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4.夢路からの香り
モミカの実
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モドーの木は、ノックスとビビを空高く持ち上げ、右へ左へと、めちゃくちゃに振り回しはじめた。
あんな乱暴なあつかいをするうえに、強くしめつけてしまったら、二匹の身は無事じゃすまなくなる。
「お願い、モドーさま! ふたりを下ろしてください!」
テムは必死な声でこい願ってみたが、ダメもとにすぎなかった。
「ノックスが悪いなら、ぼくがこれから先、ちゃんとしつけるから……お願い!
ふたりは大事な友達なんです!」
ザワザワ……! ザワザワザワ……!
騒ぎにつられた果樹園じゅうの木たちが、嵐のように枝葉をゆらしてざわめいている。
まるで、木の一本一本が、
『いいぞ、もっとやれ!』
『おしおきを続けろ!』
『容赦はするな!』
と、声をそろえて叫んでいるようだ。
テムは、多勢に無勢な、とても心細い気持ちになって、胸がしめつけられる気分だった。
浮足立って、思わずその場から逃げ出しそうになった、その時だった。
プツン……ポトリ。
モドーの木から、モミカの実がひとつ地面に落ちて、テムの足元に転がってきたのだ。
きっと、モドーが怒りくるって、枝葉をふるわせていたせいだろう。
「そうだ、これだ!」
このどたん場で、ある名案を思いついてしまった。
テムは、転がってきた実を大急ぎで拾いあげた。
今ここで、このモミカの実を食べよう。
モドーさまは、ノックスたちのおしおきに夢中だ。
テムは、パンパンに熟した桃色の果実に、思いきりかぶりついた。
まず、くちびるがとらえたのは、つるんとしてやわらかく、ほの温かな皮の感触。
そして歯の間から、ココナッツ水のように甘くて爽やかな果汁が、どっとあふれ出したのだ。
あたかも、針で割られた水爆弾のように。
そして、果肉もまた素晴らしいこと! なんてとろける食感なんだ。
やわらかく熟した桃のようだ。
おや、今……口の中でプチン、プチンと弾けたのは、酸味のあるエキスだ!
レモン色のグミだと思っていたのは、すっぱい成分の塊だったのだ。
甘みと酸味のハーモニーが、まぶたの裏で踊りかがやくようだ。
「おいしい……」
手や口もとから果汁がしたたっているのも気にとめず、テムは夢見心地な味わいに魅了された。
「モドーさま!
あなたはこんなに優しくて、楽しくて、ぜいたくなモミカを実らせるじゃないですか。
本当なら、そんな手荒でひどいことはしないはずです。
どうか、ぼくの言葉に耳をかたむけて……そして、心をしずめてください。
お願いです! お願いです……」
テムは心をこめて、もう一度、深くお辞儀をした。
尊敬の思いが、モドーの根の深くまで伝わるように。
テムの思いがつうじたのか、おしおきに燃えていたモドーの手が、だんだんと止まった。
大きな両目で、申しわけなさそうに地面を見下ろしている。
同時に、果樹園の木たちのざわめきもしずまっていった。
モドーさまは、ついにはノックスとビビを、そっと地面に下ろしてくれた。
それから、これ以上みずからをはずかしめないためか、また深い眠りに落ちてしまった。
テムは、ノックスのそばへむかい、左手でノックスの頭をなでた。
ノックスは、くたくたになってめまいを起こした様子だったが、どうやら無事のようだ。
「やれやれ……おぬしには礼を言わねばならんのう」
ビビはふらふらとよろけながらも、解放された安心感に胸をなでおろしながら言った。
声はそこそこくたびれていたが。
「それにつけても、あんな方法をよくも思いついたものじゃな」
「自分でもびっくりだよ。ノックスとキミが無事でよかった」
「モドーも、昔はもっとおだやかな木だったのじゃ。
しかし、この終わりのない夜のせいで、ここ最近、気むずかしい木になってしまった」
「……この夜のせい?」
「植物にとって、陽の光は大切じゃからのう。
その光が永いこと失われたせいで、森の植物たちの心はすさんでしまったのじゃ。
その影響が、動物たちにも少なからず出ておってな」
それは辛いことだ。
早くねむり姫に起きてもらわないと、生きとし生ける森のものたちが、かわいそうでならない。
テムは、あらためてねむり姫に会う意思を強めるのだった。
その後、テムたちは、果樹園のすみにある古い切り株に腰を下ろして、
モドーの木からいただいたモミカを味わっていた。
ノックスの分は、テムが自分のを半分こにして分けてあげた。
モドーさまの怒りの元凶が、臆面もなく果実をめぐんでもらうわけには、到底いかないからだ。
ノックスは、疲れもはじらいもなく、分けてもらったモミカにがっついていた。
