上 下
8 / 36
2.床入りの恐怖

巨大なトカゲ

しおりを挟む
「あ……ああぁ……!」

テムは天井を見上げたまま、まるで石のようにかたまっていた。

いったい、どうして気がつかなかったんだろう?

あいつはずっと天井にはりつき、息をひそめていたというのか。


その恐ろしく釣り上がった大トカゲの黄色い瞳が、テムの恐怖心をつらぬいていた。

大トカゲは、ヘビのように長い舌をシュルルッと出し入れしながら、岩壁をひたひたとはいおりてくる。

まるでカメレオンだ。なんという巨体だろう。

アマゾンのワニよりも数倍大きい。

ノックスがその大トカゲにむかって、逃げもせずにたえず吠え続けている。


「おい、人間」


大トカゲはノックスに目もくれなかった。


「ここをおれの巣穴だと知っていて、忍びこんだのか?

その手に持っているものはなんだ?」


大トカゲは、舌を銃のようにビュッと発射して、緑の宝石を持つテムの右腕を、たちどころにとらえた。

強い力だ。いくら引っ張っても放してくれない。


「やめて! はなしてったら!」


その時だ。

テムの悲鳴を聞いたノックスが、牙をむきだしにして大トカゲにとびかかった。

見たこともないような勇ましい一面だ。

けれど、大トカゲはがっしりとした前脚を突き出して、ノックスをはじき返してしまった。

ドスンッ!

あえなくノックスは、にぶい音とともに地面を転がった。


「小さいくせに、血の気の多い犬ころだな」


大トカゲは舌でテムの腕をとらえたまま、流ちょうにしゃべり続けた。


「ここはおれの巣穴であり、宝物庫だ。

よもや、お前のような人間のガキが、

あの隠し通路の入り口を見つけ出すとは、驚いたぞ」


ふふふ、とふてきな笑みを浮かべている。

財宝を隠し持つドラゴンの話は知っているけれど、まさかお宝好きなトカゲとは。


「悪い夢のようだろう、坊主?

森に閉じこめられたあげく、トカゲであるこのおれに食べられるのだからな」


まるでテムがトカゲ嫌いなのを、知っているかのような口調だった。

でも、今はそんなことを考えられる余裕がない。

トカゲに食べられる。いやだ。こんなのいやだ!


「あきらめろ。

おれに見つかったからには、もうお前たちは、生きてここを出られやしない。

まずはその宝石を手放してもらおうか!」


大トカゲは、のし、のし、と距離をつめながら、テムの腕をさらに強くしめつけていった。

この舌、なんて器用なんだ。

お父さんにしかられてきつく腕をつかまれる時なんかより、ずっとずっと力強い。

ああ、この感覚は夢なんかじゃない。本物だ。

ぼくは、こんなわけも分からない森のなかで、トカゲに食べられて死ぬのか。


「いやだよ……誰か、ぼくを助けて……」


怖くて、悔しくて、涙があふれだしそうになった、その時だった。



「そこまでじゃ、大トカゲ!!」



天井のほうから、叫び声とともに白いなにかが降ってきた。


そのなにかは、細長い棒のような剣を、勢いに乗って細くのびた舌へと突き立てた。

ザクッ!!

剣の先端が、トカゲの舌を断ち切った。


「おごごごごぉ!!」


たまらず叫び声をあげながら、大トカゲは切り取られた舌をむき出したまま、地面の上をのたうち回った。

テムの腕から、舌の残骸がベショリと落ちた。


手痛い一撃をくれた白いものは、手に持った武器をシュッと一払いして、テムのほうを見た。

その正体は、一匹のリスだった。とがった耳に、ふさふさした尻尾。

間違いない。どこをどう見てもリスそのものだった。

ただ、信じられないほど背が大きい。テムの腰より高いほどだった。

それに、頭には人間のような前髪がついている。

古びたマントをはおり、腰には金具や道具をいくつも取りつけた、革のベルトを巻いている。


こんなリスは見たことがない。


「無事のようじゃな!」


子どもっぽい愛らしい声で、リスが声をかけてきた。


「う、うん。ぼくは大丈夫……」


テムはあっけにとられたまま、力なく答えた。

大トカゲは、突きさされた舌をむきだしにしながら、テムたちにむかって直進してきた。


「目をつむっておるんじゃ!」


リスにそう叫ばれ、テムは思わず、言われたとおりにぎゅっとまぶたを閉じてしまった。


シュッ!  シュシュシュッ!!


