69 / 72
③〈フレドリクサス編〉
15『ありがとう、よかったらどうか、これからも』①
しおりを挟む
時刻は、夕方の六時。
ヨシは、自分の家の玄関扉をくぐりました。
「ただいま――」
不機嫌な声が、薄暗い玄関にさびしく響きます。
カッ! 廊下の電気がついたと思うと、奥のリビングからヨシの父親が、
ドカドカと足音を立てながらやってきました。
「おい、小僧! こんな時間まで勉強もせずに出歩くとは、どういう了見だ!」
口やかましくヨシに食いかかりながら、父親は両手を強く握りしめます。
「……べつに。たいした用事じゃないさ。ちょっと探し物をね」
そう言いながら、ヨシは靴をぬいで、廊下へと歩き出します。
「探し物だと? 笑わせるな! 門限は五時だと、いつも言っとるだろ!
それともわしの言うことが聞けないのか、このならず者め!」
「心配しなくても」ヨシはピタリと立ち止まり、父親に堂々と向き合います。
「ぼくは父さんが思っているみたいな、不良男になるつもりはないよ。
ならず者だなんて、古い言い回しだなあ。しかも心外だよ。
ぼくが父さんに逆らったこと、今の今まで一度でもあった?」
「その憎たらしい態度が、すでにわしに逆らっていると言っとるんだ!
ずっと昔からそうだぞ。お前は、わしの言うことさえ聞いていればいいのだ!」
父親は、しつこく廊下につばを吐きながら怒鳴り続けます。
今日のヨシは、虫の居所が特別悪いのです。これ以上は、限界でした。
「だったら、父さんもたまには、一つぐらいぼくの言うことを聞いてくれよ!
いつもいつも頭ごなしに勉強しろだの、門限はこうだの、言うことを聞けだの、
イマドキの父親として、情けないと思わないの!?
ホントに勘弁してほしいよ、ぼくは、ウンザリしてるんだから」
せきを切ったようにあふれ出した言葉が、父親の五臓六腑に刺さりました。
十歳を迎えたさとい息子の、突然の反抗。
しかし、感情を爆発させたその言葉は、父親の逆鱗に触れてしまったのです。
父親は、破裂寸前の赤ら顔をして、つかつかとヨシのほうへ歩みより――
次の瞬間、家じゅうに反響したのは、鋭く突き刺さるようなはたき音でした。
――五分後。
ヨシは、薄暗い自室の壁によりかかりながら、うずくまっていました。
真っ赤に腫れた左頬を、片手でいたわりながら。
「……まったく、なんちゅー親やねん」
突然、だれかの声がして、ヨシは表情を上げました。
目の前に、あのルドルフが立っています。
まるで当たり前のように、両手を組みながら。
「あれがお前さんのオトンかいな。よくもまあ、あないな父親んもとで、
十年もいっしょに暮してこれたもんやなあ。
ワイやったら、とうの昔にみだれ引っかきでいてまってから、
とっとと家出しとるで、ホンマに」
ルドルフは、なぐさめるつもりなのか、ヨシの方へと歩みよってきました。
「……どうやって入ってきたんだよ?」
「まあ、そこはシュレデンガー・ラボの企業秘密や。細かいことは気にしいなて。
……殴られたんか、その頬?」
「……イマドキ、めったにないだろ。慣れてるよ、こんなのとっくに」
「はぁ~。ジブン、強がりもええけど、
外出禁止もくろたんやろ。それも無期限の。おまけに、晩飯ぬきときた。
どっか、児童相談所に電話一本でも入れたほうが、ええんとちゃうか?」
「だめだ!」ヨシはかたくなに首を振りました。
「それじゃあ、負けを認めたことになるじゃないか。そんなの、ゼッタイ嫌だ!」
「……オカンはどうしてん?」
「母さんは……ぼくよりも父さんの言いなりなんだ。
だから、ぼくのことなんか、いつもほっといてるよ……こんな時も」
「なんや、ごっつセレブな夫婦も、一枚むいたら、お粗末なもんやな。
ま、外出禁止中でも、ワイらがなんとかして、この家から出したるよって」
ルドルフは、右手をヨシのひざの上に、ポンと乗せました。
「ワイがおらんと、ジブン、この先もあのドラギィたちと接触でけへんやろ」
