて、そこには白い塗料で、『アナグマのトロッコ、この奥です』と上品に書かれていた。
いきなり文明的で、何とも言えない。
でも、トロッコに乗るのは楽しみだった。
ノックスを降りて中にすすむと、洞くつはわりと天井が広く、生温かい空気がこもっていた。
でも、大トカゲの住処にくらべると、ずいぶん薄暗い。
ポツリ、ポツリと間をあけて壁に取りつけられたランプに、テムたちの暗い影が、壁伝いにぐるりと回転しては、暗がりの中へとけていく。
「そぅら、見えてきたぞ。あれがトロッコの乗り場じゃ」
広々とした空間に出ると、ランプの灯火が増えて一気に明るくなった。
そこは、いくつものパイプ管が折れ曲がりながら壁をつたう、どこかなつかしい大きな動力装置でいっぱいの場所だった。
その真ん中には、素朴だが見事なたたずまいのホームがあり、木材を組み上げてつくった線路がトンネルへとのびている。
ホームのそばには、二匹の真っ白いアナグマたちがいた。
停車中のトロッコをみがく者と、ホーム下に設置された電源装置をチェックしている者だ。
まさか本当に、アナグマが管理しているなんて。
ビビは、作業中のリスたちに声をかけた。
「おーい、また来てやったぞ、おぬしら!」
ビビは、えらくなれなれしい調子だった。
アナグマたちは、耳をピンとおったててこちらをむくと、はたとして、作業を中断してテムたちのもとへやってきた。
「これは、これは、ビビ様! なんとも早いおつきで驚きましたぞ」
一匹はしわがれた声音の、少しふけた感じのするアナグマだった。
どうやらもう一匹の親方らしく、青い八角帽と丸眼鏡がいかにもそれらしい風貌だ。
「あと一日ほどかかるかと思っておりましたのに。なあ、ノノ?」
「はいー! ビビ様がどんなマジックをお使いになったのか、わたし気になりますぅ!」
妙に語尾をのばしてしゃべるもう一匹は、ビビのように子どもっぽく明るい声だった。
ピンクの八角帽だから、メスだろうか。
二匹は、ビビの帰りの早さが意外そうだったが、とくに困った様子ではないようだ。
よく見ると、二匹とも目もとの毛だけ黒いのが見て取れた。
「親方どの。トロッコのほうは、子細、問題ないかのう?」
「ええ、準備万端ですとも。おや、そちらの人間と小さな犬は?」
親方は、眼鏡の位置を整えながら、テムとノックスの姿をめずらしそうにながめた。
ビビは、テムたちを紹介してから、これまでの経緯を手短に説明した。
「さすがはビビ様ー! お優しいですぅ!」
ノノが、ニコニコ顔に瞳をかがやかせ、前脚で器用に拍手をおくった。
まるでゴマすりを疑いたくなるような元気のよさだった。
「まあ、だからといって、誰にでも優しくする気はないがのう」
ビビは、ノノの軽い調子に乗せられず、きれいに流した。
「そういうわけで、テムたちを城に招待したいのじゃが、彼らはおぬしらのトロッコのことなど、まったくもって知らん」
「さようでございますか。どれ、ノノ。説明してあげなさい」
「はいー、承知しましたー!」
テムは、ノノの調子の軽さがやや鼻についたが、がまんした。
「ではまず、われわれアナグマ族がほこるトロッコに、どうぞご乗車くださぁい」
テムたちは、トロッコの待つホームの上へ案内された。
アナグマのトロッコは、かなりよくできた鉄製トロッコだった。
乗客をしっかりだきこむふかふかなシートが三つ。
一つは運転席になっていて、前の二つより後ろで上の段にかまえている。
運転席の前には、ブレーキなどのレバーがついたグリップハンドルがついていて、すごくかっこいい。
トロッコの後方には緑と白のフラッグも立てられていて、これがいい具合に品格をただよわせている。
もちろん、安全ベルトや手すりもばっちりだ。
テムがトロッコの形状や飾りを把握したのを見計らったかのように、
トロッコのフロントランプが、カッと灯された。
まだ見ぬ秘境に挑む探検車のように、まばゆいばかりの光で、
これからのぞむトンネルの先を力強く照らしている。
「リスの城へは、この先にそびえる山をひとつ越えなくてはならんのじゃ」
と、ビビがテムの顔を後ろざまに見上げながらながら言った。
葉の屋根の大きく開けたところから見上げると、たしかにそのとおりだった。
青い光に色づく森の木々が、数キロか先で上りの急勾配を描きながら、夜のとばりにむかって広く大きくもり上がっていた。
ひゅうひゅうと吹き下ろす冷風に、木の葉もざわついている。
「歩いて登るには、ちときびしい山じゃ。
そこで、アナグマのトロッコを利用し、地下トンネルを通るとしようぞ」
「え、トロッコ? アナグマの?」
「さよう。アナグマたちが管理している、上等なトロッコでな。
アナグマたちは、たくさんのトロッコ路線を管理してくれておる。
それほど彼らは、トロッコが大好きなんじゃが、頭には本当にそれしかないのじゃ、これが。
この先のふもとの乗り場からなら、リスの城の中へ直行できるぞ」