でも、これが犬らしい犬の姿なのだ。
先に食べ終わっていたテムは、ポケットにしまっていた、あの緑の宝石を手にながめていた。
体じゅうが自然と落ちつく、緑のかがやき。
この森から失われてしまった昼の温もりが、この手の中に帰ってきて、自分をささえてくれているのかもしれない。
「これ、ぼくは手放しちゃいけない気がする」
「そうじゃ。それは時が来るまで手放してはならんぞ」
「どうして?」
「それは、優しさの光。
朝の光と、目覚めへの希望のたよりとして、おぬしが持つべきものじゃ。
まあ、城に着くまでのあいだじゃがな」
ビビは、体毛やマントをよごさないよう、汁をしっかり吸いながら、
慣れた手つきでモミカを食べつくした。
「さてテムよ、おぬしも早いところ姫を起こし、森の外へ出してもらわねばなるまいな」
「……ううん。べつに、森から出られなくてもいいよ。
ただ、ねむり姫が起きて、またこの森が朝をむかえられれば、それで」
「なんじゃと? おぬし、父親と母親に会えなくなってもよいのか? きっと心配するじゃろう」
テムは、あのふたりのことを、思い出したくなかった。
仕事で失敗し、酒におぼれたお父さん。
そんなお父さんを見かねて、テムにまで冷たくあたるお母さん。
テムは、そのことをビビに打ち明けた。
ビビは、テムの悲痛な思いに、胸を痛めて表情をくもらせた。
「そういうことじゃったか……つまり、おぬしは今、家出をしておるのと同じというわけじゃな」
しかしじゃ、とビビは、まっすぐにテムの瞳をとらえて言った。
「どんな親でも、子どもがいつまでも目覚めない、森から帰ってこない、そんなことになれば、かならず悲しむ。
そのことをよく覚えておくのじゃ」
「……うん、そうかもしれないね」
テムは、両親の悲しむ表情を思い浮かべながら、舌にしみついたモミカの後味を、ぼんやりと感じていた。
「ねえビビ。ねむり姫って、どんなひと?」
しばらくして、テムはビビにそんなことを聞いた。
「お? 女子が気になる年頃かのう」
と、ビビは面白がるように言った。
「ねむり姫はのう、さっきも言ったが、とても慈悲深い姫じゃ。
森でケガを負った動物がいれば、すぐに看病をしてくれる。
だれかを傷つけるような言葉を絶対に口にしないし、困っている者には親切にしてくれるのじゃ。
おぬしと同じ年頃なのに、じゃぞ。
そうそう、姫はお茶会や、ダンスパーティーも好きなのじゃ。
わしも友人として、何度もお呼ばれになったことよ」
「すごいや、物語とそっくりおなじだ!」
テムは、パンと手をたたいて言った。
「そうじゃろうなあ。うむ……おぬしの言うとおりじゃろうなあ」
ビビは、とても感慨深そうな、それでいて切なそうな声で、そう答えた。
あんな乱暴なあつかいをするうえに、強くしめつけてしまったら、二匹の身は無事じゃすまなくなる。
「お願い、モドーさま! ふたりを下ろしてください!」
テムは必死な声でこい願ってみたが、ダメもとにすぎなかった。
「ノックスが悪いなら、ぼくがこれから先、ちゃんとしつけるから……お願い!
ふたりは大事な友達なんです!」
ザワザワ……! ザワザワザワ……!
騒ぎにつられた果樹園じゅうの木たちが、嵐のように枝葉をゆらしてざわめいている。
まるで、木の一本一本が、
『いいぞ、もっとやれ!』
『おしおきを続けろ!』
『容赦はするな!』
と、声をそろえて叫んでいるようだ。
テムは、多勢に無勢な、とても心細い気持ちになって、胸がしめつけられる気分だった。
浮足立って、思わずその場から逃げ出しそうになった、その時だった。
プツン……ポトリ。
モドーの木から、モミカの実がひとつ地面に落ちて、テムの足元に転がってきたのだ。
きっと、モドーが怒りくるって、枝葉をふるわせていたせいだろう。
「そうだ、これだ!」
このどたん場で、ある名案を思いついてしまった。
テムは、転がってきた実を大急ぎで拾いあげた。
今ここで、このモミカの実を食べよう。
モドーさまは、ノックスたちのおしおきに夢中だ。
テムは、パンパンに熟した桃色の果実に、思いきりかぶりついた。
まず、くちびるがとらえたのは、つるんとしてやわらかく、ほの温かな皮の感触。
そして歯の間から、ココナッツ水のように甘くて爽やかな果汁が、どっとあふれ出したのだ。
あたかも、針で割られた水爆弾のように。
そして、果肉もまた素晴らしいこと! なんてとろける食感なんだ。
やわらかく熟した桃のようだ。
おや、今……口の中でプチン、プチンと弾けたのは、酸味のあるエキスだ!
レモン色のグミだと思っていたのは、すっぱい成分の塊だったのだ。
甘みと酸味のハーモニーが、まぶたの裏で踊りかがやくようだ。
「おいしい……」
手や口もとから果汁がしたたっているのも気にとめず、テムは夢見心地な味わいに魅了された。
「モドーさま!