そうです。
ヨシは、あきらめないと宣言したのです。彼らの目の前で、はっきりと。
ヨシは、返事に戸惑いました。こんなに猫から優しくされるなんて、
十年間生きてきて、夢にも思わなかったのですから。
それとも、裏がある? いや、そんなふうには毛先ほども見えません。
結局ヨシは、何も言わずに片足で、ちょんと、ルドルフを押すのでした。
「おーっとっと。ははっ、今のは、感謝のしるしと受け取ったるで。
しっかし、驚いたわ。まさか相手も、ケッタイな物を所持しとったとはな」
「ケッタイな物?」
「よう思い出してみい。あのドラギィたち、妙な装備しとったろ。
人間の子どもらも、手首におかしなリストバンドつけとったし、
あれつこて小さくなったり、大きくなったりしとんのやろな」
「つまり、あいつらのバックに、だれかがいる……」
「せや。ワイが持っとる研究施設と同等の科学力を有した、だれかがな」
つまるところ、これからも一筋縄ではいかない。
ヨシはひとり、心の奥底で肝に銘じるのでした。
ヨシは、自分の家の玄関扉をくぐりました。
「ただいま――」
不機嫌な声が、薄暗い玄関にさびしく響きます。
カッ! 廊下の電気がついたと思うと、奥のリビングからヨシの父親が、
ドカドカと足音を立てながらやってきました。
「おい、小僧! こんな時間まで勉強もせずに出歩くとは、どういう了見だ!」
口やかましくヨシに食いかかりながら、父親は両手を強く握りしめます。
「……べつに。たいした用事じゃないさ。ちょっと探し物をね」
そう言いながら、ヨシは靴をぬいで、廊下へと歩き出します。
「探し物だと? 笑わせるな! 門限は五時だと、いつも言っとるだろ!
それともわしの言うことが聞けないのか、このならず者め!」
「心配しなくても」ヨシはピタリと立ち止まり、父親に堂々と向き合います。
「ぼくは父さんが思っているみたいな、不良男になるつもりはないよ。
ならず者だなんて、古い言い回しだなあ。しかも心外だよ。
ぼくが父さんに逆らったこと、今の今まで一度でもあった?」
「その憎たらしい態度が、すでにわしに逆らっていると言っとるんだ!
ずっと昔からそうだぞ。お前は、わしの言うことさえ聞いていればいいのだ!」
父親は、しつこく廊下につばを吐きながら怒鳴り続けます。
今日のヨシは、虫の居所が特別悪いのです。これ以上は、限界でした。
「だったら、父さんもたまには、一つぐらいぼくの言うことを聞いてくれよ!
いつもいつも頭ごなしに勉強しろだの、門限はこうだの、言うことを聞けだの、
イマドキの父親として、情けないと思わないの!?
ホントに勘弁してほしいよ、ぼくは、ウンザリしてるんだから」
せきを切ったようにあふれ出した言葉が、父親の五臓六腑に刺さりました。
十歳を迎えたさとい息子の、突然の反抗。
しかし、感情を爆発させたその言葉は、父親の逆鱗に触れてしまったのです。
父親は、破裂寸前の赤ら顔をして、つかつかとヨシのほうへ歩みより――
次の瞬間、家じゅうに反響したのは、鋭く突き刺さるようなはたき音でした。
――五分後。
ヨシは、薄暗い自室の壁によりかかりながら、うずくまっていました。
真っ赤に腫れた左頬を、片手でいたわりながら。
「……まったく、なんちゅー親やねん」
突然、だれかの声がして、ヨシは表情を上げました。
目の前に、あのルドルフが立っています。
まるで当たり前のように、両手を組みながら。
「あれがお前さんのオトンかいな。よくもまあ、あないな父親んもとで、
十年もいっしょに暮してこれたもんやなあ。
ワイやったら、とうの昔にみだれ引っかきでいてまってから、
とっとと家出しとるで、ホンマに」
ルドルフは、なぐさめるつもりなのか、ヨシの方へと歩みよってきました。
「……どうやって入ってきたんだよ?」
「まあ、そこはシュレデンガー・ラボの企業秘密や。細かいことは気にしいなて。
……殴られたんか、その頬?」
