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3.温もりにくるまれて
リスの騎士(2)
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「……なんと!」
テムの口から経緯を聞いたビビが、地べたの上で突然、驚きにみちた表情を見せる。
「おぬしはねむり姫によばれて、ここへ入ったというのか」
「うん。ぼく、この森のどこかにいるお姫様のところへ行きたいんだ」
ビビは、ねむり姫という言葉に、しみじみと反応しているように見えた。
それから、しばらく考えこむようにうなっていたが、やがて顔を上げると、テムの顔を真剣なまなざしをむけて言った。
「そのねむり姫、じつはのう……、わしの古い友人なのじゃ」
「ええっ!? ビビがねむり姫と?」
あっけにとられたテムの声に、うつらうつらと居眠りに入りかけたノックスが、ぎょっとして目をさました。
「あの心優しくうるわしき姫は、森の動物たちの親愛の象徴として、誰からも親しまれておった。
姫自身も、わしら森のものにたいして、ひとり残らず愛をそそいでくれた。
なかでもわしは、肉親のように姫に愛されておったものよ……。
じゃが、それも遠い遠い夢の記憶。
姫はある日、なんの理由もつげずに、
自身に強力な魔法をほどこして、深き眠りについてしまったのじゃ。わしらを残してな」
ビビは立ち上がり、焚火から少しはなれたところへそぞろに歩くと、
当時のことをふり返るように、うら悲しげな顔で夜空をあおいだ。
「それ以来、森の木々は、姫をあわれむかのように、青白い亡霊のような光をたたえはじめた。
空から昼が失われ、永遠に終わる気配のない夜が森をおおったのじゃ。
様変わりした森のなか、わしは泣いたよ、何日も。
姫に悪さをしたおぼえはないというのに。
姫を起こしてやることもできず、なすすべもないまま、長き年月を生き続けた。
姫を目覚めさせる方法を探しながらな……」
「そんな、つらいことが……」
「わしが覚えておるのは、姫は眠りにつく前、なにか深く思いなやむところがあったようなのじゃ」
「お姫様は、何をなやんでいたの?」
「いや、それが分からぬから、だれもが姫の眠りのわけを知りえず、途方にくれておるのじゃろうが」
ビビは、おつむの弱いテムにあきれてそう言った。
彼がまた焚火のそばへ戻ってくるあいだ、テムは、ずっと気になっていたことを話題にしたくなった。
「ところで、ビビ。
ぼく、不思議に思ってることがあるんだ」
「む? 何が不思議なんじゃ?」
「そっくりなんだ。
ぼくの大好きな物語の筋書きと、この森で起きていることが。
ちらりと目にした女の子も、ねむり姫そっくりだったし」
「そ、それはいったいどういうことじゃ?」
テムは、ねむり姫にまつわる例の物語のあらすじを、ビビにはじめて聞かせた。
とある森の姫が、魔物にとらわれて眠らされてしまったこと。
ねむり姫を起こすために、森の旅人がけんめいに戦うこと。
そのはてに、魔物はうち倒され、
姫は旅人の魔法の口づけによって、晴れて目を覚ますということも……。
「なるほどのう。おお……おおお……なるほどのう!」
ビビは突然、くるったようにそう叫んだ。
まるでその頭の中で、さまざまな物事が高速でかけめぐっているかのような、
はげしいひらめきの嵐に瞳をふるわせていた。
「テムよ、今こそわしは、この身に起きた真実を見出したぞ……」
「どういうこと?」
「この夢見の森は、訪れた人間の『好み』をも映し出すのじゃ。
つまり、かのうるわしきねむり姫は、おぬしの描いた夢から、生まれたことになる。
それにあわせて、わしら森のものも、いつの間にか変化させられておったのじゃ」
「えっ、へん……か?」
ビビは、そこらを歩き回りながら、複雑な話を整理しているように見えた。
「とくにわしは、姫に親しき者という、ウソの記憶を手に入れていたようじゃな。
ああ、あのうるわしいねむり姫が、夢まぼろしにすぎぬ存在であったとは……。
おぬしの口からねむり姫の物語を聞いた瞬間、ようやく自覚することができたわ」
話がよく分からなかったが、ビビに大きな変化が起きたのはたしかだった。
ビビは、まるで長い夢から覚めてしまった気分に近い、と言った。
たいして表には出さないが、おそらく、とても切ない気分だったのだろう。
夢見の森は、なんとも奇妙な場所だ。
「であれば、つまりこういうことじゃな。
おぬしこそが、ねむり姫の謎をとく鍵となりうる!」
突然、ビビが開きなおったようにそう言った。
「か、鍵……ぼくが?」
「さようじゃ。
テムよ、今からおぬしは、物語の世界になぞらえて、
姫を目覚めさせる、その……なんといったか……、そうじゃ!