閉じられた視界のむこうで、風のようなすばやい動きとともに、武器が何発もふるわれる。


「うごあぁぁぁ!!」


大トカゲのおぞましい断末魔。

その直後、どうっという大きな音とともに、生温かいツンとにおう突風が巻き起こった。

すると、あたりは急に静かになった。


「もう目を開けてもよいぞ」


リスにそう言われて、テムはゆっくりとまぶたを上げてみた。


あの巨大なトカゲは、跡形もなく消えていた。

目の前には、白いリスがすました横顔をうかべて、武器を腰につけた鞘におさめていた。

テムは、度肝をぬかれた気分で目をパチクリさせた。



「大トカゲは弾けて消えてしまったぞ。

わしが秘伝の技でうち果たしたのじゃ。

おぬしのような小童には、ちと刺激の強い剣技だったのでな」


リスは、長い尻尾をたおやかにゆらしながら、テムとむきあった。


「にしても、おぬしらは不用心すぎる。

こういう怪しい洞くつの中は、かならず危険が潜んでおるものじゃ。

虎穴に入らずんば虎子をえず、という言葉もあるが、子どもなら時には、引きぎわも肝心じゃぞ」

リスから説教を受けるとは、思いもしなかったことだ。

でも、ねむり姫に会いたい一心で、危険をかえりみなかったことは、事実だった。


「ごめんなさい」


その言葉が、自分の口から自然と発せられた。

相手はリスなのに、どうして素直に反省する気になれたのだろう?


「ふむ、まあよいじゃろう。

わしがいたおかげで、おぬしは命びろいできたのじゃから。

ほれ、おぬしの犬もぴんぴんしておるわ」


いつの間にか、ノックスが足元でこちらを見上げている。

テムが無事でうれしいのか、尻尾をふりふり、瞳をかがやかせていた。


「ずっと見ておったが、おぬしの犬はじつに勇敢じゃな。

しかし、あまりにも無鉄砲なくらいじゃ。

興奮すると、歯止めが利かなくなるやつなんじゃな」


「………」


テムは、だんだんと頭が混乱してきた。

かわいらしい声から発せられる、年より臭くえらぶったセリフ。

いったい、この白いリスは何者なのだろう?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

DRAGGY!-ドラギィ!- 【一時完結】

Sirocos(シロコス)
児童書・童話
〈次章の連載開始は、来年の春頃を想定しております! m(_ _"m)〉 ●第2回きずな児童書大賞エントリー 【竜のような、犬のような……誰も知らないフシギ生物。それがドラギィ! 人間界に住む少年レンは、ある日、空から落ちてきたドラギィの「フラップ」と出会います。 フラップの望みは、ドラギィとしての修行を果たし、いつの日か空島『スカイランド』へ帰ること。 同じく空から降ってきた、天真らんまんなドラギィのフリーナにも出会えました! 新しい仲間も続々登場! 白ネズミの天才博士しろさん、かわいいものが大好きな本田ユカに加えて、 レンの親友の市原ジュンに浜田タク、なんだか嫌味なライバル的存在の小野寺ヨシ―― さて、レンとドラギィたちの不思議な暮らしは、これからどうなっていくのか!?】 (不定期更新になります。ご了承くださいませ)

【完結!】ぼくらのオハコビ竜 ーあなたの翼になりましょうー

Sirocos(シロコス)
児童書・童話
『絵本・児童書大賞(君とのきずな児童書賞)』にエントリーしている作品になります。 皆さまどうぞ、応援くださいませ!!ペコリ(o_ _)o)) 【本作は、アルファポリスきずな文庫での出版を目指して、本気で執筆いたしました。最後までどうぞお読みください!>^_^<】 君は、『オハコビ竜』を知っているかな。かれらは、あの空のむこうに存在する、スカイランドと呼ばれる世界の竜たち。不思議なことに、優しくて誠実な犬がまざったような、世にも奇妙な姿をしているんだ。 地上界に住む君も、きっとかれらの友達になりたくなるはず! 空の国スカイランドを舞台に、オハコビ竜と科学の力に導かれ、世にも不思議なツアーがはじまる。 夢と楽しさと驚きがいっぱい! 竜と仮想テクノロジーの世界がミックスした、ドラゴンSFファンタジー! (本作は、小説家になろうさん、カクヨムさんでも掲載しております)

生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!

mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの? ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。 力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる! ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。 読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。 誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。 流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。 現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇 此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。

おねしょゆうれい

ケンタシノリ
児童書・童話
べんじょの中にいるゆうれいは、ぼうやをこわがらせておねしょをさせるのが大すきです。今日も、夜中にやってきたのは……。 ※この作品で使用する漢字は、小学2年生までに習う漢字を使用しています。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

湖の民

影燈
児童書・童話
 沼無国(ぬまぬこ)の統治下にある、儺楼湖(なろこ)の里。  そこに暮らす令は寺子屋に通う12歳の男の子。  優しい先生や友だちに囲まれ、楽しい日々を送っていた。  だがそんなある日。  里に、伝染病が発生、里は封鎖されてしまい、母も病にかかってしまう。  母を助けるため、幻の薬草を探しにいく令だったが――

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

悪女の死んだ国

神々廻
児童書・童話
ある日、民から恨まれていた悪女が死んだ。しかし、悪女がいなくなってからすぐに国は植民地になってしまった。実は悪女は民を1番に考えていた。 悪女は何を思い生きたのか。悪女は後世に何を残したのか......... 2話完結 1/14に2話の内容を増やしました

処理中です...