「……イマドキ、めったにないだろ。慣れてるよ、こんなのとっくに」
「はぁ~。ジブン、強がりもええけど、
外出禁止もくろたんやろ。それも無期限の。おまけに、晩飯ぬきときた。
どっか、児童相談所に電話一本でも入れたほうが、ええんとちゃうか?」
「だめだ!」ヨシはかたくなに首を振りました。
「それじゃあ、負けを認めたことになるじゃないか。そんなの、ゼッタイ嫌だ!」
「……オカンはどうしてん?」
「母さんは……ぼくよりも父さんの言いなりなんだ。
だから、ぼくのことなんか、いつもほっといてるよ……こんな時も」
「なんや、ごっつセレブな夫婦も、一枚むいたら、お粗末なもんやな。
ま、外出禁止中でも、ワイらがなんとかして、この家から出したるよって」
ルドルフは、右手をヨシのひざの上に、ポンと乗せました。
「ワイがおらんと、ジブン、この先もあのドラギィたちと接触でけへんやろ」
そうです。
ヨシは、あきらめないと宣言したのです。彼らの目の前で、はっきりと。
ヨシは、返事に戸惑いました。こんなに猫から優しくされるなんて、
十年間生きてきて、夢にも思わなかったのですから。
それとも、裏がある? いや、そんなふうには毛先ほども見えません。
結局ヨシは、何も言わずに片足で、ちょんと、ルドルフを押すのでした。
「おーっとっと。ははっ、今のは、感謝のしるしと受け取ったるで。
しっかし、驚いたわ。まさか相手も、ケッタイな物を所持しとったとはな」
「ケッタイな物?」
「よう思い出してみい。あのドラギィたち、妙な装備しとったろ。
人間の子どもらも、手首におかしなリストバンドつけとったし、
あれつこて小さくなったり、大きくなったりしとんのやろな」
「つまり、あいつらのバックに、だれかがいる……」
「せや。ワイが持っとる研究施設と同等の科学力を有した、だれかがな」
つまるところ、これからも一筋縄ではいかない。
ヨシはひとり、心の奥底で肝に銘じるのでした。
1
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【総集編】日本昔話 パロディ短編集
Grisly
児童書・童話
❤️⭐️お願いします。
今まで発表した
日本昔ばなしの短編集を、再放送致します。
朝ドラの総集編のような物です笑
読みやすくなっているので、
⭐️して、何度もお読み下さい。
読んだ方も、読んでない方も、
新しい発見があるはず!
是非お楽しみ下さい😄
⭐︎登録、コメント待ってます。

氷のオオカミになった少年
まさつき
児童書・童話
遠い昔、まだ人と精霊が心を交わせていたころのお話です。
雪深い山奥で、母ひとり子ひとりで暮らす狩人の少年ルルゥがおりました。
病気がちの母のため、厳しい冬を越して春の季節を迎えるために、ルルゥはひとりで、危険な雪山へと鹿狩りにでかけました。
運よくルルゥは、見事な牝鹿を仕留めるのですが――
夢の中で人狼ゲーム~負けたら存在消滅するし勝ってもなんかヤバそうなんですが~
世津路 章
児童書・童話
《蒲帆フウキ》は通信簿にも“オオカミ少年”と書かれるほどウソつきな小学生男子。
友達の《東間ホマレ》・《印路ミア》と一緒に、時々担任のこわーい本間先生に怒られつつも、おもしろおかしく暮らしていた。
ある日、駅前で配られていた不思議なカードをもらったフウキたち。それは、夢の中で行われる《バグストマック・ゲーム》への招待状だった。ルールは人狼ゲームだが、勝者はなんでも願いが叶うと聞き、フウキ・ホマレ・ミアは他の参加者と対決することに。
だが、彼らはまだ知らなかった。
ゲームの敗者は、現実から存在が跡形もなく消滅すること――そして勝者ですら、ゲームに潜む呪いから逃れられないことを。
敗退し、この世から消滅した友達を取り戻すため、フウキはゲームマスターに立ち向かう。
果たしてウソつきオオカミ少年は、勝っても負けても詰んでいる人狼ゲームに勝利することができるのだろうか?
