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2.床入りの恐怖
森の生き物たち
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森の中は、昼間を思わせる明るさだった。頭上をおおう木の葉の青い薄明のおかげだ。
テムたちは、美しい森の音色を聞きながら、一歩一歩、森の深い場所を目指して歩いていく。
この涼やかな音は、木の話し声かしら?
息を吸いこんでみると、地面の湿り気のにおいが鼻をぬけていく。夜の恐怖が、体じゅうから逃げていくようだ。
森の空気そのものが、雨にぬれて星明かりを反射するように、あちこちでキラキラと輝いている。
ポォ~ゥ。
なにか光るものが、テムの顔の前をゆっくりと横ぎった。
その光を目でおいかけてみる……なんと、それはまぎれもなくホタルだった。
「ハッ、ハッ!」
ノックスがうれしそうに尻尾をふる。
ホタルの明かりをつかまえようと前脚をあげるものの、
ホタルの光は綿毛のようにひらりとよけてしまった。
いや、そんなことより、これはおかしい。
夏はもうとっくにすぎてしまっているはずだ。昼間に見た森の葉には、すっかり秋の気配がただよっていた。
やっぱり、夜の森がこれほど幻想的に様変わりするなんて、普通では考えられない。
「いったい、この森になにが起こっているんだろう?」
テムが考えをめぐらせていると、近くの茂みが、ガサガサ、と音を立ててゆれた。
ノックスが、ホタル採りをピタリとやめて、音のしたほうをむいて身がまえた。
テムが驚いて身をかためていると、茂みのなかから、なにかがそうっと姿をあらわした。
それは、一頭の全身まっ白の美しい牡ジカだった。
牡ジカは、とくに逃げ出すでもなく、おだやかな瞳をものめずらしそうに見開いて、テムたちを見つめた。
「おお、これはこれは。不思議なお客人とは。どうも、今夜も美しい森ですね」
牡ジカは、ゆったりとした口調であいさつをしてきた。
散歩の途中で軽いあいさつを交わそうという調子だ。
「あの、ぼくにとっては、シカさんのほうがよっぽど不思議だと思う……」
「ええ、無理もないでしょう。ここは、夢見の森」
「ゆめみの、もり?」
「そのとおりです。
あなたにとっては、あらゆるものがめずらしい光景になるでしょう。
ですが、どうぞ気持ちをしずめて。
おたがいに、すてきな夜をすごしましょう」
牡ジカの話し方のせいか、自分の体がふわふわするような心地だ。
「なにその、夢見の森って……ここ、村の森じゃないの?」
「もちろん、あなたのおなじみの森ですとも」
話がまったく見えない。
動物が言葉を話しているだけでびっくりしたのに、そのうえ夢見の森という聞きおぼえのない名前。
「どういうことか、くわしく教えてよ!」
「それでしたら、この道の先で夜鳴きをなさっている、フクロウさんをたずねるとよいでしょう。
彼はこの時間になると、いつもそこでおひまをつぶしているんですよ。ではしつれい」
牡ジカは出てきたほうとは反対側の茂みのなかへ、歩いていってしまった。
「ノックス、どうしよう?」
ノックスは、ポカンとした様子で首をかしげていた。
生きていると、信じられないような体験をするものだ。
とりあえず、言われたとおりに道を続けて、シロフクロウを探すことにした。
その道中、またしても動物と出くわすことになった。
雪のような白ウサギが二匹。茂みから元気よくとび出してきたのだ。
テムは、きょとんとしたようすでこちらをうかがっているウサギたちに、こうたずねた。
「ねえ、どうしてこの森は、こんなにもキレイな姿になっているの?」
テムの問いに、ウサギたちはおたがいを顔を見あってから、こう答えた。
「変なことをきくなあ。キミ、森の外からのお客さんなんでしょう?」
「なら、分からないことないと思うわ。だってあなた今、夢を見ているんですもの」
それだけ言うと、ウサギたちは別の茂みの奥へと消えていってしまった。
「ぼくが、夢を見ている?」
そんなのありえない。
だって、ぼくは今こうしてちゃんと起きていて、ノックスとふたりで森を歩いているのに。
テムは気を取りなおして、森の中をすすんだ。
しばらくすると、フクロウの鳴く声が聞こえてきた。
その声をたよりにすすむと、頭上の木の枝に、一羽のシロフクロウがとまっていた。
また白い姿だ。
こちらがそっと近づくと、フクロウは夜鳴きをやめて、清純なまなこでテムを見下ろしてきた。
「あのう……あなたがフクロウさん、ですか?」
「ああ、そうだ。小さな犬を連れたぼうや。
おじさんの鳴き声が気に入ったかい?」
「そうじゃなくて。ここが、その、夢見の森だって聞いたから……。
それに、ぼくが今、夢を見ているみたいで」
「なんだ、そんなことか。ぼうやは、なにも知らなさそうだなあ」
少し鼻につくような言葉だったけれど、そのあとフクロウは親切にこう教えてくれた。
「夢見の森は、夢の中の世界。
されども、ここは現実にもほど近い世界なんだよ。
光る森、白い動物。
すべてが現実のようにはっきりと見て、さわることができる」
「……まだよく分かりません」
「まあ、深くは考えないことだね。
ぼうやがどうしてこの森に来たかは知らないが、
この森は、一度入ったらもう出られないよ」
「一度入ったら、出られない……?」
「ああそれと、この先へ急ぐなら注意だ。
大トカゲに見つからないように。
そいつの住処が近くにあるらしいからね。
どこから現れるか、分かったものじゃないよ」
「ご、ご親切にありがとう……」
「いやいや。しかしまあ、今日も今日とて、いい夜だね……」
いろいろと引っかかるところがあった。
フクロウの言葉を胸にきざみながら、テムはフクロウに別れをつげた。
そのフクロウが、どんな思いで最後の言葉を口にしたかも知らずに。
テムたちは、美しい森の音色を聞きながら、一歩一歩、森の深い場所を目指して歩いていく。
この涼やかな音は、木の話し声かしら?