あなたはこんなに優しくて、楽しくて、ぜいたくなモミカを実らせるじゃないですか。
本当なら、そんな手荒でひどいことはしないはずです。
どうか、ぼくの言葉に耳をかたむけて……そして、心をしずめてください。
お願いです! お願いです……」
テムは心をこめて、もう一度、深くお辞儀をした。
尊敬の思いが、モドーの根の深くまで伝わるように。
テムの思いがつうじたのか、おしおきに燃えていたモドーの手が、だんだんと止まった。
大きな両目で、申しわけなさそうに地面を見下ろしている。
同時に、果樹園の木たちのざわめきもしずまっていった。
モドーさまは、ついにはノックスとビビを、そっと地面に下ろしてくれた。
それから、これ以上みずからをはずかしめないためか、また深い眠りに落ちてしまった。
テムは、ノックスのそばへむかい、左手でノックスの頭をなでた。
ノックスは、くたくたになってめまいを起こした様子だったが、どうやら無事のようだ。
「やれやれ……おぬしには礼を言わねばならんのう」
ビビはふらふらとよろけながらも、解放された安心感に胸をなでおろしながら言った。
声はそこそこくたびれていたが。
「それにつけても、あんな方法をよくも思いついたものじゃな」
「自分でもびっくりだよ。ノックスとキミが無事でよかった」
「モドーも、昔はもっとおだやかな木だったのじゃ。
しかし、この終わりのない夜のせいで、ここ最近、気むずかしい木になってしまった」
「……この夜のせい?」
「植物にとって、陽の光は大切じゃからのう。
その光が永いこと失われたせいで、森の植物たちの心はすさんでしまったのじゃ。
その影響が、動物たちにも少なからず出ておってな」
それは辛いことだ。
早くねむり姫に起きてもらわないと、生きとし生ける森のものたちが、かわいそうでならない。
テムは、あらためてねむり姫に会う意思を強めるのだった。
その後、テムたちは、果樹園のすみにある古い切り株に腰を下ろして、
モドーの木からいただいたモミカを味わっていた。
ノックスの分は、テムが自分のを半分こにして分けてあげた。
モドーさまの怒りの元凶が、臆面もなく果実をめぐんでもらうわけには、到底いかないからだ。
ノックスは、疲れもはじらいもなく、分けてもらったモミカにがっついていた。
でも、これが犬らしい犬の姿なのだ。
先に食べ終わっていたテムは、ポケットにしまっていた、あの緑の宝石を手にながめていた。
体じゅうが自然と落ちつく、緑のかがやき。
この森から失われてしまった昼の温もりが、この手の中に帰ってきて、自分をささえてくれているのかもしれない。
「これ、ぼくは手放しちゃいけない気がする」
「そうじゃ。それは時が来るまで手放してはならんぞ」
「どうして?」
「それは、優しさの光。
朝の光と、目覚めへの希望のたよりとして、おぬしが持つべきものじゃ。
まあ、城に着くまでのあいだじゃがな」
ビビは、体毛やマントをよごさないよう、汁をしっかり吸いながら、
慣れた手つきでモミカを食べつくした。
「さてテムよ、おぬしも早いところ姫を起こし、森の外へ出してもらわねばなるまいな」
「……ううん。べつに、森から出られなくてもいいよ。
ただ、ねむり姫が起きて、またこの森が朝をむかえられれば、それで」
「なんじゃと? おぬし、父親と母親に会えなくなってもよいのか? きっと心配するじゃろう」
テムは、あのふたりのことを、思い出したくなかった。
仕事で失敗し、酒におぼれたお父さん。
そんなお父さんを見かねて、テムにまで冷たくあたるお母さん。
テムは、そのことをビビに打ち明けた。
ビビは、テムの悲痛な思いに、胸を痛めて表情をくもらせた。
「そういうことじゃったか……つまり、おぬしは今、家出をしておるのと同じというわけじゃな」
しかしじゃ、とビビは、まっすぐにテムの瞳をとらえて言った。
「どんな親でも、子どもがいつまでも目覚めない、森から帰ってこない、そんなことになれば、かならず悲しむ。
そのことをよく覚えておくのじゃ」
「……うん、そうかもしれないね」
テムは、両親の悲しむ表情を思い浮かべながら、舌にしみついたモミカの後味を、ぼんやりと感じていた。
「ねえビビ。ねむり姫って、どんなひと?」
しばらくして、テムはビビにそんなことを聞いた。
「お? 女子が気になる年頃かのう」
と、ビビは面白がるように言った。
「ねむり姫はのう、さっきも言ったが、とても慈悲深い姫じゃ。
森でケガを負った動物がいれば、すぐに看病をしてくれる。
だれかを傷つけるような言葉を絶対に口にしないし、困っている者には親切にしてくれるのじゃ。
おぬしと同じ年頃なのに、じゃぞ。
そうそう、姫はお茶会や、ダンスパーティーも好きなのじゃ。
わしも友人として、何度もお呼ばれになったことよ」
「すごいや、物語とそっくりおなじだ!」
テムは、パンと手をたたいて言った。
「そうじゃろうなあ。うむ……おぬしの言うとおりじゃろうなあ」
ビビは、とても感慨深そうな、それでいて切なそうな声で、そう答えた。
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