8月中、ほぼ毎日更新予定です。
(※他小説サイトに別タイトルで投稿してます)
鎌倉西小学校ミステリー倶楽部
澤田慎梧
児童書・童話
【「鎌倉猫ヶ丘小ミステリー倶楽部」に改題して、アルファポリスきずな文庫より好評発売中!】
https://kizuna.alphapolis.co.jp/book/11230
【「第1回きずな児童書大賞」にて、「謎解きユニーク探偵賞」を受賞】
市立「鎌倉西小学校」には不思議な部活がある。その名も「ミステリー倶楽部」。なんでも、「学校の怪談」の正体を、鮮やかに解明してくれるのだとか……。
学校の中で怪奇現象を目撃したら、ぜひとも「ミステリー倶楽部」に相談することをオススメする。
案外、つまらない勘違いが原因かもしれないから。
……本物の「お化け」や「妖怪」が出てくる前に、相談しに行こう。
※本作品は小学校高学年以上を想定しています。作中の漢字には、ふりがなが多く振ってあります。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
※本作品は、三人の主人公を描いた連作短編です。誰を主軸にするかで、ジャンルが少し変化します。
※カクヨムさんにも投稿しています(初出:2020年8月1日)
児童小説をどうぞ
小木田十(おぎたみつる)
児童書・童話
児童小説のコーナーです。大人も楽しめるよ。 / 小木田十(おぎたみつる)フリーライター。映画ノベライズ『ALWAIS 続・三丁目の夕日 完全ノベライズ版』『小説 土竜の唄』『小説 土竜の唄 チャイニーズマフィア編』『闇金ウシジマくん』などを担当。2023年、掌編『限界集落の引きこもり』で第4回引きこもり文学大賞 三席入選。2024年、掌編『鳥もつ煮』で山梨日日新聞新春文芸 一席入選(元旦紙面に掲載)。
見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜
うさみち
児童書・童話
【見習い錬金術士とうさぎのぬいぐるみたちが描く、スパイス混じりのゆるふわ冒険!情報収集のために、お仕事のご依頼も承ります!】
「……襲われてる! 助けなきゃ!」
錬成アイテムの採集作業中に訪れた、モンスターに襲われている少年との突然の出会い。
人里離れた山陵の中で、慎ましやかに暮らしていた見習い錬金術士ミミリと彼女の家族、機械人形(オートマタ)とうさぎのぬいぐるみ。彼女たちの運命は、少年との出会いで大きく動き出す。
「俺は、ある人たちから頼まれて預かり物を渡すためにここに来たんだ」
少年から渡された物は、いくつかの錬成アイテムと一枚の手紙。
「……この手紙、私宛てなの?」
少年との出会いをキッカケに、ミミリはある人、あるアイテムを探すために冒険を始めることに。
――冒険の舞台は、まだ見ぬ世界へ。
新たな地で、右も左もわからないミミリたちの人探し。その方法は……。
「討伐、採集何でもします!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?」
見習い錬金術士ミミリの冒険の記録は、今、ここから綴られ始める。
《この小説の見どころ》
①可愛いらしい登場人物
見習い錬金術士のゆるふわ少女×しっかり者だけど寂しがり屋の凄腕美少女剣士の機械人形(オートマタ)×ツンデレ魔法使いのうさぎのぬいぐるみ×コシヌカシの少年⁉︎
②ほのぼのほんわか世界観
可愛いらしいに囲まれ、ゆったり流れる物語。読了後、「ほわっとした気持ち」になってもらいたいをコンセプトに。
③時々スパイスきいてます!
ゆるふわの中に時折現れるスパイシーな展開。そして時々ミステリー。
④魅力ある錬成アイテム
錬金術士の醍醐味!それは錬成アイテムにあり。魅力あるアイテムを活用して冒険していきます。
◾️第3章完結!現在第4章執筆中です。
◾️この小説は小説家になろう、カクヨムでも連載しています。
◾️作者以外による小説の無断転載を禁止しています。
◾️挿絵はなんでも書いちゃうヨギリ酔客様からご寄贈いただいたものです。
オレの師匠は職人バカ。~ル・リーデル宝石工房物語~
若松だんご
児童書・童話
街の中心からやや外れたところにある、「ル・リーデル宝石工房」
この工房には、新進気鋭の若い師匠とその弟子の二人が暮らしていた。
南の国で修行してきたという師匠の腕は決して悪くないのだが、街の人からの評価は、「地味。センスがない」。
仕事の依頼もなく、注文を受けることもない工房は常に貧乏で、薄い塩味豆だけスープしか食べられない。
「決めた!! この石を使って、一世一代の宝石を作り上げる!!」
貧乏に耐えかねた師匠が取り出したのは、先代が遺したエメラルドの原石。
「これ、使うのか?」
期待と不安の混じった目で石と師匠を見る弟子のグリュウ。
この石には無限の可能性が秘められてる。
興奮気味に話す師匠に戸惑うグリュウ。
石は本当に素晴らしいのか? クズ石じゃないのか? 大丈夫なのか?
――でも、完成するのがすっげえ楽しみ。
石に没頭すれば、周囲が全く見えなくなる職人バカな師匠と、それをフォローする弟子の小さな物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる