テムと夢見の森

Sirocos(シロコス)

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2.床入りの恐怖

緑の宝石

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気がつけば、森はさらに奇妙な姿に変わりつつあった。

ユリの形をした花たちが、ランプの明かりを内側から光らせて、テムたちの行く手を照らしている。

ノックスは、光る花に鼻を押しつけて、スンとにおいをかいだ。

そして、香りか花粉かにやられて、思いきりくしゃみをかますのだ。

それでもノックスは、森を歩くのが楽しそうだった。


一方で、テムはさまざまな考えにとらわれていた。

ぼくは今、夢を見ている。

ということは、本当はまだ家のベッドのなかに横たわっているということか。

ここは夢見の森で、一度入ったら出られない。

バーニおばあちゃんの話と、一番大事な部分が重なっている。

でも、本当にそうだろうか。


「ねむり姫に会えば、はっきりするのかな」


あの不思議な声の主。

花の絨毯にだかれて、深い眠りに落ちた姫。

テムが大好きな物語の、あこがれだったヒロイン。


彼女を目覚めさせることができるのは、素敵な出会いをもとめて森を訪れた、ひとりの旅人。

すなわち、『森の旅人』と呼ばれる、ある国の王子だ。

ねむり姫は、森の旅人のあやつる魔法によって魔物から救われ、長い眠りから解き放たれることになる。


そのお姫様が、呪いをとく者を待ちわびて、テムをみちびこうとしているのだ。

今さら引き返すわけにはいかない。


「でも、大トカゲはこわい。出会いたくないよ……」


テムは、爬虫類が大嫌いだった。

四歳の時、家の庭に侵入したヘビに、ふくらはぎをかまれたことがあった。

さいわい、毒ヘビではなく命びろいしたものの、

その時からテムは、ヘビやトカゲといった、ニョロニョロと動く動物が苦手になった。


大トカゲは、どれくらい大きくて危険なんだろう。

毒はもっているのかしら?


想像するほど、鉛を背負ったように足どりが重くなる。

もしも運悪く出会ってしまったら……。


「アウ?」


テムの気持ちを知ってか知らずか、ノックスがそばでこちらを見上げていた。

ちょっぴりマヌケなその顔は、くじけそうな今の自分をはげまそうとしているのだろうか。


「ノックス」


テムは、わらにもすがる思いで、ノックスの顔を両手でふれながら、こう言った。


「ぼくの顔を、三回なめてくれる?

そうすれば、勇気がわいてくる気がするんだ」


ノックスは尻尾をふりふり、お安いご用というように、テムの右の頬を言われたとおりに、

ペロ、ペロ、ペロリ。


生温かい舌の感触が、やさしく語りかけてくるようだ。

ひとりじゃないよ、と。


「うん……ありがとうノックス。

ここから先、ぼくがくじけそうな時、今みたいに三回なめてくれたらうれしいよ」


「ワン、ワン!」


ノックスはなにを思ってか、テムをおいて光る花の道を勢いよくかけていった。


「待ってってば! ぼくをひとりにするなんて、ひどいじゃないか」


テムは、急いであとをおいかけた。

やっぱり犬は犬だ。

さっきの動物たちのように、わずかばかりでも感じた心は、嘘だったのかもしれない。



光る花にみちびかれて着いたのは、崖にはばまれた行き止まりだった。

道らしいなんてどこにもない。完全に期待はずれだ。

テムは、がっくりと肩を落としてしまった。

一方でノックスは、しきりにあたりのにおいをかいで、そわそわしている様子だった。

もしかすると、例の大トカゲのにおいを感じ取っているのかもしれない。


「どうしよう、ノックス。一度、引き返す?」


答えを求めるつもりでもなくそう聞いたテムは、目の前の岩壁に手をつけた………と思いきや、

手は壁の中に吸いこまれてしまった。


「わっとっと、なにこれ!」


テムはたたらをふんで、そのまま壁の中へ飛びこんでしまった。

ひんやりとした空気のまくを突きぬけた感じがした。

壁のむこうには、細いトンネルが続いていた。


「これって……隠し通路ってやつかな」


そこへ、ノックスがあわてて追いかけて入ってきた。

ノックスも、この奇妙なしかけに驚きをかくせず、あぜんとした様子だった。

トンネルはそこそこ深いようだが、壁じゅうが金色にやわらかく光っている。

ノックスは、すすむのをためらっているようだった。

しかしテムは、この先へすすまなければならない、そんな気がしてならなかった。


「行ってみよう、ノックス。ぼくたちは、この森の歩き方をぜんぜん知らないんだから」


トンネルのなかは、ランプもいらないほど明るかった。

どうやら壁の岩すべてに、金色に光る鉱物かなにかがふくまれているようだ。

不思議と恐怖はうすらいでいたが、胸がざわざわしていた。  

このトンネルの先に、ぼくを呼んでいるなにかがある。


そのいっぽうでノックスは、耳をぴんとそば立てて、警戒をおこたってはいなかった。


やがてふたりは、天井の高く広い場所に出た。

そこでふたりが目にしたものは、目を見張るような光景だった。


一面に広がる金貨や宝石の山。美しい飾りをこしらえた宝箱の数々。

金銀かがやく財宝の部屋だ。


「嘘みたいだ……なんでいきなりこんな?」


ただのトンネルじゃないことは分かっていた。

でもまさか、財宝のしまわれた場所があるとは。


ノックスが、先ほどよりもいっそう警戒を強め、低いうなり声をもらしている。

こういう場所では、恐ろしい罠がつきものだと、たくさんの物語は昔からつげていた。

しかしテムは、ノックスに気をくばることができなかった。

財宝の中に、ひときわ違うかがやきを放つものを見つけたからだ。


金貨の山のおく、白銀の宝箱のなかからあふれるお宝たちのなかに、それはあった。


若葉のかがやきをそのまま閉じこめたような、緑の丸い宝石。

目がチカチカするほどの金銀のかがやきのなかで、その宝石だけが、グリーンの光につつまれていた。


テムは、警戒もみじんもなく、その緑の宝石を手にとって、まじまじと見つめた。

すっぽりと手におさまるような、クリケットボールと同じくらいの大きさで、表面はつるんとしている。


なんだか、この宝石を手中におさめるために、ここに入ったような気がする。

宝石の光は、多くを語りかけているように感じられたが、テムにはさっぱり分からなかった。


「ウゥ~、ワンワンワン!!」


ノックスが、いきなり天井にむかってはげしく吠えたてた。

テムは、はっとして天井を見上げた。


岩の天井にはりつく黒い影。

尻尾まで細長く、全身うろこにおおわれたもの。

パチリと重たいまぶたを開いたそれは、まさしくトカゲだった。

フクロウの話していた大トカゲに違いない。
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