その『森の旅人』とやらを演じなければならん。つまりは、運命の人じゃな」
「それって、お姫様に口づけをするってこと?」
そんな無茶なことを。
テムは、焚火の熱気の中で、一気にのぼせ上がってしまった。
「いやいや、おぬし。そこまでせよと決まったわけではないじゃろう。
ようは、姫のもとへゆき、眠りの原因を取りのぞいてやるのじゃ。
そうすればあるいは、姫を目覚めさせることもできるじゃろう。
そして、悲しい永遠の夜を終わらせ、明日という名の光を取り戻せる。
これは、姫を作りだしたおぬしにしかできない。わしはそう思うのじゃ」
ビビは、不自然なほどこざっぱりとした物言いだった。
「なんだか、ぼくに丸投げしてるみたいだね。
仮にもお姫様の親友だったなんて、思えないな」
「はぁ……、どうやらわしは、すっかりよそよそしくなってしまったようじゃ」
彼は、口おしい声でそう言うのだった。
「とにかく、早くこの森から出たいじゃろう?
ならば、ねむり姫の物語にしたがうしかあるまい。
わしも、真実を知ってしまったからと言って、おぬしのために力をつくすことに変わりはないぞ」
ビビは、何かふっきれたような笑顔をうかべて、テムを見つめていた。
こうも改まって言われてしまったら、もはや反論のよちも残されていない。
テムは、自分のなすべきことを知り、
真夜中に目がさえた猫のように、決意に身がひきしまった。
「ありがとう、ビビ。ぼく、とにかくやってみるよ」
「おお、そう言ってくれると思っておったぞ!」
「それにしても、うれしいなあ。
ぼくのために力をつくすなんて、言ってくれて」
「言ったじゃろう。わしは騎士じゃ」
ビビは、テムのひざもとへ近づき、その肩にそっと手を置いた。
「この森、一度入ったら出られない?
いいや。森を脱出することも、きっと夢ではない。
テムよ、わしらはつねに、心に希望を持とうではないか!」
テムの口から経緯を聞いたビビが、地べたの上で突然、驚きにみちた表情を見せる。
「おぬしはねむり姫によばれて、ここへ入ったというのか」
「うん。ぼく、この森のどこかにいるお姫様のところへ行きたいんだ」
ビビは、ねむり姫という言葉に、しみじみと反応しているように見えた。
それから、しばらく考えこむようにうなっていたが、やがて顔を上げると、テムの顔を真剣なまなざしをむけて言った。
「そのねむり姫、じつはのう……、わしの古い友人なのじゃ」
「ええっ!? ビビがねむり姫と?」
あっけにとられたテムの声に、うつらうつらと居眠りに入りかけたノックスが、ぎょっとして目をさました。
「あの心優しくうるわしき姫は、森の動物たちの親愛の象徴として、誰からも親しまれておった。
姫自身も、わしら森のものにたいして、ひとり残らず愛をそそいでくれた。
なかでもわしは、肉親のように姫に愛されておったものよ……。
じゃが、それも遠い遠い夢の記憶。
姫はある日、なんの理由もつげずに、
自身に強力な魔法をほどこして、深き眠りについてしまったのじゃ。わしらを残してな」
ビビは立ち上がり、焚火から少しはなれたところへそぞろに歩くと、
当時のことをふり返るように、うら悲しげな顔で夜空をあおいだ。
「それ以来、森の木々は、姫をあわれむかのように、青白い亡霊のような光をたたえはじめた。
空から昼が失われ、永遠に終わる気配のない夜が森をおおったのじゃ。
様変わりした森のなか、わしは泣いたよ、何日も。
姫に悪さをしたおぼえはないというのに。
姫を起こしてやることもできず、なすすべもないまま、長き年月を生き続けた。
姫を目覚めさせる方法を探しながらな……」
「そんな、つらいことが……」
「わしが覚えておるのは、姫は眠りにつく前、なにか深く思いなやむところがあったようなのじゃ」
「お姫様は、何をなやんでいたの?」
「いや、それが分からぬから、だれもが姫の眠りのわけを知りえず、途方にくれておるのじゃろうが」
ビビは、おつむの弱いテムにあきれてそう言った。
彼がまた焚火のそばへ戻ってくるあいだ、テムは、ずっと気になっていたことを話題にしたくなった。
「ところで、ビビ。
ぼく、不思議に思ってることがあるんだ」
「む? 何が不思議なんじゃ?」
