テムと夢見の森

Sirocos(シロコス)

文字の大きさ
上 下
4 / 36
1.眠りのはじまり

森の入り口

しおりを挟む
そんなある日、ノックスと散歩に行こうと玄関門を出た時だ。

テムは、表の道の右手に広がる森を、つと見た。


テムの家のすぐそばには、深い深い森が広がっている。

あの森には、昔からおかしな言い伝えがあった。


『この森、迷いの森である。この森、神隠しの森である。

夢に見るような恐怖と出会い、二度と朝日を見ることかなわず。

陽の下のものには、用のない森。

何人たりとも、ふみいることなかれ』


森の入り口には、ここを訪れた人に、軽はずみで立ち入らせないよう立て札が立ててある。

そこにはたった一言、黒い文字でこう書いてあるのだ。


『この森を恐れよ』


ノックスは、森の入り口を一心に見つめながら、ハッ、ハッ、と息をはずませて、右へ左へうろうろしていた。

これまで森の入り口を見ると、よくこうやって中に入りたそうにそわそわしていたのだ。

テムには、それがはっきりと分かる。

村に住むバーニおばあちゃんによると、森には古くから悪霊が住みついているらしい。

一度入れば森の悪霊に連れ去られ、二度と森の外に出られなくなるということだった。

村の子どもたちは、そのバーニおばあちゃんの話を聞いて育ってきた。

けれどテムは、こういう話を本気で信じたことがない。

怖い話は、絶対に信じないようにしているからだ。


しかし厄介なのは、まんざら迷信でもないことだ。


ずっと昔、この森に入っていったきり、戻らなくなった五人の子どもたちがいた。

その時は、村じゅうの大人たちが大騒ぎし、捜索隊が何度も送りこまれたという。

しかし、いくら探しても、子どもたちが発見されることはなかった。

謎めいた失踪事件は解決されないまま、

結局は森の悪霊による神隠しとして片づけられ、捜索も打ち切りになってしまった。


『この森を恐れよ』とは、よく言ったものだ。

しかも、このメッセージを残した人も、森の悪霊の話を聞かせるバーニおばあちゃんも、

その失踪した子どもたちの親だったのだ。

だから、森のすぐそばで暮らすテムは、だれよりも森に入らないように心がけていた。


でも、いったい森のなかに何があって、何が住んでいるのか、考えない日は一度もなかった。

想像のゆたかなテムは、小さなころからいつも、森には隠された動物の国があるのではと、ひとり思いをめぐらせてきた。


村の言い伝えでは、時々、夜中の森の中から不思議な声が聞こえるという。

その声を聞いたものは、いやでも奇妙な声にさそわれて、森の奥へ入ってしまう。

そして、入ったものは二度と森から出られない。

そうならないよう、村の人間は、用心のために、遅くても夜の九時にはベッドにつかなきゃいけない。

そんな話も、まるきり怪しいものだ。

おそらく、子どもが不審者にねらわれる危険を防ぐための、デマに違いない。

お父さんだって、いつも同じことを言っていた。森に入ったことがあるかどうかは別として。


「森の奥には、何があって、何が住んでるんだろう。

森に消えてしまった子どもたちは、いったい何と出会ったんだろう……」



その日の晩だった。

お父さんはやっぱり友人の家に出かけ、今晩も、お母さんと居心地の悪い夕食をすごした。


「あの人の酒乱や、だらしのなさには、もううんざり。これ以上、いっしょに暮らしていける自信がないわ」


今晩のお母さんは、いっそうご機嫌ナナメだった。

近所のおばさんに、眉間にしわがよっていることを心配されたからだ。

ダメな夫のせいで心配をよせられるなんて、自分には耐えられない。

そのことがお母さんの口から語られた時、

テムは、とうとうまずいところまで来てしまったことをさとった。


「ねえ、お母さん……」


気づいた時には、口が真っ先に動いていた。

でも、お母さんがすごみをきかせた声で、


「なによ?」


と、聞き返してきた。すると、のどに出かかっていた言葉が、急にしぼんで消えてしまった。


「ううん、なんでもない……」


お母さんにひそむ悪霊に、負けてしまったのだ。

だからテムは、いつもより早めに夕食をすませた。

歯をみがいて、パジャマに着替え、そしてすぐさまベッドに横たえる。


こんな日々、いったいいつまで続くんだろう。

家族がバラバラになるなんて、そんなの絶対にいやだ。ぼくは、いやだ。


胸いっぱいに冷え冷えとした不安を満たしながら、

やがてテムは、息がつまるほど静かな夜につぶされていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

空の話をしよう

源燕め
児童書・童話
「空の話をしよう」  そう言って、美しい白い羽を持つ羽人(はねひと)は、自分を助けた男の子に、空の話をした。    人は、空を飛ぶために、飛空艇を作り上げた。  生まれながらに羽を持つ羽人と人間の物語がはじまる。  

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

みかんに殺された獣

あめ
児童書・童話
果物などの食べ物が何も無くなり、生きもののいなくなった森。 その森には1匹の獣と1つの果物。 異種族とかの次元じゃない、果実と生きもの。 そんな2人の切なく悲しいお話。 全10話です。 1話1話の文字数少なめ。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

マサオの三輪車

よん
児童書・童話
Angel meets Boy. ゾゾとマサオと……もう一人の物語。

児童絵本館のオオカミ

火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。

ちびりゅうと きえた ケーキ

関谷俊博
児童書・童話
「いちばん あやしいのは…」 「あやしいのは?」 「ズバリ ちびりゅうさんですね」 「が がお!」

シンクの卵

名前も知らない兵士
児童書・童話
小学五年生で文房具好きの桜井春は、小学生ながら秘密組織を結成している。  メンバーは四人。秘密のアダ名を使うことを義務とする。六年生の閣下、同級生のアンテナ、下級生のキキ、そして桜井春ことパルコだ。  ある日、パルコは死んだ父親から手紙をもらう。  手紙の中には、銀貨一枚と黒いカードが入れられており、カードには暗号が書かれていた。  その暗号は市境にある廃工場の場所を示していた。  とある夜、忍び込むことを計画した四人は、集合場所で出くわしたファーブルもメンバーに入れて、五人で廃工場に侵入する。  廃工場の一番奥の一室に、誰もいないはずなのにランプが灯る「世界を変えるための不必要の部屋」を発見する五人。  そこには古い机と椅子、それに大きな本とインクが入った卵型の瓶があった。  エポックメイキング。  その本に万年筆で署名して、正式な秘密組織を発足させることを思いつくパルコ。  その本は「シンクの卵」と呼ばれ、書いたことが現実になる本だった。

処理中です...