「わあ、それっていいね! ぼく、乗り物も大好きなんだ。どんなトロッコなの?」
「それは、おぬしの目で、しかと見るがよかろう」
ビビは、鼻のまわりのひげを指でのばしながら、いかにもほこらしげだった。
「言うておくが、われらがリスの城は、そこいらの動物の居住地とはわけが違う。
城内には便利な設備がつどい、最上階へ上がるリフトまであるのじゃ。
いかに立派なありさまか、その目に焼きつけるがよいぞ」
などと、テムがたずねてもいないのに、お城の自慢さえしてくるのだった。
さんざめく木々の音を聞きながら、しばらくゆるやかな坂道を登っていると、ふいに、洞くつの入り口が現れた。
入り口の前だけ石畳で整備され、入り口のふちも石造りになっている。
上には木製のプレートがはめられていて、そこには白い塗料で、『アナグマのトロッコ、この奥です』と上品に書かれていた。
いきなり文明的で、何とも言えない。
でも、トロッコに乗るのは楽しみだった。
ノックスを降りて中にすすむと、洞くつはわりと天井が広く、生温かい空気がこもっていた。
でも、大トカゲの住処にくらべると、ずいぶん薄暗い。
ポツリ、ポツリと間をあけて壁に取りつけられたランプに、テムたちの暗い影が、壁伝いにぐるりと回転しては、暗がりの中へとけていく。
「そぅら、見えてきたぞ。あれがトロッコの乗り場じゃ」
広々とした空間に出ると、ランプの灯火が増えて一気に明るくなった。
そこは、いくつものパイプ管が折れ曲がりながら壁をつたう、どこかなつかしい大きな動力装置でいっぱいの場所だった。
その真ん中には、素朴だが見事なたたずまいのホームがあり、木材を組み上げてつくった線路がトンネルへとのびている。
ホームのそばには、二匹の真っ白いアナグマたちがいた。
停車中のトロッコをみがく者と、ホーム下に設置された電源装置をチェックしている者だ。
まさか本当に、アナグマが管理しているなんて。
ビビは、作業中のリスたちに声をかけた。
「おーい、また来てやったぞ、おぬしら!」
ビビは、えらくなれなれしい調子だった。
アナグマたちは、耳をピンとおったててこちらをむくと、はたとして、作業を中断してテムたちのもとへやってきた。
「これは、これは、ビビ様! なんとも早いおつきで驚きましたぞ」
一匹はしわがれた声音の、少しふけた感じのするアナグマだった。
どうやらもう一匹の親方らしく、青い八角帽と丸眼鏡がいかにもそれらしい風貌だ。
「あと一日ほどかかるかと思っておりましたのに。なあ、ノノ?」
「はいー! ビビ様がどんなマジックをお使いになったのか、わたし気になりますぅ!」
妙に語尾をのばしてしゃべるもう一匹は、ビビのように子どもっぽく明るい声だった。
ピンクの八角帽だから、メスだろうか。
二匹は、ビビの帰りの早さが意外そうだったが、とくに困った様子ではないようだ。
よく見ると、二匹とも目もとの毛だけ黒いのが見て取れた。
「親方どの。トロッコのほうは、子細、問題ないかのう?」
「ええ、準備万端ですとも。おや、そちらの人間と小さな犬は?」
親方は、眼鏡の位置を整えながら、テムとノックスの姿をめずらしそうにながめた。
ビビは、テムたちを紹介してから、これまでの経緯を手短に説明した。
「さすがはビビ様ー! お優しいですぅ!」
ノノが、ニコニコ顔に瞳をかがやかせ、前脚で器用に拍手をおくった。
まるでゴマすりを疑いたくなるような元気のよさだった。
「まあ、だからといって、誰にでも優しくする気はないがのう」
ビビは、ノノの軽い調子に乗せられず、きれいに流した。
「そういうわけで、テムたちを城に招待したいのじゃが、彼らはおぬしらのトロッコのことなど、まったくもって知らん」
「さようでございますか。どれ、ノノ。説明してあげなさい」
「はいー、承知しましたー!」
テムは、ノノの調子の軽さがやや鼻についたが、がまんした。
「ではまず、われわれアナグマ族がほこるトロッコに、どうぞご乗車くださぁい」
テムたちは、トロッコの待つホームの上へ案内された。
アナグマのトロッコは、かなりよくできた鉄製トロッコだった。
乗客をしっかりだきこむふかふかなシートが三つ。
一つは運転席になっていて、前の二つより後ろで上の段にかまえている。
運転席の前には、ブレーキなどのレバーがついたグリップハンドルがついていて、すごくかっこいい。
トロッコの後方には緑と白のフラッグも立てられていて、これがいい具合に品格をただよわせている。
もちろん、安全ベルトや手すりもばっちりだ。
テムがトロッコの形状や飾りを把握したのを見計らったかのように、
トロッコのフロントランプが、カッと灯された。
まだ見ぬ秘境に挑む探検車のように、まばゆいばかりの光で、
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