「そっくりなんだ。
ぼくの大好きな物語の筋書きと、この森で起きていることが。
ちらりと目にした女の子も、ねむり姫そっくりだったし」
「そ、それはいったいどういうことじゃ?」
テムは、ねむり姫にまつわる例の物語のあらすじを、ビビにはじめて聞かせた。
とある森の姫が、魔物にとらわれて眠らされてしまったこと。
ねむり姫を起こすために、森の旅人がけんめいに戦うこと。
そのはてに、魔物はうち倒され、
姫は旅人の魔法の口づけによって、晴れて目を覚ますということも……。
「なるほどのう。おお……おおお……なるほどのう!」
ビビは突然、くるったようにそう叫んだ。
まるでその頭の中で、さまざまな物事が高速でかけめぐっているかのような、
はげしいひらめきの嵐に瞳をふるわせていた。
「テムよ、今こそわしは、この身に起きた真実を見出したぞ……」
「どういうこと?」
「この夢見の森は、訪れた人間の『好み』をも映し出すのじゃ。
つまり、かのうるわしきねむり姫は、おぬしの描いた夢から、生まれたことになる。
それにあわせて、わしら森のものも、いつの間にか変化させられておったのじゃ」
「えっ、へん……か?」
ビビは、そこらを歩き回りながら、複雑な話を整理しているように見えた。
「とくにわしは、姫に親しき者という、ウソの記憶を手に入れていたようじゃな。
ああ、あのうるわしいねむり姫が、夢まぼろしにすぎぬ存在であったとは……。
おぬしの口からねむり姫の物語を聞いた瞬間、ようやく自覚することができたわ」
話がよく分からなかったが、ビビに大きな変化が起きたのはたしかだった。
ビビは、まるで長い夢から覚めてしまった気分に近い、と言った。
たいして表には出さないが、おそらく、とても切ない気分だったのだろう。
夢見の森は、なんとも奇妙な場所だ。
「であれば、つまりこういうことじゃな。
おぬしこそが、ねむり姫の謎をとく鍵となりうる!」
突然、ビビが開きなおったようにそう言った。
「か、鍵……ぼくが?」
「さようじゃ。
テムよ、今からおぬしは、物語の世界になぞらえて、
姫を目覚めさせる、その……なんといったか……、そうじゃ!
その『森の旅人』とやらを演じなければならん。つまりは、運命の人じゃな」
「それって、お姫様に口づけをするってこと?」
そんな無茶なことを。
テムは、焚火の熱気の中で、一気にのぼせ上がってしまった。
「いやいや、おぬし。そこまでせよと決まったわけではないじゃろう。
ようは、姫のもとへゆき、眠りの原因を取りのぞいてやるのじゃ。
そうすればあるいは、姫を目覚めさせることもできるじゃろう。
そして、悲しい永遠の夜を終わらせ、明日という名の光を取り戻せる。
これは、姫を作りだしたおぬしにしかできない。わしはそう思うのじゃ」
ビビは、不自然なほどこざっぱりとした物言いだった。
「なんだか、ぼくに丸投げしてるみたいだね。
仮にもお姫様の親友だったなんて、思えないな」
「はぁ……、どうやらわしは、すっかりよそよそしくなってしまったようじゃ」
彼は、口おしい声でそう言うのだった。
「とにかく、早くこの森から出たいじゃろう?
ならば、ねむり姫の物語にしたがうしかあるまい。
わしも、真実を知ってしまったからと言って、おぬしのために力をつくすことに変わりはないぞ」
ビビは、何かふっきれたような笑顔をうかべて、テムを見つめていた。
こうも改まって言われてしまったら、もはや反論のよちも残されていない。
テムは、自分のなすべきことを知り、
真夜中に目がさえた猫のように、決意に身がひきしまった。
「ありがとう、ビビ。ぼく、とにかくやってみるよ」
「おお、そう言ってくれると思っておったぞ!」
「それにしても、うれしいなあ。
ぼくのために力をつくすなんて、言ってくれて」
「言ったじゃろう。わしは騎士じゃ」
ビビは、テムのひざもとへ近づき、その肩にそっと手を置いた。
「この森、一度入ったら出られない?
いいや。森を脱出することも、きっと夢ではない。
テムよ、わしらはつねに、心に希望を持とうではないか!」
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