テムと夢見の森

Sirocos(シロコス)

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3.温もりにくるまれて

リスの騎士(1)

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ホタルがノックスの鼻っ面をよぎっていく。

ノックスはホタルの光に釣られそうになったものの、

今は突如として現れた白いリスのほうが気になって、テムのそばを離れられなかった。


テムたちは、リスの騎士の案内で、大きな木の根元にある、彼のキャンプ地で腰をおろしていた。

星へと舞い上がる火の粉と、空気をなめるように燃える炎の温もりに当たりながら、

テムたちはリスの話を聞いていた。


「わしは、森の北にあるリスの城から来た。名をビビという。

いわゆる、騎士というやつじゃ」


「リスの城から……?」


この森には、そんな場所があるのか。

騎士というわりに、たよりがいのある姿とはほど遠い。

なにより、姿かたちがかわいすぎるのだ。


「わしは、陛下の命令を受けて、遠路はるばる、リス王家ゆかりのあの宝物庫を訪れたのじゃ」


ビビは、武器の木の針を布でみがき終えながら言った。


「さて、テムといったか。おぬしは、この夢見の森のことをよく知りたいのじゃろう?」


「うん」


「では、お教えしよう。といっても、いろいろと説明がややこしいんじゃが、ついてこられるか?」


ビビは、少しおっくうそうにうなじをかきながら、こう言った。


「夢見の森とは、夢の中の世界。

つまり、すべての生き物の夢とつながっておるのじゃ。

おぬしは森の外の人間であり、夢をまたいだ者。

つまりおぬしは、気づかぬ間に自分の夢をつうじて、この森に入ってしまったということじゃ。

めったにないことじゃがの……」


「そ、そういうことなの。よく分からないけれど」


テムは、バーニおばあちゃんから聞いた、五人の消えた子どもたちの話を思い出していた。

五人の子どもたちも、この夢見の森に入りこんでしまったのではないか。

いや、昔話の子どもたちは、夜ではなく昼間に森に足をふみいれたと聞いた。

自分のように、夢をわたったわけではないのだ。


「じゃが、あの大トカゲが、宝物庫を我がものにしていると知った時は、驚いたわ。

わしは、宝物庫の岩壁にあいた小さな横穴に隠れ、奇襲のチャンスをうかがっておったのじゃ。

しかし、おぬしたちが中に入ってきたことで、なぜあの大トカゲが現れたのかが分かった」


ビビは、ゆっくりとテムを指さして、こう言った。


「テムよ。あの大トカゲは、おぬしの来訪をきっかけに発生したということがな」


「……は?  ぼくがあいつの現われた原因?」


「そうじゃ。

じつは、ここからの説明が大変でのう……。

この夢見の森は、時間の流れすら存在しない、謎多き世界なのじゃ。

真実もウソも、あいまいなほどにな」


「ちょっとまって。言ってる意味が分からないよ!」


「うむ、できるだけカンタンに言うとな……、

この森は、おぬしのような来訪者の気持ちにあわせて、

さまざまなことをしかけてくるのじゃ。良くも悪くもな」


「ぼくの気持ちにあわせて?」


「たとえば、おぬしに巣食う、恐怖や不安。

それらが、おぬしの負の感情をうつす魔物や、障害となり、立ちふさがることがある。

生きてこの森を出たくば、くれぐれも心を強くもつことじゃ」


「そ、そう言われても……」


テムには、言いたいことが山ほどあった。


「フクロウさんの話し方から、ぼくはてっきり、

あの大トカゲが、昔からずっと森に潜んでいるものだと思ってた。

あいつは、ぼくが森に入った瞬間、マジックのようにぱっと出てきたんでしょ?

話が矛盾してるよ」


「うーむ」


ビビはとても話しづらそうに、何度も頭をゴシゴシとかいていた。


「先ほども言ったように、ここは時間すら存在しない、

真実もウソもあいまいな世界じゃ。

発生して間もないはずの魔物などが、

ずっと過去から存在するもののように語られるのも、当たり前のことなのじゃ。

形のはっきりしない夢の世界らしいといえば、それまでじゃがな」


ますますわけが分からない。頭がパンクしそうだ。

ぼくの心が魔物を生む?

時間も存在しない、真実もウソもごちゃまぜの世界?


やりきれないテムは、救いをのぞむ気持ちで、ノックスの頭をなでた。

ビビの話が本当だとすると、このノックスも、じつはぼくの夢の一部にすぎないことになる。

こうしていっしょに森に入ったけれど、これは本物のノックスじゃない。

ぼくの夢が生み出したノックスだ。

それが分かると、なんだか急にさみしい気がして、自分の表情がゆがむのを感じた。


「これ、それじゃ!」


ビビが、テムの鼻先に指をびゅっと突き出してきた。風のようなすばやさだった。


「その顔が、おぬしの負の感情を語っておる!

負の感情をいだくことは、悪夢のはじまりと知れ。

そして、この森で悪夢のえじきとなれば、もう二度と目を覚ませなくなる。

それは、本物の死とおなじじゃ!」


悪夢とはつまり、テムの魔物そのものだった。


テムは、全身から血の気がサアッと引いていくのを感じた。

リスから不意におしかりを受けたからじゃない。

たちの悪すぎる言葉を聞いてしまったからだ。


「そんな、いやだよ……ホントに死んじゃうなんて。

ここは夢の世界なんでしょ?

なのに、どうしてぼくの魔物に食べられると、死んでしまうの……」


テムは、胸いっぱいに不安がこみあげてきて、涙があふれだした。

ビビは、ようやく自分のあやまちに気がついたようだった。


「す、すまん!  わしが悪かった。

そうならぬよう、わしはおぬしを守りたい!

わしは騎士じゃからな。迷える者に救いの手をさしのべるは、騎士のつとめ!」


「え……?

ぐすん……ビビが、ぼくを助けてくれるの?」


「そうじゃ。かならず助ける。この森で生きのびる方法も、教えてやろう!

何も信じられなくとも、わしのことだけはどうか信じてくれ。

そしてわしも、おぬしに信じてもらえるように努力をおしまぬ。

まずは、なぜおぬしがこの森に入ったのか、理由を聞かせてはくれぬか?」


そう言ってビビは、自分の手をそっとさしだしてきた。

約束の証に、握手をしようというのだ。


「……うん。分かった!」


テムは涙をふいて、ビビの小枝のような小さな手と手をとった。

やっと彼を、心の底から騎士だと思うことができた。
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