息を吸いこんでみると、地面の湿り気のにおいが鼻をぬけていく。夜の恐怖が、体じゅうから逃げていくようだ。
森の空気そのものが、雨にぬれて星明かりを反射するように、あちこちでキラキラと輝いている。
ポォ~ゥ。
なにか光るものが、テムの顔の前をゆっくりと横ぎった。
その光を目でおいかけてみる……なんと、それはまぎれもなくホタルだった。
「ハッ、ハッ!」
ノックスがうれしそうに尻尾をふる。
ホタルの明かりをつかまえようと前脚をあげるものの、
ホタルの光は綿毛のようにひらりとよけてしまった。
いや、そんなことより、これはおかしい。
夏はもうとっくにすぎてしまっているはずだ。昼間に見た森の葉には、すっかり秋の気配がただよっていた。
やっぱり、夜の森がこれほど幻想的に様変わりするなんて、普通では考えられない。
「いったい、この森になにが起こっているんだろう?」
テムが考えをめぐらせていると、近くの茂みが、ガサガサ、と音を立ててゆれた。
ノックスが、ホタル採りをピタリとやめて、音のしたほうをむいて身がまえた。
テムが驚いて身をかためていると、茂みのなかから、なにかがそうっと姿をあらわした。
それは、一頭の全身まっ白の美しい牡ジカだった。
牡ジカは、とくに逃げ出すでもなく、おだやかな瞳をものめずらしそうに見開いて、テムたちを見つめた。
「おお、これはこれは。不思議なお客人とは。どうも、今夜も美しい森ですね」
牡ジカは、ゆったりとした口調であいさつをしてきた。
散歩の途中で軽いあいさつを交わそうという調子だ。
「あの、ぼくにとっては、シカさんのほうがよっぽど不思議だと思う……」
「ええ、無理もないでしょう。ここは、夢見の森」
「ゆめみの、もり?」
「そのとおりです。
あなたにとっては、あらゆるものがめずらしい光景になるでしょう。
ですが、どうぞ気持ちをしずめて。
おたがいに、すてきな夜をすごしましょう」
牡ジカの話し方のせいか、自分の体がふわふわするような心地だ。
「なにその、夢見の森って……ここ、村の森じゃないの?」
「もちろん、あなたのおなじみの森ですとも」
話がまったく見えない。
動物が言葉を話しているだけでびっくりしたのに、そのうえ夢見の森という聞きおぼえのない名前。
「どういうことか、くわしく教えてよ!」
「それでしたら、この道の先で夜鳴きをなさっている、フクロウさんをたずねるとよいでしょう。
彼はこの時間になると、いつもそこでおひまをつぶしているんですよ。ではしつれい」
牡ジカは出てきたほうとは反対側の茂みのなかへ、歩いていってしまった。
「ノックス、どうしよう?」
ノックスは、ポカンとした様子で首をかしげていた。
生きていると、信じられないような体験をするものだ。
とりあえず、言われたとおりに道を続けて、シロフクロウを探すことにした。
その道中、またしても動物と出くわすことになった。
雪のような白ウサギが二匹。茂みから元気よくとび出してきたのだ。
テムは、きょとんとしたようすでこちらをうかがっているウサギたちに、こうたずねた。
「ねえ、どうしてこの森は、こんなにもキレイな姿になっているの?」
テムの問いに、ウサギたちはおたがいを顔を見あってから、こう答えた。
「変なことをきくなあ。キミ、森の外からのお客さんなんでしょう?」
「なら、分からないことないと思うわ。だってあなた今、夢を見ているんですもの」
それだけ言うと、ウサギたちは別の茂みの奥へと消えていってしまった。
「ぼくが、夢を見ている?」
そんなのありえない。
だって、ぼくは今こうしてちゃんと起きていて、ノックスとふたりで森を歩いているのに。
テムは気を取りなおして、森の中をすすんだ。
しばらくすると、フクロウの鳴く声が聞こえてきた。
その声をたよりにすすむと、頭上の木の枝に、一羽のシロフクロウがとまっていた。
また白い姿だ。
こちらがそっと近づくと、フクロウは夜鳴きをやめて、清純なまなこでテムを見下ろしてきた。
「あのう……あなたがフクロウさん、ですか?」
「ああ、そうだ。小さな犬を連れたぼうや。
おじさんの鳴き声が気に入ったかい?」
「そうじゃなくて。ここが、その、夢見の森だって聞いたから……。
それに、ぼくが今、夢を見ているみたいで」
「なんだ、そんなことか。ぼうやは、なにも知らなさそうだなあ」
少し鼻につくような言葉だったけれど、そのあとフクロウは親切にこう教えてくれた。
「夢見の森は、夢の中の世界。
されども、ここは現実にもほど近い世界なんだよ。
光る森、白い動物。
すべてが現実のようにはっきりと見て、さわることができる」
「……まだよく分かりません」
「まあ、深くは考えないことだね。
ぼうやがどうしてこの森に来たかは知らないが、
この森は、一度入ったらもう出られないよ」
「一度入ったら、出られない……?」
「ああそれと、この先へ急ぐなら注意だ。
大トカゲに見つからないように。
そいつの住処が近くにあるらしいからね。
どこから現れるか、分かったものじゃないよ」
「ご、ご親切にありがとう……」
「いやいや。しかしまあ、今日も今日とて、いい夜だね……」
いろいろと引っかかるところがあった。
フクロウの言葉を胸にきざみながら、テムはフクロウに別れをつげた。
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