テムと夢見の森

Sirocos(シロコス)

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4.夢路からの香り

夜の森を駆けて

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光る虫と、優しいきらめきの星々を追い越しながら、ノックスはたくましく走り抜けていく。

テムは、顔じゅうに清々しい夜風を受け止めていた。

冷たい空気に目が乾きそう――それでも、目を閉じることなど絶対にするまい。

ノックスの背中は、思ったよりもふかふかで、体熱のおかげで下半身がじんわりと温められる。

素晴らしい乗り味だ。

何より、大きくなった愛犬に乗って、夢の世界を駆け抜ける体験なんて、きっと一生でこれっきりに違いない。


「あっはっはっは!  これはラクチンじゃあ!

わしとて、これほど風のように移動したことは、いまだかつてないぞ」


テムの前に座っていたビビは、まったくもって愉快と言いたげに、大声ではしゃいでいた。


テムは、出発の直前に、彼から一着のフードマントを貸してもらっていた。

走り抜ける間は、さすがに体が冷えこむだろうという、ビビの気づかいだった。

テムは、ありがたいと思った。

最初さえ、自分が着るには小さすぎるように見えた。

けれど、さすがは夢見の森だ。

テムがさっと着こむが早いか、フードの大きさやマントの長さが、

一瞬にして、テムの背丈に合わせて大きくなったのだ。

それは、テムがそうなってほしいと望んだからでもあった。


この森では、ぼくのあらゆる望みが叶うかもしれない。

夢見の森への愛おしさが芽生えたものだ。

ただ、このフードマントは、ビビが長く着ていたためか、彼のにおいが少なからずしみついていた。

クルミや木の実の香りのまじった、ちょっとツンとするにおいだ。

ところどころに、彼の白い毛もくっついている。


「どうじゃ、テム?  わしの上着のおかげで、それほど寒くなかろう?」


と、ビビが振り返りながら聞いてきた。


「うん!  寒くないよ。でも、ちょっとだけにおうかな」


「それはすまん。しばらく洗ってなかったからのう。

それにしても、ノックスはじつによい子じゃ。

わしらが乗っかっても、ちっとも嫌がらなかったのじゃから」


「ワン、ワンワン!」


ノックスが、いかにもほこらしげな鳴き声で返事をした……テムにはそう感じられた。


「おお?  ノックスのやつ、わしらにすごい芸を見せたいようじゃ。しっかりつかまっておれ!」


「えっ?  えっ!?」


なぜかと聞く間もあらばこそ、ノックスは、ひゅうっと宙へ跳び上がった。

その直後だ。テムは、森がそっくりそのまま、くいっと右へ直角に回転したように見えた。

あれ、地面が自分の左側に移動している……視界に広がる世界が、突然かわってしまったのだ。

なんとノックスは、道の右側に立ちならぶ木々の幹を、忍者の壁走りのように跳びうつりながら移動していた。


「わっわっ……なにこれ、なにこれ!?」


混乱するテムをよそに、ビビはますます大はしゃぎだった。


「これはなんとも愉快じゃ!  テムよ、心配いらん、わしらは落ちぬぞ!

しっかり目を見開いて、このスリルを味わってみよ!」


そういうと、ビビは右腕を上げて、「それ、宙返りじゃ!」と注文をした。

するとノックスは、「ワン!」と返事をしてから、再び空中へと忍者犬のように跳び上がった。

テムたちの身体がさらにきりもみ回転し、光葉と地面が逆転した。


時がふっとんで、すべてがゆったりとした瞬間に飛びこむ。

自分の呼吸が、思う間もなく止まってしまう。


そして気がついた時、ノックスは、ストン、と軽やかに着地をきめ、また何事もなく地面を走っていた。


「おおお~、見事じゃノックス!」


と、ビビは手をたたきながら絶賛した。

いっぽう、テムは興奮しすぎて言葉もなかった。

やはり魔法でしかない。

ぼくたちは、落下しなかった。本当に落ちなかったのだ。

おしりと両脚が、ノックスの背中にぴったりとくっついて、みんなで一体になった感覚だったと思う。


「ところでテムよ、お腹はすかぬか?  わしは、ちょうどよい場所をしっておるのじゃが」


「……え、今なんて?」


すっかり放心状態だったので、テムはビビの言葉がはっきりと耳に入らなかった。


「お・な・か!  すいてはおらぬか? 

この近くに、甘くみずみずしい果実がなる場所があってのう。わしのお気に入りなのじゃ」


「あ、ああ~、おやつ……。うん、そうだね。甘い果物なら食べてみたいかも。

でも、真夜中におやつなんか食べて、太らないかな」


  ぐう~。


こんな時間なのに、テムのおなかの虫が鳴いてしまった。


「ほれ、おぬしが遠慮なんぞしておるから、おなかが鳴ったのじゃ。

まだ距離はある。腹ごしらえは大事じゃ。

目を覚ますその時まで、よい夢を見続けるためにもな」


ビビの不思議な言い回しに、テムはなんとなく納得してしまった。

ともかく、空腹のせいで、大トカゲのような悪いものがいきなり出てきたらたまらない。

そいつに襲われようものなら、それこそ、戦はできないのだ。


「さあ、ノックス!  この先の分かれ道を、右に曲がっておくれ。おぬしもおやつを食べたいじゃろう?」


「ワォ~ン!」


ノックスは、おやつと聞いてたまらないような表情で、そう答えた。

それにしても、この短い間に、ノックスとビビは、かなり仲良くなったように見える。
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